第五話(追記) 海を越える絆
大和王国・王都江戸。
浅草雷ギルド一階の酒場は、今日も冒険者達の笑い声で賑わっていた。
木造の広い酒場には酒樽が並び、焼き魚や串焼きの香ばしい匂いが漂っている。
その一角で、レオ・ハワードは一通の手紙を静かに読み終え懐かしそうに目を細める。
「……そうか」
思わず口元が緩む。
向かいに座る銀髪のエルフ僧侶の樹玄がお猪口を置いた。
「レオン殿からの返事かな?」
「ああ」
レオは頷く。
「元気にやっているようだ。帝国の公爵令嬢の護衛騎士に栄達してから毎日、多忙で酒場に行けないと、嘆いているけどね」
その一言に、食事をしていたパーティの仲間達もぷっと吹き出した。
白と赤を基調とした陰陽装束を纏う、沙夜が嬉しそうに声を上げる。
「レオン君、公爵令嬢の専属護衛騎士になったんだ!すごいじゃない!出世したね」
「俺も最初は目を疑ったよ」
レオは苦笑しながら肩をすくめる。
「近衛騎士になっただけでも十分驚いたのに、まさか公爵令嬢付きとはな」
樹玄は穏やかな笑みを浮かべる。
「日々、徳を積み重ねてきた結果だろう。研鑽を惜しまない人柄とお主から聞いていたから、それが身を結んだのだろう」
そう言ってレオを見る。
「弟子の活躍、レオも鼻が高いのではないか?」
「ああ」
レオは素直に頷いた。
「正直、驚いてるよ。レオンは俺以上によくやってる。あいつは昔、自分に自信なんて全然なかったからな」
当時のことを思い出す。
依頼に失敗し、肩を落としながら剣を握っていた少年。
何度転んでも立ち上がろうとする、不器用で真っ直ぐな後輩。
あの頃の姿が、昨日のことのように脳裏へ浮かぶ。
斥候エルフの女性、翠羽が優しく微笑んだ。
「レオも自慢のお弟子さんを持ちましたね」
その言葉にレオは照れくさそうに笑う。
「弟子なんて、ご大層なものじゃないさ」
「何を仰る」
翠羽は首を横に振る。
「戦い方だけではなく、生き方も教えたのでしょう?それは立派な師です」
レオは思わず笑みをこぼした。
「そう言われると照れるな」
教えたことは決して多くない。
剣の振り方。
恐怖との向き合い方。
そして、生き残るための心得。
それだけだった。
それでも、その小さな積み重ねが海を越え、異国の地で誰かの力になっている。
そう思うだけで胸が温かくなった。
教え子が海の向こうで懸命に生き、誰かを守る騎士となっている。
それは、何より嬉しいことだった。
同席していた向日葵が沙夜の横で、にこりと笑う。
「レオさん、すごく嬉しそう。何かウチのおとっつあんとタケ、キヨとの関係みたい」
「……はは。あの3人みたいな濃密な師弟関係ではないけど、互いに道は別々でも、今もこうしてやり取りしている親密な仲ではあるさ」
「うん!レオさんらしくて好きだなあ。それ」
向日葵は元気よく頷くと、レオは少し照れくさそうに頭をかいた。
「まあ……そうだね」
窓の向こうには、夕暮れの浅草の街並み。
異国の空は、今はどんな色をしているのだろうか?
朝の澄み渡る青空だろうか?
それとも星が瞬く夜空だろうか?
