第十話 草原の戦場は、実験場となる
戦場となったコルンエーレン村の手前を陣取り、草原を埋め尽くす魔蟻の群れ。
その中を剣を片手に駆け抜けると、ひときわ大きな個体も混じっている2匹に出くわす。
剣牙蟻だ。
魔蟻の戦闘種とされ、鋭く発達した大顎を持ち、群れの護衛を主としている。通常の魔蟻より大型で、動きも素早く戦闘力も並の魔蟻より高い。
──ギチギチギチッ!
不快な顎の音を鳴らしながら、1匹の魔蟻を従え、こちらへ突進してくる。
まるで親分子分みたいだ。
はいはい。今日も景気よくおいでなさったようなので、丁重にお持てなしといきますか。
右から迫る剣牙蟻が、大顎を大きく開いたので、俺は一歩踏み込むと、そのまま身体を沈め、すれ違いざまに剣を振り抜き硬い甲殻を斬り裂く。
剣牙蟻の巨体が、2つに分かれて地面へ転がると、続けて左から魔蟻が飛び掛かってくる。
「次、お前か」
身体を捻り、下から剣を振り上げ、甲殻を斬り裂き、魔蟻を地面へ叩き落とす。
よし!剣の調子は悪くない。腕も鈍っちゃいない。
冒険者時代に魔蟻と何度もやり合っているから、対処の心得はある。
できれば給金のほうも、これくらい景気よく上がってほしいなあと不埒なことを考えていると、横から、とんでもない轟音が響いた。
──ドォォンッ!ベシャ!グシャ!
俺の目の前へ迫っていた魔蟻が、横っ飛びに吹き飛んでいく。
何事かと思って視線を追うと、そこにいたのは、巨大な戦斧を手に魔蟻を薙ぎ払った竜人の戦士。
「おう、レオン!遅刻だぞ!」
「……ガレスか!2人に手間取ってた。遅れてすまん!」
見間違えるはずもない。ガレス・ドラグーンだった。
「無事だったか!ってガレスは丈夫だけが取り柄だから心配するまでもないか」
「まあな!お前も怪我はなさそうだな」
「見ての通りだ!」
ガレスが豪快に笑いながら、自分の身体を叩く。
「今のところは、ご覧の通りピンピンしてるぜ!」
「そいつは何よりだ」
互いの無事を確認する。
それだけで十分だった。
昔から一緒に戦ってきた仲だ。いちいち無事を確かめ合うような間柄でもない。
目が合えば、相手がまだ戦えるかどうかくらい分かる。
何しろ目の前には、まだ山ほど魔蟻がいる。
しかも、その中には剣牙蟻まで混じっている。
「レオン、右を頼めるか?俺は左を潰す」
「了解!右は任せてくれ!」
戦場での意思疎通は、それだけで充分だった。
俺たちは同時に駆け出し、左右から一斉に押し寄せてくる魔蟻の群れに、互いに背中を預けるようにして斬り込んだ。
俺は正面から突っ込んできた魔蟻の顎を剣で受け流し、その首元へ刃を滑らせた。
まず1匹目。
さらに横から迫る剣牙蟻へ踏み込み、脚を斬り落とし、体勢を崩したところへ、渾身の一撃を放つ。
上半身と下半身が泣き別れになった身体を踏み越えて、更なる魔蟻に剣を放つ。
そのすぐ横では、ガレスの戦斧が唸る。
「オラァッ!」
オラアッ!という掛け声と同時に、剣牙蟻が戦斧の重さで潰されていく。
「おい、ガレス!斬る気あるのか!?」
「あるに決まってんだろ!」
「どう見ても叩き潰してるぞ!」
「細けぇこと気にすんな!」
戦斧が再び振り下ろされる。
──ドォン!!
今度は剣牙蟻の頭部が砕け散った。
「ほら、ちゃんと倒した!」
「うわぁ……引くわぁ」
「倒せりゃいいだろ?皆が喜びハッピースマイルだ!」
「……潰れた蟻んちょで、ハッピースマイルはないんじゃないの?」
俺は明らかに引き笑いをしながら、向き直ったその瞬間、ガレスの戦斧が俺の頭上を通り過ぎた。
同時に俺の背後から迫っていた魔蟻が吹き飛ぶ。
「助かった!」
「礼は一杯奢りでいいぞ」
「クラウディア様から酒場へ行くことを承認して貰えば、二杯でも三杯でも奢ってやるよ」
思うんだけど一杯奢りっていうのは、挨拶みたいなものだけど、近衛兵になってからは、使わない言葉になったよなあ。
冒険者の頃なんて、助けてもらったら一杯。
依頼を達成したら一杯。
生還したら一杯。
再会したら一杯。
何もなくても、とりあえず一杯。
酒は、仲間や友人との絆や友情を深めるための潤滑油の1つだ。
ところが、今の俺はその一杯を飲むのに『黒ビール申請書』が必要な勢いだもんなあ。
その『黒ビール申請書』は、ことごとく全て却下されてるけどね!
