第23話 消えた鉱区相続証
相続証が消える時、消されているのは紙ではなく生活の順番だ。
リーゼが持ってきた控えには、確かに鉱区書記の受理印があった。けれど本帳照会欄だけが空白になっている。
「ありえません」
私は控えを光へ透かした。書記印は本物だが、欄外に薄く削られた跡がある。もとの番号を消した上で、未登録扱いにしている。
「白銀宝飾商会からは?」と私が尋ねると、リーゼは唇を噛んだ。
「“困っているなら買い取る”と。今なら生活費もまとめて出せる、と」
それは救済ではない。追い詰めた後で差し出す値札だ。
私はディートハルトへ視線を向けた。彼は短く言う。
「鉱区書記を呼ぶ」
午後、領都の鉱区書記オスヴァルトが工房へ来た。四十代半ば、丁寧な口調の男で、最初から“手違い”を強調する。
「夏場は申請が重なりますから」
「ならなぜ、未亡人の相続証だけが重なるんですか」
私はリーゼの控えを突きつけた。同じ形式で、ここ二月だけで七件。全部、夫を亡くした妻か、高齢の親から継ぐ娘の申請だった。
オスヴァルトは一瞬だけ目を泳がせた。
「代理で整理しているのは白銀宝飾商会です。こちらも助かっていまして」
「助かっているのは誰ですか」
私の声が少しだけ冷えた。書記はそれ以上言わなかったが、十分だった。書記局と商会が繋がっている。
リーゼが帰る前に、私は新しい受理証を作った。
『鉱区相続証、再監査扱い。白銀宝飾商会との譲渡交渉停止を推奨』
受け取った彼女は、何度も頭を下げた。
「もう、自分の名前が帳面から消えたのかと思っていました」
「消えていません」
私ははっきり言った。
「消されたのなら、戻します」
王宮で母の名前を取り戻した時と同じだ。紙は声を出さない。でも、誰の名が書かれていたかまでは忘れない。




