↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された帰還術師、廃駅で迷宮救助を始めたら最強剣姫の帰る場所になった~攻撃力ゼロでも、帰り道なら俺が作る~  作者: さくらろ
第1章 廃駅に帰る灯

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/8

第5話 誰が先に乗るか

暁冠からの救助要請は、安く買い戻す契約の翌朝に届いた。


 俺は依頼主の名前を二度見た。見たが、それで返事を遅らせる理由にはならなかった。


「生存人数と、最後に応答した時刻を」


「二十四。全員、今も返事がある」


 受信機の声は、副隊長の牧野だった。俺より六つ年上で、撤退の合図だけは嫌な顔をせず聞いてくれた男だ。息の合間に、何度も咳が混じった。


「第三採掘棚。迂回路の支柱が抜けた。本道は落石で詰まってる。黒瀬さんは、東へ自力で抜けろと言ってる」


「東は水路の直上だ。動かないで。現場まで行って確認する」


 通話を切ると、凛がすでに地図を広げていた。北工区の青い線が、受付の光の下に横たわっている。昨日まで細かった線が、今日は人二十四人の重さを持った。


「石は二本、あるわ」


 文さんが工房の納品箱を置いた。初営業の代金で注文した補充分だった。一本ずつ、割れがないか光にかざす。


「二十四人なら二便。途中で石の調子が悪ければ、そこで止める。いい?」


「分かりました」


 昨日の計測坑の杭は、点検を終えた管理員が回収して届けてくれていた。引き抜かれた時点で登録は切れている。俺は先端を磨き、固定具を袋へ入れた。


 朔が受付の椅子から立とうとしたので、片手で止めた。


「ここが持ち場だ。十二人戻ったら名前を照合して、次の人に渡す。地上の救護へ連絡、できるか」


「できます。帰った数と、まだ帰ってない数を別に書きます」


 凛には現場の護衛と乗車順の維持を頼んだ。文さんは石の交換と車体点検。千景さんは管理所の許可を取り、現地の時計と原記録を確かめる。


 俺は経路を繋ぐ。全部をやるより、一つだけ確実にやる方が難しい気がした。


 入口で、市の救助班長の堤さんと合流した。支保材を担ぐ班員が二人、俺たちに続く。俺は地上で待機している黒瀬の姿を見つけた。彼は俺を見て一瞬だけ眉を動かしたが、すぐ現地の無線へ顔を戻した。


「東へ進む方が早いだろう、真柴」


「東の水路は床が持ちません。実際に確かめます」


「人数に時間をかけるな。動ける者から出せ」


 俺は返事をせず、無線を堤さんへ渡した。現場へ入る指揮の窓口は、一本にした方がいい。


 第三採掘棚へは、古い牽引機の通る下段路から入った。頭上を何度も土砂が走る。凛は音のする方向を見つつ、俺の歩幅に合わせた。速く歩ける人が速さを捨てると、こんなに道が落ち着く。


 東の分岐で、俺は床へ這った。薄い板が二枚、穴の上に残っていた。下から水の跳ねる音がする。長い測量棒を置くと、板は棒の重みだけで一度沈んだ。


「使えない。西へ回ります」


 千景さんが時刻を記し、堤さんが分岐に進入禁止の綱を張った。使えない道だと、人の目にも分かる形にする。


 最後の三十メートルは、今までの地図にない斜面だった。落ちた石を凛が端へ運び、俺が靴底で踏み固める。帰りに人を歩かせる道ではない。俺が接続を作るための、辛うじて続いた道だった。