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魔蟻の群勢との衝突から1時間。
ようやく群れの数も減りつつあった。
だが、村の入口にはまだ最後の一団が残っている。
それは崩れるどころか、太い一列縦隊を組み、こちらへ向かって一斉に進軍を始めた。
人間の兵士なら、味方の数も減り、劣勢になれば士気も下がる。
目の前で仲間が倒れれば、足は恐怖ですくみ、隊列や部隊にも波及し崩れるのだ。
だが、魔蟻には、その概念がない。
仲間が何匹、何十匹と倒れようが、潰されようが、進む速度を変えない。おまけに乱れもない。怯みもない。
ただ、目的を遂行するための生体本能に突き動かされるように、同じ速度で前へ進み続けるのだ。
1匹1匹が個々の自我はあるはずなのに、その動きには揺るぎがない。
まるで、群れそのものが1つの生命体であり、そこに1つの意志が宿っているかのようだった。
残った魔蟻の黒い波は、なって村の入口から押し寄せてくる。
……普通なら、ここで逃げるところなんだけどな。
俺は剣を握り直す。
こいつらには「逃げる」という選択肢そのものがないらしい。
『マァム!怖いよぉ!』とか叫んで逃げてくれる蟻んちょなら、どれだけ助かるかと思ったけど、実際にそんな蟻んちょがいたら、それはそれでびっくり生物か。
残った魔蟻の黒い群は、玉砕とも言える様相で、押し寄せてくる。
「レオン様!」
背後から声が飛んできた。
振り返ると、ミレーヌが魔導杖を抱えたまま駆け寄ってくる。
「そろそろ縦列の左側面に向かいます!」
「わかった、よろしくたの……くれぐれも派手で大きい魔法は撃たないでね。いい?あくまで魔法を単発で放って嫌がらせをする感じだからね」
「はい!ところで蟻さんの縦列も過密になってきましたね」
ミレーヌが指差す方向を見る。
最初は横幅いっぱいに広がっていた魔蟻の群れも、数が減ったことで隊列が細くなっている。
だが、その分だけ密度が高くなり、村の入口から伸びる道へ、残った魔蟻が太い一本の列となって押し寄せている。
「今なら魔法を撃てば、隊列を分断もしくは殲滅できる好機かと!」
「なるほどな」
左側面から横一列に並んだ魔蟻の群れを魔法攻撃で巻き込み、後列を削いでいく訳だ。
「左側面から攻撃により、後列は中央と前列の群に押し込めれば、縦列は解消されるかもしれません」
俺は群れを見る。確かに、今の魔蟻は村の入口からほぼ一直線にこちらへ向かっている。
左側から魔法を叩き込めば、隊列は崩れて圧縮できる。
そこを正面から俺たちが叩けば、確実に殲滅できる!
