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悪役令嬢付きのしがない護衛兵士ですが、冷酷な黒太子が彼女にだけ甘すぎるので毎日腹の中で笑っています  作者: 新小岩 茶太郎


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第二話 あなたに生きていて欲しい

 男が腰の革袋から取り出した黒い結晶。


 拳ほどの大きさの玉は、まるで闇を固めたような禍々しい輝きを放っているんだけど……。


 黒太子殿下の紅い瞳が細くなる。


「レオン」


「はっ。殿下」


「下がれ」


「……はっ」


 返事はした。

 軍人だから命令には従う。


 だが……「下がれ」で済む話じゃないでしょう!

 俺、護衛ですよ?近衛兵ですよ?お2人をお守りしないといけないんですよ?


 護衛に危ないから下がれって、それもう料理人に「包丁は危ないから料理するな」って言ってるようなもんですよ。

 職業否定じゃないですか!


 とはいえ、脳みそ2つ説の黒太子殿下があそこまで、真剣な声を出すのは珍しい。

 つまり、本当にヤバい物ってことだよな。


 黒マントの男が低く笑う。うわぁ……目がイッちゃってるよ。


「これで終わりだ……!」


 そのまま結晶を握り潰した。


 ──バキッ。


 嫌な音するなあ。

 まるで骨が砕けるような音だこと。

 結晶は粉々に砕け、その瞬間。


 ドォォォォォンッ!!


 黒い魔力が噴火の如く噴き上がった。


「なっ!」


 うわ、薔薇が一瞬で黒く枯れて、芝生が焼け焦げちゃってるよ。石畳なんか蜘蛛の巣状の亀裂が走ってる。

 幾年月を掛けて手入れした庭を、数秒で台無しにしやがった!

 これ……庭師さんも整備士さんも号泣ものなエスカレーション案件だ。


 弁償しろよ、お前!

 それに、そんな物騒な物持ち込むんじゃないよ!!

 めっちゃ怖ええだろうが!!


 黒い魔力は竜巻のように渦を巻きながら、庭園全体を飲み込もうとする。

 さすがに、これは僧侶が魔法士の防御術式がないとヤバいかなあと思った、その中心で、アルベルト殿下が静かに剣を抜いた。


 ゆっくりと。

 無駄な動きは一切ない。


 ただ一歩。

 前へ。


「散れ」


 剣が振られる。動作はそれだけ。


 ──ズバァァァァン!!


 暴走していた黒い魔力が、左右へ真っ二つに裂ける。


 そのまま霧のように消滅した。


 え?今、斬った?

 斬ったよね?

 魔力を?


 いやいやいや!そもそも魔力って斬れるものなの?

 斬るものなの?


 俺、冒険者時代に騎士とも魔法使いとも組んでたけど、そんな話一度も聞いたことないし、見たことないぞ!


 この人、戦場で敵兵だけじゃなく"常識"まで斬って歩いてるんじゃないか?

 しかもサイコな顔して「散れ」のおまけ付き。


 黒マントの男も目を見開いていた。

 そりゃ、寝耳に水だわな。

 常識も理屈も超越してるわなあ。

 近衛兵の俺も目を見開いているんだから。


「馬鹿な……!」


「その程度か」


 驚く暗殺者に対して、黒太子殿下は感情を一切見せない。

 まあ、俺達にも見せないけどね。

 ヘラヘラ笑うところ見てみたい気もしてる。


 先程まで、クラウディア様へ向けていた優しい笑みは跡形もない。


 あるのは……

 敵国が『黒い死神』と恐れた"サイコ皇子"だった。


「退け」


 その一言だけで空気が震える。

 男が一歩後退した。


 あ、怖がってる。

 すんごい、分かるよ。

 ぶっちゃけ、味方の俺もサイコパスはメチャ怖い。


「今日はいつもより綺麗だ」なんて言ってた人と同一人物とは思えない。


 脳みそ2つ説、いよいよ確信に変わってきた。

 生物学の新たなる発見かもしれませんな。


 あっ。

 俺の視界の端に、別の影が映った。


 木の上。

 枝がわずかに揺れた。


 ……もう1人!


「殿下!」


 叫ぶより早く、黒い矢が放たれた。

 狙いは、クラウディア様。


「させるか!」


 俺は地面を蹴ると、クラウディア様の手前で剣を横薙ぎに振るう。


 ──ガキィィィン!!


