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悪役令嬢付きのしがない護衛兵士ですが、冷酷な黒太子が彼女にだけ甘すぎるので毎日腹の中で笑っています  作者: 新小岩 茶太郎


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第五話 追い続ける背中

 クラウディア様付き専属護衛騎士。


 聞こえだけなら栄転であるが、現実は全く違う。


 今日こそは……今日こそは、仕事が終わったら酒場へ行く!

 冷えた黒ビールと酒場の手作りソーセージ!


 そのためだけに、一日頑張ってきたと言っても過言ではない。

 

 勤務終了の鐘が城内に響き渡る。


「よし……!」


 誰にも気付かれぬよう廊下へ出る。


 左よし。


 右よし。


 気配なし。


 今だ。階段に突撃!

 夢の城門へ続く階段に向かって走り出した、その瞬間。


「レオン」


 ぞくり。

 背後から聞き慣れた声がした。


 硬直しながら、ゆっくり振り向く。


 そこには、いつの間に現れたのか、クラウディア様が優雅に微笑んでいた。


「どちらへ、向かわれるのですか?」


「え……ええと、少し城下の方に巡回へ」


「勤務時間は終わりましたわよね?」


「……はい」


「でしたら……」


 にっこり。


「わたくしもご一緒いたしますわ」


 終わった……。


「いえ、公務でお疲れでしょうし、お部屋でお休みに……」


「レオンと歩く方が楽しそうですもの」


「酒場……」


「はい?」


「いえ……何でもございません」


 俺の酒場計画は3秒で潰えた。




 翌日。


 今度は無事に階段を降りて、地上層に出られたぞ!ここで、正面から城門に出ようものなら、クラウディア様という罠にハマるかもしれない。

 ならば、裏庭から裏門を縫って出よう!

 それなら見つかるまい。


 壁際を歩き、生け垣を抜け、裏門発見!

 待ってろ!俺の愛おしい黒ビールちゃん!

 

「まあ」


「……っ!」


「こんなところで何をなさっているのです?」


 クラウディア様である。


「クラウディア様こそ、どうしてここに!?裏門ですよ!?」


「お散歩ですわ。貴方はわたくしから逃げようとしたのかしら?」


「偶然ですね。俺も散歩です♡」


「まあ、何と奇遇な!でしたら、ご一緒しましょう」


「……」


 完全に読まれている。

 恐るべし悪役令嬢セキュリティ。






 3日後。


 俺は諦めずに城の2階の厨房側の通路を抜ける。

 バルコニーは大ホールとも繋がっているので、用心深く周囲を探る。


 よし!配膳係のメイド以外誰いない!

 地上フロアまでの階段も無事に降りてクリア!


 城門も見えてきた!


 あと10歩。


 あと5歩。


 勝った。


 女神は俺に笑顔を向けたんだ!


 そう思った瞬間。


「レオン」


「……はい」


 真横からクラウディア様が現れた。


「何故ですか?」


「何故とは?」


「毎回、どこから出てくるんですか」


「秘密ですわ」


 悪戯が成功した子供のように笑う。


 この方。

 絶対に楽しんでいる。





 数日後。


 逃げ道ゼロ。


 自由行動ゼロ。


 酒場なんて夢のまた夢。


 俺は近衛騎士になったはずなんだけど……何で監視対象みたいになってるの?


