第13話:訳あり採用面接
城門の外に行列ができた。
移住希望者ではない。俺の軍団で働きたいという応募者たちだ。
「簒奪公は悪人だが給金を払う」「過去を詮索しない」「負傷しても捨てられない」。そんな評判が王国中へ広がったらしい。
俺は行列から目を戻した。
「最後だけ雇用の最低条件では?」
ギデオンは眼鏡を直した。
「王国では希少な条件です」
笑えない。
応接室を面接会場に変えた。応募者は官僚、聖職者、傭兵、職人。履歴書には追放、破門、解雇の文字が並ぶ。
「まず一人目」
痩せた青年が入った。元地方会計官ヘルムート。不正な徴税を告発し、上官の横領まで暴いた結果、守秘義務違反で追放されている。
「前職を追われた理由は?」
「正直すぎたことです」
「採用」
「まだ何もお尋ねになっていませんが」
「帳簿を読める。圧力を受けても黙らない。十分だ。うちでは黙るほうが罪になる」
青年の目が潤んだ。
「泣くな。王国の不正を奪うために使うだけだ」
「はい。一生かけて使われます」
一生とは言っていない。
もっとも、口先だけで金庫を預けるほど俺も人がいいわけではない。
ギデオンが用意した三冊の帳簿を机へ置いた。一冊は数字が合っている。残る二冊には横領と粉飾が仕込んである。
「十分で見抜け。理由も書け」
ヘルムートは椅子へ座らず帳簿をめくり、五分で一冊を脇へ退け、八分後には二か所の不自然な支出を指で押さえた。
「こちらは馬糧の単価を水増ししています。もう一冊は存在しない橋の修繕費です。ただし横領したのは記帳者ではありません。筆圧が途中から変わっています」
ギデオンが初めて顔を上げた。
「正解です。最後の点まで気づいた者は初めてですね」
「では財務だけでなく監査も任せる。俺の署名があっても数字がおかしければ止めろ」
「ご当主の命令も、ですか」
「命令だから止めるんだ。間違った支出まで忠実に通す部下は敵より始末が悪い」
採用票へ財務補佐兼内部監査と書き足した。
二人目は破門された老聖職者マルタだ。教会の備蓄を貧民へ配り、聖堂の銀器まで売ったという。
「善行が過ぎたか」
「神殿長はそう申しました。飢えた者へパンを配りすぎたと」
「うちでは搾取の下準備と呼ぶ。好きなだけやれ」
胸の紋章が一瞬疼き、悪い理由を足す。
「ただし帳簿はつけろ。誰へ何を配ったかわからぬ施しは支配ではない」
「なんと慈悲深い――」
「搾取だと言っている!」
「はい。慈悲深い搾取を」
話が通じない。
マルタには施療院から運ばせた三人を診せた。熱病の少年、腕を裂いた兵士、腹痛を訴える老人だ。
彼女は少年へ触れる前に兵士の腕を縛り、老人の瞼と舌を確かめた。
「順番が違うのでは?」
付き添いの兵が不満を漏らす。
「熱は高いですが今すぐ命を奪いません。この兵は動脈が傷ついています。お爺さんは井戸水の毒に当たった疑いがあります。同じ家の者を呼び、井戸を閉じてください」
情に流されるだけの老婆ではないらしい。誰を先に救えば被害が減るかを一瞬で選んだ。
「合格だ。施しの量はお前に任せる。ただし薬の残量は毎晩報告しろ」
「承知しました。神より先に帳簿へ祈りましょう」
この城へ来る人間は適応が早すぎる。
三人目は口の悪さで七つの傭兵組合を出禁になった大男バルトだ。
「貴族の坊ちゃんが俺を使えるのか?」
「団長と一手合わせろ。立っていれば採用する」
演習場へ出す。
ベルナデッタの木剣が一度だけ閃いた。
バルトは三歩飛び、壁へ背中から激突した。それでも木剣を杖に立ち上がる。
「化け物女……!」
「団長と呼べ」
「採用だ」
古参兵が呟く。
「団長より口が悪いのが来た……」
「聞こえているぞ」
ベルナデッタが振り返ると全員が姿勢を正した。
だが試験は終わりではない。ベルナデッタは倒れた丸太を指した。
「負傷者に見立てて門まで運べ。敵襲中という設定だ」
「剣の腕を見るんじゃねえのかよ」
「命令への反応を見る」
バルトは毒づきながら丸太を担いだ。途中で足を滑らせた若い応募者まで反対の肩へ載せ、二人分の重さで門を往復する。
「戦場で荷物を捨てなかった理由は?」
「置いてった奴の悲鳴は寝覚めが悪い。それだけだ」
なるほど。組合を追われた本当の理由が透けた。撤退命令を破って仲間を回収したのだろう。
「副官候補に変更だ」
「勝手に重くするな!」
ほかに術師、衛生兵、技師を採った。三人とも肩書ではなく手で答えた。
過去が悲惨なだけの者は採らない。弱い者を踏み台にした記録がある傭兵、数字を読めないのに会計官を名乗る男。俺が欲しいのは不幸自慢ではなく働ける人間だ。
不採用者にも二日分の食事と帰路の銅貨を渡した。城門前で恨みを育てられるより安い。