 魔力を帯びた矢が真っ二つに砕け散った。


「ちっ!」


 いたいた。本命はお前か。

 暗殺者ってのは一人で来る度胸もないのか。

 複数でお城に行けば、ギルドから特典でも貰えるのかな?


 木の上の刺客が舌打ちする暗殺者。すぐさま枝から屋根に飛び移る。

 飛び越えられる距離もちゃんと計算しているなんて、現地下見の周到さは大したもんだ。


「そこだ!」


 俺は一気に駆け出した。幸い甲冑は着ていないから身軽だし、木の枝も人が余裕で飛び登れる高さだ。


 枝を掴み登って、蹴って屋根へ飛び移る。

 刺客は驚愕する。


「なっ!?」


「逃がすかよ!」


 俺は剣を振るうと刺客も応戦する。

 火花が夜空へと散った。


 よし。

 第二ラウンド開始だ。

 そして今日も残業確定だ!


 ──ギィィィン!!


 鋼と鋼が噛み合うい火花が夜空へ弾け、甲高い金属音が城内に響き渡る。

 屋根瓦を蹴り、俺は一歩踏み込む。


 相手の剣技もかなりの手練れ。

 油断は出来ない。


 ほぉ……。

 さっきの短剣野郎より強いじゃない。


 細身の剣を自在に操り、無駄のない足運びで間合いを支配しようとしてくる。


「今日は暗殺者ギルドの精鋭大集合セールでもやってるのかい?」

 

 男は何も答えない。

 まあ、暗殺者がお喋りだったら廃業だろうしな。

 それでも無言は寂しいなあ。


「おい」


 剣を合わせたまま話しかける。


「せっかく会ったんだから自己紹介くらいしようぜ」


「……」


「名前でも趣味でも恋人募集中でも何でもいい」


「……」


「連れないなあ」


 ──ガキィィン!


 男の連撃が始まる。


 一撃。

 二撃。

 三撃。


 速い。

 とにかく速い。


 普通の騎士なら防ぐだけで精一杯だろう。


 だが……。

 惜しい。

 速いだけなんだよなあ。


 俺は最小限の動きで刃を受け流す。


 冒険者時代。

 命を狙ってきた相手なんて数え切れない。


 盗賊。

 賞金稼ぎ。

 傭兵。

 狂戦士。

 魔物。

 妖魔。

 時には腹を空かせたキメラまで襲ってきた。


 ……あいつは本当に怖かった。飽くなき食欲で襲ってくるからなあ。


 だから。

 人間相手なら、まだ気が楽だ。


「お前」


 男が踏み込む。

 俺も踏み込む。

 距離ゼロ。


「近い近い近い!」


 ──ドゴッ!!


 男の目が見開かれた。

 俺は柄頭を男の胸へ叩き込む。


「がっ!」


 体勢が崩れたので、そこへ追撃。


 膝。

 肘。

 肩。


 体術を交えた連続攻撃。

 男は何とか剣で防ぐが、完全に後手へ回る。


 騎士は剣だけだと思った?

 残念でした!


 俺は元冒険者。何でも使うんだよ。

 拳でも足でも頭でも、酒場でお姉ちゃんが引っ掛かれば"聖剣"だって使うんだよ!ようは生き残れば勝ちなんだ。


 男が大きく距離を取る。

 息が乱れているな。


 一方の俺は、軽く肩を回した。


「お前さん、そろそろ疲れた?」


「……っ!」


「まだ始まって5分も経ってないぞ」


 男が怒りに任せて突っ込んでくる。


 あーあ、熱くなっちゃった。

 相手の言葉に乗っちゃ駄目だっつうの。

 暗殺者って冷静なのが売りじゃないのかい?


 暗殺者の剣が一直線に俺の喉を狙う。


 だが、見えている。

 俺は身体を半身右に反ると刃が頬を掠める。


 そして、そのまま男の手首を掴むと「よっと」という掛け声と共に勢いを利用して背負い投げ。


 ──ドォォン!!


 あっ、屋根瓦が砕けちゃった!やべえ!


「ぐぁっ!」


 修繕費がまた増えた。

 宮廷大工さん、ごめんなさい!

 請求書だけは俺にではなく、脳みそ2つある、サイコ皇子に回して下さい!


 あっ、背負い投げされて屋根瓦に叩きつけられたのに、この男、すぐさま立ち上がっている。


 さすが暗殺者。タフガイだねえ。

 感心していると、懐から短剣を三本抜き始めた。


「今度は二刀流どころか三刀流か?」


 一本。

 二本。

 三本。


 素早い動作で俺に向けて、正確に狙い投げてきた。


「うわっと!」


 俺は身体を捻って2本を避け、残る一本を剣で弾く。


 ──キィィン!


