第18話:勇者と征服者(後編)
翌朝、撤収前の最終確認でメルカ村を歩いた。
井戸、施療院、避難所。義眼で魔力の濁りを確認し、帳簿と人数を照合する。
村の入口にアルヴィンが立っていた。
「話がある」
「護衛はどうした」
「二人で話したい。貴様も下がらせろ」
ベルナデッタが拒もうとしたが手で止めた。
「勇者の首へ傷ひとつあれば私が貴方を斬ります」
「どちらの護衛だ、お前は」
「閣下の獲物を保全します」
アルヴィンがますます理解不能な顔をした。
二人で村外れまで歩く。
朝靄の中で槌の音が響く。屋根を失った家には黒い天幕が張られ、白い外套の神官が子供の熱を測っていた。畑では両軍の兵が壊れた水路を掘り直している。
老婆が俺へ頭を下げたあと、アルヴィンの手を握った。
「勇者様が闇を払い、公爵様が明日の種を残してくださった。どちらにも生きていてほしいです」
俺たちは答えられなかった。三年後に殺す側と殺される側へ、同じ願いを向けられている。
老婆が去るとアルヴィンは歩調を落とした。
「民は貴様を恐れていない」
「税率を知れば恐れる」
「昨日見た。王都の基準より低い」
「よく調べたな」
「貴様を疑うなら、都合の悪い数字も見なければならない」
真面目すぎる。俺の敵としては厄介だった。
再建中の家、清掃された井戸、食糧倉。村人は俺へ頭を下げ、アルヴィンへ感謝を伝える。
「単刀直入に聞く。貴様は何を企んでいる」
「王国の簒奪だ」
「そういう建前ではなく」
「建前ではない」
アルヴィンは足を止めた。
「本気で王座を奪うつもりなのか」
「そのために領地を増やしている」
「では、なぜ民に飯を配る」
「徴税のた――」
言葉が一瞬つかえた。
誓約ではない。胸の紋章は静かだ。
真っ直ぐな目の前で、いつもの言い換えを吐くことに別の痛みがあった。
「徴税のためだ」
最後まで言う。
「飢えた民からは税を取れない。病人は働けない。だから食わせ、治し、守る」
「それは統治ではないのか」
「征服だ」
「名前を変えただけに見える」
鋭い。
アルヴィンは馬鹿ではない。善人だから疑えないのだと思っていたが、目の前の矛盾を自分で確かめようとしている。
「ノルド村で左眼を失ったと聞いた」
「安い投資だった」
「嘘だ」
即座に言われた。
「眼が安いはずがない」
「俺の価値は俺が決める」
アルヴィンの視線が左の義眼ではなく、残った右眼へ移った。
「さっきから右側を庇って歩いている」
「気のせいだ」
「村人が右から近づくと離れる。物音がすると体ごと向く。見える眼まで失うのが怖いんだろう」
無意識だった。
「怖いに決まっている」
口から事実が落ちた。
「ならなぜ、また前へ出る」
「後ろが安全だと思うほど楽観していない。俺が見なければ誰かの報告だけで決めることになる」
「部下を信じていないのか」
「信じることと確認を捨てることは違う」
アルヴィンは理解したように頷く。これ以上材料を与えたくない。
「村人は、貴様が自分たちのために差し出したと言っていた」
肯定できない。
沈黙は許される。
俺は歩き出した。
「質問は終わりか」
「まだだ。鎮めの儀について何を知っている」
今度こそ足が止まりかけた。
「なぜ聞く」
「貴様は前兆の位置を事前に知っていた。王都の観測官より正確に」
原作知識だとは言えない。
「征服者は獲物を調べる」
「またそれか」
アルヴィンが息を吐く。
「貴様の答えには嘘がない。だが全部ではない」
「十分だろう」
「俺はいずれ、貴様を討てと命じられる」
風が止まったように感じた。
原作では三年後。その剣で俺は死ぬ。
「王座を狙い、魔人の力を使い、他領を併合した。勅命が出ないほうがおかしい」
「なら今ここで抜くか」
アルヴィンの手が聖剣へ触れる。
だが抜かなかった。
「その時までに、貴様が何者か見極める」
「見たとおりの逆賊だ」
「それなら話は簡単だった」
「見極めた結果、俺が敵なら?」
「斬る」
