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中ボス悪役貴族に転生したので、予定通り王国を奪います ~悪役をやめると死ぬ誓約なので、征服という名目で人類を救います~  作者: Jint
第2部:征服のお知らせ

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第7話:侵攻という名の救援

 東の空に現れた黒い靄は、夜が明けても消えなかった。


 それどころか山の稜線から地上へ向かって細く伸びている。


 城壁で一夜を明かした俺のもとへ、泥だらけの騎馬が駆け込んできたのは日の出直後だった。


「ノルド村から急使! お目通りを!」


 兵に支えられた男は片方の靴を失っていた。外套は裂け、露出した腕には黒い煤のようなものが付着している。


「辺境公様……お助けを。東の森が黒く枯れ始めました。領主様は昨夜、兵を連れて王都へ……」

「村を置いて逃げたのか」


 男は唇を噛み、額を石床へつけた。


 ノルド村はレーゲンハルト領の東に接する小領地だ。人口は千に満たず、小麦と薬草を産するだけで、原作の地図では名前すら表示されなかった。


 五年後の蝕に呑まれた地域を示す黒塗りの中に含まれていたはずだ。


 それがもう始まっている。


「残っている食糧は」

「三日分ほどです。井戸にも黒い粉が入り、子供たちが熱を」

「避難先は」

「ございません。西の関所は領主様の命令で閉じられました」


 逃げた領主が、自分を追う民を止めるため門を閉めたらしい。


 胸の奥が冷えた。


 助けに行く。


 そう言いかけた途端、紋章が警告するように疼いた。


 誓約は朝から律儀だった。


「閣下」


 隣のギデオンが俺を見る。疲労の色は濃いが眼鏡の奥だけは冴えていた。


「ノルド村は他領です。兵を入れれば侵攻となります」

「そうか」

「王都へは格好の討伐理由を与えるでしょう」


 だが許可を待っている時間はない。王都へ逃げた領主が救援要請を出すとも思えなかった。


 ならば侵攻でいい。


 俺は急使へ向き直った。


「戻って伝えろ」


 悪役の笑みを作る。


「あの村を征服する。肥沃な土地と労働力を、蝕なんぞにくれてやる理由がない」


 胸は痛まなかった。


 ギデオンが満点の笑みを浮かべる。


「実に明快な大義名分です」

「領地侵犯だぞ」

「既に領主が統治を放棄しています。空白地を誰が埋めるかという話に変えましょう」


 急使は顔を上げた。救援を頼みに来たはずの男が、征服宣言を聞いて安堵している。


 この国は順調におかしい。


 出立まで二刻。


 兵百二十。荷馬車四十。積むのは武器より食糧、薬、浄水用の炭と石灰、毛布、天幕だった。


「軍馬より荷馬を優先してください」


 俺が指示する横でギデオンが帳簿を組み、ベルナデッタが護衛隊を選ぶ。


「侵攻軍にしては槍が少なすぎます」


 騎士の一人が困惑した。


「飢えた村人を槍で殴れば麦が生えるのか」

「い、いいえ」

「なら麦を積め。これは征服だ。現地の資産を一粒たりとも失うな」


 騎士は敬礼し、食糧庫へ走った。


 ベルナデッタが熱のこもった目を向けてくる。


「敵兵ではなく飢えを斬る御采配。お見事です」

「勝手に詩的な解釈をするな」

「では、飢えを斬ったのち私の首も」

「斬らない」


 侵攻前から疲れる。


 リーゼは城門で見送りに出ていた。俺の外套を握り、東の黒い空を見る。


「お兄さま、帰ってくるよね」

「当然だ。村ひとつ奪う程度で死ねるか」

「村の人も連れて帰ってきてね」


 守るとも助けるとも言えない。俺はリーゼの頭へ手を置いた。


「俺の民になる者を置いてくるものか」


 その答えで彼女は笑った。


 行軍は二日に及んだ。


 最初の障害は領境の関所だった。


 太い丸太の門が下ろされ、内側には十数人の守備兵が残っている。逃げた領主は門を閉じる命令だけを忠実に伝えていたらしい。


「ここから先はノルド男爵領です。軍勢の通行は認められません」


 門上の兵長は声を震わせていた。背後の弓兵も矢筒がほとんど空だ。戦う準備ではなく命令へ縋って立っているだけに見える。


「男爵はどこにいる」

「王都へ救援を求めに」

「家財と私兵と金庫を持ってか」


 答えはなかった。


 ベルナデッタが剣の柄へ手を置く。門程度なら一人で斬り開くだろう。だがここで血を流せば救援ではなく、本物の侵略になる。


