第18話 公爵が磨いた最後の一石
騒ぎが落ち着いたのは、夜もかなり更けてからだった。
王宮の明かりを離れ、公爵家の客間へ戻ると、私はさすがに椅子へ沈み込んだ。肩が重い。けれど心は妙に静かだ。終わったのだと、ようやく身体が理解し始めている。
扉が叩かれ、公爵が入ってきた。
「起きていたか」
「はい。眠るには、少しだけ今日が大きすぎました」
彼は短くうなずき、手の中の小箱を机に置いた。最近よく見る箱だが、今夜のそれは少しだけ古びている。
「開けろ」
中には、深い青の一石が収まっていた。大きくはない。けれど中心へ細く星筋が通り、余計な飾りが一つもない。爪座も、北方工房の新刻印で仕立てられている。
「これ……」
「今日の前に磨いた。俺が」
思わず顔を上げる。公爵はいつものようにぶっきらぼうな顔のままだ。
「職人ほど上手くはない。だが、最後の仕上げだけは自分でやりたかった」
喉が熱くなる。
「どうして」
「おまえが、北方の石を誰より真っ当に見たからだ」
少しだけ間を置いて、彼は続けた。
「そして俺は、明日もその先も、おまえにここで石を見ていてほしい」
甘い言い回しではない。けれどこの人が言うと、それがいちばん確かな言葉になる。
私はそっと一石を持ち上げた。温かい。たぶんさっきまで、彼の手の中にあったからだ。
「王都へ戻れと正式に言われるかもしれません」
「断ればいい」
「簡単に言いますね」
「簡単でいい。おまえが望まない場所に戻す気はない」
その瞬間、ようやく涙が滲んだ。悔しさの涙ではない。選んでいいと言われたことへの、遅い安堵だった。
私は箱を閉じ、公爵を見た。
「明日も、ここで石を見ます」
彼は小さくうなずく。
「なら十分だ」
王宮で失ったものより、北方で得たものの方が、もうずっと確かになっていた。




