第33話 マルタが守った旧鉱区台帳
古い台帳は、守っていた人の手つきまで残す。
冬市の準備で工房が慌ただしい夕方、マルタが大きな木箱を抱えてきた。
「あんたに出すタイミングを待ってた」
中に入っていたのは、十五年前からの旧鉱区台帳だった。採掘量、納品先、持分、共同出資者。すべてマルタの癖のある太い字で追記が入っている。
「書記局へ出していない記録ですか」
「出す前に、何度も“預かる”って男が来てね。嫌な匂いがしたから工房で持ってた」
私は頁をめくった。リーゼの夫、ベッティーナの父、クララの兄。今、相続証が消えている鉱区の名が全部ある。しかも旧持分には、採掘権だけでなく研磨屑の売却配分まで書かれていた。
「これでつながります」
納品した石の番号と、いま狙われている鉱区番号が一致した。白銀商会が欲しがっていたのは、見栄えのいい大鉱脈ではない。色の安定した青石が少しずつ出る、北方工房と相性のいい場所ばかりだ。
「マルタさん、どうして今まで」
「あたしは帳簿向きじゃない。でも、燃やされたら嫌な紙くらいはわかる」
その言い方が嬉しかった。記録は、書ける人だけが守るものではない。
台帳の最後の方に、母エヴァの名もあった。
『第三採掘線、星彩石色味安定。北方工房向き。地図余白参照』
「地図余白?」
私は息を止めた。今まで見た採掘地図に、その追記はなかった。
マルタが肩をすくめる。
「余白付きの原図は、昔、王都の測量役に持っていかれたよ」
また消された紙がある。けれど今度は、どこを探せばいいかまで書いてあった。
私は旧鉱区台帳を抱え直した。こういう時、古い紙は頼もしい。長く黙っていた分だけ、口を開いた時の力が強い。




