第四話 護衛騎士は悪役令嬢と同棲する
──コンコンコン。
誰かが扉を叩いている。
「レオン殿、起床時間ですよ」
聞き覚えのある声がすると思ったら同僚の近衛騎士マティアスだ。
「……あと5分」
「あと5分が30分になっちまうぞ。勤務開始に間に合わなくなるから、とっとと起きろ」
「…………」
俺の安らぎの時間は終わった。
俺は重たい瞼をどうにか持ち上げる。
窓から差し込む朝日がやけに眩しい。
昨日というか今日というか、寝たのは夜明け前。
暗殺者との戦闘。
英雄像との死闘。
死体回収。
実況見分。
事情聴取。
気付けば宿舎へ戻った頃には朝日が昇っていて、眠れた時間は2時間半ほど。
これを睡眠と呼んでいいのか、俺は帝国へ問い掛けたい。
「……眠い」
思わず本音が漏れる。身体中が鉛みたいに重い。
剣を振った筋肉も悲鳴を上げているし、昨日浴びた返り血の匂いが、まだ鼻の奥に残っている気がする。
今日はお休みじゃなかったっけ?
いや、そんな優しい世界なら黒太子殿下は存在していない。
現実は非情だった。
制服へ着替え、顔を洗い、乱れた髪を整える。近衛騎士は皇族に仕える騎士だ。
不足だろうが疲れていようが、身なりだけは整えなければならない。
「よし……行くか」
気合というより、諦めの境地で騎士団宿舎を後にした。
帝城第三層に位置する近衛兵詰所。
“詰所”とは言うものの、その広さは小さな兵舎ほどある。
勤務交代のための待機室はもちろん、広い食堂、医療室、夜勤者用の仮眠室、武具整備室、屋内訓練場まで備えられ、隣には浴場まである。
皇族の護衛を務める近衛騎士は、末端の兵士に至るまで常に身だしなみを整えることが義務付けられているからだ。
……風呂付き職場って、ララリカでも結構いい待遇なんじゃないかな。
ララリカの軍の施設も福利厚生は悪くないと聞いたことはある。もっとも、俺は入隊したことがないから詳しくは知らないけど。
こうした設備が整えられたのも、近衛隊長であるカタリーナ・フォン・アイゼンフェルト伯爵令嬢の意向らしい。
『兵士が安心して働ける環境を整えることも、指揮官の責務』
そう考える人だとか。
厳格な隊長という印象だったけど、案外面倒見のいい人なのかもしれない。
そんなことを考えながら詰所の食堂に入ると、朝食を取る兵士達が一斉に視線を向ける。
「おっ、英雄像を破壊した英雄様のお帰りだ!」
「クラウディア様を命懸けで守った男じゃないか!」
「聞いたぞレオン!ついに黒太子殿下の婚約者を口説いたんだって?」
「…………は?」
何の話?
俺が首を傾げると、食堂中の近衛騎士達が吹き出した。
「『あなたを守ります』なんて言ったらしいじゃねぇか!」
「男前だな!相手は帝国一のお姫様だぞ!」
「黒太子殿下の婚約者に手を出すなんて、素っ裸で古竜に喧嘩売るようなもんだ!」
「いや、もう駆け落ちするしかないな!」
「帝国史上最速で首が飛ぶぞ!」
「ちょっと待て!」
俺は両手を振った。
「誰が口説いた!?護衛として当たり前のことを言っただけだから!」
「本人は否定しております!」
「だがクラウディア様は感激していた!」
「もう責任取れ!」
「結婚式には呼べよ!」
「だから違うって!」
何で一晩でそんな話になってるんだよ!情報伝達速度どうなってるんだ、この城!
