第11話 王宮宝飾局の裏帳簿
紅玉の納品が無事に終わった夜、私は執務机いっぱいに帳簿を広げた。
工房側の発送控え、王都側の受領控え、金庫から出た小帳簿。そして公爵家の会計方ヨハンが持ってきた領内送金記録。数字を並べると、人の嘘は想像より素直に浮かび上がる。
「ここです」
私は三冊の帳簿を指で追った。
「祝冠石の納入前後だけ、王都宝飾局から見慣れない名義へ支払いが流れています。しかも同じ日に、セリーヌの宝飾店口座へ入金がある」
ヨハンが眼鏡の位置を直した。「偶然では済まんな」
公爵は背もたれに深く寄りかかったまま問う。
「レナードの名はあるか」
「直接はありません。ただ、典礼官補佐名義の消耗費が同じ日に膨らんでいます。帳尻合わせです」
つまり、局長が石を動かし、レナードが式次第の中で検品時間を消し、セリーヌが『王宮宝飾の新しい顔』として利益を受け取った。
線が一本につながった。
「欲しいのは、最後の受け渡し記録だな」公爵が言う。
「ええ。宝冠台へ石をのせる直前の保管庫記録があれば、誰が手を入れたか決められます」
ヨハンが静かに咳払いした。「王都の保管庫記録は簡単には出ないでしょう」
「なら、出させます」
自分でも驚くほど声が冷えていた。怒っているのだと思う。でも、もう震えてはいない。
私は別紙へ、王都宝飾局の裏帳簿として整理を始めた。支払いの流れ、帳尻合わせの費目、消えた見本帳の頁、盗まれた刻印板。ひとつひとつを書き出すほど、相手のやり方は卑小になっていく。
「クラリス」
公爵が私の名を呼ぶ。顔を上げると、彼はいつもの無愛想なまま言った。
「おまえは、潰すためではなく戻すために帳簿を読んでいる」
不意に、胸の奥がほどける。
私は復讐したいのだと思っていた。もちろん、それもある。けれど本当に取り戻したいのは、母の仕事であり、北方工房の名であり、勝手に安物扱いされた自分の価値だった。
「はい。だからこそ、曖昧には終わらせません」
帳簿の赤い線が、夜更けの灯りの下で静かに乾いていく。
もう向こうが何を消しても、こちらには消えない形で残る。




