第三話 石のおっさん解体します
「クラウディアお嬢様!」
凛とした少女の声が回廊へ響く。
振り向くと、小柄な犬人の少女がこちらへ駆けてくる。
雪のような白い髪。
ふわりと揺れる小さな犬耳。
腰の辺りでは真っ白な尻尾がゆるりと揺れている。
大きな金色の瞳は不安そうに揺れているが、その手には意匠が施された、強力そうな魔導杖がしっかりと握られていた。
ララリカでもよく見る、マルチーズがそのまま2本足立っているような、愛嬌のある少女だった。
「ミリー、大事はないですか?」
クラウディア様が安堵したように名を呼ぶ。
少女こと、ミレーヌ・フォン・ベルフェルトは深々と頭を下げた。
「ベルフェルト伯爵家長女、ミレーヌ・フォン・ベルフェルト。ただ今参りました。」
ベルフェルト伯爵家。
代々宮廷魔導師を輩出する帝国屈指の魔術名門の名だ。
歴代当主は皇帝直属の宮廷魔導師を務めたこともあり、帝国魔法史には必ずその名が刻まれる家柄だ。
そして目の前の少女は、その才能を認められ17歳という若さで宮廷入りを許された優秀な魔法士。
現在はクラウディア様付きの侍女であり、護衛魔法士でもある。
俺も何度か顔を合わせたり、話をしたことあるくらい。
……見た目は、ララリカの実家の近所にいたマルチーズと瓜二つな顔したお嬢様だけど。
「ミリー!」
クラウディア様が叫ぶ。
「危険です!下がりなさい!」
「いいえ!」
金色の瞳が真っ直ぐゴーレムを見据える。
「わたくしはクラウディアお嬢様をお守りする為におります!」
おお。この子も護衛タイプか。
しかもクラウディア様以上に真面目だ。
胃が痛くなる組み合わせだけどね!
ゴーレムが再び拳を振り上げると、俺は剣を構えた。
ミレーヌは隣に立ち魔導杖を掲げる。
すると彼女は俺を見て、小さく頭を下げた。
「レオン様」
「はい?」
「5秒だけ、お時間をいただけませんか?」
「5秒?」
「はい!大規模破壊術式を構築します!」
「……そんなの5秒で出来るの?」
「普段は1分ほど掛かります」
ミレーヌは少し恥ずかしそうに笑った。
「でも、先生に『実戦では魔力集中と詠唱は短縮するよう覚えなさい』と厳しく教えられましたので」
先生ありがとう。今度お礼のご挨拶に伺うね!
「レオン様」
彼女は真剣な顔になった。
「ゴーレムの胸部に黒い魔力反応があります」
「胸?」
「はい。あれがおそらく魔力核です」
「つまり?」
「そこを破壊できれば止まります」
なるほど。
俺はゴーレムを見る。
確かに胸の中央だけ、不自然に黒い魔力が渦を巻いている。
あそこが心臓か。
なら、心臓までの道を作ればいい。
俺は腰の革袋を開いた。
中から取り出したのは、冒険者時代から愛用している魔導具の類だ。
鋼鉄製の《爆裂楔》。
魔力を流し込めば内部の術式が起動し、凄まじい爆発で対象を内側から砕く魔道具だ。
もちろん人に使って爆破はダメだぞ!
そして《拘束杭》。
小型の射出装置にある引き金を引くと、先端に鉄の杭が付いたアンカーが高速で射出され壁を突き刺す。魔力で編まれた極細の鋼線《魔鋼線》を張ることが出来る仕組。
巨漢が引っ張っても切れないほどの強度を誇り、生け捕りや足を絡めたり、足止めからの時間稼ぎ等を目的とした制圧用魔道具なのだ。
ただし、装備のない生身の人に使っちゃダメだぞ!