「静粛に」
俺が頭を抱えていると、凛とした女性の声が詰所へ響いた。
空気が一瞬で変わる。食事中の騎士達も席を立ち、背筋を伸ばし一斉に敬礼した。
「隊長!」
食堂の入口に立っていたのは、近衛隊長カタリーナ・フォン・アイゼンフェルト伯爵令嬢。
凛とした美貌と癖のある赤毛に、隙のない軍服姿。
その隣には、副官であるイングリッド・フォン・グライフェン隊長補佐が静かに控えていた。
カタリーナ隊長は周囲をゆっくり見渡し、穏やかな、それでいて威厳のある声で告げる。
「昨夜、私が実家から帰城するまでの間、諸君は皇城を守り抜いた。暗殺者集団の襲撃という未曾有の事態にもかかわらず、持ち場を放棄することなく戦い抜いた諸君らを、近衛隊長として誇りに思い、心より感謝する」
隊長が深く頭を下げる。
その姿に、詰所は静まり続けると、続いてイングリッドが一歩前へ出る。
「皇帝陛下、皇妃陛下、第一皇太子殿下、第二皇太子殿下、第一皇女皇女殿下、第二皇女殿下。各護衛に従事した全隊員に向け、両陛下より感謝のお言葉を預かっています」
カタリーナ隊長は一枚の羊皮紙を静かに広げ、厳かな声で読み上げた。
「此度の襲撃に際し、諸君ら近衛騎士の献身と勇敢なる戦いにより、皇族に一人の犠牲者も出すことなく、この難局を乗り越えることができた。これは諸君一人ひとりが、その職責を命懸けで全うした結果に他ならない。皇帝並びに皇妃は、諸君らの忠誠と勇気に心より感謝する。その功績は決して忘れることはない。今回の働きに対しては、後日、必ず相応の形で報いることをここに約する」
カタリーナ隊長は羊皮紙を静かに閉じた。
「以上が、陛下と皇妃殿下からのお言葉です」
「諸君らの働きは、近衛騎士団の誇りそのものだ。胸を張れ。陛下のお言葉を誇りとし、これからも帝国の剣として職務に励んでもらいたい」
誰も口を開かなかった。
その一言だけで、昨日の苦労が少し報われた気がした。
ちなみに皇族の1名は、1人で悪党を狩ってましたけどね。
カタリーナ隊長の視線が、まっすぐ俺へ向く。
「レオン」
「はっ」
「クラウディア殿下を最後まで守り抜いた働き、見事だった」
「身に余る光栄です」
「……なお」
カタリーナが少しだけ口元を緩める。
「黒太子殿下がお前を私室へ呼んでいる。至急、向かえ」
……。
俺の背中を冷たい汗が流れた。
えっ?
褒められた直後に黒太子殿下?
これ絶対、ろくな話じゃないよね?
昨日だけで十分働いたんだけど!?今日は平和に勤務報告だけじゃ駄目ですか!?
カタリーナは手元の1枚の書類へ目を落とし、ふと思い出したように顔を上げた。
「……と言いたいところだが、レオン」
「はっ」
「黒太子殿下の私室へ向かう前に、一度入浴して身なりを整えておけ。殿下には私から申しておく」
「え?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「昨夜の戦闘と現場保存、遺体回収、実況見分まで担当したと聞いている」
カタリーナは俺を頭の先から足元まで静かに見渡した。
「お前自身は気付いていないだろうが、血の臭いがまだ残っている」
あっ、言われてみれば、昨日は軍服を脱いだだけで、そのままベッドへ倒れ込んだんだった。
睡眠時間が2時間半しかなかったし、風呂どころじゃなかったんだよな……。
「皇族へ拝謁する者として、身だしなみは整えよ。それも近衛騎士の務めだ」
「……承知いたしました」
俺が頭を下げると、カタリーナ隊長はふっと口元を緩めた。
「お前のことは、査察官から報告を受けている。随分、派手にやらかしたらしいじゃないか。しかもクラウディア様をその……口説いたとも聞いてるぞ。まあ、お陰でクラウディア様は無事にお守りする事が出来た。胸を張って黒太子殿下の下に行くと良い」
「隊長殿、それ慰めになってませんよ……」
その一言に、詰所の空気が一瞬止まるが次の瞬間。
「ぶはっ!」
「ははははは!」
「確かに昨日のレオン殿、血まみれだったもんな!」
「査察官と一緒に庭園を歩き回ってたしな!」
「そのまま皇太子殿下の部屋へ行ったら、掃除係と間違われるぞ!」
「いや、返り血だけなら黒太子殿下の方が似合ってる!」
「おい、その発言は命が惜しくないのか!」
詰所中が大爆笑に包まれた。普段は厳格そのもののカタリーナも、小さく肩を震わせて笑っている。
隣に立つイングリッドも口元へ手を添え、笑いを堪えていた。
ああ……俺は平穏にお仕事したいだけなんだけどなあ。
そんな願いをよそに、運命は再び、黒い軍服の皇太子のもとへと俺を送り出そうとしていた。
……よし。行くなら、せめて綺麗な格好で怒られることにしよう。
そう思いながら、俺は浴場へ向かって歩き出した。
浴場で汗を流し、昨日の返り血も石鹸ですっかり洗い落とした。お湯の気持ち良さに意識を失い湯船に沈んだが、何とか持ち堪えたぞ!
支給された新しい軍服へ袖を通し、剣を腰へ下げる。
「……よし。」
身だしなみは完璧。髪型も良し!髭も剃ったぞ!