 そんなことを思いながら、クラウディア様の私室に隣接した自室で俺は机に突っ伏していた。


「酒場へ行きたい……黒ビールちゃん飲みたい」


 魂の叫びである。

 そこへ、白い犬耳を揺らした侍女兼宮廷魔法士のミレーヌが、お茶を運んできた。


「まあまあ、レオン。そんなに肩を落とさないでくださいまし。お気の毒とは思いますけれど」


「ミレーヌまで……」


「クラウディア様、完全にレオンで遊んでいらっしゃいますもの」


「分かってます」


「でも悪意はありませんわ」


「だから余計につらい」


 ミレーヌは口元を隠して上品に笑う。


「ふふっ、少し……いえ、かなり哀れですわ」


 凄い心のこもってない慰めの言葉だ。


「そこまで言う?」


「ですが、いつか酒場へ行ける日も参りますわ」


「その日が来る気がしない……永遠に」


 すると、コンコン、と扉が叩かれた。


「失礼いたします」


 ミレーヌ直下の猫人(ダヤン)の侍女が木箱と一通の封筒を魔法で浮かせながら持ってくる。

 便利な者だなあ、魔法って。運び屋泣かせだよね。


「レオン様宛に、お届け物です」


「俺に?」


「はい。帝国外からの荷物で、送り先は大和王国からのようです」


 封筒を見ると、そこには見覚えのある筆跡。


 差出人。

 レオ・ハワード。


「……レオさん」


 懐かしい名に思わず笑みがこぼれる。


 レオ・ハワードはララリカで冒険者として活動していた頃、まだ十六歳で、剣の腕も半人前。芽が出ず、依頼に失敗ばかりだった俺へ戦い方を教えてくれた恩人。

 一時期、同じパーティで旅をした仲間でもある。


「懐かしいな……」


 思わず笑みがこぼれた。


 箱を机へ置き、手紙を開いた。



──『元気にしてるか、レオン。


 異国での近衛兵の仕事は上手くいってるか?


 俺は今、大和王国の王都江戸にいる。


 浅草雷ギルドに所属を変え、今では一等級冒険者として日々、冒険者に勤しんでいるよ。


 こっちは毎日賑やかで退屈しない。


 機会があれば、お前も遊びに来い。


 歓迎するよ。


 美味い酒に、美味い飯。


 そして面白い仲間達が君を迎えてくれることだろう。


 写真も入れておく。


 写真は今の俺達のパーティ仲間と、浅草雷ギルドのギルドマスター、副ギルドマスター夫妻と、俺の命を救ってくれた若い冒険者達だ。


 特にギルドマスターと侍と忍者は面白い奴で、君とも凄く気が合うと思う。


 また会える日を楽しみにしている。


 追伸。

 

 大和緑茶と和菓子も入れておくよ。


 生物もあるが、メンバーの陰陽師が冷却の呪符を施し防腐処理しているから、呪符を剥がしてしばらく置けば、すぐに解凍するらしいよ。

 

