第21話 北方工房を騙る偽刻印
宝石は、光り方だけではなく名札でも値打ちが決まる。
夏の終わり、北方工房の帳場へ一人の婦人がやってきた。三十一歳の宿屋女将エルザで、北海行きの商人から買った青石の首飾りを机へ置く。
「北方工房の刻印入りだと言われたのですが、三日で曇りました」
私は首飾りを持ち上げた。遠目には悪くない。けれど石座の裏へ爪を滑らせた瞬間、違和感が走る。北方工房の新刻印は二重星の外に細い円を添える。そこへ刻まれているのは、角の浅い粗い星だけだった。
「これはうちの刻印ではありません」
マルタが身を乗り出す。
「偽物かい」
「ええ。しかも刻印だけじゃない。石も北方の星彩石ではありません」
細灯を当てると、内部に走るはずの星筋がぼやけていた。磨きそのものは悪くない。だからこそ厄介だ。工房の名を知った上で似せている。
「どこで買いました」
「白銀宝飾商会の先行市です。冬市へ向けた特別品だと」
その名前を聞いた途端、ディートハルトが顔を上げた。
「最近、北海筋でよく見る商会だ」
私は帳簿へ書きつける。工房名を騙る偽刻印。販売元は白銀宝飾商会。北海冬市前。
王都で私が学んだのは、偽物は必ず急ぐということだった。本物の信用を借りるしかないものほど、広まる前に売り切ろうとする。
「返金は求めますか」と私が尋ねると、エルザは小さく首を振った。
「いいえ。ただ、北方工房の品がこう思われるのは嫌で」
その言葉が、思ったより胸に残った。工房はやっと立ち直ったのだ。ここで名まで盗まれてたまるものか。
私は首飾りを保全箱へ入れた。
「ありがとうございます。これは証拠として預かります。代わりに、本物の石の見分け方を書いた控えをお渡しします」
エルザが帰った後、私は刻印見本板と偽首飾りを並べた。粗くても似せようとしている。つまり相手は、うちの名が売れると知っている。
「冬市へ行く前に洗います」と私が言うと、ディートハルトは短くうなずいた。
「なら、先に買付帳を押さえる」
朝ごとに石を持ってくる無骨な公爵は、こういう時だけ先に道を敷く。




