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追放された帰還術師、廃駅で迷宮救助を始めたら最強剣姫の帰る場所になった~攻撃力ゼロでも、帰り道なら俺が作る~  作者: さくらろ
第1章 廃駅に帰る灯

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第2話 剣姫は、座って帰りたい

病院の自動販売機は、剣姫にも釣銭を間違えなかった。


 凛は二本の缶を持って戻り、俺の前に温かい方を置いた。彼女の右手には、白い包帯が巻かれている。


「診察、終わったのか」


「二日間の休養。重い物を持たないこと」


「剣は」


「診察室で聞いたら、医師に長く見られた」


 適切な処置だと思った。


 朔の脚は骨折していたが、手術は要らなかった。病室へ顔を出すと、彼はベッドの上で雇用契約の画面を睨んでいた。俺たちに気づき、慌てて伏せる。


「休業の連絡か」


「はい。でも、まず荷物を戻せって。回収した資材が足りないって言われて」


「どの荷物を、誰が、どこで受け取ったか。覚えてるうちに書いとけ。今日はそれだけでいい」


 俺は売店の小さなノートを渡した。朔は表紙を撫で、最初の行に日付を書いた。凛はベッドの足元にずれていた毛布を、彼の手に届く位置へ戻した。


「仕事は、脚が治ってから選べる」


 彼女が言うと、朔のペンが一度止まった。


 市役所へ行ったのは翌朝だった。凛もついてきた。休養とは何か議論しかけたが、座って話を聞く予定だと言われると、こっちの旗色が悪い。


 空き施設貸出担当の三枝という女性は、南岬駅の見取り図を机に広げた。俺が事前に送った短期使用申請には、救助の集合所と道具保管の二つを記入してある。


「地上の待合室と地下留置線を合わせた試行利用です。客扱いできる列車はありません」


「地上へ運ぶ動線が欲しいんです。地下に迷宮境界が残っているので」


「そこは危険区域です。現況確認に整備の方を同行させてください。修理費を市が全部持つ契約にはできません」


「分かりました」


 保証金と一か月の使用料は、封筒の中身の半分だった。八年間の次に一か月が買えた。細かい買い物だ。


 凛が俺の横から書類を覗いた。


「待合室の椅子は、使える?」


「現物が壊れていなければ」


「重要事項ね」


 三枝さんは笑いを堪えるように唇を結び、施設の鍵を二本渡してくれた。


 南岬駅の扉は、鍵より先に力を要求した。線路のなくなった地上の広場には雑草が伸び、庇から雨樋が一本下がっていた。廃駅にもいろいろあるが、ここの第一印象は寝起きだった。


「開けるよ」


 俺が扉を押すと、白いものが足元を抜けた。


 猫だった。地元の子供が駅長と呼ぶ、という貼り紙を三枝さんにもらっていた。神々しい登場だが、逃げた方向は餌皿だ。


「先住者がいる」


「家賃の分担は期待できなさそうだな」


「警備は?」


 駅長は毛繕いを始めた。契約交渉は不成立だった。


 長椅子の埃を払い、座面の釘を一本ずつ押した。一か所、端が浮いている。俺がそこへ工具袋を置くと、凛は別の端に腰を下ろした。包帯の下から少し見えた指が、膝の上で開いた。


 昨日あれだけの岩を弾いた人が、椅子に座っただけで息をつく。それを見なければ、俺も剣姫という看板ばかり見ていたかもしれない。


「お待たせ。駅を借りるって、倉庫より高くつく趣味ね」


 作業靴の女性が、大きな道具箱を提げて入ってきた。羽鳥文。以前、杭のねじ山を直してもらった修理工房の主人だ。


「趣味じゃなくて仕事にしたいんです」


「それなら、なおさら見積りは要るわ」


 文さんは腕まくりして、俺が用意した図面を受け取った。市電整備士だった頃にこの駅へ来たことはあるが、地下へ下りるのは久しぶりらしい。


 搬入口を開き、階段の照明を携帯灯で補った。地下の空気は潮の匂いが薄く、代わりに冷えた鉄の匂いがした。階段の最後の二段で、靴底へ伝わる感じが変わる。ここから迷宮域だ。


 俺は階段を戻り、また下りた。床、壁、固定の受け台。帰還先にするには、実際に繰り返し確かめる必要がある。


 曲がり角の先に、一両の古い車両があった。


 深緑の塗装は所々剥がれ、窓の内側に埃が貼りついていた。前面に残った小さな銘板を、文さんが布で拭く。灯号、と読めた。


「普通の市電じゃない。台枠がずいぶん丈夫。救助用の試作車かな」


「走れるんですか」


「見ただけで走れると言う整備士には、お金を払わない方がいい」


 適切な請求の前段階だった。


 文さんが扉を手で開け、俺たちは中へ入った。左右に向かい合う座席があり、中央には担架を留める金具があった。奥の仕切りの先は、二人が立てば肩の触れる乗務区画だ。壁には記録係用の折り畳み補助席もあった。


