第31話:一騎打ち・序
真っ向から受ければ三合ともたない。
一合目で手首が痺れ、二合目で肩が浮いた。三合目が来る前に崩れた柱の陰へ入る。
聖剣が石を断った。
切断面が白く焼けている。剣そのものより、刃の外へ伸びる魔力が半歩長い。義眼で見えなければ間合いを誤っていた。
アルヴィンは追わず、崩れた柱と俺の足跡を見た。
「最初からこの場所へ誘ったな」
「下見も戦いのうちだ」
「なら地形ごと覚える」
二度目の踏み込みから足運びが変わり、脆い石を避け、逆光では剣の腹で光を返してくる。勇者は力だけの男ではない。蝕の現場で未知の敵を見続けた経験がある。
砕けた破片を蹴り上げ、視界を塞ぐ。アルヴィンは目を閉じず剣圧で吹き飛ばした。その一瞬に南へ回る。
「逃げるだけか!」
「決闘場を全部使っているだけだ」
正午前の光が東壁から差す。逆光へアルヴィンを誘い、義眼側で剣筋を見る。生身の右眼なら眩んでいた。
だが三度目には誘いへ乗らなかった。小石を蹴って塔の影を測り、太陽を背負わず横へ回る。
「学習が早いな」
「同じ罠へ二度入れば勇者は務まらない」
なら一度目に得た半呼吸を別の罠へ繋ぐ。後退しながら井戸の縁へ足を置き、崩れる直前に跳んだ。アルヴィンの重みで縁石が沈む。
体勢が傾いた肩へ剣の腹を当てる。首を狙えば届いた。俺は押すだけに留めた。
アルヴィンは井戸の鎖を掴んで回転し、逆に蹴りを返す。胸へ入った衝撃で三歩下がった。
ベルナデッタの一割は理不尽だった。予告なく砂を蹴り、柱を踏み、負けた直後にも打ち込んでくる。朝ごとに殺された経験が肩と腰の予兆を読む目になっていた。
アルヴィンの上段を半歩で外す。脇腹が空く。
切っ先を突き込まず、柄頭で肘を打った。
「くっ」
聖剣が僅かに下がる。追撃は膝へ。立てなくする角度だけを選ぶ。
アルヴィンは剣の腹で受け、距離を取った。
「なぜ急所を狙わない」
「狙えば避けるだろう」
「今の首は避けられなかった」
「自信過剰だ」
誤魔化しながら呼吸を数える。俺は既に肩で息をしているのに、アルヴィンは鼻から長く吐くだけだ。持久戦でも分が悪い。
「殺さないと言っただろう」
「俺は貴様を殺しに来た」
「それはお前の都合だ」
言葉と同時に踏み込む。肩を狙うと見せて剣を絡め、聖剣の軌道を壁へ逸らす。
石壁が崩れた。下見で脆さを確かめた場所だ。瓦礫が二人の間を塞ぐ。
紋章が左胸で疼く。
まだだ。
魔人化すれば戦況は変わる。代わりに体のどこかが永久に消える。左眼、左腕。次の残弾は数えたくもない。
瓦礫を蹴破ってアルヴィンが来た。
今度は俺が壁の崩落へ追い込まれている。白い魔力が瓦礫を弾丸へ変えた。義腕で顔を守り、右眼だけは閉じる。装甲へ石が当たるたび警告の赤線が視界へ増えた。
『左肘、伝導率七割』
『薬指、小指、応答遅延』
リリウムの機構が損傷を数字で知らせる。痛みがない分、限界を自分で判断しなければならない。
アルヴィンは義眼の焦点が左へ寄る癖にも気づいた。死角側へ回り、柱の影から突く。
ベルナデッタならここで足を払う。
予測どおり低い斬撃が来た。跳ばず剣先へ左の靴底を載せる。刃を地面へ押さえ、柄頭を顎へ突き上げた。
薄く血が飛ぶ。初めて勇者へ明確な傷をつけた。
「今のは彼女の剣か」
「毎朝四度は殺されて覚えた」
「師を変えたほうがいい」
「同感だ」
低い斬撃を跳び、空中で義腕を柱へ引っかける。体を振って背後へ着地した。振り返りざまに踵を払う。
今度は当たった。
勇者が片膝をつく。
「ベルナデッタの稽古は役に立つな」
「あの騎士か。村で俺の首を欲しがっていた」
「今も欲しがっている」
「なぜ仕えているんだ」
「俺が一番聞きたい」