 短剣は夜空へ弾かれた。


「はいはい」


 俺は肩をすくめる。


「飛び道具は禁止って習わなかった?」


「黙れ!」


「喋れたじゃん!」


 思わず嬉しくなる。敵とは言え、話せるとホッとするんだよねえ。

 何せウチの黒太子殿下は、ブスっとして寡黙だからね。


「いやぁ、やっと会話成立した」


「……貴様!」


「そんな怒るなって」


 俺は気遣いながら笑いかけてみた。

 暗殺者と言えど、刺激しちゃダメだからね。


「なあ、暗殺者だって親兄弟、妻や恋人、友達はいるんだろう?悪いことは言わないから、ここは、黙って引き上げてくれないかな?」


 期待半分で言ってみた。

 出来ることなら、囚われずに逃げてもらって、2度と"サイコ城"の敷地を跨がないでもらえれば、ありがたいんだけどなあ。

 でも、相手は「はい、仰る通りですね」なんて言うわけもないか。


 男の額に青筋が浮かぶ。


 うん。

 刺激しないつもりが、刺激してしまったみたい。

 完全に頭に血が上ってる……血圧大丈夫かな?


 でもね、勝負ってのは熱くなった方が負けなんだよ。


 その瞬間だった。

 男の剣筋が、ほんの僅かに乱れる。


 俺は見逃さない。


「そこだ。」


 僅かな隙を見て、一歩、踏み込む。


 ──ギィン!!


 男の剣を弾き飛ばす。

 宙を舞う細身剣。


 そして、俺の剣先は男の首筋でぴたりと止まった。


「……終わりだ。お前さん、暗殺者には勿体無いくらいの剣技だったよ」


 男は息を呑む。

 あと一センチ、あと1センチ踏み込めば首が飛ぶ。


 俺は静かに笑った。


「安心しろ。俺は近衛騎士だ。必要以上な殺生はしないし、首を飛ばす趣味はない」


 一瞬だけ、黒太子殿下の方へ視線を向ける。


 1人だけ"首を刎ねるの大好きマン"な人いるけど。

 口が裂けても言わない。

 言った瞬間、俺の首が不敬罪の見本になっちゃうもんねぇぇぇ。


 その時だった。

 地上から、黒太子殿下の低い声が響く。


「レオン」


「はっ!」


「敵と遊ぶな」


「……遊んでません」


 やべえ!今の"首を飛ばす趣味はないからね"の下りを聞かれちゃったかなあ?

 

 ちょっとお喋りしすぎたのは反省しよう。

 でもなあ、無言で戦うと間が持たないんですよ。

 それに、俺、サービス精神旺盛なんで。


 そう心の中で返しながらも、俺は表情を引き締め、剣先に力を込めた。


 だが、その瞬間。

 目の前の暗殺者が、不敵な笑みを浮かべた。

 男の口元が、ゆっくりと吊り上がる。


 その笑みを見た瞬間、背筋を冷たいものが這い上がった。


 ろくでもないことを考えてる顔だ。


 冒険者時代に何度も見た。追い詰められた悪党が最後に浮かべる、あの「こうなれば奥の手だ」って顔だ。


「ようやく笑ったな。とっても素敵なスマイルだよ」


 俺は剣先を首筋へ突き付けたまま、わずかに肩をすくめる。刃先は男の喉元の皮一枚手前で止めている。少しでも力を込めれば、そのまま赤い線が引ける距離だ。


「でもなあ、全然爽やかじゃないし、女性受けゼロだ。良かったら教えてやろうか?」


「……黙れ」


「いやいや、そこは『お願いします』だろ。アドバイスは大事だからな」


 男の額に青筋が浮かぶ。こめかみがひくつき、握った剣の柄がわずかに軋んだ。


 完全に沸騰したな。鼻から熱湯が出てきそうだ。

 まあ、悪気は無いんだけどキレちゃったね。

 暗殺者って、もっと冷静な職業じゃなかったっけ。


 この男は、暗殺者にしては怒りっぽい性格。普段からお肉や塩分を接種し過ぎているのかな?青魚も食べないとね。


 男は素早く左手を胸元へ伸ばす。

 その動きが見えた瞬間、俺の喉の奥がひやりとする。


 また何か出す気だ。


 煙幕、毒針、爆弾、呪符……。できれば花束にしてほしかったが、当然そんな心が和むものは出てこない。


 黒い短刀。


 刃全体が禍々しい紫に染まっていた。月光を受けても鈍く濁って見える。刃先からは、鼻の奥を刺すような薬品臭がかすかに漂ってきた。


「毒か」


「……」


「答えなくても分かる。その色で健康に良いです、なんて言われても信じられないしな」


 男が短刀を逆手に構える。


 その瞬間、空気が変わった。


 さっきまでの剣撃とは違う。肩の力を抜き呼吸が消え、全身の重心だけで動く構え。命を捨てた者だけが放つ、嫌な静けさだ。


 来る!