「一気に魔蟻を殲滅できるかもしれないね」
「はい!」
ミレーヌが嬉しそうに頷く。
「という訳で、行ってきます!」
「えっ、待って!?一人で行く気か?」
「もちろんです!」
即答だった。
お風呂に行くみたいにサラッと言うなや……そこは少しくらい考えろよ。
「なら俺が……」と言いかけた時……。
「俺が護衛する」
俺の言葉を遮ったのは、隣にいたガレスだった。
巨大な戦斧を肩へ担ぎ、ミレーヌを見る。
「ミレーヌ様、左側面まで行くならお供しますぜ」
「わあ、助かります!」
「あの数を相手に魔法を撃つなら、護衛が1人いたほうがいいでしょう。万が一、群が迫っても指一本触れさせやしません」
ミレーヌの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
「礼なんていいですぜ。それより、俺の近くから離れないで下さいよ」
「分かりました!」
「あと、俺を魔法の射程に入れないで下さいよ」
「……なるべく善処しますね」
「……」
「多分、大丈夫です」
ガレスの眉が跳ね上がった。
「そこは『大丈夫です』とか『巻き込みません』じゃないのかなあ?」
「魔法というのは、時に術式の組み込み方によって、予想外の挙動をするんですよね」
「予想外の挙動?」
「はい、射程か術式の定義を超えるとかあ、威力が魔力定義を超えるとかあ♪」
ミレーヌはにこりと笑った。
「ほら、私って魔力が人より並外れて高いから、何が起きるかわからないというか♪」
「…………」
ガレスの笑顔が消えた。
「レオン……今から護衛を交代しないか?」
ぷぷぷ……思わず吹き出しそうになる。
「行く気満々じゃん、ガレス。男気をみせろよ!俺もガレスが行ってくれるから、安心して正面の群を相手に出来るなあ♫」
「お前、覚えてろよ……」
黒歴史を暴露された仕返しじゃないけど、ガレス、お前も俺の苦労を身をもって知るが良い。
「じゃあ、左は任せる」
「ああ!」
ガレスが戦斧を構える。
「行きますぜ!ミレーヌ様」
「はい!よろしくお願いします」
2人が群の左側面へ駆けていく。
ミレーヌは走りながら、魔蟻の隊列を観察し始めた。おそらく攻撃箇所を見定めているんだろう。
その隣を、ガレスが戦斧を構えたまま走る。
武勇に優れた竜人が前に立てば、ミレーヌへ向かってくる魔蟻も、そう簡単に寄せ付けないだろう。
冒険者時代から本当に頼りになる仲間だ。大船に乗った気持ちで任せられる。
……まず、その大船が魔法で吹き飛ばされないことを心から祈ろう。
俺は苦笑しながら、正面へ視線を戻した。
魔蟻の群れは、こちらの動きを察知するだろうか?
左側面へ向かったミレーヌたちへ、何匹かが反応するかと思った。
「……ん?」
左へ向かったミレーヌたちを追う気配はない。
あくまで、村の入口からこちらへ続く一本の道を軸に、兵士や冒険者の隊列に迫ってきている。
左右の魔蟻が何匹倒れても、後続がその隙間を埋める。
まるで最初から、そこへ向かうことだけを命じられているかのように。
やっぱり、おかしい。
俺は剣を構えたまま、村の入口を見る。
魔蟻たちは、人間を追っている……というより、村に近づく者の撃退を主としているように思える。
本来なら村に執着せず、もっと散開して殺戮本能のまま襲い掛かってきてもおかしくない。
なのに、あいつらは、村から離れないどころか、あの入口を起点にして活動している……一体、何があるのだろう。
「レオン殿!」
考えを巡らせていると、前方からヴァルガー隊長の声が飛んできた。
「部隊中央に向けて魔蟻が多数、接近しています!」
視線を中央へ向ける。
確かに、村の入口から伸びる隊列が、こちらの中央へ向かって押し寄せてきている。
だが……慌てる必要はない。
「承知しました。現在、宮廷魔法士が部隊の左翼を旋回し魔蟻の右側面から攻撃を加えます」
俺は前方を見据えたまま続ける。
「我々はその間、戦線の維持に徹しましょう。魔蟻を深く追わず、中央を抜かせないことを優先してください」
「では、しばし防御戦に徹します」
「お手数を掛けますが、そのように指示願います」
「承知しました!」
ヴァルガー隊長が力強く応じると、すぐさま周囲の兵士へ指示を飛ばし始めた。
「前衛、間隔を維持しろ!突出するな!」
「後衛は魔法士の移動を妨げるな!」
「中央を抜かせるな!」
「ここが俺たちの踏ん張りどころだ!」
「野郎ども!根性みせろや!」
兵士と冒険者たちが、気合いを胸に一斉に動く。
俺も剣を握り直した。
よし。
あとはミレーヌたちが側面へ回り込むまで、ここを持たせればいい。
「来たぞぉ!魔蟻を蹴散らすぞ!」
「人類舐めんなよ!」
「今日は素材祭りだぁ!」
前衛の冒険者たちが、次々と声を張り上げる。
……嫌味ではなく、本当にすごいメンタルの持ち主だと思うよ。
あれだけの数の魔蟻を前にして、恐怖より先に気合いと素材のことしか考えていないんだから。
しかも、その気合いにあてられたのか、周囲の兵士たちまで妙に動きが鋭くなっている。
剣の踏み込みは深くなり、盾を構える腕には力がこもり、魔蟻を叩き潰す勢いも明らかに増していた。
……なんというか……この人たち正直、ちょっと怖い。
出現時は苦戦していたはずの魔蟻を、兵士たちがまるで日頃の鬱憤でも晴らすように次々と打ち倒している。
頼りになることに間違いはないけど、下手すると近衛兵より勇猛なんじゃないか!?
