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その箱を開けた世界で  作者: ナガズボン
第1章 鳳凰院 蓮火(仮題)
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合同授業

「始め!」


 ーーーシュッ、ボッッ。


 合図された瞬間、男子生徒が掲げた手の平から放たれた火の魔法を、駈は半歩斜め前に踏み込んでかわす。


 目標を見失った魔法はやがて弱まり、虚しく空気を焼くだけに終わった。


 踏み込んだ勢いそのままに、駈は足を交互に突き出し、十歩以上はあった相手との距離を詰めていく。


 駈の目は、己の魔法をかわされ動揺している男子生徒の次の動作を逃すまいと、鋭くなっている。


 己が放った魔法を意に返さず、迫ってくる相手を確認した男子生徒は、慌てて胸の高さから左腕を凪ぎ払った。


 すると、そこから水流が扇の形を取りながら水平に現れ、駈の方へと勢いよく向かっていく。


 これに反応した駈はしゃがみこみ、足腰に貯めた力を解放した。


 駈の前髪を少し濡らすだけで終わった自らの魔法を、ただ茫然と見送った男子生徒は、空中で武器を頭上に構え、位置エネルギーさえも利用して斬りかかってくる相手に対して、形振り構わず横っ跳びするしかなかった。


 地面に転がった直後、急いで駈の方を確認するが。


 ―――カチャ。


 喉元に突き付けられた武器によって、その動きを止められた。



「そこまで!!!」



 終了の合図を聞いた駈は相手の喉元から武器を引き、鞘に納める。


 尻もちを突いている男子生徒はワナワナと顔を赤く染め、駈の方を見やって口を開いた。


「ひ、卑怯だ!!」


 右の人指し指はビシッと、駈の方を向いていた。


 謂れのない罵倒に駈は首を傾げるが、一先ず対話を試みる。


「え、えーと……。何がですかねぇ」


「お、俺はこないだダンジョンで、オークを焼いてやったんだぞ……! そ、それをこんな……」


「……えーと」


 若干話の噛み合わない男子生徒を前にした駈は、困ったとばかりに眉を下げた。


「ダンジョンに潜る冒険者なら、魔法を使って模擬戦を戦え!! この卑怯もの!!」


「……ダンジョンに潜る冒険者は武器を使ってはいけないと?」


「そ、そうだ!! 魔法を使って遠距離からモンスターを狩るから、安全にダンジョンを進めるんだ!! お前みたいに近距離で武器を使ってモンスターを倒そうとするやつがいると、周りが魔法を撃てないだろうが?!」


「それが何故、卑怯ものということになるんですかねぇ?」


「お前は一人でモンスターを倒して、獲物を独り占めする気だろ!!」


 男子生徒は自信満々に笑みさえ浮かべながら、大仰に手を振りかざして自らの主張の正当性をアピールした。


 相手をするのがバカらしく思えてきた駈は踵を返し、その場を跡にしようとするが。


 今度はニヤリと種類を変えた笑みを浮かべる男子生徒は、観衆に向かって演説する大統領のように声高々にした。


「図星か!? そうじゃないなら、魔法を使ってみろよ、この『マナシ』!!」


 二人の様子を窺っていた周りの生徒が、ざわざわっとにわかに騒がしくなる。


「『マナシ』……?! 『マナシ』がこの学校に来てんのかよ……」


「……おいおい。それでよく冒険者になろうと思ったな……」


「ダンジョンも舐められたものね」


 周りの反応を確認し、駈の模擬戦の相手をした男子生徒は、してやったりの表情を浮かべるが。


(その『マナシ』に模擬戦で負けた……、っていうのは言わない方が無難なのかなぁ……)


 言えば余計に燃え上がりそうな燃料を、胸の内に秘めるだけにした駈。


 代わりに、周りに広がる嫌な種類の騒めきを、表面上は気にすることなく駈は口を開いた。


「……僕は基本、1人で潜るので問題ないかと思いますがねぇ」


「1人で潜るんじゃなくて、潜れないだけだろうが!! パーティーを組めずにな!!」


 地味に駈の心を削りつつ、もはや哄笑を浮かべている男子生徒は、嫌味を続ける。


「これだから『マナシ』は! お前と模擬戦すると、こっちまで『マナシ』が伝染る! おい、お前迷惑だからパーティーなんて組むんじゃないぞ?」


 男子生徒は同意を求めるかのように、周りを嫌らしく見渡す。


 野次馬は他人事のように、それを囃し立てた。


 断りを入れると、『マナシ』が伝染ることは全くもってあり得ないことなのだが、悲しいことに冒険者学校では少数派、というかほとんど見かけることのないのは事実であり多勢に無勢。


 特に反論らしい反論を言わずにいる駈へ、最後に男子生徒は一言、嫌味ったらしく付け加える。


「悔しかったらいつでも魔法を使ってきていいんだぞ?」


 駈は一文字に口を結び、何も返さずに、その場を離れた。


 後ろから聞こえてくる笑い声が、どこか遠い場所での出来事であるかのように、耳へ届いてきた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「またこっぴどく言われたものだな」