 次の瞬間、男が消えた。


 いや、消えたんじゃない。視界から外れた。速すぎて、目が追いつかなかっただけだ。


 左か?違う。


 右か?違う。


 上だ!


「っ!」


 反射で首を引くより早く、屋根の棟木を蹴った男の身体が真上から落ちてくる。足裏が瓦を叩く乾いた音が一拍遅れて耳に届き、その直後、紫の短刀が月明かりを裂いた。狙いは首。迷いのない一直線の刺突。


「危ねぇな!」


 咄嗟に膝を折り、腰を落とす。重心を一気に下げたせいで、背中を冷たい夜風が撫でた。

 刃が頭上をかすめ、切り落とされた髪が頬に触れる。ほんの数本だが、皮膚のすぐ上を死が通り過ぎた感触がはっきり残る。


 男は着地と同時に踵を返し、身体を捻った。


 二撃目。

 三撃目。

 四撃目。

 五撃目。


 腰を軸にした、蛇みたいな連撃だ。

 腕だけで振っているんじゃない。肩、肘、手首、足の踏み替えまで全部が繋がっている。

 剣技というより体術の類と言えるかもしれない。

 毒刃が空気を裂くたび、耳元で細い風鳴りがした。


「しつこい!」


 ──キィィィン!


 剣で受ける。刃と刃がぶつかった瞬間、手のひらに痺れが走った。毒刃は軽いくせに、妙に嫌な重さがある。受けた衝撃が腕を伝って肩まで響き、歯の奥がきしむ。


 だが男は怯まない。踏み込みが浅くならない。むしろ、こちらの防御を見越して次の角度へ滑り込んでくる。


 帰る気はないか。

 なら、こちらも迷わない。


「悪いけど」


 静かに息を吸う。肺に入る夜気が冷たい。屋根瓦の上は足場が悪い。少しでも油断すれば、踏み外して落ちるのはこっちだ。


「俺には帰りを待ってる、行きつけの酒場のおっちゃんがいるんでね。こんな所で死ぬわけにはいかない」


 ここで帰りを待つ女がいると言えないのが、何とも情けない。


 一歩踏み込む。


 足裏で瓦の感触を確かめる暇もない。爪先で蹴り、膝を柔らかく使って距離を詰める。


 男も踏み込む。


 互いの剣が交差した。


 ──ギィィィィィン!!


 火花が爆ぜる。金属音が耳の奥を打ち、腕が一瞬しびれて感覚が薄れる。だが、その一瞬の撃ち合いで十分だった。


 男の視線が、ほんの僅かに自分の肩に向けられた。


 視線が少しづつ逃げてきている。刃先ではなく、次に来る衝撃を予測しようとして、無意識に肩や腰を見る。

 間違いない。こちらの剣撃を何度も受けて、腕や肩に負荷がきている!

 こちらの剣に警戒を集中させている。そこからなら隙もできる!

 わざと空振りにして、隙を見せる振りをしてみるか!


 俺は身体を半回転させる。右足を軸にして腰をひねり、剣を滑らせるように外へ逃がすと、暗殺者の毒刃が俺の脇腹目掛けて光るのが見えた。


 誘いに乗ってくれた!

 身体を振り回した勢いで、右足でステップして跳ねる。

 空振りした毒刃が脇腹のすぐ横を抜け、冷たい風が服の布を震わせた。

 俺はその勢いを殺さず、着地と同時に肩をぶつけるように前へ出る。


「返すぞ」


 ──ドンッ!!


 肩から体当たり。骨と骨がぶつかる鈍い感触が伝わり、男の上体が大きく泳ぐ。足元が瓦の上で滑ったのが見えた。


「終わり!」


 柄頭を鳩尾(みぞおち)へ叩き込む。


 手応えは十分。硬い腹筋の奥に、空気が抜ける鈍い反応が返ってきた。


「がはっ!」


 男の身体が浮いた。息が止まり、肩が跳ねる。その瞬間を逃さず、俺は足を払う。踵を引っかけるのではなく、脛の外側を横から刈るように払う。重心が完全に崩れ、男の身体が斜めに傾いた。


 最後は……。


 ──ドォォォン!!