 まずは食べてみてくれ。


──レオより』


 封筒の中には、手紙通り数枚の写真が入っていた。


「大和王国か……」


 懐かしい文字を追い終え、俺は小さく息を吐いた。


 レオさんらしい。


 出会った頃から肝っ玉と行動力は化け物だった。行きたがっていた大和にも、本当に行っていたんだなあ。


 短い文面なのに、レオさんらしさが滲み出ている。


 元気でやっていること。

 新しい仲間に囲まれていること。

 そして、俺にも遊びに来いと誘ってくれていること。


 人柄も行動力も、昔と何も変わらない。

 その時だった。


「あら……」


 すぐ後ろから、柔らかな声が聞こえた。


「随分と心籠もったお手紙でしたわね。親しい御方なのかしら?」


「うわっ!」


 思わず肩を震わせて振り返る。


 いつの間にかクラウディア様が、俺の真後ろまで来ており、肩越しに手紙を覗き込んでいた。


「クラウディア様」


「覗き見はあまり感心しませんよ」


「それは失礼致しましたわ。レオンが隠すように読んでいらっしゃるものですから、気になってしまいましたの」


 悪びれた様子はまるでない。

 すると反対側から、もう一つの顔がひょいと覗いた。


「レオン様、大和にもお友達がいらっしゃるのですね」


 白い犬耳を揺らしながら、ミレーヌまで興味津々で手紙を見ている。


「ミレーヌまで……お2人とも、そんなに覗き込まなくても」


「失礼いたしました」


 ミレーヌは上品に微笑みながら一歩だけ下がる。


「ですが、少し気になってしまいまして」


 まあ、好奇の目を輝かしている、この2人は、止めても聞かないだろう。


 それに、別にやましい内容でもないからかまわないか。


「……まあ、いいですけど、手紙は昔、一緒に冒険者をやっていた仲間です。レオ・ハワード。俺がまだ駆け出しだった頃に世話になった恩人でもあります」


「まあ」


 クラウディア様が微笑む。


「それは貴方にとって大切なご友人なのですね」


「ええ、今では大和王国で一等級冒険者をやっているそうです」


「一等級冒険者ですか?さぞかしご立派な方なのでしょうね。一等級冒険者に至るまでは、命を危険に晒す依頼が多いと伺っております。貴方の恩人は相当の強者ですわ」


「昔から実力だけは飛び抜けていましたから。レオさんは」


 クラウディア様が封筒を見つめる。


「写真も同封されているのですか?もし差し支えなければ、わたくし達にも見せていただけませんこと?」


 ミレーヌも嬉しそうに頷いた。


「ぜひ拝見したいですわ」


「大和のお写真など、滅多に見る機会がございませんもの」


「はいはい」


 俺は苦笑しながら封筒の中から写真を取り出す。


「全部で4枚あります。」


 最初に目に入ったのは、一番最後の集合写真だった。


「こちらは……」


 立派な門の前で、レオを含めた多くの男女が並んで笑っている。おそらくギルドの入口だろう。


「この刀を帯びた方は、侍ですね」


「サムライ?」


 クラウディア様が首を傾げる。


「大和独特の剣士ですよ。西方の騎士とは、また異なる戦士ではあるのですが、剣術や技も多彩で、武を常に探求しているそうです」