 先程の騒音を潤すかのような清涼な声音が聞こえてきたのは、先ほど駈の模擬戦が行われた会場の一番外側にある座席でだった。


「吉川先生」


 声の主は駈のクラスの担任である女性教師の輝花だ。


「それにしても、『マナシ』か。また広まってしまったな」


 他人事のように、口角さえ上げながら輝花は呟いた。

 面白おかしそうに表情を変えるその美貌に、駈は一つため息をつく。


「……聞いてたんなら、止めていただけると助かるんですがねぇ」


(あと、広まることが予測出来たんなら何とかしてもらえないかなぁ)


 後半は口に出さず、駈は駄目元で輝花へ希望した。


 模擬戦は合同授業のため、駈の先ほどの相手は他のクラスの生徒だ。


 とは言え、冒険者学校の教師であれば問題にすることなく止められたはずだ。


「なんだ、止めて欲しかったのか? ただ、私がここにいなかったら……」


 輝花はそこで言葉を取り止め、首を廻らした。


 駈も彼女と同じ方向を見やると。


 いつも以上に無表情で不機嫌オーラ全開の幼馴染が輝花の隣の席に座っており、そばには白眼を向き泡を噴いて地面に転がっている男友達の姿があった。


 駈はまず、彼の方に向かって合掌した後、そのまま口を開く。


「そこに転がってると粗大……歩行の邪魔だよ」


「辛辣か?! ってか今、粗大ゴミって言おうとした!?」


「君は頑丈だねぇ」


「頑丈じゃねえ、あやうく死にかけたわ! 川の向こうで見覚えのないランニング姿のおっちゃんが、スクワットしてるのが見えたぞ!」


「ふーん。ところで鈴とケンカでもしたの?」


「渾身のジョークをスルーされて悔しい!! ……いや、ケンカっていうか、止めようとしただけだよ」


「何を?」


「模擬戦の後、何か揉めてただろ? 俺は遠くて何言ってるのかよく聞き取れなかったけど」


「……なるほどねぇ」


「ちなみに私は、鈴にヘッドロックを掛けられた輝子は見てないぞ」


「バッチリ見てんじゃねぇか!!」


「脇に抱えられて少し嬉しそうな顔をしているのを見たときは何とも腹正しく、私がトドメを刺してやろうと意気込んでしまうほどだった」


「その意気込みは、仕事か何かで使うときにでも取っとけ!!」


「……でもまぁ、ありがとう輝子」


 大分痛め付けられた様子の輝子へ、駈はさすがに労いの言葉をかけた。


「お、おう!」


「あそこに鈴が来てたら……」


「一族郎党みなご………」


「やめろ鈴! それ以上は過激すぎる」


 駈に言葉を遮られた鈴は不思議そうに首を傾げる。

 しかし、すぐに何かに納得したかのように頷いた。


「一族郎党はんご……」


「程度の問題じゃないから」


 駈は疲れを滲ませた表情でフゥと息を吐いた。


 おもむろに輝花の方を向いて、駈は軽く頭を下げる。


「先生もありがとうございます。輝子でも止められなかった分を、先生が止めてくれたっていうことですよね?」


「いや。私は崩れ落ちる輝子へ追い討ちをかけようと、ここへ来ただけだ」


「あんた鬼だ!」


「何だ、輝子。昔のように私と鬼ごっこしたいのか?」


「すいませんでした!!!」


 輝子は、反応を起こしたネズミ取り並のスピードで頭を下げた。


 輝子が少し不憫に思える駈である。


 彼がこれほど怯える鬼ごっことは一体、どのような内容なのか少し気にはなったが。


「まぁ、冗談はともかくとして、鈴を宥めたわけだ」


「さすが教師ですねぇ」


「トるなら、まとめて処理できるよう機会を改めるべきだ、と言ってな」


「……前言撤回します。物騒ですねぇ」


「証拠を残すようなヘマはしない」


 グッと無表情で親指を立てる幼馴染へ、駈は一言。


「この学校で完全犯罪の仕方は習えないと思っていたんだけどねぇ」


「独学」


「どうしよう輝子。この娘危険だよ、すごく」


「バカ! それがいいんだろ?! ほら、あれだ! きれいな何とかには何とかがあると言うじゃないか!!」


「先生、どうします?」


「ほっとけ」


 目をギラつかせた幼馴染と興奮するクラスメートを尻目に、駈は一人でボーッと空を見上げる。


「あっ、トンビだ。カッコいいなぁ」


「現実逃避もいいが、順番が終わったなら次の授業の準備でもするんだな」


「年度始め恒例の、退屈な授業だよな!」


「先生の前では、もうちょっとオブラートに包もうよ輝子」


「私の授業じゃなければ、どうでもいい」


「……さいですか」


「姉貴はこういう人だぞ、駈」


「……うん」


 姉に脳天チョップを喰らっている輝子には気づかないふりをして、疲れたように頷く駈だった。

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