↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中ボス悪役貴族に転生したので、予定通り王国を奪います ~悪役をやめると死ぬ誓約なので、征服という名目で人類を救います~  作者: Jint
第5部:勇者との果たし合い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/46

第34話:討伐の保留

 白と黒の剣が同時に動いた。


 アルヴィンの切っ先は俺の左胸へ向かう。俺の剣は勇者の右肩へ走る。


 直前で互いの軌道が変わった。


 聖剣は紋章を外れ、俺の剣は首を外す。刃と刃が中央で噛み合い、魔力が限界まで膨らんだ。


 甲高い音がひとつ。


 二本の剣が同時に折れた。


 白い刃は瓦礫へ刺さり、俺の切っ先は砂の上を滑る。アルヴィンが膝をついた。俺は義腕を地面へ突き、辛うじて立っている。


 決着はつかなかった。


「勇者様!」


 副官が決闘場へ踏み込みかける。ベルナデッタの剣が鞘のまま進路を塞いだ。


「旗はまだ下りていない」


 監察官が叫ぶ。


「アルヴィン殿、逆賊へとどめを! 勅命を果たされよ!」


 勇者は折れた聖剣を見た。


 それから俺の左脚へ目を移す。魔人化が解け始め、膝下が赤い光となって消えていた。


「討伐は」


 アルヴィンが立会人へ向き直る。


「失敗ではない。保留だ」

「保留など勅書にない!」

「なら失敗と書け」

「貴様には討伐能力が残っている。今すぐ執行しろ」


 監察官が副官へ命じる。


「勇者隊の指揮権はアルヴィン様にあります」

「勅命を拒んだ時点で停止だ。聖蓋府監察官として私が代行する」


 丘の勇者隊がざわめいた。剣へ手をかける者はいない。メルカで共に避難を助けた兵、先遣隊が生きて戻る姿を見た兵もいる。


「全隊へ命令する!」


 監察官が声を張る。


「逆賊を包囲し――」

「その命令は受けられません」


 副官が遮った。


「決闘規則では第三者の侵入時点で中断です。現在は休戦状態にあります」

「規則より勅命が上だ!」

「その勅命は勇者アルヴィンへ下されたもの。私の名はありません」


 言葉の隙間を使い、隊を反逆者にせず時間を稼いでいる。


「この男が何者か、勅命より先に俺の目で確かめる」

「何を根拠に保留する」

「決闘中、ヴァイスの剣は一度も俺の急所へ来なかった。魔人化後も同じだ。俺を殺せる機会は四度あった」


 アルヴィンは傷の位置を示した。顎、肘、肩、足首。全て戦闘能力を止める場所で、命を奪う場所ではない。


「魔人が勇者を弄んだだけだ」

「なら俺の未熟を理由に再戦が要る。どちらにせよ今日の討伐は終わりだ」


 監察官の論理まで利用して保留へ持ち込む。真っ直ぐなだけの少年ではなくなっている。


「王命への違背だぞ」

「なら俺も裁判へかければいい」


 声は震えていない。越権だと一番理解している本人が、それでも言った。


 監察官がこちらへ走る。ベルナデッタは約束どおり鎧だけを斬った。留め具が落ち、白い法衣の男が胸当てを抱えて立ち尽くす。


「決闘への介入を記録しました」


 どこからかシュカの声がした。


「王都へは勇者様の宣言と併せ、全経路で送信します」

「送信先を言え!」

「王都の書記院、三大商会、東西の宿場、勇者隊員の家族です」


 多すぎる。報告をひとつ握り潰しても、別の場所から同じ事実が出る。


 ギデオンも署名済みの決闘規則を掲げた。


「監察官殿の侵入と、勇者殿の保留宣言を記録しました。改変された報告が王都で公表された場合、この原本を公開します」

「逆賊の文書など誰が信じる」

「貴方の署名があります」


 開始前に規則へ署名させた意味がここで効いた。


 逃げ道を塞ぐ時だけ頼もしい。


 アルヴィンは副官へ肩を借りた。俺も動こうとしたが左脚がない。均衡を失った体を義腕で支える。


「次に会う時、貴様は何をしている」


 勇者は背を向けたまま問う。


「王座を奪る準備だ」

「そうか」


