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中ボス悪役貴族に転生したので、予定通り王国を奪います ~悪役をやめると死ぬ誓約なので、征服という名目で人類を救います~  作者: Jint
第6部:声なき簒奪

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第41話:声を持っていけ

 防人の背後に記録術式が並んでいる。


 王都を襲う魔人の映像を残すつもりだ。なら映してやる。彼らが最も使いにくい姿を。


 左胸へ義手を置く。


「声を持っていけ」


 宣言と同時に喉が空になった。


 痛みはない。息を吐いても音だけが生まれない。


 黒い魔力が全身を覆い、額から角が伸びる。いつもなら咆哮が回廊を揺らす場面だ。


 無音の魔人が立っていた。


 無音なのは俺の喉だけだ。矢柄は床を打ち、鎧は落ち、防人の悲鳴が回廊へ反響する。その中心で魔人の咆哮だけが欠けていた。


 声を作っていた振動の機能が、今は周囲の振動を読む力へ変わっている。足音で人数を知り、弦の震えで矢の方向を読み、鎧の共鳴から術式の結節を見つける。


「撃て!」


 矢が飛ぶ。


 義眼で軌道を読み、指先の魔力で鏃だけを砕く。矢柄が雨のように床へ落ちた。


 盾列へ踏み込む。破壊するのは盾の革紐、剣の鍔、鎧の留め金。防人の体には触れない。


 悲鳴は上がる。だが骨も血も映らない。


 指揮官が火炎術式を起動した。王都地下で魔人を焼き、被害を俺のせいにする気だ。


 術式核だけを義腕で抜き取る。炎は掌の上で消えた。


「なぜ暴れない!」


 答える声はない。


 代わりに扉の蝶番だけを砕く。壁も柱も残し、防人を一人ずつ座らせて進む。


 最後の指揮官の剣を二本の指で折った。


 回廊の第三列は盾を捨て、互いの腕を組んで人の壁になった。装備の結節を壊すだけでは進めない。振動視に映る心音は全員速い。それでも逃げずに都を守ろうとしている。


 床へ義手を当て、魔力を薄く流す。石を壊す力ではなく、足裏の感覚だけを揺らす低い振動。防人は膝をつき、組んだ腕がほどけた。骨へ届かない出力を義眼で一人ずつ調整する。