まあ、これならミレーヌの魔法が到着するまで、十分に戦線を維持できそうだ。
「押し返せ!」
「1匹も抜かせるな!」
「素材を傷めるなよ!」
「お前、気にするところはそこか!?」
怒号と歓声が入り乱れる。
殺到する魔蟻に一歩も引かず、前衛部隊は徹底的に斬り伏せていく。
俺もその列に混ざり、迫り来る魔蟻へ剣を振るった。
身体を捻り、横薙ぎに払い1匹目を倒して、間髪入れずに踏み込み、2匹目頭部へ刃を叩き込む。
硬い甲殻を斬り裂いた瞬間、腕に衝撃が走ったが、それでも止めず、右から来た3匹目を斬り、続けて左の4匹目を突く。
背後から迫った5匹目は、隣の兵士が盾で受け止め、その隙に俺が首元へ刃を滑り込ませた。
「助かりました!」
「こちらこそ!どういたしまして!」
短い言葉を交わし、すぐに次の敵へ向き直る。
魔蟻は次から次へと押し寄せてくる。
倒しても、倒しても、終わりが見えない。
だが、前衛部隊は一歩も退かない。
俺も剣を握り直し、再び迫り来る黒い群れへ斬り込んでいく。
終わりの見えない斬撃の中で、俺はひたすら魔蟻を斬り伏せ続けるのだった。
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ガレスを伴いながら、前衛部隊の左側面へ回り込んだミレーヌは、そのまま魔蟻の右側面へと到着した。
ここまで来る間、魔蟻が1匹もこちらへ向かってくることはなかった。
「蟻んちょは一匹も来ませんでしたね」
ガレスが、少し拍子抜けしたように前方を見る。
「前衛さん達が奮闘してくれているお陰ですね」
その声には、兵士たちへの素直な感謝が滲んでいた。
ガレスは戦斧を構えたまま、魔蟻の群れを睨む。
「だが、油断は禁物ですぜ」
「はい」
「魔法を発動した後、蟻どもがこっちに意識を向ける可能性があります」
ガレスは周囲を確認しながら続けた。
「魔法を撃たれたことで、何かに反応して一斉に殺到してくるかもしれねぇ。そうなったら、俺がここで足止めします」
戦斧を握る手に力がこもる。
「ミレーヌ様は、全力で逃げてください」
「そんな訳にまいりません!」
即答だった。
「ミレーヌ様」
「貴方を1人置いていく訳には参りません!」
ミレーヌは真っ直ぐにガレスを見つめている。
そのつぶらな瞳には、冗談も迷いもなかった。
ガレスは、しばし黙ってミレーヌを見つめ返した。
マルチーズを人の姿にしたような、純粋さの溢れる美少女。
ふわりと膨らみのあるクリーム色の艶髪。
柔らかな雰囲気と健気さが同居した、整った顔立ち。
ぱっと見ただけなら、とても戦場に立つような娘には見えない。
むしろ、少し強い風が吹けば、そのまま飛ばされてしまいそうなほど可憐だ。
だが、その瞳だけは、少しも揺れていなかった。
……本気で心配してくれているのか?