ミレーヌが目を丸くする。
「それは……!」
「冒険者の便利道具ってやつかな。剣だけで飯は食えないからな」
冒険者時代を思い出してミレーヌに笑顔を向けるが、今の俺は明らかにイタズラ小僧の顔をしたに違いない。
「5秒だけ稼ぐ。君をゴーレムから引き離し、近付けさせないようにするから、最後の一発は任せた」
ミレーヌは力強く頷いた。
「はい!必ず、お応えします!」
その笑顔は、世間知らずのお嬢様ではなく、帝国最高峰の魔術の名門・ベルフェルト伯爵家の魔法士そのものだった。
俺は剣を握り直し、巨大な英雄像を見上げる。
「さあ来い、石のおっさん。ララリカ流ゴーレム解体作業、始めようか」
ゴーレムが赤く光る瞳で俺を見据える。
ギギギギギ……。
石の巨体が軋みを上げながら、ゆっくりと右腕を持ち上げた。
その腕だけで、人間一人など簡単に押し潰せる質量がある。
いやあ、改めて見るとデカいなあ。
建築資材が人殴るとか反則だろ。
ゴーレムを考えた奴、絶対性格悪い!
「レオン様!」
背後からミレーヌの声が飛ぶ。
「術式展開まで、あと4秒です!」
「了解!ご親切にどうも!」
俺は地面を蹴るとゴーレムも同時に踏み込んでくる。
──ズドォォン!!
石畳が砕け、巨体が突進してくる。
「うぉっ!」
横へ飛び退くと、さっきまで俺が立っていた場所に、石の拳がめり込んだ。衝撃だけで床が波打つ。
とにかく魔力を集中させているミレーヌから出来る限り、距離を離して誘導しなくちゃいけない。
ゴーレムから守るのもあるが、1番危険なのは俺が使う魔導具だからね。
誰だよ。
英雄は優しい存在だって言ったのは。
全然優しくねぇじゃねぇか。容赦なく人を見て即パンチするし、身体にも心にも優しくないよ!
クレームを一日中、言いたいところだけど、取り敢えずミレーヌとゴーレムとの距離を開けることに成功した!
いよいよ、俺の秘密兵器の出番だ!
俺は腰の革袋から《拘束杭》を取り出すと、回廊の石壁へ向けて引き金を引いた。
──バシュッ!!
鋭い射出音と共に、鉄の杭が壁へ深々と突き刺さる。
すぐさま微量の魔力を流し込む。
──ギュルルルッ。
内部の術式が起動し、杭の先端から極細の魔鋼線が勢いよく伸びた。
目には見えにくいほど細い鋼線。だが、その強度は折り紙付き。
冒険者時代、暴れ牛みたいなオーガを3体まとめて転ばせた実績があるしね。
「1本目!」
さらに壁を蹴る。
反対側の柱へ二本目。
──バシュッ!!
「2本目!」
今度は天井の梁へ。
──バシュッ!!
「3本目!」
瞬く間に、回廊いっぱいへ幾重もの魔鋼線が張り巡らされる。
まるで巨大な蜘蛛の巣だ。
もちろん人間なら見て避けられる。
だが。
「でかい奴ほど引っ掛かる!」
ゴーレムが突進してくる。
──ドンッ!!
右脚が1本目の魔鋼線へ引っ掛かった。
続けざまに左腕が2本目。
胸部へ3本目。
ギギギギギッ!!
巨体が強引に進もうとするたび、魔鋼線が甲高い音を立てて張り詰める。
「おぉ、止まった止まった!」
完全には止められないが十分だ。
ほんの数秒、その数秒が欲しかった。
人型なら関節はあるので、そこを抑えれば止められる!
「レオン様!5秒経過しました。魔力集中も完了!詠唱に入ります!」
「了解!それじゃあ、仕上げに入りますか!」
俺は懐から黒い金属でできた円筒を取り出す。
冒険者時代、巨大魔物の狩猟に使っていた切り札。
爆裂楔。
「修繕費は黒太子殿下宛で頼む!」
まず楔をゴーレムの右肘へ叩き込み、起爆術式の刻印に
魔力を流す。
そして動けない左足の膝にもう1本の楔を突き刺し、刻印に魔力を流すと、すぐさま離脱すると床に伏せた。
さてショータイムだ!
