第37話 北方工房の婚約冠
冠は、頭にのせる前に誰の名で作るかを決めなければならない。
冬市の中央舞台へ出す新作として、私は小さな婚約冠を作ることにした。宝冠のように権威を誇るものではない。北方で働く人たちの名を裏へ刻んだ、細い銀と青石の冠だ。
「婚約冠?」とマルタが眉を上げる。
「ええ。誰か一人を飾るためではなく、北方工房がこれからどう名を刻むかの見本にします」
石は、相続が止められていた鉱区から出た青石だけを使う。石座の裏には採掘人の家名、研磨師の名、刻印管理者としての私の名。支えた順番で並べる。
作業台の向こうで、ディートハルトが珍しく長く石を見ていた。
「そこに、私の名はいるか」
私は少し考えてから答えた。
「工房を守った人としてなら」
彼はそれで十分らしく、小さくうなずく。
冠の中央石は、朝ごとに彼が持ってきた中で一番星筋の澄んだ石を選んだ。派手ではないが、真正面からではなく斜めの光でいちばん美しく見える。
「あなたに似ていますね」
私が言うと、彼は首を傾げる。
「無愛想だと言いたいのか」
「いいえ。近づいてから価値がわかる方だと」
珍しく、はっきりと笑われた。
婚約冠が形になった時、私は裏側を指でなぞった。名前が並んでいる。採掘、研磨、記録、保全。誰か一人の顔だけで売るのではなく、支えた人の名ごと見せる。それが今の北方工房のやり方だ。
白銀商会が欲しかったのは、たぶん最初からこの“見えない裏側”だったのだろう。