ガレスは、ほんの少し目を細めた。
この健気な伯爵令嬢は、見た目とは裏腹に度胸が据わっている。
普通なら、あれだけの数の魔蟻を前にすれば、後方へ退きたくなるものだ。
ましてや、自分を守ろうとしている男が逃げろと言えば、なおさらだ。
それでもミレーヌは、一歩も退かない。
自分の身を案じながらも、ガレスを1人にはしないと真っ直ぐに言い切った。
……大した嬢ちゃんだな
ガレスは、口元をわずかに緩めた。
もっとも、この直後に彼女が戦場を「魔法の研究に絶好の環境」と考えていたことを知るまでは、素直に感心していたのだが……。
「それに……」
ミレーヌが、ぽつりと付け加えた。
「それに?」
ガレスが首を傾げる。
ミレーヌは少しだけ考えるように視線を泳がせ……。
やがて、ぱっと顔を輝かせた。
「こんなに魔法を撃ちまくれる機会なんて、滅多にないのですよ!」
「…………」
「魔法の研究を志す身として、これほど素晴らしい環境はありません!」
杖を握る手に、ぐっと力が入る。
「魔力を気にせず!」
一歩前へ。
「広範囲の術式を試せて!」
さらに一歩。
「しかも、撃ち放題!」
最後には、完全に目が輝いていた。
「こんな機会を今、逃したら……後悔しますよ!」
「…………」
ガレスは無言でミレーヌを見る。
つぶらな瞳と満面の笑顔。
やる気に満ちた表情。
そして、目の前に広がる大量の魔蟻に興奮し、吐く息もはあはあと荒くなっている。
「……本音はそこかぁ!」
思わずガレスが叫んだ。
「はい♪」
「さっきまでの健気なやり取りは何だったんだよ!」
「もちろん本心ですよ?」
「どっちが!?」
「両方です♪」
「両方なのかよ!」
ミレーヌは楽しそうに笑った。
いや、もはや歓喜していると言った方が正しいかも知れない。
「ガレスさん、私を守ってくださいね?」
「おう……」
ガレスは戦斧を握り直す。
「守る。守るけどよぉ……」
目の前の魔蟻の群れを見る。
数える気にもならない。
「俺、ミレーヌ様の護衛っていうより、魔法の実験場の管理人になる気がしてきたぞ」
「大丈夫です!」
「何がだ?」
「ちゃんと狙いますし、草原を延焼させることも多分しませんから♪」
「最後の多分っていう一言がきになるんだけど!」
ガレスの叫び声が、草原に響き渡ると、魔力の奔流が、戦場を震わせた。
魔蟻の縦列の右側面。
ミレーヌが杖を地面へ突き立てている。
その足元には、幾重にも重なった巨大な魔法陣が展開されていた。
最も外側にあるのは、風属性を示す細かな術式。
その内側には火属性。
さらに中心には、魔力を圧縮するための複雑な術式が幾重にも刻まれている。
魔法陣の円周を走る古エルフ文字が、ひとつ、またひとつと光り始めた。
青白い光。
赤い光。
それぞれの術式が独立して輝きながら、中央へ向かって魔力を流し込んでいく。
「……始まったな」
ガレスが戦斧を構え直す。
「……詠唱中に話しかけていいの?」
ガレスが恐る恐る尋ねる。
ミレーヌは、きょとんと首を傾げた。
「大丈夫ですよ?」
「そういう問題なのか?」
「はい。術式の構築はもう終わっていますから」
「じゃあ、今やってる詠唱は?」
「最終調整です」
「最終調整?」
ガレスの顔が引きつった。
「つまり、まだ完成してねぇってことじゃないですかい?」
「えへへ。そうなりますねえ♪」
「ええっ!?」
ミレーヌは不思議そうに瞬きをする。
「でも、ちゃんと狙いは定まっていますよ?」
「俺が聞きたいのはそこじゃねえんですがね!?」
ガレスは複雑に輻輳する魔法陣を見つめる。
術式による奔流が、外周から中心へ流れ込む魔力。
風と火、2つの属性が干渉しながら、さらに中央で圧縮されている。
「ミレーヌ様……これ、普通の魔法じゃないような?気のせいですかい?」
「普通ですよ?」
「その返事がもう怖ぇんだよ!」
「えへへ♪」
ミレーヌは小さく微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間、空気が変わり、さっきまでの柔らかな雰囲気が消える。
杖を握る手に力がこもると、魔法陣の光が一斉に強くなった。
「──風よ、古き森の息吹を纏いて《ヴァル・エルディア・シルファ》」
澄み切った声が戦場に響く。
ガレスの眉が上がった。
「……お?」
古エルフ語。
戦士のガレスには、意味は分からない。
だが、言葉の響きだけで、何かとんでもない術式が始まったことだけは容易に分かる。
周囲の空気が一斉に動き出す。
草原を撫でていた風が、ミレーヌを中心に渦を巻き始めた。
草が伏せる。
砂埃が舞う。
髪とスカートの裾が大きくはためく。
「──炎よ、深き炉心より目覚めよ《フレイ・アルカディス》」
赤い光が魔法陣の中心へ吸い込まれる。
──ボッ!
