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中ボス悪役貴族に転生したので、予定通り王国を奪います ~悪役をやめると死ぬ誓約なので、征服という名目で人類を救います~  作者: Jint
第5部:勇者との果たし合い

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第33話:徴税のためだ

 崩れた壁へ背を預けた。


 魔人化はまだ解けていない。左脚の感覚だけが遠い。アルヴィンも向かいの瓦礫へ座り、聖剣を杖にして息を整えている。


「何なんだ、と聞いた」

「見たとおりの逆賊だ」

「逆賊は敵兵へ飯を出さない。魔人は殺せる相手を助けない」

「王国の教本でも読んだか」

「自分の目で見た」


 アルヴィンが地面へ置いた聖剣は、戦闘を止める意思表示でありながら、手の届く距離からは外していない。


「ノルドで貴様は左眼を失った。村人を逃がすだけなら軍を置いて退けたはずだ」

「征服直後に領主が逃げれば信用を失う。眼ひとつで領地を買った」

「井戸を直したのは」

「病人は納税できん」

「メルカでは俺と役割を分けた。俺が前兆核を壊す間、貴様は避難と配給を引き受けた」

「勇者を働かせる好機だった」

「避難路まで残したな」

「道がなければ商隊から通行料を取れない」

「ハーゼの死者三人は名前まで記録し、中継所を作った」

「同じ損失を出せば補償費が増える」

「第三隊八百人を殺さず、左腕を失った」

「死体は働かん」


 答えるたびアルヴィンの顔が険しくなる。どの行動も損得へ変換できる。だが損得の向きが一度も自分へ向いていない。俺が得をするには、相手が生き、働き、帰る場所を持たなければならないからだ。