 一瞬だけ笑ったように見えた。


「なら俺は、それまでに鎮めの儀を調べておく」

「王国の機密だぞ」

「逆賊に心配される筋合いはない」


 アルヴィンは折れた剣を鞘へ戻さず、布で包んだ。勅命を受けた剣は折れた。次に持つ剣を何のために振るかは、こいつ自身が決めるのだろう。


 白銀の隊列が西へ退く。


 副官は最後までアルヴィンの隣にいた。監察官は鎧を抱えたまま別の馬へ乗り、勇者隊と距離を取る。王都へ着く前から報告書を作るつもりだろう。


 シュカの伝令鳥は既に空の点になっていた。


 赤い旗が下り、ベルナデッタが決闘場へ入った。


「勝てなかった」

「お帰りになりました」

「まだ砦だぞ」

「リーゼ様のもとへお連れするまでが果たし合いです」


 黙って肩を貸される。義腕、右脚、ベルナデッタの肩。三点でようやく立てた。


「重いか」

「歓喜で足元が危ういほどです」

「聞く相手を間違えた」


 夕暮れの領境を荷車で戻る。


 魔人化が解けるにつれ震えが来た。最初は指先、次に肩、最後は歯が鳴るほど全身が揺れる。


 左脚は膝下から消えている。それなのに足裏へ砕けた石が刺さる感覚が残り、存在しない爪先を反らそうとして腰が跳ねた。


「押さえます」


 ベルナデッタが右脚と腰を固定する。


「脚はない」

「痛みはあります」


 マルタが脈を取り、リリウムは壊れた義腕へ応急回路を繋いだ。街道の揺れひとつが背中の傷へ響く。


「剣の破片は」

「勇者側の副官が双方分を回収しました。監察官には渡していません」


 シュカの報告に頷く。折れた剣は、勅命どおり殺し合わなかった証拠だ。


 ハーゼの中継所で一度止まり、水を飲んだ。村人たちは勝敗を聞かず、荷車へ毛布と温かい石を積んだ。


「勇者は生きて帰った」


 それだけ伝えると老人が頷く。


「公爵様もです」


 俺が生きていることまで戦果へ数えられた。


 原作では死体になって通るはずだった道だ。俺は息をし、痛みを感じ、家臣の騒がしさを聞いている。


 死亡イベントを書き換えた。


 そう思ったところで悪寒が走る。


 城門を越えた夜、全身が熱を持った。歓声へ右手を上げようとして、腕が途中で落ちる。寝台へ運ばれる途中で意識も落ちた。


 限界まで引き延ばした魔人化の疲労と、存在しない左脚の激痛が同時に来る。


 意識を失う直前、城門の向こうにリーゼが見えた。白い石を返そうと胸へ手を伸ばすが、指が布袋へ届かない。


「返すのは起きてからでいいよ」


 妹の声だけが近い。


「勝てなかった」

「うん」

「勇者も殺していない」

「うん」

「命令どおりだ」

「ちゃんと帰ってきたね」


 その評価だけで十分だった。


 遠くでギデオンが指示を出す。勇者の保留宣言を全領へ掲示し、王国軍との休戦を維持し、アルヴィン個人への悪評工作を禁じる。俺が倒れても決闘後の政治は動いていた。


「監察官は勇者の命令違反を強調します」


 シュカの声が答える。


「なら事実だけ流せ。勇者は八百人を殺さなかった魔人と戦い、自分も殺されず、調査のため保留した」


 誰の声かわからない。俺が言ったのかもしれない。


 翌朝には王都側とこちら側で二種類の速報が出たという。監察官は「勇者、魔人を追い詰めるも逃走を許す」。シュカは「双方の剣が折れ、勇者本人が討伐保留を宣言」。


 違いは半日で商人たちの話題になった。八百人の帰還兵と決闘規則の署名があるため、監察官の文だけでは事実を塗り替えられない。


 剣だけでなく記録でも死なずに済んだ。事前に家臣団が積んだ支度が、俺の意識が落ちた後まで戦っていた。


 原作の死亡イベントは消えたわけではない。討伐という判定が保留へ変わり、次の審判まで時間を奪っただけだ。


 時間があれば証拠を探せる。王座へ進める。勇者も自分の答えを選べる。


 枕元に、折れた剣の破片が二つ並べて置かれていた。俺のものと、勇者のものだ。


 どちらも、まだ捨てられていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。