「爆ぜろ!」
──ドゴォォォォン!!
轟音と火花。
石片が四方八方へ飛び散る。
ゴーレムの右腕が肘から砕け散った。
同時に左脚も膝から下は木っ端微塵に吹き飛んだ。
「おおっ!」
近衛騎士たちから歓声が上がる。
しかし、ゴーレムは止まらない。
左腕だけで俺を殴りつけてきた。
「しつこい!」
──ドォォォン!!
柱が一本、根元から吹き飛ぶ。
こいつ、腕と足一本なくなっても気にしないタイプか?どんだけ"お仕事大好きマン"なんだよ!
見習いたくはないけど。
「レオン様!今すぐ、そこを離れてください!」
ミレーヌの声が凛と響く。
振り返ると、彼女の足元には、幾重にも重なった巨大な魔法陣が青白く輝いていた。
空気中の魔力が渦を巻き、白銀の光が杖へと収束していくと
犬耳がふわりと逆立ち、白い尻尾が真っ直ぐ伸びる。
いつもの愛らしい少女の姿はなく
今の彼女はベルフェルト伯爵家が誇る天才宮廷魔法士だった。
「──ベルフェルト伯爵家秘伝魔術の1つ」
澄み切った声が夜空へ響く。
「──より降り注げ、浄化の白き煌き」
杖が英雄像の胸を真っ直ぐ指す。
「──聖光天穿」
魔法陣が幾重にも展開される。
白銀に輝く紋様が夜空へ広がり、無数の光粒が星々のように瞬き始めた。
何だ?この天体ショー。
次の瞬間、夜空そのものが昼へ変わると、眩い光が天から一本の巨大な光柱となって降り注いだ。
──ズガァァァァァン!!
轟音。
空気が震え、帝城全体が白く染まる。
光は一直線に英雄像の胸を貫き、黒い魔力を次々と焼き払っていく。
黒い紋様が悲鳴を上げるように弾け飛び、偽りの魂核が甲高い音を立てて砕け散った。
ゴーレムの赤い瞳から光が消えると、全身へ無数の亀裂が走った。
──パキッ、パキパキパキッ。
巨体は音を立てながら崩れ始め、最後は純白の石片となって中庭へ降り積もった。
静寂が訪れる。
近衛騎士たちは呆然とその光景を見つめ、やがて誰からともなく歓声が上がった。
「やったぞ!」
「ゴーレムを倒した!」
「ベルフェルト令嬢だ!」
「レオンも無事だ!」
俺は大きく息を吐き、剣を鞘へ納め目の前の光景を眺める。
……すげぇ。やっぱすげぇな魔法!
光属性ってレベルじゃねぇ。もはや軍事兵器じゃん!
ララリカなら政府で軍事機密扱いの代物だぞ。
隣ではミレーヌ嬢が肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……や、やりました……」
俺は思わず親指を立てる。
「ナイス。最高の援護。英雄像もきっと『ようやく眠れる』って言ってるよ」
その言葉を聞いたミレーヌは、犬耳をぴんと立て、少し照れくさそうにはにかんだ
「そ、そんな……クラウディア様をお守りできたなら……それで十分です」
相変わらず、いい子だ。
たぶん犬耳が一番常識ある。
彼女は小首をかしげる。
「それにしても、レオン様の戦い方は、騎士というより……完全に冒険者でした」
「よく言われる。」
肩をすくめる。
「騎士学校じゃ、まず教えてくれない戦い方だからなあ」
まあ。
騎士訓練学校で『巨大ゴーレムの腕や脚を爆薬で吹き飛ばしましょう』なんて授業があったら、それはそれで嫌だけど。
広い庭園の別の一画を見ると、俺たちから離れた遠くで黒太子殿下が、暗殺者たちを淡々と斬り伏せていた。
返り血すら意に介さず歩くその姿に、戦列に参加している近衛騎士たちも畏怖して道を開ける。
……相変わらず、あっちは人型災害だな。
俺が「化け物」なら、黒太子殿下は「歩く天災」だ。
よっ!人殺しサイコハリケーン!今日も切れ味絶好調だねえ!