「元気でやってるなら、それで十分だ」
その呟きには、遠い帝国で騎士として歩んでいる、一人の青年への静かな誇りが込められていた。
「ねえ、レオ。レオン君からは何が届いたの?」
レオンから届いた木箱の蓋を開けると、中には防腐処理の魔法陣が施された何種類ものホールケーキの箱と、瓶に入った香り高い紅茶、焼き菓子、クッキーがぎっしり詰められていた。
さらに1枚の写真も添えられている。
その写真の裏には、レオンらしい字で短く書き添えられていた。
『クラウディア様が、大和の皆さんにもぜひ召し上がっていただきたいと、帝国の宮廷菓子職人に頼んで選んでくださいました。防腐処理の魔法陣も施されているので安心です』
「わあ!西方のケーキだ!美味しそう!」
真っ先に声を上げたのは向日葵だった。
ケーキの入った箱を開けると、苺をふんだんに使ったもの。
木の実が散りばめられたもの。
濃厚なチョコレートケーキ。
果実を飾った色鮮やかなタルト。
どれも食べる芸術品のようだった。
「皆んなで一緒に食べよう!」
沙夜も目を輝かせる。
「んじゃあ、お皿とフォーク持ってくるね!」
向日葵が立ち上がろうとした、その時だった。
「えっ!ケーキ!?向日葵ちゃん、アタシも食べたい〜!」
犬耳をぴんと立て、尻尾をぶんぶん振りながら、あんずが勢いよく駆け寄ってきた。
向日葵は思わず、くすっと笑ってしまった。
「わかった、わかった。あんずもお皿とフォークを出すの手伝って」
「喜んで!」
返事と同時に、あんずは厨房の食器棚へ一直線。
待ちきれない様子で皿を抱えて戻ると、尻尾を振りながら配膳していく。
「沙夜さんは、紅茶の準備をお願い」
「は〜い!任せて!」
翠羽が苦笑しながら腰に手を当てる。
「貴方達は……レオの荷物ですよ、と言いたいところですが」
そう言いながらも、視線はしっかりケーキに向いている。
「……私も食べたくて我慢できません。甘い物は大和女子を惑わせます」
「好きに食べたら良いさ。樹玄も食べたらどうだ」
レオが笑うと、樹玄は穏やかに首を横へ振った。
「甘い物は女性方に譲るとしよう。拙僧は、その残りを頂くとするよ」
ギルド女性陣の勢いに、レオンは両手を上げて「参った」と言わんばかりに肩をすくめ、写真を手にする。
そんなレオの肩へ、沙夜がそっと顎を乗せながら写真を覗き込む。
「うわあ、噂のレオン君ってこの人なんだ!それに公爵令嬢の子も、メイドの子も、お人形さんみたいで可愛い!」
「綺麗な子達だね。沙夜だって綺麗だよ」
「えっ……」
あまりにも自然な一言に、沙夜の頬がみるみる赤く染まる。
照れ隠しをするように写真へ視線を戻すと、その中央には左右からレオンの腕を組むクラウディアとミレーヌの姿が写っていた。
「あれ?」
「どうした?」
「この公爵令嬢の子……恋してるのかな?」
「皇太子の婚約者だとは手紙に書いてあるけどな」
「皇太子……うーん、どちらかと言えば、レオン君に向けられているような……」
「おいおい」
レオが苦笑すると、沙夜はくすっと笑って両手を合わせた。
「なんてね!お湯沸かしてこなくちゃ。向日葵ちゃん、これから準備するから待ってね。あんずちゃんも、翠羽もケーキにかぶりついちゃダメよ!」
「はーい!見るだけ、見るだけ!ケーキ、ケーキ♡」
あんずは満面の笑みで返事をすると、誰よりも早く席に着き、目の前のケーキをきらきらした瞳で見つめていた。
翠羽は、我慢しきれない表情で、様々な意匠をこらしたケーキを眺めている。
「ダメだ……紅茶が来るまで耐えられる自信がない。魔物の気配には誰よりも早く気付けるのに、ケーキの誘惑には勝てません」
その様子に、浅草雷ギルドの酒場は、穏やかな笑い声で包まれた。
あとがき ―沙夜―
帝国の宮廷菓子……恐るべし。
あれはもう、お菓子じゃない。
浅草雷ギルドの女性陣の心を、一瞬で撃ち抜く魔道具だったと思う。
箱を開けた瞬間から、みんな目がきらきら。
向日葵ちゃんは「美味しそう!」って大喜びだし、翠羽さんは「我慢できません」って言いながら、誰よりもケーキを見つめてるし。
そして、一番分かりやすかったのが、あんずちゃん。
「ケーキ! ケーキ!」って犬耳をぴんと立てながら駆け寄ってきて、尻尾なんて切り飛ばしちゃうんじゃないかって思うくらい、ぶんぶん振り回してた。
あれだけ嬉しそうにしてるあんずちゃんを見たら、思わず笑っちゃうよね。
……もちろん、私も目を輝かせてた一人なんだけど。
それにしても、写真のレオン君。
レオさんが何度も話してくれていた「不器用だけど真っ直ぐな後輩」っていう印象そのままの人だった。
そして、一番気になったのはクラウディアさん。
写真の中で笑っているのに、視線だけは自然とレオン君へ向いているように見えた。
女の勘ってやつかな?
もちろん、皇太子の婚約者だって聞いてる。
だけど恋って、立場だけじゃ説明できないこともあるんだよね。
……それと、レオさん。
何気なく「沙夜だって綺麗だよ」なんて言わないでほしい。
あんなふうに自然に言われたら、誰だってドキッとするじゃない。
本人は絶対、何も考えてないんだろうけど。
だから余計に困るんだよね。
次にレオン君から手紙が届いたら、今度はどんなお話が聞けるのかな。
帝国と大和。
遠く離れていても、手紙と贈り物は人と人の心を繋いでくれる。
そんな素敵な一日でした。