呼吸を整える間もなく白い魔力が膨らむ。
アルヴィンが構えを変えた。両手で柄を握り、腰を深く落とす。ここまでの速さはまだ本気ではなかったらしい。
周囲の砂が聖剣へ吸い寄せられる。これは原作で魔人ヴァイスを斬った技だ。画面越しに見た白い閃光が現実の空気を震わせる。
逃げる方向は三つ。北は立会人、東は勇者隊、西は崩落した壁。誰かを巻き込まない場所は正面しかない。
「次は止められない」
「親切な予告だ」
「退け」
「断る」
踏み込みで地面が割れた。
白い一閃が廃砦を横断する。避ければ背後の立会人まで届く。俺は左肩を入れ、義腕の装甲で受けた。
音が消える。
次の瞬間、体が壁まで飛んだ。
背中から石へ叩きつけられ、肺の空気が抜ける。義腕の外装が割れ、黒銀の骨格と赤い魔力回路が露出した。
親指と人差し指だけは動く。握力は通常の四割、魔力伝導は半分以下。剣を固定できても細かな操作はできない。
場外では黄色い旗が上がった。リリウムが魔人化の兆候を見逃さないための合図だ。救護線までは二十歩。出れば生きられるかもしれない。
出ればアルヴィンは勅命を果たせず、次は軍を率いて来る。逃げる選択肢は最初からなかった。
「その腕……」
アルヴィンの顔から戦意が一瞬消えた。
「ノルドで失ったのは眼だけではなかったのか」
「これは別件だ」
「別件で腕を失うな!」
敵に怒鳴られた。
立とうとして左脚が震える。紋章は先ほどより強く熱を持っていた。
アルヴィンは義腕の制限を一合で読み、左側へ連撃を集めてくる。崩れた柱へ逃げると、柱を避けず斜めに斬った。破片を目隠しに使うつもりが、逆にこちらへ降る。義眼の視界が白く埋まり、足音だけで次の一撃を読んだ。
ベルナデッタなら半歩遅らせてくる。アルヴィンは速さを変えず、軌道だけを途中で折った。蝕の不定形を斬り続けた剣だ。地形へ誘うほど対応を学んでいく。
地形も稽古も使い切った。素の俺が粘れる時間は終わった。
それでもアルヴィンを殺すわけにはいかない。
勝つためではなく、こいつに俺を殺させないための手札を抜く。
場外からベルナデッタの声はしない。助言すれば一騎打ちへの介入になる。代わりに剣を握る姿だけが見えた。
毎朝の五本、砂を使った卑怯、狭い回廊で覚えた短い突き。その全てがここまでの数十合を生かしたが、本人へ礼を言えば果たし合いの回数を増やされるので黙っておく。
義腕の警告が赤く染まる。次に本気の一撃を受ければ接続部まで壊れる。
それでも最後に一度だけ素の体で試した。
折れた外装を義腕から外し、重量を捨てる。露出した骨格へ剣の柄を革紐で結び、動く二本の指を添えた。
「まだ続けるのか」
「開始前に決めた。意識を失うまではな」
北壁へ走る。アルヴィンは崩落を警戒して中央から追う。俺は階段の沈む三段目を踏み抜き、石板を梃子のように跳ね上げた。
勇者の視界が塞がる。石板の下へ滑り込み、足首へ剣を絡める。
倒せる。
そう思った瞬間、アルヴィンは聖剣を地面へ突き立てた。刀身を支柱にして転倒を止め、空いた足で俺の剣を踏む。
「地形は覚えたと言った」
「一度しか見ていないだろう」
「貴様が見る場所を見ればわかる」
義眼の焦点から次の罠を読まれていた。
剣を引けず、右拳を腹へ入れる。アルヴィンも柄で肩を打つ。互いに一歩ずつ下がった。
この攻防で確信した。素の技術だけでも一瞬なら勇者へ届く。だが一瞬を勝利へ変えるには、首を狙わなければならない。
俺が選べない勝ち方だった。
同じ罠は二度使えない。残ったのは体と、まだ払っていない代償だけだ。
左胸へ手を置く。白い石と紋章が、同じ場所にある。
石は冷たく、紋章だけが熱かった。