戦いは、ようやく終息へと向かい始めていた。
暗殺者たちの抵抗は、10分もしないうちに終息した。
最後まで戦おうとした者は、黒太子殿下の"サイコ剣"に斬り伏せられ、生き残った者も近衛騎士たちに投降していく。
「投降しろ!」
「武器を捨てろ!」
「抵抗するな!」
城内のあちこちで怒号が飛び交う。
逃げ惑っていた使用人たちも少しずつ顔を上げ始め、負傷者は医療班へ運ばれていく。
ようやく城に平穏が戻り始めていた。
俺は大きく息を吐いた。
終わった……。
今日は本当に終わったよな?
これ以上イベント追加は勘弁してくれよ?
うんざりして立ち尽くしていると、近衛騎士の1人で同じく第三近衛隊所属コンラートが駆け寄ってきた。
彼は犬人の騎士で、男爵位の御曹司である。ジェパードのような端正で鋭い顔立ちが特徴的だが、内面は礼節を重んじ、穏やかな性格の持ち主だ。
「レオン殿!無事で何より!」
「コンラート殿!お疲れさまです」
「城内の賊はほぼ制圧しました。護衛担当にも報告いたします。襲撃者は推定60名。捕縛37名、討伐21名まで確認されております」
「逃げた者は、おりますか?」
「数名は地下水路より逃走した模様です」
「そうでしたか。黒太子殿下をはじめ、コンラート殿が無事であることが何よりの救い。逃亡者は調査隊の手に委ねられるはずなので囚われるのも、そう遠くないでしょう」
「かたじけないお言葉。感謝いたします」
あーあ。
それにしても逃がしたかあ。
まあ全員捕まるほど世の中、甘くないか。
暗殺者ギルドの連中も、間抜けじゃないしな。
「それと……」
コンラートは顔を曇らせた。
「英雄像へ魔道具を埋め込んだ術者だけは発見できません。」
その一言で、俺の笑みが少し消える。
やっぱり。
一番ヤバい奴だけ逃げたか。剣術も体術も抜きんでいるから、再戦となったら骨が折れるなあ。
だが、あんな魔道具を作れる暗殺者はそうはいない。
ゴーレムにしても、ダンジョンや魔法士の呪文で生まれるものとは、系統が異なる存在だった。
ミレーヌ・フォン・ベルフェルトの魔法なくして勝てていただろうか?
でも……あの暗殺者。俺に怒っていたなあ。
青スジ立てて。血圧上げて。
……また来る。
絶対また来る!暗殺者ってねちっこいから!
嫌なフラグ立てるなよ……ってフラグってなんだ?
そこへ静かな足音が近付いてきたので、振り返ると黒太子ことアルベルト殿下だった。
剣についた血を布で拭いながら、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
返り血を浴びているはずなのに、不思議と汚れて見えない。
いや、見えないというより……。
血液が似合い過ぎるんだよ、この人。
黒い軍服に赤って、何でそんなに映えるんだ!?
新作のファッションショーか!?
黒太子殿下は俺の前で立ち止まる。
「レオン」
「はっ」
「ご苦労だった」
「勿体ないお言葉です」
「クラウディアをよく守った」
クラウディア様が小さく頭を下げる。
「レオンが命懸けで守ってくださいました。感謝に絶えませんわ」
俺は慌てて首を振る。
「職務ですので、お気になさらないで頂きたい」
給料分働いただけで〜す。
残業代も弾んでくださ〜い。
クラウディア様からの感謝の言葉に、黒太子殿下も僅かに頷く。
「そして、ゴーレムの足止めも見事だった」
遠くでサイコパスな剣技を披露しながら見てたんかい!
「ミレーヌの魔法があってこそです」
ミレーヌが犬耳をぴこんと動かした。
「レオン様が時間を稼いでくださらなければ、わたくしでは間に合いませんでした」
黒太子殿下は2人に視線を配る。
「2人とも大義であった」
褒め言葉は、その一言だけだと思うでしょ?