 アルヴィンは瓦礫を蹴って立ち、俺を見下ろした。


「見識が狭いな。損得で語るには、貴様の帳簿は偏りすぎている」

「どこがだ」

「メルカでも、ハーゼでも、今日もだ。なぜ民を守る」


 答えようとした。


 戦闘で吐いた血は唇の傷からだった。今、喉の奥へ上がる血は違う。紋章が心臓を締め、行き場を失った呼吸が内側を傷つけている。


 守りたいからだ。


 胸の紋章が心臓へ食い込む。


 リーゼが泣く国にしたくない。締まる。ハーゼの三人へ次は間に合わせたい。締まる。前世で見捨てられた者と同じ顔を、二度と見たくない。


 息が止まった。


「ヴァイス?」

「その名で呼ぶな」


 悪意を混ぜると紋章が緩む。


「全部、徴税のためだ」


 喉の奥から血の味がした。


「飢えた民から税は取れない。死んだ兵は働かない。村が蝕に呑まれれば俺の領土が減る。だから食わせ、治し、守る」

「眼も腕も脚も、そのために?」

「安い投資だ」

「では左脚も帳簿へ書けるのか」

「義脚の製作費を含めてな」

「リーゼ殿へ何と説明する」


 答えが止まった。


 勝たなくていいから帰れと言った妹へ、帰るため脚を置いてきたと伝える。理屈は通る。白い石を心臓の隣へ入れてきたことだけは損得で説明できない。


「家族の感傷を戦場へ持ち込むな」

「持ち込んだのは貴様だ。その胸に何が入っている」


 布袋の形を見られていた。俺は上着を閉じる。


「安いわけがない!」


 アルヴィンの声が砦へ響く。


「さっき左脚を差し出す前、貴様は震えていた。失うのが怖かったんだろう」

「恐怖と損得は別だ」

「俺を殺さなかったのも徴税か」

「勇者は高価な兵器だ。壊せば王国を奪った後に困る」


 何度も使った口上だ。それなのに今日は、言うたび本心へ近づいていく。


 アルヴィンは長く黙った。


 風が砂塵を払い、白い鎧の傷を露わにする。俺がつけた傷は浅い。急所にはひとつもない。


「貴様は嘘をついている」


 紋章が疼く。


「言葉は全部、理屈として正しい。だが一番大きな嘘だけ隠している」

「何の話だ」

「自分は悪人だという嘘だ」

「それを証明できるのか」

「できない。だから確かめる」

「王命は証明を待たないぞ」

「わかっている!」


 アルヴィンが初めて感情を露わにした。


「王命へ従えば正しいと教えられた。聖剣に選ばれた者は迷うなと。だがメルカで人を生かしたのは、王命を待たなかった貴様だ。今日も俺を殺せるのに殺さない」

「なら勅書を捨てろ」


 少年の手が胸元へ伸び、途中で止まった。


「捨てれば俺の隊が反逆者になる。家族まで疑われる。俺一人の正しさでは決められない」

「それが王国の鎖だ」

「貴様の鎖は何だ」


 紋章が熱を持つ。答えられない。


「言えないなら、俺と同じだ」


 善人と悪人ではない。違う鎖へ繋がれ、どこまで自分の意思で歩けるか試している二人だった。


 心臓が止まるかと思った。


 初対面の帳簿一冊でギデオンに見抜かれたことへ、この少年も剣だけでたどり着いた。


「悪人でなければ王座を奪わないとでも?」

「王座を奪うことと、民を守ることは矛盾しない」

「王命へ従う勇者が言う台詞か」


 今度はアルヴィンが言葉を失った。


 互いに鎖がある。俺は善意を語れず、こいつは勅命を捨てられない。それでも行動だけは鎖の隙間から漏れる。


 アルヴィンが立ち上がった。


「なら確かめる。この剣で」

「結局それか」

「言葉で言えないなら、剣を見ればいい」


 俺も右脚と壁で体を支えた。左脚はもう動かない。


 聖剣が正眼に構えられる。


 俺は地面へ落ちた剣を拾う。義腕は動かない。右手一本で握り、存在しない左脚の代わりに壁へ肩を預けた。


「最後の一合で俺が勝てば、投降しろ」

「俺が勝てば?」

「殺せ。勅命どおりに」

「できない条件を出すな」


 アルヴィンの口元が僅かに緩んだ。最初にあった殺気は、もうどこにもない。あれは討つ構えではなく、答えを受け取るための構えだ。


「最後の一合だ」

「来い、勇者」


 魔力を剣へ集める。


 言えないものを、この一撃へ載せるしかなかった。


 アルヴィンは俺の胸を見た。


「言おうとすると痛むのか」

「何の話だ」

「民を守る理由へ近づくたび、呼吸が止まる」


 剣だけでなく紋章の反応まで観察されていた。


「なら無理に言うな。行動はもう見た」

「勝手に理解するな」

「言えない者へ、言葉だけを求めるのは卑怯だ」


 勇者がそこまで譲るとは思わなかった。胸の痛みより、その理解のほうが苦しい。


「だから剣で確かめる。貴様が最後にどこを狙うか」


 俺も同じことを考えていた。最後の一合は勝敗ではなく、互いの本心が選ぶ軌道を見るためにある。


 構えたまま互いに動かない。


「ひとつだけ教えろ」


 アルヴィンが言う。


「王になった後、民をどうする」

「税を取り、働かせ、命令に従わせる」

「従わない者は」

「理由を聞く。俺の命令が間違っていれば直す」

「それは支配者の答えではない」

「間違った命令で領地が減れば俺が損をする」

「また損得か」

「お前の王国は善意で千人を切り捨てる。俺は損得で千人を残す。民にとってどちらがましか考えろ」


 言い切ってから胸の痛みを待った。来ない。悪意と支配の形を保ったまま、本心を伝えられたらしい。


 アルヴィンの構えが少し下がる。


「貴様が王になれば、今の王国よりましだと言うのか」

「当然だ。だから奪る」

「傲慢だな」

「逆賊だからな」


 初めて二人とも笑った。


 笑いが消えると聖剣が上がる。最後の一合で答えが決まるわけではない。それでもここまで剣を交えたから、言葉だけでは届かなかった場所へ互いに立っている。


「なら王座を奪うのも徴税か」

「当然だ」


 蝕を止めるためだと言いかけた舌を噛む。紋章が再び締まり、今度は戦闘傷の血と誓約の血が混じった。どちらの痛みかは自分だけがわかる。


「王命に従うお前は善人か、勇者」


 問い返すとアルヴィンは答えられなかった。剣を握る指が一度緩み、自分の鎖を見下ろすように勅書のある胸元へ目を落とす。


 俺は右足へ全体重を乗せた。アルヴィンは傷ついた肩を引く。どちらも万全ではない。


 白い石が胸元で鳴る。


 帰るための一撃を選んだ。


 互いの剣が動いた。


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