近衛騎士として、これ以上ないくらいピッカピカの清潔だ。
あとは黒太子殿下に呼び出された理由だけが問題である。
俺は帝城最上階へ続く廊下を歩き、一際豪奢な両開きの扉の前で足を止めた。
漆黒の木材に金細工が施され、帝国皇族の紋章が彫り込まれている。
誰がどう見ても「皇族のお部屋で〜す」と主張しているような扉だ。
深呼吸を一つ。
そして3度、扉を叩く。
「近衛騎士レオン・クラウス参りました。黒太子殿下の命にやり参じました」
「入れ」
低く落ち着いた声が返ってくる。
「失礼いたします」
室内へ入ると、豪華な応接室が広がっていた。
磨き上げられた床。壁には名画や装飾品が並び、窓からは帝都を一望できる。
中央には高級そうな木製テーブルと深紅のソファ。
ララリカの豪華なお屋敷のモデルルームより豪華だぞ。
そこへ当然のように腰掛けているのは黒太子アルベルト殿下と、その隣にはクラウディア様だった。
「来たか」
「はっ」
俺が敬礼すると、黒太子殿下は向かいの席を指差す。
「座れ」
「失礼いたします」
勧められるままソファへ腰を下ろす。
すると、長いライトブラウンの色の髪を後ろで束ねたエルフのメイドが静かに近付き、銀の盆に載せた紅茶を俺の前へ置いた。
ふわりと茶葉の良い香りが漂う。
……昨日は血の匂いを嫌と言うほどかいだから、なんだか生き返る気分だ。
黒太子殿下が紅茶を一口飲み、静かに俺を見る。
「疲れているか?」
「滅相もございません」
思いっきり疲れてるよ!
誰のせいだと思ってるんですか!
暗殺者。
ゴーレム。
人体サイコパズル。
実況見分。
事情聴取。
あんたの作ったスプラッターガーデンの後始末を全部やらされたんだぞ!寝不足で頭も回ってないよ!
……もちろん、口には出さない。
出したら俺の首もパズルのピースとして仲間入りだからね。
黒太子殿下は静かに頷いた。
「昨日は大義であった」
「身に余るお言葉です」
続いてクラウディア様も優雅に頭を下げる。
「レオン。本当にありがとうございました。あなたが命懸けで守ってくださったおかげで、わたくしは無事でいられました。」
「頭をお上げ下さい。これも職務ですので」
感謝より手当をください。
危険手当。
残業手当。
精神的慰謝料でもいいですよ?
そんなことを考えていると、黒太子殿下が不意に口を開いた。
「レオン」
「はい」
「お前の護衛任務を解く」
「…………えっ?」
一瞬、頭が真っ白になる。
えっ、何で?
もしかして……心の中で『サイコ皇子』って呼んでるのがバレた?
それとも休日に人すら立ち入らない山奥まで行って、大声で「あの人怖ぇぇぇ!」「サイコ皇子の首チョンパ大運動会は、サイコなだけにサイコウ!」って叫びながら腹を抱えて笑ったのが知られた?
他にも何かやらかしたか?
いや、思い当たる節が多すぎる!
俺が青ざめていると、黒太子殿下は淡々と言った。
「今後、お前には俺の婚約者であるクラウディアの専属護衛を命じる」
「……はい?」
頭の中へ疑問符が大量発生する。
「どういう……ことでしょうか」
黒太子殿下は隣のクラウディア様に顔を向ける。
クラウディア様は少し照れたように微笑んだ。
「わたくしがお願いしましたの」
「え?」
「レオンに護衛をお願いしたい、と」
俺は思わず首を傾げる。
「ですが、クラウディア様にはミレーヌ嬢がおられます。魔法士として優秀ですし、私が護衛に付かなくても大事にはいたらないと」
「ええ。ミリーは優秀な魔法士ですわ」
クラウディア様は静かに頷いた。
「ですが、まだ16歳の少女。魔法士ではあっても接近戦は得意ではありません。それは冒険者のパーティでも同じことでしょ?、それに……わたくしにとって、あの子は妹のような大切な存在なのです。だからこそ、あなたのような勇敢な騎士に、傍で守っていただきたいのです」
……いや、お気持ちは嬉しいんだけど。
「ですが、クラウディア様には殿下という立派な武人であり、婚約者がおられます」
そう言うと、黒太子殿下はあっさり答えた。
「俺は公務で城を離れることも多い。その間、お前がオレの代わりをやれ」
「お断りいたします」
即答だった。
一瞬、部屋が静まり返る。
やってしまった!
不敬罪かな。
首チョンパかな?
俺も人体パズルの仲間入りかな?