「確かに、この方は鋭気と純粋さを感じますね。こちらの黒装束の方は?」


「忍者です」


「ニンジャ……!」


 クラウディア様の瞳が輝いた。


「全身を黒で統一した装束に、その独特な刀……」


「とても格好いいですわ。この子、女の子でしょうか?」


「確かに……女の子に見えますが、多分、10代の男の子だと思います」


「大和には、こんな可憐な男の子の忍者がいるのですね!彼にドレスを着せてみたいですわ」


 クラウディア様……何か変な刺激を与えてしまいましたかね。

 忍者くん。君は公爵令嬢を"イケナイ世界"に誘う罪な男の子だ。


 ミレーヌも感心したように頷く。


「侍も忍者も帝国では見かけませんもの。一度お会いしてみたいですわ」


 2人は、さらに視線を移すと、黒と赤を基調とした艶やかな和装の女性が2人。


「この方々は?衣装が独特で神秘的ですね。素晴らしいですわ。ツインテールの髪型のコは、可憐な容姿と黒と赤の衣装が、とても相まって目を引きますわ」


 クラウディア様は大和の装束に興味深々。


「あの装束は陰陽師ですね。服装は陰陽装束と呼ばれているものです。昔の魔法士でいうとローブですかね」


「……オンミョウジ?」


「大和の術師です。魔法士とは術式体系に違いがありますが、西方の魔法士にも匹敵する術式を扱うそうです」


「まあ……」


 ミレーヌの犬耳がぴこんと揺れた。


「同じ術師として、とても興味がございます」


 さらに写真の端には、白と赤を基調とした巫女装束を身に纏った、小柄な犬人(コボルト)の少女が写っている。

 あっ……名前は忘れたけど、どこかの貴族様が飼っているトイプードルにそっくりだ。


「まあ!」


 ミレーヌは思わず声を弾ませた。


「この子、可愛い♡私と同じ犬人(コボルト)の女の子だ!赤と白の装束が、何とも清楚さがあって映えていますわ」


「この方は大和の巫女では、ありませんこと?」


 クラウディア様が穏やかに微笑む。


「以前、宮廷の晩餐会で東方から来られた巫女の方々にお会いしたことがありますの。皆様、神術で傷を癒したり、防御や耐性支援をなさるそうですよ」


俺も頷く。


「ええ。仰る通りです。神術を使う女性を巫女。男性は神術師もしくは祓戸師(はらえどし)と呼び方が分かれてるみたいですよ」


「奥が深いですね」


 ミレーヌは写真に見入ったまま言う。


「陰陽師の方々や巫女様には、お会いして話を聞いてみたいですね」


 クラウディア様も楽しそうに笑う。


「機会がありましたら、ぜひ帝国へお招きしたいものですわね。これほど個性豊かな方々なら、お話を伺うだけでも楽しそうですもの」


「確かに」


 俺も思わず笑った。


「レオさんを通じて、彼らともやり取りしてみましょうか」


 最後に俺とクラウディア様の視線が、写真の中央に立つ、大人のレオさんよりも年上そうな男女へ向く。


 女性の方は先程、話題に上がった陰陽師。

 西方では見ない、独特の色香を漂わせる黒髪の美人さんだ。貴婦人にしても良いくらい。


 男性の方は飾り気のない笑顔。腕を組んで堂々と立っている。


 それなのに……何だろう?