 凛が座席を見たが、俺はまだ座らせなかった。座面の裏を触り、木片のささくれを削った。


「座ってもいい」


「許可が厳しい」


「座った客を救助する事業は、できれば増やしたくない」


 凛はそっと腰を下ろし、窓の向こうの何もない壁を見た。


「これで帰れるなら、立って帰るよりいい」


 俺は乗務区画へ回った。操作盤の中央には、見覚えのある形の溝があった。切符鋏を取り出す。父の名も由来も、聞く前に父はいなくなったが、柄の内側の刻印だけは知っている。


 三本の短い線と、下に一つの円。


 盤の溝にも同じ刻印があった。


 鋏を近づけると、冷えた真鍮が掌の中で温かくなった。床に細い線が走る。俺の帰還杭に刻まれた溝と、ほとんど同じ配列だった。


「奏くん、動かさないで」


 文さんの声で手を止めた。彼女は床板の端を外し、電灯を差し込んだ。焦げた配線と、空の円筒形の受け口が見えた。


「出力を幅に変える安定器みたい。私は術式屋じゃないから、まだ断言できないけど。この石の装填部が空よ」


 俺は鋏を外した。光は消えた。


 小さな扉を保つ時の、指の付け根の痛みがなかった。力が増えたのではない。力の逃げる方向を、車両が支えていたような感覚だった。


「父の道具です。車両に関わっていたとは、聞いてません」


 凛は座ったまま、俺が次に動くのを待っていた。励ましも、勝手な結論もなかった。その静けさがありがたかった。


「図面、探す。まず壊れてないかを見よう」


 俺が言うと、文さんは検査項目を紙に書き始めた。


 検査の最初は、車輪でも術式でもなかった。文さんは入口のステップに体重をかけ、留め金を一本外した。裏側から赤い錆が塊で落ちた。


「ここ、見た目は平気だけど中が痩せてる。足を乗せた拍子に抜けるわ」


 凛が立ち上がり、俺が寄せていた荷物を避けた。文さんは工房へ電話し、交換用の板材の寸法を伝えた。まず帰る人の足元から。順番が俺と同じなのが、少し嬉しかった。


 俺は外した金具を受け取って、針金で埃を落とした。八年間、支払いを渋られるたびに自分でやっていた作業だ。


「慣れてるね。でも、ここから先は私に任せて」


「人手ならあります」


「私が任されたところに、奏くんが戻ってきてどうするの。別の穴を見て」


 言われて周囲を見ると、搬入口の排水溝に枯葉が詰まっていた。雨が降れば、入ってくるのは救助を待つ人より水が先だ。俺は金具を置き、溝へ向かった。


 凛は乾いた布で座席の番号を拭いていた。一から十二。数字の横へ指を置き、一つずつ数える。


「これ以上は座れない」


「立てば増えるかも、とは言わないんだな」


「怪我人の帰り道でしょう。数える時に無理を入れたら、誰かの席が最初からない」


 俺は排水溝の奥から腐った落葉を掻き出した。水が小さな音を立てて流れ始める。彼女の言葉も、どこか詰まっていたところを通った気がした。


 午後いっぱいかけ、地上へ埃を運んだ。凛は重い物を持たず、持とうとする俺を言葉で止めながら、雑巾と書類を受け持った。強い人は、休む時にも手強い。


 小机を窓の脇へ移し、申込用の紙と鉛筆を置いた。湯沸かし器は文さんが工房から貸してくれる。椅子は三脚。背もたれのある待合所としては、昨日から三倍の進歩だった。


 夕方、凛が一枚の紙を机に置いた。


「護衛の契約案。同行する日は日当、危険度の加算は事前に決める。売上から一割、みたいな曖昧なのは困る」


「しばらく払えないかもしれない」


「未払いにしない額で決める。代わりに、運営の相談にも参加する」


 彼女は俺の顔より、紙の空欄を見た。


「助けてもらったお礼なら、昨日の缶で払った。これからは仕事」


「缶コーヒー一本の恩にしては、命の相場が安いな」


「だから、私の剣まで安売りしないで」


 俺は笑い、ペンを持った。休養明けからの試行契約。護衛と、受付業務の共同運営。互いの判断で同行を断れることも入れた。


 名前を書いた紙を交換すると、凛がもう一枚差し出した。休憩時間の表だった。


「これは?」


「契約の付属書。奏の昼食が抜けてる」


 見抜かれるには早過ぎた。


 夜、救助員が回収してくれた杭が届いた。歪みを点検した文さんは、一番傷んだ一本の交換ねじ代を遠慮なく見積りに足した。その下に、帰還石一本の値段が載っていた。


 鋏の刻印をもう一度、指でなぞる。父のことを考えるには、まだ分からないことが多過ぎた。


 分かるのは、座席が十二あること。そこへ人を乗せるなら、値段も危険も、自分で確かめなくてはいけないことだ。


 凛は最後に窓を閉め、駅の鍵を俺へ渡した。


「明後日、試すんでしょう。席、空けておいて」


 俺は机の二本の鍵を見て、片方を彼女へ戻した。


 まだ看板のない駅で、初めて鍵の持ち主が二人になった。

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