 屋根瓦ごと叩き付けた。


 瓦が派手に砕け散り、破片が夜空へ跳ねる。砂埃が舞い上がり、鼻の奥に乾いた土の匂いが広がった。

 足元が一瞬ぐらりと揺れ、俺は反射的に膝を曲げてバランスを取る。


 あぁ……また修繕費が増えた。サイコ皇子に責任を取ってもらおう。うん、そうしよう!


 男は瓦礫の中で動かない。毒短刀も少し離れた場所に転がっている。刃先が月光を受けて、まだ不気味に鈍く光っていた。


 完全に決まった。


 俺は静かに息を吐く。吸った空気が肺の奥で熱を持っていた。


「終わりだ」


 男は立ち上がれない。それでも、まだ俺を睨み付けていた。目だけは死んでいない。いや、死んでいないからこそ、余計に嫌な感じがする。


「……化け物」


 小さく漏れた声に、俺は苦笑する。


「心外だなあ。俺は正真正銘の人間だよ。この下にいる御方はは化け物だけど」


 親指で庭園を指す。


 視線の先では、黒太子殿下が黒装束の暗殺者を無言で追い詰めていた。


 黒い軍服が風に揺れる。足音はほとんどしない。ただ歩くだけで、相手は一歩、また一歩と後退していく。追う側のはずなのに、追われているのはあっちだ。


「ほら見ろ。あっちが化け物だ。俺なんか善良な一般庶民代表みたいなもんだ」


 その瞬間、黒太子殿下がこちらを見上げた。

 紅い瞳と目が合う。


 やべえ、化け物扱いにしていたのを聞かれたかな?

 いや……戦闘中に流石に聞こえてないよな。


「レオン」


「はっ!」


「終わったなら捕虜を縛って降りてこい。暴れられたら屋根の修繕費が増える」


「……」


 人の体温すら無い声で"降りてこい"という理由は、そこですか……。

 いや、確かに修繕費の見積は増えそうですけど、まずは『怪我はないか』とか『よくやった』じゃないの?


 俺は頭をかきながら苦笑する。


「御意。あとで宮廷大工さん達に謝っときます」


 捕虜をグルグルに縛り煙突に括り付け、屋根から飛び降りる。


 足を離した瞬間、胃までがふわりと浮いたような不思議な感覚がした。

 そして着地の瞬間、膝を柔らかく折り、踵からではなく足裏全体で衝撃を受け止める。石畳が硬く鳴り、足首に軽い痺れが走ったが、問題ない。


 ……まあ、今日も何とか生き延びた。それだけで十分だ。


 ただ一つだけ、心の底から願うことがあるとすれば

 頼む!次の護衛任務くらいは、暗殺者も来ない、黒い結晶も出ない、平和な一日にしてくれ!


 ……いや。

 やっぱり恋愛劇場も勘弁してほしいな。


 その願いは、今日も神様には届かなかった。


 カチリ。


 乾いた音に、俺は反射的に振り向いた。


 屋根の煙突に縛り付けた暗殺者だ!

 しかも、ロープを解いてるし!

 あれ?暗殺者の指先に、小さな銀色の筒が握られているじゃない!?


 嫌な予感しかしない。


 男は口から血を滴らせながら笑った。


「……これからがフェスティバルだ!」


「えっ!?フェスティバル?」


 銀筒が天へ向けられる。


 パァン!!


 乾いた破裂音とともに、真っ赤な光弾が夜空へ打ち上がった。帝都中から見えるほど鮮烈な閃光だ。


「……信号弾?」


 違う。


 黒太子殿下の表情は変わらない。むしろ、最初からこれを読んでいたような顔だった。


「レオン」


「はい」


「伏せろ」


「またですか!?」


 次の瞬間。


 ──ドゴォォォォォン!!


 突然、帝城全体が揺れ、床が跳ねる。

 天井から砂埃が降り注ぎ、燭台の炎が大きく揺れた。


「何事か!」


「侵入者か!」


「殿下と公爵令嬢を守れ!」


 近衛騎士や城の兵士達が駆けつけると、庭園を囲む木々が、一斉にざわりと揺れた。


 樹木の枝の上。


 屋根瓦。


 噴水の陰。


 花壇の向こう。


 あらゆる場所から、黒い影が次々と溢れ出す。

 襲撃した2人は、彼等の侵入させるための陽動という訳か。

 

「気を付けろ!」


「……囲まれたか!」


「全員、殿下と公爵令嬢を囲んでお守りしろ!」


 レオンは思わず息を呑む。

 10人……いや、20人なんてもんじゃない。


 50人以上はいるぞ!

