↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中ボス悪役貴族に転生したので、予定通り王国を奪います ~悪役をやめると死ぬ誓約なので、征服という名目で人類を救います~  作者: Jint
第5部:勇者との果たし合い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/46

第30話:口上合わせ

 アルヴィンは短い間に背が伸びたように見えた。


 金髪は短く切られ、白い鎧には補修跡が増えている。目の奥にあった少年らしい迷いも薄い。メルカで別れてから季節すらひとつ巡っていない。伸びたのは背ではなく、各地の蝕を越えた重みが以前より大きく見せているのだろう。


「久しぶりだな、簒奪公」

「勇者のほうから会いに来るとは出世したものだ」


 軽口を返しながら互いを観察する。


 アルヴィンの右肩には新しい傷があり、鞘にも焼け跡がある。俺の左側を見た目は義眼、義腕の順に止まった。


「腕のことは報告で読んだ。八百人を生かしたまま失ったと」

「敵兵を安く雇っただけだ」

「そう言うと思った」


 以前なら食い下がった。今は言い訳の背後にあるものを測ろうとしている。


 廃砦の外には双方の立会人がいる。こちらはベルナデッタとギデオン。向こうは副官と聖蓋府の監察官。シュカは姿を見せない。


 勇者隊は二百歩離れた丘へ陣を置き、こちらの兵も反対側の林で待機し、互いの弓が届かない距離へ青い杭を打った。


「杭を越えた兵は敵対行動とみなします」

「ただし捕縛を優先し、投降者は保護する」

「戦う前から投降を?」

「うちの規則だ」


 副官はメルカで共に働いた男だ。口先でないことは知っている。


 監察官が勅書を読み上げた。


「東方の逆賊にして魔人ヴァイス・レーゲンハルトを討ち、その領を王国へ返還せよ」


 魔人。逆賊。どちらも間違っていない。間違っていない言葉だけで人を殺す文書だ。


 続いて決闘規則を取り上げる。


「武器破損で終了とは認めない。勅命は討伐だ」

「終了とは書いていません。本人へ継続意思を確認します」

「魔人化した場合は立会人の援護を認めよ」

「なら勇者も聖剣を外せ。人外の力だろう」


 監察官はさらに、魔人化を即時処刑の条件へ入れようとした。ギデオンが勅書を示して止める。


「討伐対象の形態を理由に規則を変える条文はありません。勇者殿が敗れそうになってから追加するおつもりで?」

「魔人は人ではない」

「なら裁判への投降を求めた先ほどの勧告と矛盾します」


 監察官が黙った。


 協議の末、降参、意識喪失、双方の合意で終了。武器破損だけでは止めない。第三者が侵入すれば中断し、侵入側が違反を負う。魔人化も聖剣も本人の能力とした。


 文書へ副官、ギデオン、岩棚から現れたシュカが署名する。


「なぜメイドが」

「中立の記録係です。本日は中立の服を着ています」


 いつもの黒い服だった。


 最後にアルヴィンが署名する。


「この間の村は無事か」


 小声で尋ねると、視線が一瞬だけ和らいだ。


「メルカなら死者ゼロだ。貴様の避難路を使った」

「俺の道を勝手に使うな。通行料を請求するぞ」

「請求先は王国でいいか」

「利子を付けておけ」


 再会の挨拶が徴税交渉になる。監察官には敵同士の挑発に聞こえたらしい。実際は互いに守った村の無事を確かめただけだ。


「勇者殿、会話は不要です! 魔人の言葉へ耳を貸してはならない!」


 アルヴィンは振り返らない。


「最後に聞く」


 彼が一歩出る。


「投降しろ。爵位と領地は失うが、裁判にはなる。ここで死ぬ必要はない」

「断る。裁判の被告席は玉座より座り心地が悪そうだ」

「リーゼ殿たちも連座する」

「投降すれば本当に助かるのか」

「俺が証人になる」

「王命へ異議を唱えられない証人か」


 アルヴィンの唇が結ばれた。


「グレゴールは助命を計らうと言っただけだ。修道院へ入った後、別の罪状を作ることもできる」

