↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された帰還術師、廃駅で迷宮救助を始めたら最強剣姫の帰る場所になった~攻撃力ゼロでも、帰り道なら俺が作る~  作者: さくらろ
第1章 廃駅に帰る灯

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/7

第4話 帰りの切符は別売りです

料金表の最初の一行を書くのに、一時間かかった。


 救助一名につきいくら、と書けば、財布を持っていない人が読んで困る。相談無料、と大きくすれば、相談だけで帰れると思わせる。人間は床より複雑だ。


 凛は向かいの椅子で、俺が書き損じる紙を揃えていた。


「まず、緊急時は支払い確認より救助を先にする、と書く」


「それは守る。でも石は有料だ」


「共済と所属先に請求する。そこがない人の基金は、別に用意する。全部を一行で解決しようとしない」


 強い。剣を持っていなくても、逃げ場を塞ぐのがうまい。


 俺は基本搬送費、現場までの踏査費、護衛費を分けた。見積りの端に、傷病者本人へ現場で支払いを迫らない旨を書く。基金の口座は、まだ開設準備中だった。先に名前だけ立派にならないよう、残高の欄も作った。


 受付の扉が開き、松葉杖の朔が顔を出した。


「退院しました。荷物を受け取りに行って、その帰りです」


 大きな鞄は地上で待っていた運送屋が運んでくれた。朔は膝に封筒を置き、俺たちの顔を順に見た。


「暁冠、辞めます。もう退職の意思は出しました。脚が治るまで待てって言われたけど、辞めるって書きました」


「誰かにそう言われて決めたのか」


「俺です。救助のあと、荷物の弁償を先に言われたのが、どうしても嫌で」


 彼が持ってきた賃金明細へ目を落とした。残業分と、出先で立て替えた運搬代が載っていない。専門の相談窓口の連絡先を渡すと、朔はノートに貼った。


「ここで働けますか。脚が治ったら、運ぶことなら」


「今は、座ってできる受付を一日二時間。賃金を決めて、試行期間を置く。脚は医師の指示が先」


 彼は妙に真剣に頷いた。俺はそこで、自分が人を雇う側になりかけていると気づいた。攻撃力の欄がない契約書を探さなくてはいけない。


「こんにちは。記録の確認をお願いできますか」


 次の客は、薄い鞄と小型のカメラを持った女性だった。篠原千景と名乗る名刺に、探索記録記者とある。


 俺が先にカメラを見たのに気づき、彼女は電源を切って机に置いた。


「今日は取材の同意を伺うところから。お二人の救助映像を、暁冠が公開しています」


 画面には、俺たちが北工区から戻った日の入口が映っていた。暁冠の救助隊が帰還を支援、と文字が載っている。映像の端を切ったせいで、柵を上げた市の救助員の袖章が見えなくなっていた。


「これは、誰の映像ですか」


「出所は確認中です。公開映像の時刻と、入口管理所が出した到着時刻が合わない。それだけでは偽装と断定できません。だから原記録を探しています」


 千景さんは、確認できた項目にだけ線を引いていた。こちらが怒っているほど、怒らない人が必要なこともある。


 朔が膝のノートを開きかけた時、受付の受信機が鳴った。


 近くの計測坑で送風機が止まり、点検員が一人戻れていない。入口はまだ歩けるが、熱気が溜まり始めているという。俺は時計と地図を見た。


「凛、十分で出られるか」


「五分。水を二本増やす」


 千景さんが椅子から立った。


「同行できますか。通行許可はあります。撮影は指示のある時だけにします」


「通路を塞がない。人を撮る前に本人の許可。危なくなったら、機材より体を先に」


「分かりました」


 彼女はカメラを鞄の奥にしまい、代わりに空いた手で救急鞄を持った。


 計測坑の手前では、管理員が待っていた。俺は前に点検した経路を歩き直し、迷宮境界内の待避室を帰還点として確認した。今回は狭い扉で一人を抜けばいい。石を使わない代わりに、俺が扉を支えている間の時間を見積もる。


