第6話 無骨な公爵の朝の原石
次の日から、公爵は毎朝ひとつ石を持ってくるようになった。
採石場で拾ったばかりの原石、半分だけ磨いた紅玉、色の薄い水晶。朝食の前に私の机へ置き、「値踏みしろ」とだけ言う。
試されているのだと最初は思った。けれど三日目には、それだけではないとわかった。
彼は、私が石を見ている時だけ少し安心した顔をする。
「今日は星彩石です」
小皿に置かれた青灰の石を持ち上げた瞬間、私は息を止めた。石の側面に、ごく小さな刻みがある。普通なら研磨前の傷にしか見えない。でも私は知っていた。
母エヴァが仮置きの石にだけ残していた、星形の下書き傷だ。
「この石、どこで」
「古い鉱脈の端だ。昔は王都向けの上石が出た場所らしい」
私はそっと指先で傷をなぞった。母は宝石職人でありながら、王都の記録にはほとんど名前が残っていない。刻印だけを宮廷へ納め、表に立つのはいつも別の家だった。
「母がここに来ていたかもしれません」
公爵が椅子を引いた。「かもしれない、ではなく来ていた。父の日誌に名がある」
「本当ですか」
「気づくと思って黙っていた」
不器用な人だ、と少しだけ思う。
彼が持ってきた日誌には、十数年前の短い記述があった。『王都の女職人エヴァ来訪。二重星刻印の試作。精度高し』。それだけなのに、胸の奥が熱くなる。
母はここで働き、ここで何かを残したのだ。
「あなたは、どうしてそこまで協力してくれるんですか」
私が尋ねると、公爵は少し考えてから言った。
「王都は北方の石を飾りにしか見ていない。だが、おまえは最初から流れを見ていた」
朝の光が、彼の横顔の輪郭を硬く照らす。
「石を大事にする人間を、俺は切り捨てたくない」
それは求婚めいた甘さとは程遠い言葉だった。けれど、私には十分だった。
王都で私はずっと、役に立つ記録係としてしか見られてこなかった。石を大事にする人間だと言われたのは、初めてだったから。
私は原石を小皿へ戻し、微笑んだ。
「では明日からは、値踏みだけでなく磨き順まで答えます」
「望むところだ」
朝の卓に、ようやく少しだけ余白ができた気がした。