採った者に共通しているのは、腕があり、組織の都合で捨てられたことだ。
「身元に問題がある者ばかりです」
家令が不安そうに言う。
「問題のない者は王国が抱えている。こぼれた者を拾うのが一番早い」
「裏切りませんか」
「裏切る理由を作らなければいい。給金を払い、仕事を与え、成果を評価する」
「それでは普通の雇用です」
「普通をやれない国から人材を奪う。それが簒奪だ」
午後には採用者の技能台帳を作った。ギデオンが適性ごとに配置し、同じ派閥が一部署へ固まらないよう分散する。
ヘルムートは財務。マルタは施療院。バルトはベルナデッタの副官だ。
「俺をあの女の下につけるのか」
「嫌なら勝て」
「……副官で結構だ」
判断が早い。
権限もその場で渡した。ヘルムートに支出差し止め印、マルタに薬庫の鍵、バルトに訓練中止を命じる権利。
「新人へそこまで預けるのですか」
「責任だけ負わせて権限を渡さない組織は腐る」
古参たちは戸惑ったが異議は出なかった。ベルナデッタだけはバルトへ予備の木剣を投げる。
「明朝、日の出前。副官なら私より先に立て」
「上等だ。寝坊したら引きずり出してやる」
「試してみろ」
仲良くできそうだ。少なくとも同じ方向へ喧嘩を売っている。
人を増やせば、次は規則が要る。
その日のうちに兵舎の壁へ勤務規程を貼らせた。一日三交代。七日ごとに一日の休養。負傷者の治療費は領が負担。任務中に死亡した者の家族には五年分の基礎給を支給する。
「本当に休んでも減給されないんですか」
古参傭兵が聞く。
「休暇は命令だ。破れば罰金にする」
「休むと罰金ではなく?」
「働くと罰金だ」
食堂がざわめいた。
「交代なんぞしていたら砦が落ちます」
北境の守備隊にいた男が立った。
「夜襲は休暇を待ってくれません。持ち場を離れた日に仲間が死ねば、休んだ者が一生背負う」
「だから三交代だ。誰かが休んでも持ち場は空かない。お前しか守れない場所があるなら、それはお前が優秀なのではなく指揮官が無能という意味だ」
一人しか扱えない装置、一人しか知らない合図、一人しか開けられない倉庫を今月中になくす。抱え込んだ者は評価せず、引き継げる形にした者を昇給させる。
兵たちの視線がギデオンへ向いた。当人は顔を背けた。
「兵は消耗品だ」
胸の紋章が落ち着く言葉を選ぶ。
「消耗品は手入れするほど長持ちする。勝手に壊れ、再調達費を増やすことは許さん」
「はっ! 長く使われます!」
「返事がおかしい」
恩給を説明すると、バルトが目元を拭った。
「俺ぁ三十年傭兵やって、遺族保障なんて初めて聞いた」
「泣くな。お前の死体の値段の話だぞ」
「うぅ、なんて温かい値付けだ……」
「話を聞け」
財源は湧かない。ヘルムートが採用初日の午後に昨年度の支出を洗った。
「儀礼用の旗が年に四十枚、将校用の葡萄酒が三百樽。遠征ごとに新品の天幕を発注しています」
「旗は繕え。葡萄酒は半分売れ。天幕は番号を振って返却させろ」
「それで食費と治療費の七割を賄えます。残りは」
「捕虜労働の利益から出す。ただし賃金を先に引け」
「無償で働かせれば監視と逃亡対策が高くつく、と」
「わかっているなら早い」
ヘルムートの筆が走った。
「感情ではなく収支で説明できます。反対派を黙らせやすい制度です」
「最初からそのつもりだ」
嘘ではない。善意だけでは制度は残らない。俺が倒れた後も数字で得だとわかれば、次の領主も簡単には廃止できない。
夕刻、最後の面接を終えた。
「閣下。本日の採用基準を一言で?」
ギデオンが問う。
「使い捨てられた駒は、拾った者によく働く」
紋章は痛まなかった。
悪意の言葉として成立したらしい。だが俺には、前世で契約終了の紙一枚を渡された仲間たちの顔が浮かんでいた。
ギデオンだけが意味に気づいた顔をする。
「閣下も拾われた側だと?」
「余計な分析をするな」
扉の前に人影が立った。
ノックは聞こえなかった。
黒髪のメイド、シュカだ。
「最後の応募者です」
「履歴書は」
「ありません。代わりにこちらを」
差し出された紙には聖蓋府の封印が写されていた。
『東方逆賊ヴァイス・レーゲンハルトに関する監察計画』
門外不出の内部文書だった。
ただの盗人なら文書を売る。これを試験へ持ち込む人間は金より俺の反応を欲しがっている。
「誰を傷つけた」
「誰も。焼却炉へ運ぶ束から抜きました」
「なぜ俺へ渡す」
「私を最も面白い場所へ置いてくださると思いました」
「明日もう一度来い。正式な条件を決める」
即決しかけた俺をギデオンの咳払いが止めた。シュカは文書だけ残して消える。
本日最も危険な人材は、まだ契約書へ署名していなかった。




