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第10話 光らない紅玉

 工房に舞い込んだ次の仕事は、紅玉百粒の急ぎ研磨だった。


 王都の商会が納期を早めたせいで、皆の顔が強ばる。しかも原石は色はいいのに光を返さない。これでは磨いても鈍いままだと、若い職人たちが肩を落とした。


 私は一粒を指先で転がした。


 原因は石そのものではない。研磨前の油が古く、細かい粉が表面に焼きついている。


「熱を入れすぎましたね」


 マルタがうなる。「急がせすぎた」


「なら順番を変えましょう。先に温布で油を抜いて、そのあと細粒粉で戻します。三班に分ければ今夜中に間に合う」


 誰かが小さく息をのむ。王都では指示を出す役だった私が、北方ではいつのまにか作業順まで口にするようになっていた。


 公爵は何も言わず、人手の足りない台へ袖をまくって入った。貴族が研磨布を持つ姿に、工房中が一瞬だけ止まる。


「見ているだけより早い」


 それだけ言って、彼は本当に手を動かした。


 おかげで空気が変わった。職人たちは迷いなく配置につき、私は帳面で石数を追いながら磨き戻しの順を指示した。夜半を過ぎる頃には、最初の紅玉が深い赤を取り戻す。


「戻った……」


 若い職人の声に、自然と笑いが広がった。


 夜明け前、百粒はきっちり箱に収まった。私は最終確認の札にサインを書き、公爵へ渡す。


「これで商会との取引も止まりません」


「工房もな」


 公爵の返事は短い。でも、その目には昨日までなかった落ち着きがあった。


 発送馬車が出たあと、工房の裏口で二人きりになった。冷たい朝風の中で、公爵が缶の代わりに金属の小杯を差し出す。中身は濃い珈琲だった。


「祝杯の代わりだ」


「紅玉なのに?」


「祝い方は石に合わせる必要があるのか」


 真面目に聞き返されて、私は声を立てて笑ってしまう。


 王都ではこんなふうに笑ったことが、いつあっただろう。


 小杯の熱を掌に受けながら、私は工房の屋根を見上げた。止まっていた場所が、少しずつ動き出している。


 それは石だけではなく、私の時間も同じだった。


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