そう覚悟した、その時だった。
黒太子殿下が小さく笑った。
「……素直な奴だ」
珍しく口元を緩めている。
怒っていない。
よかった。
サイコスマイルってやつだな。
今日は首が飛ばない日らしい。
「しかし命令だ」
ですよね〜。知ってました。拒否権なんてないことを。
俺は大きく肩を落とした。
「……承知いたしました。」
クラウディア様の表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます、レオン」
黒太子殿下は続けた。
「お前の部屋も用意した。クラウディアの私室の隣だ。寝所と執務机も設置してある」
「…………はい?」
すご〜く嫌な予感しかしない。
え?それって……城から出られないってこと?
「お言葉ですが殿下」
「何だ」
「私は男ですよ?護衛ならカタリーナ隊長やイングリッド隊長補佐、あるいは女性近衛騎士の方々の方が適任ではありませんか?私のような年頃の男騎士が付いていては、貴族間で根も歯もない噂も立ちましょう。得策とは思えません」
黒太子殿下は首を横に振る。
「カタリーナとイングリッドは隊の指揮がある。他の女性騎士では、お前ほどの実力はない。それにだ……」
黒太子殿下の目がおぞましい程の危険な光を放つ。
「俺の婚約者を本気で辱めるような輩がいるなら、徹底的に探し出して、この魔剣の鯖にするまで。お前が気に病むことではない」
帝国貴族も、首チョンパや人体パズルのパーツにしちゃうんですね〜。
聞くまでもない。反論の余地もありません。
好きにサイコしちゃって下さい。
するとクラウディア様が、少しだけ頬を膨らませる。
「……レオン」
「はい」
「わたくしと共にいるのは、そんなにお嫌かしら?」
つん、と横を向くその姿は、どこか拗ねた少女そのものだったが、どこか愛らしい。
だが、その一言は卑怯である。
クラウディア様まで拒否権は認めようとしないのですね。
「……分かりました」
俺は立ち上がり、諦めて敬礼する。
「全力でお守りいたします」
するとクラウディア様は、満面の笑みを浮かべた。
「ふふっ。最初からそう言ってくだされば、よろしかったのです」
こうして俺は悪役令嬢と言われるクラウディア様のお付きの護衛騎士となった。
ああ、酒場が遠のいていく。
オヤジさんに会いたいよぉ〜。
クラウディア様に案内され、俺は皇族専用区画の奥へと足を踏み入れた。
さすが帝国皇太子の婚約者が暮らす区画だ。
廊下には赤い絨毯が敷かれ、窓際には色鮮やかな花々が飾られている。
壁には名工が描いたと思われる絵画や金細工の装飾が並び、一つ一つが下手な屋敷一軒分くらいの値段がしそうなものばかりだった。
……歩くだけで緊張する。
俺が壊したら一生働いても弁償できないぞ。
やがてクラウディア様は、一枚の大きな扉の前で立ち止まった。
「ここが、わたくしの私室ですわ」
扉が開く。
「…………」
思わず言葉を失った。
室内は花を基調とした優雅な空間だった。
白と淡い桃色を基調に統一された家具。
繊細な花柄が描かれた壁紙。
窓際には季節の花々が飾られ、柔らかな香りが漂っている。
そして部屋の中央には、天蓋付きの巨大な寝台。
……広い。
騎士3人くらいなら余裕で寝られる広さじゃないか。
さすが皇族の婚約者のベッドだ。
寝返りだけで遠征できそう。
「こちらですわ」
さらに奥の扉が開かれる。
そこにあったのは、もう一つの部屋だった。
クラウディア様の私室ほどの豪華さはないが、それでも高級宿の最上級客室ほどはある。
柔らかな寝台と簡易キッチン。
丸い大きなテーブルと四脚の椅子。
衣類を収納する大きな箪笥。
本棚まで備え付けられている。
近衛騎士宿舎とは比べ物にならない機能的な部屋だ。
ララリカの実家の俺の部屋よりも遥かに広いんじゃないか?
「ここが、あなたのお部屋ですわ」
クラウディア様が微笑む。
「今日からこちらで生活してくださいませ」
「……私には過ぎた部屋ではありませんか?」
「あら?」
クラウディア様は小首を傾げる。
「ご不満かしら?」
「いえ、そういう意味では……」
「つまり、わたくしが用意した部屋では暮らせない、と?」
来た……この人、すぐ言葉の逃げ道を塞いでくる。
「そのような意味ではございません」
「なら結構ですわ」
満足そうに頷く。
「今日から、あなたはわたくしの護衛ですもの。言わばわたくしのモノですわね」
そして悪戯っぽく微笑んだ。
「逃げようなんて考えないでくださいね?」
読まれてる。
ちょっとだけ『荷物取りに行くついでに酒場へ……』と口実を作ろうと思ってたの、完全に読まれてた!
