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中ボス悪役貴族に転生したので、予定通り王国を奪います ~悪役をやめると死ぬ誓約なので、征服という名目で人類を救います~  作者: Jint
第6部:声なき簒奪

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第40話:罠

「東方の客人へ告ぐ」


 書庫の外から声が響いた。


「記録は十分に見たか」


 侵入に気づいた声ではない。最初から待っていた声だ。


 シュカが退路図を広げる。入口、排水路、非常階段の全てに赤い魔力反応が集まっていた。


「泳がされました」


 外の指揮官が名乗った。聖蓋府地下防衛官セヴラン。命令は侵入者を原本へ到達させ、内容を見た後に確保せよというものだ。


「捕縛が目的なら書庫へ入る前に止められた」

「旦那様に記録を見せ、動揺させ、ここで魔人化させるのが目的です」


 王都の中心で魔人が暴れれば、討伐の大義は完成する。保留した勇者も再び剣を取らざるを得ない。


 会見の日、グレゴールは俺の義眼で一拍だけ視線を止めた。あの時点で魔力を視る機能と、代償の仕組みまで推測したのだろう。


 敵の読み違いはひとつだけある。それを外へ出すのがシュカの役目になる。


 扉が開き、防人が盾を揃えた。


 前列八人、後列に捕縛槍が六人。天井の術式へ魔術師が三人。人を殺す陣形ではない。退路を狭め、痛みと恐怖だけを積み上げる配置だ。


「侵入者を制圧せよ。致命傷は避けろ」


 セヴランの命令で盾が一歩進む。床へ刻まれた線が青く光り、足首へ重力が乗った。義脚の膝が石へ沈む。


「旦那様、三呼吸だけ止めます」


 シュカの針が天井の灯を割った。暗闇になる。俺には魔力線が見えるが、防人には見えない。三呼吸の間に重力術式の節を義手で踏み砕く。爆ぜた光で盾列の視界が白く染まった。


 四呼吸目には灯が戻る。誰も倒れていない。ただ陣形だけが左右へ割れ、中央に人一人分の道ができた。


 シュカが袖から煙玉を落とす。白煙が書庫を満たし、俺は義眼で盾の隙間だけを見る。


「右、二歩」


 義腕で槍の柄を押し、壁へ立てかける。倒さず進路だけを塞ぐ。シュカの針が鎧の留め具へ入り、防人三人の胸当てが落ちた。


 一度目の包囲を抜ける。


 後ろでセヴランが怒鳴る。


「なぜ攻撃しない!」

「王都の備品を壊すと、いずれ俺が払うことになる」


 簒奪後の修繕費を心配している場合ではない。だが防人たちが一瞬だけ迷った。王都を奪うと公言する魔人が、自分たちを殺さず盾の弁償を気にしている。敵の脚本にない台詞は、それだけで足を止める。