これでも帝国皇太子からの言葉としては十分過ぎる評価なのよ……普通なら。
しかし……。
「レオン」
「はい」
「庭園の遺体を回収しろ。近衛兵と回収部隊の指示もお前がやれ」
「…………はい?」
「現場保存は必要だ。査察官が実況見分に来るまで遺体の場所も荒らさぬよう各所に見張りを立て、遺体も丁重に扱え。運搬も任せる。以上だ」
言うだけ言って、黒太子殿下は踵を返し、クラウディア様の手を取り立ち去った。
その背中を見送りながら、俺は固まる。
えっ!?
今何て?
遺体回収?
仕切れ?
俺が?
いやいやいや!
ふっざけんなよ!サイコ皇子!テメェで散々、散らかした後始末を全部の後始末を俺にやらせる気か!?
恐る恐る庭園を見る。
そこには、恨めしそうな表情を浮かべる、暗殺者の生首が転がっていた。
他にも切断された腕も、泣き別れの上半身や下半身や、何の肉片や臓器なのか、判別もしたくないものまで全部!
石畳は赤黒く染まり、噴き出した血が花壇まで飛び散っているじゃん!
うわぁぁぁぁぁ……。
サイコ皇子プレゼンツのスプラッターガーデンが開園してる……。
庭師さん卒倒間違いなしだな。
薔薇より血の方が赤いじゃない。
黒太子殿下、手加減って言葉知ってます!?
せめて原形残してくださいよ!
思わず胃がきりきり痛み出す。
死体のオブジェを見ていたら気持ち悪い……。
嫌がらせか?
しかも切断した腕とか胴体なんて誰のか分からねぇ……。
何が悲しくて、騎士の皆さんとサイコパズルしないといけないのよ。
近衛騎士や回収班達も困ったように笑う。
「レオン殿……頑張りましょう」
「……そうだねえ」
泣きたい。
今すぐ酒場行って樽ごと飲みたい。
でも現実は"人体切断大好きマン"が築いた死体回収。
誰だよ、近衛騎士は花形職業って言った奴。
完全に特殊清掃員じゃねぇか!
俺は大きくため息を吐き、袖をまくった。
「よし!仕事だ」
頼むから今日は敵も死体も増えるなよ……。
そこから数時間は、まさに地獄だった。
「こちらにも腕があります!」
「脚だけ見つかりました!」
「頭部を確認!」
「誰のか分かりますか?レオン殿?」
分かるか!!
人体サイコパズル大会から数時間。
強制参加者の俺達は、パズル解読に難儀していた。
花壇の中から腕が出てきた時なんか、近衛騎士の1人が普通に悲鳴を上げたからね!
俺だってビビったし、叫びたかったよ!
「レオン殿」
コンラートが苦笑した。
「こちらも回収完了しました」
「ご苦労掛けます。コンラート殿、遺体はあと何体ですか?」
「……7体ほどです。」
まだあるのかよ!
もう勘弁してくれ!
近衛騎士は、死体回収係や特殊清掃員の技術が磨けるんじゃないのか?
失業しても困らなそうだ。
血まみれの現場に辟易しているところに、1人の男が庭園へ姿を現した。
漆黒の外套と銀縁眼鏡。
手には革表紙の分厚い記録帳。
帝国宮廷査察院・主席査察官。
エドガー・フォン・ライヘルト。
現場を見るなり眉一つ動かさず口を開く。
「……酷い現場ですね。」
でしょうね〜。俺も同意です。誰のせいだと思います?
臣下達に拒否権なしのサイコパズル大会に参加さて、自分は美人の女性とお城でぬくぬくしているサイコ皇子ですよ。
もちろん心の中だけ。
口にしたら俺の首が飛ぶ。
物理的に。
査察官は周囲を見回し、淡々と記録していく。
「英雄像」
「破壊状況確認」
「魔力残滓採取」
「死者21名」
「捕縛37名」
「逃亡数名」
「帝国側の死者15名、負傷者17名」
エドガー主席査察官は手早く実況見分をまとめて行く。
彼の部下達も淡々とこなしている。
随分、仕事が早い人が役所にもいるんだな。
「近衛騎士レオン」
「はい」
「お役目大変な状況ではありますが、事情をお聞かせていただきます」
はい!帰れない!酒場も行けなくなりました!
