第8話:征服地運営
征服の翌朝、俺は村の広場へ杭を打った。
「配給の列は三つに分ける。左は子供と老人、中央は病人、右はそれ以外だ。家族全員で並ぶな。受取人は一世帯一人」
村人たちが戸惑いながら移動する。
昨日まで統治者だった領主は逃げた。代わって現れた征服者が、剣ではなく列の作り方を命じている。困惑するのも無理はない。
「子供と老人を先にするのですか?」
配給係を任せた村の青年が尋ねた。
災害時の定石だからだ。体力のない者を長時間並ばせれば、それだけで病人が増える。
だが本当の動機は言えない。
「先に育つ労働力と、過去の技術を持つ者からだ。俺の資産を列の途中で倒れさせるな」
「なるほど!」
青年は感心して持ち場へ戻った。
心臓は痛まない。
言い換えに慣れてきた自分が少し嫌だった。
配給量は家族構成ごとに木札で管理した。一度受け取った世帯には印をつける。申告できない病人や独居老人には巡回班が届ける。
力の強い者から奪う方式では数日で村が壊れる。公平に見えるだけでも足りない。誰が何を受け取ったか、あとから確認できる仕組みが要る。
前世で何度も失敗を見た。
物資は足りているのに列の後ろまで届かない。声の大きな者が繰り返し受け取り、助けを求められない人が部屋で飢える。
だから最初に流れを作る。
「閣下、井戸の確認が終わりました」
兵が水を入れた透明な瓶を差し出した。底へ黒い粒が沈んでいる。
「飲用禁止だ。井戸は汲み出して壁を洗え。煮沸した川水を配る。調理用と洗浄用の桶を混ぜるな」
「井戸を捨てるのですか」
「捨てん。炭と砂で濾過層を作り直す。水源側の汚染も調べろ」
薬師へ病人の症状を記録させ、似た症状の家を地図へ印した。黒い粉に触れた者だけ熱が出ているなら隔離範囲を絞れる。
次は便所だ。
村外れの風下へ溝を掘らせ、井戸と炊事場から距離を取る。使用後は土と灰をかけ、手洗い用の桶を入口へ置いた。
「そこまで決めるのですか」
「水が汚れれば病人が増える。病人が増えれば働き手が減る」
「すべて働かせるためなのですね」
「そうだ」
自信満々に頷かれると罪悪感がある。
炊事班には包丁を生肉用とそれ以外で分けさせ、食器は沸騰した湯へ浸し、余った食事を翌日へ回さない。傷んだ粥で集団食中毒を起こせば、節約した一鍋より多くを失う。
その日の配給で問題も起きた。
一人の男が木札を三枚持って列へ並んでいた。逃げた家族から預かったと主張したが、家を調べると床下に麦袋が隠されている。
「盗んでいない! 領主が逃げたあと、誰も守ってくれないと思って……」
村人から処刑を求める声も上がる。
「麦は没収する。だが男は殺すな」
「よろしいのですか?」
「倉庫番にする。在庫を隠す場所へ頭が回るなら、鼠と盗人を見張らせろ」
本人が呆然と俺を見る。
「次に盗めば給金から三倍返させる。働け」
「は、はい!」
恐怖から溜め込む人間を罰するだけでは、次はもっと巧妙に隠す。配給が続くと信じさせ、監視できる場所で役割を与えるほうがいい。
「人材登用まで投資回収ですか」
「処刑すれば労働力が一人減る」
「広報用にはその説明で」
恐怖は正体がわからないと増える。数え、分け、名前をつければ対処できる問題になる。
「侵略者の仕事ではありませんね」
帳簿を抱えたギデオンが横へ立つ。
「征服地の価値を保全しているだけだ」
「ええ。広報上もその説明で統一します」
「本当にそれでいいのか」
「むしろ救世主を名乗る者より信用できます。成果を出せなければ損をするのは閣下だと、誰にでもわかりますから」
皮肉ではなく本気らしい。
昼までに村の西側へ第一避難線を引いた。街道へ白い杭を並べ、荷車がすれ違えるよう障害物を撤去する。
避難訓練も一度だけ行った。