 西回廊は鉄扉が下りた。北階段へ変えると天井から封鎖格子が落ちる。進むたび次の道だけ残されている。


「誘導されています」

「最後に魔人化させたい場所へな」


 二度目の煙で格子番を抜けたが、排水路へ戻る扉は石壁で埋められていた。


 東の礼拝廊へ曲がる。そこには弓兵が待っていた。矢尻には麻痺薬、壁には跳弾用の鉄板。避ければ矢が背後のシュカへ向かう。


 俺は外套を広げ、義腕で三本を受けた。一本が肩を掠め、生身の指先から感覚が薄れる。


「受けないでください」

「避ければお前に当たる」

「それを口にすると誓約は」

「俺の所有物へ傷をつけさせたくないだけだ」


 胸の灼けは一瞬で退いた。言い換えの出来を確認している間に、シュカが床を蹴る。外した針が弓弦だけを断ち、弓兵の手から武器が落ちた。


 二列目が捕縛網を投げる。義手で巻き取り、その勢いを使って壁の鉄板へ投げ返した。網は廊下いっぱいに広がり、追手の足を絡める。


「備品を壊しておられます」

「網は畳めば使える」


 修繕費の判定が厳しい。


 煙は残りひとつ。シュカの針も七本。俺の義脚は泥を噛み、膝の反応が半呼吸遅れている。道だけでなく装備と時間まで順に奪われた。


 残るのは一人分の縦坑だけだ。


「先へ行け」

「旦那様が先です」

「記録を持って出ろ」

「義眼は旦那様の中です」

「二重記録の片方は護符へ移っている。リリウムの機構だ」


 義眼脇の小片を外し、シュカの手へ握らせる。


「観測者が観測物と心中でどうする」

「観測対象を失うほうが契約違反です」

「契約書に生還保証はない」

「次回更新時に追加します」


 シュカは護符を押し返した。俺が握らせ、彼女が返す。狭い縦坑の前で、王国の千年を記録した護符が子供の押し合いのように往復した。


「お前でなければ運べない」

「旦那様でなければ続きを観測できません」

「だから続きが存在した証拠を先に守れ」


 返答が止まる。観測者にしか通じない命令だった。


「命令だ」


 シュカを縦坑へ押し込む。初めて無表情が崩れた。


「必ず合流してください」


 返事をする前に蓋を閉めた。


 直後、上から石を落とす音がした。追跡防止に坑道を塞いだのだろう。護符はもう敵の包囲外にある。


 俺がここで倒れても証拠は残る。だから安心して代償を払える。安心して、という言葉が最悪だ。


 最終回廊へ一人で出る。防人の壁が三列。奥の指揮官が笑った。


 回廊の左右には投影水晶が並んでいた。俺が魔人化すれば、その姿は聖蓋府の地上と王都各門へ同時に映る。映像の前には音声記録石まで置かれている。


 グレゴールが欲しいのは捕虜ではない。「王都を襲う魔人ヴァイス」という完成済みの政治宣伝だ。原本で怒らせ、防人へ攻撃させ、雄叫びまで民へ聞かせる。


 ここまで、セヴランは一度も殺せと命じなかった。武器は捕縛槍、術式は拘束と挑発。俺を殺すのでなく魔人へ変えることが任務だ。


「原本を見せたのは危険ではないか」

「貴様が持ち出せなければ危険ではない」


 指揮官は即答した。


「義眼が魔力を見ることは聖蓋卿が読んだ。だが千年の記録を持ち運べるとは考えていない。ここで感情に任せて化け、王都へ牙を向ければ、勇者も民も再び貴様を敵と認める」


 情報差がはっきりした。グレゴールは義眼の探索機能を知るが、リリウムが無断で積み上げた記録機能までは知らない。まして護符へ複写を逃がしたことも。


「俺が化けなければ」

「朝まで閉じ込める。証拠は焼き、貴様は公開処刑だ」


 選択肢を二つに見せている。暴れて大義名分になるか、捕まって証拠ごと消えるか。


 なら三つ目を作る。映像だけを与え、音の意味を奪う。防人を一人も殺さず、逃げるためだけに魔人の力を使う。投影された光景そのものを、敵の嘘への反証に変える。


「魔人よ、化けてみせよ」


 望みどおりにしてやる。ただし脚本の中身だけは俺が奪う。


 防人の盾には王都守護の祈りが刻まれていた。彼らも命令に従い、都を守っているだけだ。殺せばグレゴールの脚本が完成する。


「最後に投降を勧める」


 セヴランが言う。


「断る。王座の下見が終わっていない」


 胸は痛まない。悪役として満点の返事だ。


 左胸へ義手を置く。残っている生身の部位を数え、次に失うものを選ぶ。眼、腕、脚。声は戦う力ではない。それでも俺が王座への野心を示す唯一の道具だった。


 声がなければ命令は出せない。家臣の名も呼べない。リリウムへ帰ったと告げることも、ベルナデッタの果たし合いを断ることもできない。


 戦場だけを考えれば軽い代償だ。俺個人にとっては、残った日常をひとつまとめて失う。


 それでも護符はもう遠ざかっている。ここで払うものが大きいほど、敵は俺が証拠を逃がした可能性より魔人化の成功へ目を奪われる。


 罠に落ちたまま、罠の意味だけを必ず簒奪する。


 だからこそ差し出す。悪役の物語を撮りたい敵へ、口上のない魔人を見せるために。


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