 写真越しでさえ伝わる圧倒的な存在感。


「……」


「……」


 俺とクラウディア様は同時に息を呑んだ。


「この御二方……ただ者ではありませんわね」


 クラウディア様の静かな呟きに俺も自然と頷く。


「クラウディア様もそう思われますか?レオさんが所属する"浅草雷ギルド"のギルドマスターと副ギルドマスターのようなのですが……」


 珍しく俺の身体が、訳もわからず震え出した。


「間違いなく相当な実力者です。レオさんの所属するギルドだけありますね」


「ここは、強者が集う冒険者ギルドなのでしょうね」


 写真一枚で実力を見抜くとは……この人、見る目まで一流か。


「じゃ、じゃあ、改めて2枚目も見ていきましょう」


 俺は写真を順番に並べ直した。


 満開の桜並木を背に、4人の男女が肩を並べて笑っている。

 中央にはレオ。その隣には銀髪で穏やかな雰囲気のエルフの青年。

 さらに、肩越しまでの黒髪を美しくまとめた陰陽装束の女性と、長い銀髪を風になびかせる、戦装束を纏ったエルフの女性。


 異国らしい衣装をまといながらも、四人とも自然な笑顔を浮かべている。


「これが、レオ殿のお仲間達ですか」


 クラウディア様が写真を覗き込む。


「皆様、とても仲がよろしいのですね。桃色の花並木が鮮やかなこと」


「レオさんの今のパーティメンバーみたいですね。ちなみに後ろに咲いているのは、大和の花で"桜"といって、春に咲くそうです」


 写真の人達の満面な笑みに、俺もつられて笑みが溢れてしまう。


「この人、どの環境にも馴染むの早いし、誰とも仲良く打ち解けるんですよね」


 ミレーヌも優しく頷いた。


「こちらの女性方達、とてもお綺麗ですね。帝国では見かけない和装も、とてもよくお似合いです」


 3枚目。


 今度はレオさんが1人の黒髪の女性と並んで写っていた。


 白と赤をベースにした陰陽装束の女性は、凄く幸せそうに笑顔を向けながら、レオさんの腕へ両腕を回し、そのまま身を寄せている。


「……」


 女性2人の視線が止まる。


「まあ」


 クラウディア様が柔らかく微笑んだ。


「この方、恋をしていらっしゃいますわね。写真越しにも伝わってまいりますわ」


 ミレーヌも小さく頷く。


「本当に幸せそうなお顔。それに……」


 クラウディア様は今度はレオへ視線を移す。


「とても凛々しい殿方ですこと。勇ましさの中に落ち着きもございます。帝国のご令嬢方からも、お声が掛かっていても不思議ではありませんわ」


 俺は苦笑した。


「昔から妙に女性には人気がありましたけど、クラウディア様のお目に叶うとは、本人も想像していないでしょうね」


 そして4枚目


 夜の街並みと大きな赤い門を背景に、一組のエルフの男女が照れくさそうに手を繋いでいた。


 銀髪で大和の法衣を纏った青年と、大和独特の戦装束に身を包んだエルフの女性。


 照れた表情は初々しく、それでいて穏やかだった。


「まあ……」


 ミレーヌの犬耳がぴこんと立ち、尻尾をブンブン揺らす。


「こちらの殿方、とても穏やかで優しそうなお方ですわ。私、このような繊細で落ち着いた雰囲気の男性は好みです。顔立ちも本当に綺麗」


 顔を赤らめるミレーヌに、クラウディア様も微笑む。


「こちらの御二方は、初々しい恋人同士のようですわね。エルフの僧侶様も手を繋ぐことを少し恥ずかしがりながらも、とても嬉しそう」


 俺は写真を見比べる。


「レオさんも、このエルフの僧侶さんもモテ過ぎじゃないですか?俺への当てつけですか、この写真」


 クラウディア様が思わず吹き出した。

 ミレーヌも口元を押さえながら笑っている。


 俺だけ独り身。

 世の中って不公平だよなあ。


 ふと、クラウディア様の笑顔が少しだけ寂しげになる。


「……少し、羨ましいですわ」


 その一言に、俺は思わず口を開いた。


「クラウディア様……殿下とは政略結婚と伺っておりますが、殿下があなたと接する態度を見て、本当に大切になさっています」


 俺は小さく息を吐きながら続ける。


「先日の暗殺者騒ぎ。自ら囮になって暗殺者の群れから貴方を引き離しました。愛なくして出来ることではございません」


 寂しいなんて思って欲しくない…….。

 

「殿下と貴方も、きっと幸せになれますよ」


 クラウディア様は少し驚いたように俺を見つめ──やがて柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。少し元気が出ました。それに貴方に言われると、本当にそうなると思えて来ましたわ」


 そして悪戯っぽく笑う。


「まあ。あなたは、わたくしのモノですから。これから退屈しなくて済みそうなので、寂しくなる暇なんてなさそうですわ」


 ……また始まった。


 俺、人権あります?


 その空気を変えるかように、ミレーヌが木箱へ視線を向けた。


「レオン。せっかくですし、こちらも開けてみませんか?」


「大和のお茶と和菓子。気になりますわ。レオン、この箱を開けて下さいまし」


 この荷物の所有権は、俺にあるんですけど……とツッコむのはやめて木箱を開いてみる。


「……おお」


 中から現れたのは、深緑色の茶葉と美しい陶器の急須。

 絵付けされた湯呑みが四客。


 さらに──。

 お煎餅。

 おかき。

 色とりどりの金平糖。

 笹の葉に包まれた冷凍保存の羊羹。

 同じく冷凍化された、花のように美しい形をした色鮮やかな練り菓子が漆塗りの重箱に入っていた。

 

 和菓子についての食べ方や詳しい説明も紙で同封されているので、これは助かる!


 ただ……気配りは一流、繊細さは三流のレオさんが、女性受けのお菓子をチョイス出来るとは思えない。


 選んだのはレオさんの腕を組んでいた黒髪美人の陰陽師の女性だろうなあ。説明書きも含めて。


 内助の功という奴かな?