「そこまで疑うのか」

「鎮めの儀を千年隠した組織だぞ」


 監察官が反論しかけたが、アルヴィンが止める。


「だから確かめに来た。貴様の言葉も、勅命の理由も」

「だから王座を奪る。裁く側へ回れば問題ない」


 監察官が鼻で笑った。アルヴィンは笑わない。


「メルカで言ったな。俺が何者か見極めると」

「まだ答えは出ていない」

「なら剣を抜くには早い」

「……勅命なんだ」


 小さな声だった。


「従いたくないのか」

「そういう質問をするな」

「貴様こそ、なぜ本当の理由を言わない」


 胸の紋章が熱を持つ。互いに相手の鎖を見つけながら、自分の鎖だけは外せない。


 俺には悪意以外を語れない誓約がある。こいつには正義を王命へ預けさせる鎖がある。自由に喋れない者同士が、言葉の代わりに剣を持って向かい合っていた。


「命令なら従うのか」

「従うために理由を確かめる」

「面倒な勇者だ」

「貴様にだけは言われたくない」


 アルヴィンが剣の柄へ手を置いた。


「抜く前にひとつ答えろ。第三隊で貴様が殺した兵は、本当にゼロか」

「生存名簿を渡しただろう」

「王都では偽造とされた」

「八百人全員を口封じしたとでも?」

「だから今日、自分の目で見る」


 こいつは勅書を執行するだけでなく、王国の報告と現実のどちらが正しいかを剣の距離で確かめに来た。


「好きに見ろ。ただし見終わるまで死ぬな」

「それは俺の台詞だ」


 風が砦の砂をさらう。俺は義腕で鞘を押さえ、右手で剣を抜いた。


「安心しろ、勇者。俺はお前を殺さん」


 アルヴィンの眉が動く。


「お前を倒すのは、俺が王になる日の余興に取ってある」

「手加減できる相手だと思うな」

「できないから先に言った」


 立会人が赤と白の旗を掲げた。


 ベルナデッタは俺だけを見ている。副官はアルヴィンへ何かを囁いた。監察官の筆が動く。


「始め!」


 旗が落ちる直前、アルヴィンが小さく言った。


「降参してくれ」

「お前こそ王命を捨てろ」


 どちらもできない提案だった。


 旗が下りる。


 アルヴィンの姿が消えた。


 義眼が白い魔力線を捉え、俺は剣を斜めへ滑らせる。受けた瞬間、両腕の骨が軋んだ。


 衝撃が足元を抜け、背後の石壁へ亀裂を走らせる。


 三歩押されてようやく止まった。


 剣速も膂力も以前とは違う。これが王国の勇者。原作補正は伊達ではない。


「以前の貴様なら今ので終わっていた」

「残念だったな。毎朝、もっと頭のおかしい女と戦っている」


 初撃の余波が収まるまで、誰も声を出さなかった。青い杭の外で馬が怯え、勇者隊の兵が手綱を押さえる。こちらの兵も剣を抜かない。


 アルヴィンは剣を戻さず俺の足元を見る。


「地面に印がある」

「古い砦だ。測量跡くらい残る」

「白墨が新しい」


 下見を一合で見抜かれた。隠し通す必要はない。


「お前は聖剣と加護を持ち、俺は地形と悪知恵を持つ。公平だろう」

「公平の意味を辞書で引け」


 原作ではこの対面に会話などなかった。勇者は勅書を掲げ、魔人ヴァイスは笑い、三頁後には首が落ちる。家族の名も鎮めの儀も語られない。


 だが今はアルヴィンが俺の腕を見て迷い、俺はこいつを生かす規則へ署名させた。既に原作と同じ場面ではない。


 二合目が来る。最初より速い。それでも殺気だけは真っ直ぐだった。


 脇から、次いで足元から。受けずに柱へ流す。アルヴィンも白墨の印を読み、俺が避けたい方向へ先回りする。


「本当に俺を殺さないつもりか」

「開始前の宣言をもう忘れたか」

「なら俺が勝つまで確かめる」

「面倒な確認方法だ」


 言葉は続いている。剣を抜いた後も対話を捨てないこと自体が、勅命から外れ始めた最初の一歩だった。


 口上合わせは終わった。ここから先は一撃ごとに互いの嘘を剥がす時間だ。


 石床へ、二人分の足音が重なる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。