 声帯を代価にした紋章が、俺の意志を振動制御として増幅している。使うほど喉の感覚が薄れ、息を吐いているのかもわからなくなる。


 後方の魔術師が床へ杖を突いた。拘束術式が輪になって足元からせり上がる。俺は輪と同じ周波数を指先で返し、魔力の継ぎ目だけを共振させた。


 硝子のような音がして輪が崩れる。余波で壁の投影水晶が揺れた。壊すわけにはいかない。グレゴールの記録こそ、俺が誰も殺していない証拠になる。


 水晶へ伝わる振動だけを逆向きに重ねる。揺れが止まり、映像は一度も途切れなかった。


 次の矢は天井へ放たれた。吊り灯を落とし、火と煙で視界を奪う狙いだ。矢柄を砕けば燃えた矢尻だけが落ちる。


 床を蹴って先回りし、落ちた吊り鎖を義腕へ巻く。灯を受け止めて壁際へ下ろした。油皿の火を指で摘み、振動を奪うように消す。


 防人たちが動きを止めた。王都を焼くはずの魔人が、聖蓋府の火事まで防いでいる。記録係の司祭だけが震える手で水晶を回し続けていた。


 セヴランだけは立ち続けた。


「なぜ我々を殺さない」


 答えられないので床へ指で書く。


『死体は証言しない』


「我々に何を証言させる」


『魔人が王都を壊さなかった事実だ』


 指揮官は記録術式を見た。グレゴールが用意した映像は、逆に聖蓋府の脚本を否定する証拠になる。


 首へ手を伸ばすと彼は目を閉じる。


 襟を掴み、回廊の外へ退かせただけで離した。


 制圧した防人は四十七。軽い打撲が六、鎧で指を挟んだ者が二。死者と重傷者はゼロ。壊したのは武器四十九、鎧四十一、扉三枚、火炎術式核ひとつだった。


 後に残る数字まで、王都を襲った魔人という物語には使いにくい。


 若い防人が落ちた槍へ手を伸ばす。震えているが目は逸らさない。俺が一歩進むと、隣で座り込んだ古参兵がその手を押さえた。


「もうよせ。こいつは最初から殺す気がない」

「魔人を通せば家族を守れません」


 若者は立った。なら恐怖で倒すのではなく、守る理由を残したまま退かせる。


 床へ『書庫の温度が上がっている』と刻む。続けて焼却術式の位置を示した。ここで俺を止めれば、原本は防人ごと燃える可能性がある。


 古参兵がセヴランを見る。


「防衛官、焼却環の停止を」

「侵入者の虚言だ」


 俺は指先へ封印環と同じ赤い魔力を灯した。書庫から持ち出したのは記録だけではない。義眼が覚えた波形を床へ映すと、回廊の警報石が同じ熱を返した。


 防人の半数が書庫へ走る。残りは俺への道を空けたわけではない。原本と同僚を守る任務を選び直しただけだ。


 若い防人も槍を拾わず、火傷用の毛布を抱えて後を追った。グレゴールの罠より、彼ら自身の使命が勝った。


 それでいい。俺に従う必要はない。目の前の人間を守った事実だけが残ればいい。


 記録術式には王都を壊さず、誰も殺さず、出口へ歩く魔人だけが残る。


 鐘楼を抜ける時、警報鐘の縄は切らず結び目だけ外した。鐘そのものを壊せば王都の避難設備が減るし、いつか本物の蝕が来る時にこの鐘は必要になる。


 誰も見ていない場所でも悪役を演じる必要はない。だが善意と認める声も、もう出なかった。


 屋上へ出る。眼下の聖蓋府は混乱していた。鐘を鳴らすべきかも決められない。被害がないのに魔人襲撃とは叫べない。


 背後で扉が開き、追跡役が屋根へ散った。弩兵二人と風術師一人。風の膜が隣の建物までの空間を塞ぐ。


 瓦を一枚投げる。風膜へ触れた瞬間、粉々になった。飛び込めば生身の右脚まで失う。


 俺は屋根へ掌を当てた。建物を支える梁の振動、鐘楼の鐘が風で揺れる周期、風膜の脈動。その三つを重ねる。鐘がひとりでに低く鳴り、風術師が反射的に術式を弱めた。


 一呼吸の穴を抜ける。弩の弦が震えた方向へ義腕を出し、二本を掴んだ。返さず屋根へ置く。追跡役が拾う頃には、俺は次の屋根へ移っていた。


 屋根を三つ越え、外壁の影へ降りる。魔人化が解けても声は戻らなかった。


 左脚が濡れた瓦で滑る。義腕で軒を掴み、片脚のままぶら下がった。以前なら痛みに声が漏れたはずだ。口が開くだけで夜気は何も震わせない。


 声のない世界は静かではない。鐘も、追手の怒号も、俺自身の荒い呼吸も耳には届き、ただ自分だけが世界へ音を返せない。


 城壁外の林でシュカと合流する。


 彼女は一本目の木の陰にいなかった。合流規定どおり二本目へ移る。そこにも血の跡だけがあり、護符を奪われた可能性が頭を過ぎった。


 三本目で短剣が喉元へ突きつけられる。シュカだった。俺だと認めると刃が落ちる。


「合言葉を」


 口を開く。音は出ない。


 シュカの顔から血の気が引いた。胸元の護符は無事だ。彼女自身の血もない。最初の木へ残した赤は、追手を西へ誘導するための獣血だった。


 無事か、と言おうとした。


 口だけが動く。


 シュカは観測帳を破り、白紙と筆を差し出した。手が少し震えている。


『ただいま』


 最初に書いた。


 領境で待つベルナデッタは馬上の俺へ駆け寄った。紙を見せる前に口の動きを読む。


「お帰りなさいませ」


 唇を噛み、俺の喉から目を逸らさない。


 ベルナデッタの背後には救出隊が三十騎並んでいた。三日待つ命令だったはずだ。


 俺が眉を上げると、彼女は胸を張る。


「追手だけを止める命令でした。王都から来る者は全て追手になり得ます」


 救出ではなく広域の追手対策だと言い張る気らしい。俺の家臣は命令を破らず、命令の範囲を王都全体まで広げる。


 紙へ『帰るぞ』と書く。


「承知しました。声を取り返す果たし合いは、帰還後に」


 誰と戦うつもりだ。誓約か、俺か。


 帰路では誰も俺へ話しかけなかった。気遣いではない。返事ができない俺を見れば、全員が喉へ視線を落とすからだ。


 耐えかねて紙へ書く。


『報告を続けろ。声がなくても耳はある』


 ベルナデッタがすぐ馬を寄せた。


「追手なし。負傷者なし。護符はシュカ殿が保持。なお閣下の無断損耗については帰還後に査問します」


 最後だけ報告ではない。


 シュカも帳面を開く。


「観測対象の発声機能が消失。表情と言い換え速度の測定は継続可能です」


 紙へ『言い換え速度は測れない』と返す。


「筆記開始までの時間を測ります」


 逃げ道を塞ぐな。声を失って最初に戻った日常が、観測と査問だった。


 悪役口上を語るための声を、証拠ひとつと引き換えに王都へ置いてきた。


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