「味方なら?」
「命令を出した者へ理由を問う」
「王命でもか」
「王命だからだ。人を殺す命令には、命じた者が答えられる理由が要る」
原作のアルヴィンは王命で俺を討った。その裏でどんな答えを聞いたのか。文章では一行も触れられていない。
「三年後も同じことを言えるといいな」
「三年?」
「言葉の綾だ」
危うく未来を漏らした。
少年は背を向けた。
頼むから見極めないでくれ。
俺の破滅フラグはお前なんだ。
城へ戻るとギデオンが地図を広げていた。
ノルド、メルカ、その間の小領地。黒い旗は三つに増えている。
三本目はハーゼ村だった。メルカへの途中で嘆願を受け、別働隊を送った小村だ。毒された井戸は封鎖できたが到着が半日遅く、避難の最中に三人が亡くなっていた。
「ハーゼの手続きも完了しました。遺族には補償金と共同墓地を」
「死者を数字だけで閉じるな。氏名を報告書へ残せ」
ギデオンは別紙を差し出した。既に三人の名、年齢、家族、発見時刻まで記されている。
「マルタの指示です。閣下なら求めるだろうと」
間に合わなかった三人。その事実はメルカの死者ゼロより重い。
「ハーゼへ早馬の中継所を置け。異常を知らせる鐘も統一する」
「維持費がかかります」
「三人分の補償より安い」
損得の形に変えて命じる。ギデオンは何も指摘せず頷いた。
「メルカ村から正式な併合嘆願が届きました」
「勇者がいる間に出したのか」
「彼が救い、閣下が復興した。村民にとっては両方必要だったのでしょう」
旗の並びは西へ伸び、王都への街道をうっすらなぞっていた。
「偶然か?」
「もちろん。偶然を戦略へ変えるのが私の仕事です」
ギデオンは次の街道へ線を引く。
王座への道が、地図の上で初めて形を持った。
「メルカの法的な扱いは」
「旧代官へ職務復帰を通告済みです。拒否の返書も確保しました」
ギデオンが封書を開く。代官は病気を理由に戻らず、税の徴収権だけは手放さないと書いていた。
「住民を守らず税だけ欲しいか」
「非常に王国らしい返答です」
「村長会へ暫定統治を宣言させろ。俺は保護契約を結ぶ。税は復興が終わるまで免除、旧代官からの請求は領で預かる」
「王都は越権だと抗議します」
「抗議文を公開しろ。蝕から逃げた代官と、戻れと命じない王都の名を並べてな」
ギデオンは楽しそうに筆を取った。併合は旗を立てる瞬間ではなく、明日の水と税を誰が決めるか、その答えが定着した時に終わる。
ハーゼ村の報告書をもう一度開く。
観測塔から降り遅れた観測係のハイン。列を離れて避難誘導へ戻ったエマ。最後まで鐘を鳴らし続けた少年のルッツ。三人とも持ち場を守ったまま逃げ遅れていた。鐘が統一されていれば隣村の警告を理解できた。中継所があれば救援は夕方でなく昼に着いた。
「三人の死を先遣隊の宣伝へ使う者が出ます」
「俺の統治下で死んだと?」
「事実の時間を半日ずらせば、そう見せられます」
「隠すな。到着時刻も死亡推定時刻も公開しろ」
「失策までですか」
「間に合わなかったのは事実だ。死者ゼロだけ並べれば、次も間に合うと思い込む」
シュカなら、失敗も観測記録へ残すだろう。都合の悪い数字を消す国と同じになれば、俺が王座を奪う意味までなくなる。
夕刻、ハーゼへ向かう資材車を見送った。鐘三つ、替えの井戸縄、警告札。荷台の隅には三人の名を刻む石板がある。
リーゼが袖を引いた。
「お兄さま、悲しいの?」
「維持費が増えて不機嫌なだけだ」
「じゃあ、わたしも不機嫌」
小さな手が右手を握る。振りほどく理由が見つからなかった。
地図へ戻ると、黒い旗の先に王都まで続く街道がある。三つの領地は点ではなく線になり、物資も警告も以前より速く届く。
領土が増えるほど守る範囲も責任も増す。それでも線を止める気はない。
俺を討つと告げた勇者の目を思い出す。
見極めると言うなら見せてやる。逆賊が王国より先に人を生かし、王国より正確に死者の名を残すところを。