 この大所帯の侵入を許すなんてら城のセキュリティ、ガバガバなんじゃない?


 暗殺者ギルドの精鋭の団体様なんて本当に勘弁してくれ。

 俺は命まで大安売りしたくない。


 黒太子殿下は周囲を一瞥すると、静かに剣へ手を添えた。

 

「レオン」


「はっ」


「クラウディアを任せる」


「……殿下?」


 クラウディア様も驚いたように振り向く。


「アルベルト様……?」


「奴らの狙いは私だ」


 黒太子殿下は静かに庭園の奥の向こうのへ走り始める。まるで自ら囮になるように。当然、暗殺者たちの視線が、一斉に黒太子殿下へ向いた。


 まるで黒い波だ。


「下郎共よ!こちらへ来い」


 その低い一言だけで空気が凍る。


「私が相手をする」


 その背中を追うように、暗殺者達が一斉に雪崩れ込んだ。


 ……お気の毒に。

 あいつら、自分から死神の口に飛び込んでいった。


「我らも殿下に続け!」


「侵入者の横行を許すな!」


 近衛騎士と城の兵士達が陛下と暗殺者達の後を追う。

 こりゃ乱戦になるけど、ここの連中は戦い慣れているら大丈夫だろう。


 残った近衞騎士と兵士は、クラウディア様を狙う暗殺者と剣を交えている。

 暗殺者の殆どが黒太子殿下に向かっているので、数は5人ほど。

 残りだけで充分に戦える。


 さて、俺も中庭にいるクラウディア様を守らないとね。

 視線を向けると、横並びにそびえ立つ歴代英雄の巨大な石像群。

 帝国建国の英雄、竜殺しの将軍、魔王討伐の聖騎士。

 誰もが知る偉人たちの像だ。


 その中の一体。

 3メートルを超える大理石の英雄像の前に、屋根に叩きつけられた黒装束の暗殺者が、拳ほどの大きさの黒い結晶を手に立っていた。


 あいつ……何をする気だ?

 

 手にしている魔道具もドス黒く光ってるし、あいつの顔も"悪いことしてやる"という気持ちがどす黒く、全面に出ているぞ。


 あっ、投げた。


 英雄像の胸に目掛けてポーンと投げたぞ。


 げっ!結晶が像の胸の中に吸い込まれた!?

 何なに?どういうこと!?


「命を吹き込め―《偽魂核(ゾル=エクリア)》」

 

 ──ボゴォォォッ!!


 黒い魔力の元素らしきものが、英雄像を包み込むみ石の瞳が赤く染まった。

 全身へ黒い紋様が走る。

 

 ──ギギギギギ……


 石と石が擦れる音。


 拳が動く、首が軋む。

 そして!


 ズン。


 英雄像が、一歩踏み出した。


「……おいおい」


 冗談だろ!?

 国宝の英雄像で遊ぶなよ。


 ──ゴォォォォン!!


 石像が腕を振るう。

 分厚い城壁が、紙細工みたいに吹き飛んだ。


 石材が四方八方へ飛び散る。


 悲鳴と怒号。


 兵士たちの何人かが、瓦礫の下敷きになる。


「ゴーレムだ!」


「英雄像が動いたぞ!」


「魔導ゴーレムだぁ!!」


 恐怖が一気に広がる。


 普通のゴーレムじゃない。帝国最高峰の石工が造った英雄像。


 純白の大理石。

 さらに内部には魔力伝導路まで刻まれている。それが仮初めとはいえ命を持った。

 メチャ強いに決まってる。


 作る側は芸術品。

 動かす側は迷惑千万!

 作者さんは大号泣!


 そのゴーレムが巨大な拳を振り上げる。

 狙いは中庭から城の屋内へと、1人避難を始めていたローゼンベルグ伯爵令嬢クラウディアだった。


「クラウディア様!」


 俺は床を蹴り全力疾走。石畳を飛びながらクラウディア様の前へ滑り込む。


 ──ドゴォォォン!!


 剣を両手で構え、ゴーレムの拳を受け止めた。あまりもの衝撃で腕は痺れるが、間に合った!