ミレーヌの杖先に、直径は拳ほどの小さな火球が生まれた。
だが、その周囲だけ空気が歪んでいる。
「……あの、ミレーヌ様」
ガレスが一歩だけ後ずさった。
「なんで、あんなに小せぇんですかい?」
「圧縮しています」
「圧縮?」
「はい♪」
ミレーヌは嬉しそうに答える。
「火炎を圧縮して、さらに風圧で燃焼範囲を制御します」
「…………」
「その後、着弾時に一気に解放するんです」
「……ミレーヌ様」
「はい?」
「それ、聞いてる限り、小さくなってるんじゃなて……」
ガレスが魔法陣を見る。
「小さくしてから、デカくする魔法では?」
「はい♪」
「『はい♪』じゃねぇよ!」
ガレスが恐怖に引き攣りながら突っ込みを入れるも、ミレーヌは詠唱を止めない。
火球の色が変わっていく。
赤から橙へ。
橙から白へ。
そして中心だけが、青白く輝き始めた。
「熱束ね、風絡め、万象を一つの矢と成さん」
「……」
ガレスが無言になる。
「──古き炎よ」
炎がさらに小さくなる。
「──古き風よ」
ミレーヌの周囲で風が唸る。
「──我が魔力を器として」
魔法陣の光が一段階、強くなる。
「──彼方を穿つ一撃となれ」
ガレスの顔が恐怖に強張る。
「ちょっと待て」
「──火と風、その二つの理を重ね」
「待て待て!」
「──一点へ収束せよ」
「ミレーヌ様……」
「──そしてここに解放する」
「詠唱長っ!そして嫌な予感しかしねえ!」
「えっ?古代術式ですから。威力は折り紙つきですよ」
「いやいや、威力とか聞いてないから!」
目を開くミレーヌ。
その瞳は、きらきらと輝いていた。
「本当に大丈夫なんですよねえ!?」
「もちろんです」
「さっき『予想外の挙動もある』って言ってなかったか?」
「それはそれです♪」
ミレーヌは、にこりと笑った。
そして、何事もなかったかのように杖を魔蟻の群れへ向ける。
「では、いきますね♡」
「ちょ、待っっっ!」
ガレスが止めるより早く、ミレーヌの足元に展開されていた巨大な魔法陣が、一斉に輝きを増した。
風が渦巻く。
炎が揺らめく。
圧縮された魔力が、杖の先へと収束していく。
「──炎風穿撃」
次の瞬間、魔法陣の中心で、圧縮された炎が青白く輝いた。 直径は、ほんの数十センチ。
だが、その小ささがかえって不気味だった。
それは、炎が小さいのではなく、極限まで高密度に圧縮されているのだ。
青白い光が一瞬だけ瞬いた後、轟音とともに、炎の塊が一直線に地面すれすれを這うように弾け飛んだ。
まるで巨大な槍そのものが飛んでいくかのように、圧縮された炎と風が一つの奔流となって魔蟻の群れへ突き進む。
通過した地面は抉れ、草が一瞬で焼け落ちる。
砂埃が爆風に巻き上げられ、巨大な土煙の壁となって後方へ吹き飛んでいく。
「ギィィィィッ!?」
先頭の魔蟻が、炎風の奔流に触れた次の瞬間。
黒い甲殻が、粉々に砕け散った。
爆発ではない。
風圧と熱圧、その両方が一気に叩き込まれた結果だった。
数える暇もなく、一直線に進んだ炎風が、魔蟻の群れをまとめて薙ぎ払っていく。
黒い甲殻が宙を舞い、脚が千切れ、身体が弾き飛ばされ、地面を転がる。
──ドゴォォォォォン!!