 ご馳走様です。


「全部、大和のお菓子ですわ!」


 ミレーヌの尻尾の振りが最高潮になる。


「前にも送ってもらったことはあるんだけど……」


 俺は保存呪符が貼られた、茶葉袋を持ち上げる。


「この大和緑茶だけは苦いんだよなあ」


 クラウディア様が楽しそうに立ち上がり、パチンと両手を合わせる。


「では、決まりですわ!3人で、大和のお茶会をいたしましょう」


 その笑顔を見ていると、少しだけ思う。


 ……専属護衛も、悪くないのかもしれない、と。


 もちろん。

 酒場へ行けないことだけは、今でも納得できないけどね〜。






 こうして開かれた俺の部屋でのお茶会。

 ミレーヌは木箱の中の和菓子を丁寧に、手際よくテーブルへ並べていく。


 磨き上げられた木製の丸テーブルの上には、色鮮やかな和菓子や金平糖、お煎餅、おかきが、お皿に盛られる。


 さらに、丁寧に包まれていた急須と湯呑みを取り出す。


「まあ……」


 クラウディア様が感嘆の息を漏らした。


「とても可愛らしい器ですわ。」


 白磁に藍色で花や流水が描かれた湯呑みは、西方では見ない繊細な意匠だ。


 ミレーヌも目を輝かせる。


「絵画のように綺麗ですね」


「これが大和の焼き物陶器ですよ」


 俺は急須を手に取る。


「前にレオから送ってもらった時も、同じような器が入ってました」


「では、お茶を淹れますね」


 ミレーヌは侍女らしく慣れた手つきで湯を沸かし始める。


 湯気が立ち上ると、部屋いっぱいへ茶葉の香ばしい香りが広がっていく。


「いい香り……」


 クラウディア様は目を細めた。


「紅茶とはまた違う香りですわね」


「そうですね」


 俺は苦笑した。


「香りは好きなんですけど……味はちょっと苦くて」


「そうなのですか?」


「ええ。」


「レオさんは『これが大人の味だ』とか言ってましたけど」


「俺には全然分かりませんでした」


 クラウディア様が小さく笑う。


「ふふっ。今は分かりますの?」


「……いや、今でも苦いです」


 ミレーヌが思わず吹き出した。


「正直ですね。レオンは」


 やがて3人分のお茶が注がれた。


 透き通った緑色の液面から、爽やかな香りが立ち昇る。


「それでは」


 クラウディア様が湯呑みを手に取る。


「大和のお茶会に乾杯……というのも変ですけれど」


 3人でそっと湯呑みを口元へ運ぶ。


「…………」


「…………」


「…………」


 最初に口を開いたのは俺だった。


「やっぱり苦い」


「レオン……これ」


 ミレーヌが困ったように笑うが、クラウディア様は平然と湯呑みに口をつける。


「せっかくのお茶なのですから、まずは己の舌で味わうことですわ」


「美味しい人には美味しいんでしょうけどね」


 一方のクラウディア様は、もう一口飲んでから優雅に頷いた。


「最初は少し苦味を感じますが……後から甘みが広がりますわ」


 口に広がる緑茶本来の上品な香りと自然の甘味を、確かめているようだ。


「意外と嫌いではありません」


「本当ですか?」


「ええ、紅茶とは違った趣があります。癖になりますわ」


 貴族って味覚まで上品なんだな。

 俺なんて砂糖たっぷりのミルクティーの方が百倍好きだ。


 ミレーヌが羊羹を小さく切り分ける。


「こちらもどうぞ」


 笹の葉の葉の上に置かれた、艶やかな小豆色の羊羹が姿を現した。


 クラウディア様が一口。


「まあ……!」


 瞳が輝く。


「美味しいですわ!」


「甘さがとても上品」


「このお茶によく合います」


 続いて金平糖、お煎餅、おかきも並び、三人だけの小さなお茶会は穏やかな時間を刻んでいく。


 そんな中、クラウディア様が机に置かれた写真を手に取った。


 腕を組んで笑うレオと黒髪の女性。


 そしてエルフの青年と、手を繋ぐ女性。


 しばらく写真を眺めた後、クラウディア様が静かに尋ねた。


「レオン」


「はい」