「門を開けろ。拒むなら三日後までそこで待て」

「三日後?」

「蝕が到達する。門も貴様らも平等に呑まれるだろう。俺は別の街道から村を奪う」


 兵長の顔色が変わった。


「我々も連れていっていただけるのですか」

「兵として使えるならな。使えぬ者は荷を運べ。働いた分は食わせる」


 丸太門が上がった。


 守備兵は武装を解かせず、そのまま先導役へ組み込んだ。地元の道と住民を知る人間は、俺の百二十人より価値がある。


「敵兵まで雇用なさるとは」

「敵ではない。雇用主に逃げられた無職だ」


 前世でも事業が終わるたび、経験を積んだ契約職員が散っていた。組織の都合で技能を捨てるほど無駄なことはない。


「我が軍は求人窓口でも始めるのですか」


 ギデオンが聞く。


「人員確保は征服の基本だ」

「では関所の接収も布告へ加えましょう。通行税を当面停止すれば物資輸送も早まります」


 侵攻軍は道中で十七人増えた。


 先触れを出し、街道沿いの村には井戸へ蓋をするよう命じる。黒い粉を見つけても触れず、布を巻いた棒で集めて焼却する。蝕の初期汚染に対する原作の対処法だ。


 夜営地では兵を三交代にした。


「急ぐときこそ寝ろ。疲労で荷車を谷へ落とせば全部無駄になる」


 兵だけが到着しても意味はない。強行軍で荷馬を潰せば、食糧も薬も街道へ捨てることになる。ノルド村へ届けるべきものは軍旗ではなく、四十台の荷車すべてだ。


「我らを案じてくださるのですか」


 若い兵が素直に聞いてくる。


「荷物ごと死なれては俺が損をする!」

「はっ。損失を出さぬよう十分に休みます!」


 なぜ嬉しそうに返事をする。


 二日目の夕刻、ノルド村が見えた。


 村を囲う柵は一部が倒れ、畑には収穫前の麦が放置されている。家々の窓は閉ざされ、人の気配が薄い。


 抵抗する兵はいなかった。


 剣を持つ力が残っていないのだ。


 広場へ入ると痩せた老人が杖をついて進み出た。ノルド村の村長だった。背後では村民が怯えた顔で身を寄せ合っている。


「レーゲンハルト辺境公閣下とお見受けします。我らに差し出せるものは、もう……」

「勘違いするな。差し出すのはこれからだ」


 俺はギデオンが用意した羊皮紙を広げた。


 上部にはレーゲンハルト家の黒い封蝋。文面は俺が書き、ギデオンが「より政治的に誤解されにくい悪文」へ整えた。


 村長へ渡す。


「読め。全員へ聞かせろ」


 老人の手が震えた。


『征服布告』


『本日をもってノルド村はレーゲンハルト辺境公領へ併合された』


『村人、耕地、家屋、家畜、そのほか一切は簒奪公ヴァイスの支配に服するものとする』


『復興させるのは将来搾り取るためである』


『よって全員、生きよ。死んだ者は徴税対象から外れるため許さん』


 読み終えた広場に沈黙が落ちた。


 村長は布告と背後の荷馬車を交互に見る。袋からは小麦が覗き、薬師たちは既に病人のもとへ走り始めていた。


「……つまり、飯と薬をくださると?」

「そうは言っていない!」


 胸の紋章が薄く光る。


「いや、配るが! 投資だ。元気になった分は働いて返せ!」


 村長の膝が崩れた。


 恐怖で倒れたのかと思った。だが老人は布告を胸へ抱き、何度も頭を下げた。


「承知いたしました。必ず、生きてお返しいたします」


 違う。借金を背負わせたいわけではない。


 説明し直せば心臓を締められるため、俺は薬の配布を命じることで誤魔化した。


 兵が荷を降ろし始める。怯えていた村人も一人ずつ前へ出た。毛布を受け取った女が泣き、麦袋を抱えた男が地面へ額をつける。


 ベルナデッタは剣へ手を置いたまま、その光景を見ていた。


「血を一滴も流さず、一村を心服させる」

「腹が減って戦えないだけだ」

「ならば飢えを味方につけず、食わせて奪う。やはり貴方は恐ろしい」


 彼女の崇拝がまた変な方向へ深まった。


 日が落ちる前に村外れの丘へ登った。


 東の森が黒く変色している。靄は空に浮いているのではない。木々の間から地を這い、こちらへ指を伸ばすように進んでいた。


 原作で知る速度より、はるかに速い。


 俺が予測した到達時刻より、丸一日早い。


「ギデオン」

「ええ。布告の祝杯は後回しですね」


 黒い靄がまた一段、村へ近づいた。


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