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第52章| 職場巡視の重要性 <6>リスクアセスメントをやってみよう その1

<6>


「私たちが生きるうえでリスクの存在を完璧に避けて通ることはできません・・・・・・例えば道路を車が走ると、歩行者が交通事故に遭うリスクが上がります。でも交通事故に遭うリスクをゼロにするために “部屋から一歩もでない” という解決策をとれば人生が楽しめませんし、通常の日常生活が送れません。それに自動車を全面禁止したら生活がとても不便になります。

水だって、『H2O』という化学物質と言い換えることができますが、一気に数十リットルの水を飲めば水中毒などの健康被害を引き起こします。でも通常量の水を飲むなら安全ですし、むしろ全く水を飲まなければ人間は死んでしまいます。

今回のアセトンも同じように考えられます。ラベルや安全データシートで知ったこの物質の危険性・有害性が、事故や健康被害につながるのか、それとも安全に使いこなせるのかは、皆さんの取り扱い方次第で変わります。職場で化学物質を使うときは危険有害性情報を知った上で、ただ怖がって避けるのではなく『リスクアセスメント』を行い、リスクを許容範囲内に抑える対策を取ることが重要なんです! 」



・・・・・・私が言った内容、実はほとんどが鈴木先生の受け売りだ。


先日、雑炊を食べながら鈴木先生が言っていたことをそのまま話している。



でも持野さんが目をウルウルさせながら「里菜ちゃん・・・・・・・・・。いつの間にか保健師として立派になって・・・・・・」と言って聞いてくれた。



間黒さんも言う。

「たとえ仕事で化学物質を使っても『リスクアセスメント』をちゃんとやれていれば安心して働けるっていうなら、私、店長として『リスクアセスメント』を勉強したいです。詳しく教えてください! 」


ネイリストさん達もウンウン、とうなずいた。


「このサロンがネイリストにとって安全で健康を害さず働ける職場になるってことは、私たちにとってもメリットあるし、ネイル施術を受けるお客様にとっても安心して訪問できるお店ってことになりますよね~。それはビジネス的にやる価値あるんじゃないですか?? 是非一緒にやりましょうよ。それで足立さん、具体的には何すればいいんですか? 」

伊倉さんも言ってくれた。



「えーと・・・・・・。リスクアセスメントをするには、おおまかに危険性と有害性に分けて考えるといいんですケド・・・・・・・・・」



もう一度、手元のノートを見た。


----------------------------------------------------------------------------

【リスクアセスメント】リスクを発見・評価し、軽減する!


 ■リスク→危険性や有害性の大きさ と 発生可能性の組み合わせ 


 ・「危険性」→損失・被害・病気・ケガの重大さ×発生可能性

 ・「有害性」→物質の持つ有害性×ばく露の程度


                     で考える

----------------------------------------------------------------------------




(・・・・・・・・・まずいっ。この先の進め方は、私にはまだよくわからない~~汗・・・・・・・・・)



喫煙者の伊倉さんが言う。

「あ。アセトンのラベルに『引火性』って書いてあるけど、これ私、思い当たることあるかも。前に働いてたお店で、自分のネイルをオフするためにアセトンをしみこませたコットンを爪に巻いて、一服しようとしてタバコ吸ったら、ぶわ~~~って炎が上がったことがあるの!! も~ビックリしちゃって!! 」



「本当に!? それ怖いね~!! 」



「その時はすぐに火を消し止められたけど、なんでこんな怪奇現象が起きるんだろう?? って思ってて。それ以来ネイルオフの待ち時間にタバコ吸うのはやめているんだけど、あれってアセトンが燃えてたのかなって、今ラベルを見てはじめて思った~」



他のネイリストが言った。

「ねえ、いま私、ラベルにあったQRコードを読み込んで、アセトンの『安全データシート』ってやつを見てるんだけど、アセトンの引火点は『マイナス20℃』らしいよ? これって、私たちが暮らしている普段の部屋の温度でも、簡単に火がつくってことじゃないの?? 」



持野さんが言う。

「その通りです。ですからアセトンを使う場所にタバコの火を近づけるのは厳禁なんです。

ちなみに私の職場に手品を披露するのが好きなドクターがいるんですけど、彼のアシスタントとして私も火をつけるマジックショーのお手伝いをすることがあるんですよ・・・・・・。その時によく使うのが『石油ベンジン』です。

石油ベンジンは引火点がマイナス40℃なので、室温でもほんの小さな火花さえあれば一瞬で引火して、炎が出るんです。お客さんに気付かれないほどの小さな着火源でも派手な炎が出せるので、火の魔法みたいで人の目を引きつけられるっていう面白さはあるんですが、裏を返すと石油ベンジンやアセトンのように引火点の低い化学物質は、ほんのちょっと静電気の火花がついただけでも引火して火事になるリスクがあるので気をつけたいですよね」



(――――――――あ。荒巻先生が「もう死にたい」って言ってた二針さんとの産業医面談で見せていた、燃え上がるティッシュペーパーのマジック。あれ、石油ベンジンっていう化学物質を使ってたんだぁ・・・・・・!! )


思わぬトコロでマジックの種明かしを知ってちょっとスッキリした。




「うっかり火がついて火事になったり、お客様をやけどさせたりしたら大変なことだよね。ほかにも、お店でアセトンが引火するようなシチュエーションってあるかな? 」

間黒さんがネイリスト達に訊いた。



「実は・・・・・・大きな容器から小分け容器に移すとき、私、アセトンを大量にこぼしちゃったことがあります。その時は火は付かなかったけど、静電気でも接すれば危なかったなって思って・・・・・・それに、こぼれたアセトンを拭き取ったティッシュとか雑巾も、燃えやすいってことになりませんか?? 」一人のネイリストが言った。



「アセトンを含んだ布も、燃えやすいと考えるほうがよさそう。そう考えると、アセトンをたっぷり吸い取ったコットンとかをそのへんに放置しておくのもちょっと危ないよね? だってアセトンって無色透明だから、水で濡れてるのか、アセトンが含まれているのかって、そのコットンを使った人以外が見たら見分けがつかないもの」



「そうですね。じゃあアセトンを吸った布や紙の捨て方とかも、お店でルールを決めて取り扱いましょうか」



ネイリストさん達がワイワイガヤガヤと話し合っている内容を、鈴木先生が手元の紙に記入している。



(それは、何ですか? )小声で鈴木先生に訊く。


(彼女たちが今していることが、『危険性に対するリスクアセスメント』。それを記録しているのです)


(えっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・?? )



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