「このレオ・ハワード殿とは……どのようにお知り合いになりましたの?」


 俺は写真を見つめる。


 自然と昔の景色が浮かんできた。


「俺が16歳だった頃、全然芽が出なくて依頼も失敗ばかり、剣も未熟で魔物すらロクに倒せない。毎日のように落ち込んでいました」


 あの頃は、本当にただ弱かった。

 苦い思い出だ。

 誰も俺と組んでくれる冒険者なんていなくなった。


「そんな時、レオさんが声を掛けてくれたんです」


『せっかくの剣が台無しだぞ。君に足りないのは覚悟と恐怖を飲み込むことだ』


『戦士や冒険者は恐怖を持つ者こそが一流なんだ。恥じることじゃないさ』


 そう言って、剣だけじゃなく、魔物や敵と対峙する呼吸法、魔道具の使い方、戦い方、生き残るための知恵まで叩き込んでくれた。


「一緒に旅をした時間は長くありませんでしたが……俺が今、生きているのは、あの人のおかげと言っても過言じゃありません」


 クラウディア様は優しく微笑んだ。


「大切な恩人であり、師であり、お友達なのですね」


「ええ、今では大和で一等級冒険者ですから鼻が高いです。昔から強かったけど……ますます遠い存在になりました」


 写真へ視線を落とす。


 楽しそうに笑うレオ。


 仲間達。


 幸せそうな空気。


「……元気そうで安心しました」


 その言葉に、クラウディア様は写真をそっと机へ戻した。


「きっと、その方も……レオンが元気に騎士として活躍していることを、とても嬉しく思っていらっしゃるのでしょうね。貴方はレオ殿は遠いと仰っていましたが……」


 クラウディア様は緑茶を美味しそうに口にすると俺の目を真っ直ぐ見つめる。


「日々追いかけているんですもの。レオ殿と貴方が離れることなんてありえませんわ」


 俺は照れ隠しにお茶を一口飲んだ。


「……やっぱり苦い」


「ふふっ」


 クラウディア様とミレーヌの笑い声が、穏やかな午後の部屋に優しく響いた。



第五話までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。


どうも、レオン・クラウスです。


……まず一つだけ言わせてください。


誰か、俺を酒場へ行かせてくれませんか?


近衛騎士になれば、仕事終わりに冷えた黒ビールを飲めると思っていたんですよ。


現実は、公爵令嬢様専属護衛騎士。


酒場へ向かえば見つかる。

裏門へ行けば見つかる。

回り道をしても見つかる。


クラウディア様、一体どこから現れてるんです?


あの方、本当に索敵能力だけなら帝国最強なんじゃないでしょうか。


……でも、不思議なものですね。


最初は「何で俺が」と思っていた専属護衛も、少しずつ悪くないと思えるようになってきました。


一緒に笑って、お茶を飲んで、他愛もない話をする。


そんな時間が、案外心地いいんです。


もちろん、酒場へ行けないことだけは別問題ですけどね。


そして今回は、レオさんから手紙が届きました。


昔は俺を引っ張ってくれた人が、今は海の向こうで立派な一等級冒険者として活躍している。


正直、嬉しかったです。


俺もまだまだ追いつけませんが、いつか胸を張って「成長しました」と言える騎士になりたいですね。


……そうそう。


送ってもらった大和のお茶ですが。


苦いです。


いや、本当に苦いんです。


クラウディア様は「後から甘みが広がりますわ」なんて優雅に飲んでいましたけど、俺にはまだその境地は分かりませんでした。


でも、和菓子は最高でした。


羊羹も練り菓子も金平糖も、本当に美味しかったです。


レオさん。


次は和菓子だけ大量に送ってくれませんか?


お茶は……半分くらいでお願いします。


それでは、第六話でまたお会いしましょう。


その頃には俺も、一度くらい酒場へ辿り着けていることを願っています。


……いや、やっぱり無理な気がするな。

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