「ぐっ……!」


 それにしても、大理石で出来たゴーレムだけあって、凄い一撃だなあ。

 膝も沈む。

 足場の床石が、蜘蛛の巣状に亀裂が入る。


 重っっっ!!

 何だこれ!

 家一軒ぶつけられてるみたいな威力なんだけど大丈夫か俺!?


 ゴーレムの拳を何とか払いのけると、背後から、凛とした声が聞こえる。


「……なんて無茶を!」


 驚きと心配そうに見つめるクラウディア様の姿があった。

 自分を標的としているゴーレムより、俺の心配してるような……。


「わたくしに構わず、貴方も避難なさい」


 ああ、なるほど。この人、自分より他人を優先して心配するタイプだ。

 貴族の中では、いい人なんだけど……いい人すぎて護衛泣かせなんだよなあ。

 

 俺は苦笑する。


「それは却下です。クラウディア様」


「何故ですの?万が一、貴方に危害が及ぶことがあれば……」


 クラウディア様の声は震えていた。

 俺は剣を構えたまま、小さく息を吐く。


「黒太子殿下から直々の命令です。クラウディア様をお守りする。それが俺の任務です」


 クラウディア様は静かに眉を寄せた。


「……命令だから、ですか」


「はい」


 少しだけ言葉を選ぶ。


「仕事ですから」


「…………」


 しまった。

 今、ちょっと寂しそうな顔したぞ。

 俺、地雷踏んだ?


 いやいやいや。


 ここで『あなたが大切だからです』なんて言ったら完全に恋愛小説だ。

 しかも相手は皇太子殿下の婚約者だぞ。

 "首チョンパ大好きマン"が俺の首を華麗に飛ばすだろう。


 俺は苦笑した。


「勤務中なんです、俺。ララリカ人は仕事と私情は分ける主義なので」


 クラウディア様は小さくため息をつき、困ったように微笑む。


「……本当に変わった方ですわね」


「よく言われます」


 肩をすくめる。


「俺の故郷じゃ、大統領相手でも文句は言いますし、議会にも普通にツッコミます。昨日の政治演説が翌日には酒場の笑い話になるくらいですから」


「……統治者に、そのようなことを?」


「ええ」


「選んだのはララリカ国民ですから。間違っている指導者には遠慮なく文句も言いますし、次の選挙で落とします」


 クラウディア様は目を丸くした。


「……信じられませんわ」


 でしょうね〜。

 この国じゃ皇族や貴族にツッコミ入れたら不敬罪候補だ。

 ララリカじゃ大統領が演説で噛んだだけで、翌日の新聞で袋叩きにされる。


 政治形態や文化の違いって面白い。


 ……まあ。

 皇族や帝国貴族へのツッコミは全部、心の中だけにしてます。

 俺、まだ生きていたいですからね。

 目処がついたら、ララリカにも帰りたいしなあ。


 その時だった。

 ゴーレムが再び巨大な拳を振り上げる。


「下がってください!」


 俺はクラウディア様を背中へ庇うものの、彼女は動かない。


「何を仰いますの!」


 澄んだ声が響く。


「貴方を置いて逃げられる訳ありませんわ!わたくしを下がらせたいなら、貴方も一緒に退避なさい!」


 参ったな。

 こういうところ、本当に芯が強い。並の貴族令嬢より肝が据わっている。


 黒太子殿下が惚れる理由も、少しは分かる気するなあ。


 だが……ゴーレムは待ってはくれない。

 巨大な石の拳が轟音とともに振り下ろされる。


「っ!」


 俺はクラウディア様の腰へ腕を回し、そのまま左へ飛び退く。


 ──ドゴォォォォン!!


 拳が石畳へめり込む。

 爆発したように床が砕け、石片が雨のように降り注いだ。

 風圧だけで頬が痛い。


 あっぶねぇ……。

 もう拳じゃなくて隕石クラスだろ、これ。


「お願いです!」


 俺は叫ぶ。


「ここは俺が引き受けますので、逃げてください!」


 だがクラウディア様は首を振った。


「殿下の命令なのでしょう!でしたら尚更です!貴方が命を懸ける必要などありません!わたくしを囮にしてください!貴方だけでも……」


 駄目だ。

 全然引かない。こういう時だけ頑固になるの、勘弁してくれ!


 考えろ!

 何か……。

 何か一言で、この人が逃げてくれる言葉……!