鐘が鳴ってから最後の一人が白杭を越えるまで二百八十息。途中で荷車がつかえ、子供が二人家へ戻ろうとした。
「次は荷車の間隔を二十歩空けろ。子供には家族ごとの色紐を持たせる。鐘の意味を字の読めない者にも絵で配れ」
失敗できるうちに失敗しておく。実際の蝕はやり直しを許さない。
訓練に不満を漏らす者には、村長が征服者の命令だと説得して回った。俺の悪名も避難には役立つらしい。
役に立つなら使う。
今はそれで十分だ。
第二避難線はさらに西の石橋で、越えた先には仮設野営地を作り、三日分の食糧と水を分散して置いた。
「どうして荷物を二か所へ?」
「ひとつの倉を蝕に呑まれたら終わるからだ。卵をひとつの籠へ入れるな」
「卵はありませんが」
「たとえだ」
村長は真面目に備蓄表へ《卵なし》と書き込んだ。
消させようか迷ったが、確認項目としては間違っていないので放置した。
午後、一人の老婆が井戸端で俺へ声をかけた。
「王都のお役人様は、来もしませんでした」
責める声ではなかった。
だから余計に重い。
「領主様は、王都へ知らせれば勇者様を送ってくださると。それまで家から出るなと仰って……ご自分だけ先に」
勇者アルヴィンが知らせを受けていれば来ただろう。原作の彼は一晩で馬を潰してでも被災地へ向かう男だ。
だが情報は聖蓋府を通る。名もない小村の前兆は、王都にとって優先順位が低かったのかもしれない。
征服者が来て、統治者が来なかった。
この国の歪みが一言で表れている。
「王都はもう要らん」
老婆が驚いて俺を見る。
「この村は俺が奪った。今後は俺の命令だけ聞け」
「はい。簒奪公様」
深く下げられた頭を見て、胸の奥が居心地悪くなった。
夕刻、城からもう一隊の荷馬車が到着した。
先頭の馬車からリーゼが飛び降りる。
「お兄さま!」
「なぜ来た」
「厨房のみんなと焼き菓子を作ったの。働いた人に配ってって」
護衛は十分についている。黒い靄からもまだ距離がある。それでも危険な場所へ妹が来たことに眉が寄った。
「すぐ城へ戻れ」
「ちゃんとギデオンさんに聞いたよ」
隣を見る。
「村に日常を持ち込むのも復興です」
軍師が涼しい顔で言った。
「それに閣下が止めると見越し、私の許可を求めた判断力は評価すべきかと」
「お前はどちらの家臣だ」
「忠誠は誓っておりませんので」
便利に使うな、その言葉を。
リーゼは広場で菓子を配り始めた。最初は遠巻きにしていた子供たちも、一人が話しかけるとすぐに集まった。
やがて追いかけっこが始まる。リーゼが裾を持ち上げて走り、藁の山へ転げ込んだ。子供たちの笑い声が村へ広がる。
昨日まで閉ざされていた窓がひとつずつ開いた。
老婆が笑い、配給係の青年が肩の力を抜く。兵たちまで菓子を受け取っていた。
「お兄さまも食べる?」
リーゼが差し出したひとつを受け取る。
「余ったから処分させる気だな」
「うん。お兄さまの分だけ余らせたの」
完全に見抜かれている。
夜になっても作業は続いた。
ギデオンは観測記録を更新し、避難者名簿と見比べている。指先がわずかに震えていた。
「休め」
「あと三十七名、所在が確認できていません」
「だから二班へ分けろ。お前が倒れれば確認する人間が一人減る」
「合理的です」
「寝ろ」
「一刻だけ」
「二刻だ」
ギデオンは不満そうに帳簿を閉じた。忠誠は誓わない男が、誰より先に過労で倒れようとしている。
深夜。仮眠を取るため村長宅へ入った直後、扉が激しく叩かれた。
観測係の兵が転がり込んでくる。顔から血の気が消えていた。
「靄が――動きました」
「どちらへ」
「こちらへ、真っ直ぐです。先ほどの観測点をもう越えています!」
俺は外へ出た。
東の夜空が黒いのではない。
黒い何かが星を隠しながら、地上を這っていた。