「もちろん逃げません」
「本当に?」
「本当です」
「信用して差し上げますわ」
……信用されてるというより監視されてる気がする。
「分からないことがありましたら、侍女のミリーに聞くとよろしいでしょう。そろそろあの子も戻ってくると思いますわ」
「承知いたしました」
「あの……」
「何かしら?」
「騎士団宿舎に少し荷物がありますので、取りに戻ってもよろしいでしょうか?」
するとクラウディア様は、くすりと笑った。
「その心配には及びませんわ」
「え?」
「すでに、あなたのお仲間へ荷物を運ぶようお願いしてありますもの」
「…………」
先回りされた!
逃げ道は可能な限り塞いでくる!
恐ろしい悪役令嬢だ!
「荷物を取りに行くという口実で、そのまま帰って来なくなる……」
クラウディア様はにっこり笑う。
「そんなことにならないように、ですわ」
独占欲強っ!
俺、護衛だよね?
捕虜じゃないよね?
その時だった。
──コンコン。
部屋の扉が叩かれる。
「失礼いたします」
聞き慣れた声だ。
「近衛第三部隊所属、コンラートです。レオン殿の荷物をお持ちいたしました」
「入りなさい」
扉が開く。
コンラートを先頭に、第三近衛隊の同僚の騎士2人が俺の荷物を抱えて入室したきた。
荷物と言っても、着替えと1人分の食器に、冒険に使う道具一式だから、彼らでも手に余るくらいしかない。
私は貧乏で〜すと主張しているようなもので、侯爵令嬢にまじまじと見られると、いささか恥ずかしいんだよな。
「レオン殿」
コンラートが部屋を見回しながら笑う。
「これはまた……破格の待遇ですな。」
「いや、俺も今、知りました」
後ろの騎士2人は荷物を置きながら小声で囁く。
「なぁ……これ完全に同棲じゃね?」
「羨ましいような……命懸けのような……」
「黒太子殿下の婚約者だからな」
「俺なら三日で胃に穴が空く」
「レオン殿は一日で空きそうだけど」
聞こえてるぞ。
小声で耳打ちしても、側にいる俺には全部聞こえてる。
コンラートは苦笑しながら敬礼した。
「それでは失礼いたします。何かございましたら第三近衛隊まで」
「ありがとう。助かりました」
3人は部屋を後にした。
静かになった室内で、クラウディア様がこちらへ歩み寄る。
そして当然のように俺の袖を軽く引いた。
「レオン」
「はい」
「行きますわよ」
「どちらへ?」
クラウディア様は優雅に微笑む。
「あなたは今日から、わたくしの専属護衛ですもの。そのままついていらっしゃいな」
……休ませてくれる気、ゼロだった。
俺の新しい日常は、こうして幕を開けた。
第四話を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
いやあ……。
近衛騎士って、もっとこう……。
皇族を護衛して、たまに剣を振って、平和に勤務して、勤務明けには酒場で一杯やる仕事だと思ってたんですよ。
現実はどうでしょう。
睡眠2時間半。
朝から同僚に「クラウディア様を口説いた男」として大爆笑され。
黒太子殿下に呼び出されたと思ったら、護衛任務が終わるどころか専属護衛へ昇格。
しかも部屋まで用意されて、お城暮らし開始。
……待って。
俺、昇進したんだよね?
何で"自由"だけ降格してるの?
酒場のおやじさんとも当分会えそうにないし、常連席も誰かに取られてそうだなあ。
それにしても、クラウディア様。
悪役令嬢なんて呼ばれてるけど、意外と可愛いところあるよね。
強気で偉そうなのに、時々拗ねたり照れたり。
でも逃げ道だけは完璧に塞いでくる。
あれは交渉術なのか、それとも侯爵令嬢の必修科目なのか……。
あと、黒太子殿下。
今日も相変わらず怖かった。
笑った時が一番怖いって、どういうことなんですか。
でも、ちゃんと部下の働きを見てくれている人でもあるので文句も言いづらいんだよねえ。
……心の中では毎日言ってるけどね!
さて。
俺の新しい生活は、ここから始まります。
専属護衛として、悪役令嬢クラウディア様のお世話係……じゃなかった、護衛騎士として。
どうか次は、暗殺者もゴーレムも人体パズルも出てきませんように。
……そんな願いが叶う世界なら、物語にならないんだろうけど。
それでは、また次のお話でお会いしましょう。
レオン・クラウスでした。