 点検員の宮原さんは、倒れた送風管の奥にいた。五十代の男で、濡れたタオルを口元へ当てている。右手の熱傷を水で冷やしていた。


「止める方はできた。戻る方が、ちょっとな」


「そのために来ました」


 凛は剣を抜かず、送風管に綱を掛けた。管を切れば、残っている粉塵を撒き散らす。俺が支持具を噛ませ、彼女が管を少しずつ引く。足一本通る隙間を空けて、俺は奥へ入った。


 熱気が顔へ貼りつく。先ほどまで床が濡れていると思ったが、金属面の照り返しだった。滑らない位置を選び、杭を基礎の穴へ固定する。


 宮原さんが自分の背後へ手を伸ばした。


「計器が一つある。記録が」


「人を先に出します」


「だが、あれがないと原因が」


 俺も見た。壁際の黒い箱は持てる大きさだった。ただし、ここからさらに三歩ある。天井の送風管は、凛の腕と綱で止まっていた。


 千景さんが入口側から言った。


「時刻と状態は、ここから記録できます。あなたが戻って説明する方が確実です」


 宮原さんは彼女を見て、それから空の手を俺へ差し出した。


 呼吸と返事を確かめ、扉を開く。凛が管を支える姿勢を変え、俺は宮原さんを待避室へ送った。続いて千景さん、凛。最後に俺が光を抜けた時、肩の上で管の震えが止まった。


 誰も箱を取りに戻らなかった。


 待避室で宮原さんの手に清潔な布を巻いた。医療の人へ渡すまで、冷やした範囲と時刻をメモする。千景さんは撮影を求めず、ペットボトルの蓋を外して彼の左手へ渡した。


「箱は、冷えてから回収する」


 宮原さんが言った。


「俺が覚えてるうちに、数字を書かせてくれ」


 紙に向かった背中は、来た時より少しだけ丸くなっていた。ちゃんと戻って、仕事の続きをできる背中だった。


 駅へ帰ると、朔が二枚の紙を持って待っていた。依頼主の連絡先と、救護車の到着時刻が、読みやすい字で分けてある。


「帰還待ちの欄も作りました。帰ったら消していいですか」


「消さずに、帰還の時刻を書く。終わったことも残すんだ」


 朔は早速、一人の名前の隣に時刻を書いた。その小さな動作を、千景さんが目で追った。


「この記録、元のまま保管してください。修正する時は、元が読めるように」


 彼女は自分の記録と照合してから、朔へノートを返した。


 千景さんを見送ったあと、受付の電話が鳴った。朔の手が受話器の手前で止まる。俺が視線を向けると、彼は背筋を伸ばして取った。


「南岬の、ええと、帰還の受付です」


 名前がまだ決まっていない弊害が出た。相手は宮原さんの所属先で、請求に必要な項目を聞きたいという。朔は料金表を横へ引き寄せ、言葉に詰まりながらも読み上げた。


 途中、彼の声が小さくなった。


「それは……はい。確認します」


 保留にして俺を見る。依頼したのは管理所だから、所属先へ請求されても困る、と言われたらしい。


「俺から説明する。朔は依頼を受けた時刻の紙を出して」


 受話器を受け取り、管理所経由の救助依頼だったことを伝えた。支払い窓口は向こうで確認してもらう。朔には、電話の相手を自分一人で説き伏せる仕事まで頼んでいない。


 話が済むと、彼は握っていた鉛筆を机へ置いた。


「お金の話って、怖いですね」


「怖い。だから紙に残して、順番に話す」


「俺、すぐ自分が払えばいいかって思っちゃって」


 俺は返事を一拍遅らせた。凛の視線が横顔に刺さったからだ。似たことを考えた経験は、両手で足りない。


「それは受付で決めない。俺も勝手に決めない」


「今、両方書いておく」


 凛が契約用紙の余白に線を足した。朔は笑って、初めて背もたれへ深く座った。自分で払わずに終わった最初の電話は、ずいぶん大きな仕事だった。


 夕方、黒瀬から電子契約が届いた。暁冠の専属支援職へ戻る条件は、以前の六割の報酬だった。救助の看板と公開記録は、すべて暁冠名義にする、とある。


 通話をかけると、相手はすぐに出た。


「真柴。自由業の不安は分かっただろう。席を戻してやる」


「救助は別契約で受けます。専属には戻りません」


「独立して何人雇える。S級の護衛料を、一度でも払ったのか」


 俺は机の横に置いた出金帳を開いた。試行日当は支払済みで、凛の受領の印がある。肉まんを一つ追加してもらおう、とは思わなかった。


「払いました。次も払える単価で受けます」


「たかが帰り道に、別料金を取るつもりか」


「そうです。帰りの切符は別売りです」


 通話を終えたあと、指の先だけが冷えていた。俺はそれを温かい缶に当てた。凛が向かいへ座り、何も聞かずに料金表の清書を始めた。


「言い方、気に入った?」


「悪くない。けど、切符を持ってない人も乗せるとは書いておいて」


「書く。基金の欄の上に」


 その時、工房の班長から送金通知が来た。初営業の代金に、少額の寄付が添えられている。腰が喜んだ分、と通信欄にあった。


 俺は準備中だった基金の残高へ、最初の数字を書いた。零でなくなる瞬間は、派手な音がしない。


 千景さんから次の連絡が来たのは、料金表を窓へ貼り終えた直後だった。


 暁冠が明日、北工区の深層へ大きな隊を入れる。公開予定の経路図には、俺が危険だと伝えた迂回路が、そのまま細い青線で残っていた。


 俺は青線を拡大し、隣に鉛筆で、人が待てる場所を三つ書き込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。