 気付けば俺は叫んでいた。


「俺は!」


 胸の奥から言葉が飛び出す。


「俺は、あなたに生きていてほしいんです!」


「また、いつものように笑っていてほしい!だから守る!俺が必ず守る!だから……お願いです。逃げてください」


 言い切った瞬間、俺の頭の中が真っ白になった。


 ……あ。

 やべえ。


 タメ口入ってた!

 しかも、結構恥ずかしいこと叫んでた!


 これ終わったら不敬罪かな?

 いや、その前にゴーレムに潰される可能性の方が高いか。


 恐る恐るクラウディア様を見る。


 彼女は大きく目を見開き、頬を朱に染めていた。

 言葉が出ない。

 ただ、その蒼い瞳だけが真っ直ぐ俺を見つめている。


 ……あれ。

 怒ってる顔じゃない。

 というか、何で赤くなってるんです?


 だが、その疑問を口にする暇はなかった。


 英雄の石像が、大地を揺らしながら三度目の拳を振り上げた瞬間。


「……はい。分かりました。貴方の意志と責務を尊重し、わたくしは邪魔にならぬよう離れますわ」


 クラウディア様は素直に踵を返し、駆け足で城内へと避難していく。


 最初からそうしてくれればよかったんだが……。

 まあ、理解を示して退いてくれたなら助かる。


 ──ドォォォォン!!


 柱が一本、根元からへし折れ、屋内の天井へ大きな亀裂が走る。


 修繕費ぃぃぃ!!

 もう国家予算案件!!

 財務大臣ブチギレぇぇぇ!!


 俺は飛び散る瓦礫を飛び越えながら、思わず吹いてしまった。

 何がもう、気持ち良いくらい壊してくれるよ。


「おい石像!英雄なら城を壊す前に敵を殴れ!それと、職務内容を確認してから動け!」


 当然、返事はない。


 あーあ。

 石だから当然、ララリカ式のジョークは通じない。

 さっきの暗殺者のほうが、まだ会話できたぞ。

 ラララカンコメディのセンスはないけどね。


「あのう……よろしいかしら?敵に話しかける必要がありまして?」


 声のした方へ振り向くと、少し離れた場所でクラウディア様が呆れ半分の表情を浮かべていた。


 っていうか、まだそこにいたのかよ!

 心の中でツッコミを入れながら、俺は肩をすくめる。


「あります。気分の問題です。ララリカ人なので……楽観的に喋っていないと、心も胃がもちません」


「……本当に変わっていますね」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 ゴーレムが四度、拳を振り上げる。


 その巨体を見上げながら、俺は肩を回した。


 はぁ……。


 暗殺者の次は、英雄像からの無慈悲パンチか。

 この城、イベント発生率がおかしい。


 次は何だ?


 もうここまで来たら、竜が天井を突き破ってきても不思議じゃない。勘弁してくれよ、本当に。


 それでも、俺は口元の笑みだけは崩さない。


「さて英雄さん。今日の残業は、さっさと終わらせて、酒場のおっちゃんに『また生きて帰ったぞ』って報告しに行かせてもらう」


 俺は剣を構え直した。


どうも、近衛騎士のレオンです。


いやぁ……今日も絶賛、生き残り中です。


暗殺者が来るわ、黒い結晶が爆発するわ、お城は襲撃されるわ、英雄像は歩き出すわで、帝城の治安どうなってるんですかね?


俺、近衛騎士になったんですよ?

場内の警備とか、皇族の護衛とか、そういう平和なお仕事を想像してたんです。


誰ですか。

「英雄像を殴って止めてこい」なんて業務内容を追加した人方は?


しかも屋根は壊れるし、庭園はボロボロだし、柱は折れるし……。


宮廷大工さん、本当にごめんなさい。

全部、暗殺者が悪いです。

たぶん請求書も暗殺者ギルド宛てでお願いします。


あと、黒太子殿下。


「敵と遊ぶな」


って言われましたけど、遊んでません。

ちゃんと戦ってました。

少し会話しただけです。

……サービス精神って大事でしょう?


それとクラウディア様。


もう少しだけ、自分の命を大事にしてください。

護衛っていうのは、護る相手が逃げてくれないと本当に胃が痛くなる仕事なんです。


最後に一つだけ。


次の任務くらいは平和でありますように。

暗殺者なし。

ゴーレムなし。

黒い魔道具なし。

恋愛イベントも、できればなし。


俺、普通に酒場で一杯飲んで帰りたいだけなんですよ。


……え?

次も事件が起きる?

そんな気はしてました。


それでは第三話で、またお会いしましょう。

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