俺は英雄像が動いた瞬間から、爆裂楔を使用した経緯、拘束杭による足止め、ミレーヌの魔法で討伐した流れまで、最初から最後まで説明する羽目になった。
当然。事情聴取は終わらず……。
「爆裂楔とは?」
「拘束杭とは?」
「ララリカ製ですか?」
「輸入経路は?」
「所持許可証はお持ちですか?」
ああ……役人だ。
完全に役人タイプだこれ。
悪い人じゃなさそうだけど、質問が細かすぎる!そしてねちっこい!
冒険者ギルドでも、ここまで聞かれなかったぞ!
結局、事情聴取が終わった頃には、東の空が暁色に染まっていた。
「……ただいま。」
近衛騎士宿舎へ戻る頃には日付も変わっていた。
軍服を脱ぎ、剣を壁へ立て掛けベッドへ倒れ込む。
「はぁ……。」
今日は災難だったあ。
暗殺者。
ゴーレム。
死体回収。
事情聴取。
イベント詰め込みすぎだろ。
しかも唯一の癒しの場である、酒場にも行けなかった。
俺の一杯返してくれ。
ああ……。
明日は休みだったらいいな。
……いや。
黒太子殿下がいる時点で無理か。
そんな嫌な予感だけを残しながら、俺の意識は深い眠りへと落ちていった。
もう朝だから、あと2時間半しか寝れないけどね!
第三話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
近衛騎士のレオンです。
……ええ、今回は色々ありました。
暗殺者に襲われるわ。
英雄像は動き出すわ。
黒太子殿下は相変わらず人型災害だわ。
挙げ句の果てには遺体回収という名のサイコパズル大会と実況見分のお手伝いですよ。
「近衛騎士は帝国一の花形職業」なんていうのは真っ赤な嘘です!
完全に人間の心をじわじわ削る、恐ろしいお仕事ですよ!
おまけに酒場にも行けませんでした。
俺の仕事終わりの一杯を返してください。
さて、今回から新しく登場したミレーヌですが、どうでしたか?
ふわふわした犬耳のお嬢様なのに、いざとなると帝国屈指の宮廷魔法士。
あの聖光天穿をぶっ放した時、本気で「魔法って怖いな」と思いました。
ララリカなら軍事兵器転用間違いなし!
マジで物騒なものです。
そう言えば、ゴーレムとの戦いてまは、俺は時間を稼いだだけで
最後に全部持っていったのは、あの子でしたねえ。
……まあ、本人はきっと「レオン様のおかげです」とか言うでしょうけどね。
いい子すぎて眩しい。
それと、ゴーレム戦で使った《爆裂楔》や《拘束杭》も初お披露目でした。
冒険者時代に「剣だけじゃ食べていけない」とララリカの魔導具屋で作って貰ったものなんですよ。
いざという時の秘密兵器ですが……
まさか近衛騎士になってからも役立つとは思いませんでした。
便利な道具は、命を救います。
もちろん、良い子は人に向けて使っちゃ駄目ですよ。
……当たり前ですけど。
そして最後。
俺と剣で渡り合い、英雄像をゴーレムに魔改造した傍迷惑な野郎は逃がしてしまいました。
あれだけの魔導具を作れる相手が、このまま終わるとは思えません。
俺としては、もう平和に酒を飲んで暮らしたいんですが……たぶん、そうはさせてもらえないんでしょうね。
嫌な予感しかしません。
第四話では、事件の裏側や帝国の調査も少しずつ動き始めます。
黒太子殿下も、きっとサイコに企んでいるでしょう。
俺?
俺は、とりあえず休暇届を書かせてください。
……たぶん却下されるけど。
それでは、第四話でまたお会いしましょう。
願わくば、次の仕事は「庭の見回り」くらい平和な任務でありますように。
──近衛騎士レオン




