第20話 私の輝きで歩いていく
夏のはじまり、北方工房には新しい看板が掲げられた。
『北方公爵領宝飾工房 刻印管理責任者 クラリス・ノイマン』
大げさな装飾のない木の看板だ。それでも私は、王宮のどんな金文字より嬉しかった。
工房では明け星の首飾りに続き、祝礼用の小冠や婚礼の指輪まで受注が広がっていた。帳簿は忙しく、職人たちの手も止まらない。けれど今は、その忙しさが誰かの隠し事のためではなく、工房の未来に繋がっている。
朝の執務室へ入ると、いつものように小箱が一つ置かれていた。
開ける前からわかる。公爵だ。
中には、細い銀の輪に青い一石を留めた指輪が入っていた。華美ではない。けれど星筋がまっすぐで、余計な曇りがない。私が一番好きな光り方だ。
「勝手に置くのは卑怯では」
振り返ると、公爵が扉口に立っていた。
「逃げられると困る」
「誰が逃げますか」
「念のためだ」
私は笑いながら指輪を持ち上げる。裏側には、北方工房の新刻印と、その横にごく小さく二重星が添えられていた。過去を消すのではなく、今の刻印に並べて残してある。
「これは、仕事の指輪ですか。それとも」
「両方だ」
あまりに彼らしくて、胸の奥があたたかくなる。
「クラリス。これからもここで、おまえの記録と俺の領地を並べていきたい」
派手な求婚ではない。けれど私にとっては、いちばん誠実な言葉だった。
私は左手を差し出す。
「では、帳簿に残しておきます。北方工房の責任者は、これからも毎朝磨きたての石を届けられること、と」
公爵が珍しく、はっきり笑った。
指輪がはまる。窓から差した朝の光が石を通り、机の上に細い星筋を落とした。
私はもう、安物の石がお似合いだなんて言葉で揺らがない。
誰かに飾られるためではなく、自分の仕事と選んだ居場所の光で歩いていけると知っているから。
今日もまた、新しい石と新しい記録が私を待っている。