 採掘棚へ上がると、二十四人が壁際に集まっていた。


 怪我をした人だけが座っているのではなかった。誰も、無駄に床を揺らさないようにしていた。荷箱の上で布を噛んでいた若い隊員が俺を見ると、目を伏せた。


「真柴さん。あの時、歩くだけって、俺も笑いました」


「後で聞く。今は名前と、どこが痛いか」


 若い隊員は顔を上げた。謝罪の代わりに、左脇腹を押さえていることを教えた。その方が助かる。


 牧野から名簿を受け取り、俺たちは一人ずつ応答を取った。二十四人。呼吸が苦しい人が三人、出血のある人が四人、歩けない人が二人。救護班員が順をつける。


 小さな扉では、この担架は横向きにできない。二人を通しただけで開かなくなった自分の指を、手袋の中で一度握った。十二人ずつ帰すには、幅を支える灯号が要る。


 俺は棚の奥まで自分の足で歩き、崩れた壁から離れた基礎へ帰還杭を固定した。灯号が止まる床幅はある。屋根代わりの張り出しは、今は持っている。


「定員は十二人です。二便に分けます」


 誰かが息を呑んだ。俺は顔を上げ、その人へも聞こえるよう続けた。


「俺と護衛も、最初の便で帰ります。車両と石を点検して、もう一度歩いて来る。現地には堤さんの班が残ります」


「何分で?」


 牧野が聞いた。試すような声ではなかった。待つための数字が必要なのだ。


「現状なら、帰還から再到着まで四十五分。崩れたら遅れます。途中の連絡は十分ごと。変われば、その時点で伝えます」


 俺の口は、一瞬だけ三十分と言いかけた。待つ人の顔が、それを止めた。嘘の時刻は、道を一メートルも伸ばさない。


 凛が乗車位置の床へ、短い綱を置いた。


「ここから先は一人ずつ。呼ばれるまで動かないで。怪我の状態で順番を決める。強さや階級は関係ない」


「俺はまだ走れる。先に出て、人を呼んでくる」


 立ち上がった男の肩を、牧野が押さえた。男は彼を振りほどきかけ、凛の目を見て止まった。


「地上の人手は、もう呼んである。あなたがここにいてくれる方が助かる」


 凛は男へ綱の端を渡した。荷物を並べ、通路を空ける役を頼む。男の指が、行き場を見つけたように綱を握った。


 小さな破片が壁を転がった。天井からの石ではない。壁の隙間を、薄い甲殻の魔物が這ってきていた。凛が前へ出る。


 剣が光ったのは一度だけだった。落ちた甲殻を蹴り出し、彼女はすぐ剣先を下げた。強さを見せるために、二度振る必要はなかった。


「続けて」


 俺は杭を握り、灯号を呼んだ。


 深緑の車体が現れた時、張り詰めていた空気に人の声が戻った。冗談を言う者も、名前を呼ぶ者もいた。凛はその中から最初の一人を呼んだ。


 十二人は、簡単な数字ではなかった。


 脇腹を押さえていた若い隊員は、自分より同僚を先にと言った。救護班員が傷を見直し、順番は変えず、同僚を隣の席へ置いた。怪我の状態と、安心できる顔。どちらか一つだけでは座れない人もいる。


 七人目の男は、車両の前で止まった。足を上げれば段差を越えられるはずなのに、持ち上がらない。俺は手を差し出し、名前をもう一度呼んだ。


「帰りますか」


 男は喉を鳴らした。頷いて、俺の手首を掴んだ。その力があれば充分だった。


 十一人目を乗せたところで、牧野が残りの人へ水を配り始めた。自分は二便目に残るという。俺は拒まなかった。堤さんと二人で、待つ人の声を聞いてもらう。


「杭は抜くな。ここが変わったら、俺が繋げなくなる」


「分かった。今度は守る」


 牧野は軽く頭を下げた。それを謝罪の完了にはせず、仕事の返事として受け取った。


 十二人の名前を千景さんと読み合わせ、彼女も乗務区画の折り畳み補助席へ入った。狭さのため、鞄は膝に抱えたままだ。凛が最後の乗客の帯を点検し、俺が最後に車両へ入る。


 扉が閉じる直前、残る十二人の顔が見えた。俺はその中へ手を上げた。全員救う、と叫ぶより先に、帰って次の石を載せなくてはいけない。


 南岬駅へ戻ると、朔の声が地下に響いた。


「十二人、到着。お名前、こちらで確認します」


 搬入口の上で担架の車輪が鳴った。文さんは乗客が降りるのを待ち、盤から白い石を抜いた。俺も十二人と一緒に戻ってきた。靴はまだ、歩ける形をしていた。


 千景さんが記録を机へ移した。暁冠の名簿とこちらの到着時刻が、同じ紙の上で初めて揃った。


 到着した男の一人が、救護の列から外れて俺へ歩いてきた。先ほど車両の段差で止まった男だった。


「残りの人は、ちゃんと来るんですよね」


「今から迎えに行きます」


「俺、ここで待ってていいですか。あいつの荷物、預かったままなんだ」


 彼の手には、青い手拭いで包んだ水筒があった。朔が椅子を指し、救護担当が診察のあとなら待てると伝えた。誰かを待つのは、それだけで体力を使う。俺は男へ水を勧めた。


 牧野から預かった名簿の端が、汗で丸まっていた。朔が下敷きを差し込み、一便目の名前の脇に到着の印をつける。その上から、未帰還の十二人が隠れないように紙を重ね直した。


「真柴さん。この人、最初の名簿と所属が違うって」


 名前が似た二人を、隊内で取り違えていた。帰ってきた本人に確認し、元の文字を残して訂正する。数字だけ合っていても、違う人を帰ったことにはできない。


 文さんが床下から顔を上げた。


「左の戸車が少し重い。今、油を差す。二分もらうわ」


 二分を惜しんで扉が開かなくなれば、四十五分という予定に意味はなくなる。待つ側の牧野へ、点検中であることを連絡した。


「こっちは大丈夫だ。水は足りてる。きっちり見てくれ」


 俺はその声を、駅の受信機から全員に聞こえるようにした。残る人にも、帰った人にも、いま相手が生きている音が届いた。


 俺は水を半分飲み、残りを首に当てた。凛が手袋を交換しながら、俺の足元を見た。


「靴紐、結び直して。次はほどける」


 しゃがんで結ぶと、ようやく自分が急いでいると分かった。


 受信機の向こうから、牧野の声がした。全員その場で待機、杭に異常なし。俺は次の連絡時刻を伝え、地下の時計に目をやった。


 まだ帰っていない十二人の欄は、消さずに残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。