第26話 朝一番の婚約公告
朝一番に届く紙は、たまに仕事より先に心臓へくる。
その日、私の机に置かれていたのは原石ではなく封筒だった。侯家の紋入りで、中には婚約公告の草案が入っている。
『北方公爵ディートハルト・ヴァインベルクと、北方宝飾監理官クラリス・ノイマンの婚約をここに告知する』
私は読み終えてしばらく固まった。仕事の文言としては完璧だ。だから余計に逃げ場がない。
「訂正箇所は」
いつの間にか後ろに立っていたディートハルトへ、私は思わず振り返る。
「ありません。ありませんが、朝一番に置くものではないでしょう」
「朝が一番逃げにくい」
無骨にも程がある。けれど頬が緩むのを止められなかった。
公告を出せば、北方工房と侯家の名はさらに表に出る。つまり、白銀宝飾商会の偽装もより悪質になる。
「公告は出しましょう」と私は言った。
「名を隠したままだと、向こうに都合がいい」
昼前には、祝いの品がいくつか届いた。その中に、白銀宝飾商会名義の箱が混じっている。中身は上品な青石の耳飾りと、豪奢な鑑別証。
『北方特選星彩石 白銀宝飾商会保証』
私は思わず笑ってしまった。厚い羊皮紙に金文字、余白には侯家紋に似せた飾り枠。見栄えだけは立派だ。
「喧嘩を売ってきましたね」
鑑別証へ指を滑らせると、紙質が妙だった。古い王都の鑑別局で使っていた廃番紙に近い。手に入れにくいものをわざわざ揃えている。
「公告に合わせて送ったんでしょう」
マルタが箱を閉じる。
「婚約を祝うふりで、工房名へ寄生する気だ」
私は耳飾りを保全布で包んだ。婚約公告と白銀商会の贈答。名を公にした日に、すぐ擦り寄ってくる。相手もこちらを急いでいる。
「なら、急がせたままでいましょう」
私たちの名を借りたいなら、その分だけ証拠も濃くなる。