炎風が地面へ衝突して、爆発的に膨張した熱風が左右へ広がる。
炎の壁が大地を舐めるように走り、密集していた魔蟻たちを次々と飲み込んでいく。
「ギギィィィッ!」
「ギィッ!ギィィィ!」
悲鳴が重なる。
だが、それすらも爆風に掻き消された。
黒い群れが、まるで巨大な何かに横薙ぎにされたように吹き飛んでいく。
だか、そこで終わらなかった。
ミレーヌは、トドメの詠唱を口にして杖を僅かに振る。
「風巻き上げ、炎焼き切り、滅せよ」
すると、残った風の魔力が炎を包み込むと炎が渦を巻き、熱風がさらに加速する。
燃え上がった炎は、魔蟻の群れを覆うように巻き込んでいき、密集していた魔蟻たちは逃げることすら適わない。
巨大に豪炎の嵐……いや、柱という表現が正しいのか。
次々と魔蟻たちは巻き上げられ、宙を舞い、甲殻が砕け、灼熱の炎に身を包む。
群れの大半が、一瞬にして戦場から消し飛んでいった。
轟音が止む。
怒涛の如き風も止む。
灼熱の炎も、何事もなかったかのように消え失せた。
あとに残ったのは、焼け焦げた大地と、深く抉られた地面。
そして、切り裂かれ、焼け焦げ、炭化した魔蟻の身体の一部が、雨のように降り注ぎ、緑の大地を黒く埋め尽くしていく。
先ほどまで、数え切れないほど存在していた魔蟻の群れ。
そのほとんどが、無惨な骸と化していた。
難を逃れ動ける魔蟻は、ほんの僅かしか残っていない。
誰も、声を出さなかった。
兵士も。
冒険者も。
レオンも。
そして、すぐ側で見ていたガレスも。
ただ呆然と、目の前に広がる光景を見つめている。
つい先ほどまで、黒い甲殻の群れが埋め尽くしていた緑の大地。
そこには今、焼け焦げた地面と、砕け散った魔蟻の残骸だけが残されていた。
あまりにも一方的で、戦闘というより蹂躙という名の皆殺し。
それ以外に、この光景を表す言葉が思いつかない。
そんな戦場の中で、ただ一人、公爵令嬢のクラウディアだけは、傷ついた兵士に治療を施しながら驚く様子もなく、立ち上る豪炎の竜巻を見つめていた。
そして、静かに頷く。
「さすがですわ、ミリー」
その口元には、穏やかな微笑みが浮かんでいる。
まるで、侍女であるミレーヌが本領を発揮したことを、心から喜んでいるようだった。
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ちょっと……あれだけ『くれぐれも派手で大・き・い・魔・法・は・撃・た・な・い・でね』と念を押したはずなのに……魔蟻に嫌がらせをするはずが、ジェノサイドにシフトしちゃってるよ……。
ミレーヌの『蟻さん達の生殺与奪は、私の手の中です♪』という強い意志しか感じない。
俺は目の前で立ち昇る炎の竜巻を見て、開いた口が塞がらなかった。
無論、俺だけではない。
ヴァルガー隊長も。
兵士も。
冒険者も。
避難したコルンエーレン村の人たちも。
全員が、言葉を失っていた。
隣で見ていたガレスなんて絶対、腰抜かしているだろうなあ。
緑だった草原は焼け焦げ、地面は深く抉られ、黒い甲殻の欠片が雨の様に降ってきて、そこら中に散らばるという、嫌な特典付きだ。
さっきまで、あれほど大量にいた魔蟻が殆どいない。
いや……正確にはいる。
だが、生きている個体はほんの僅かだ。
残った魔蟻たちも、何が起きたのか理解できていないのか、ふらつきながら炎の消えた大地を這っている。
俺は遠い目をした。
これ、嫌がらせじゃなくて駆除だよね。しかも害虫駆除をエスカレートした奴だ。
業者さんに依頼したら、絶対に追加料金を取られる規模じゃん!
いや……業者さんなら緑地を燃やしたり、地面を抉るようなことはしないよね。
普通はもっとこう……周囲への被害を抑えて、巣だけを処理するだけで草原ごと更地にはしないよね!?
帝国の宮廷魔法士は、こんなのばっか雇ってるの?
人事担当は大丈夫?
採用基準はちゃんとしてます?
それとも貴族のコネで、性格や倫理性は度外視なんでしょうか?
「魔力はありますか?」
「はい♪」
「威力はどうですか?」
「焼け野原にできます♪」
「採用!」
そんなノリじゃねえだろうな!?
俺は改めて、焼け焦げた大地を見回した。
先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように、戦場には妙な静けさが戻り始めていた。
だが……。
静かになった理由を考えると、ミレーヌという、生きた軍事兵器によるものだから、全然平和じゃない!
母国ララリカなら政府が喜んで即採用しそうだ。
「レオン様!」
緑地を焼け野原にして、蟻の集団を無慈悲に焼き払った功労者が無垢な笑顔を向けてやって来た。
「綺麗に当たりましたね♪」
ミレーヌは嬉しそうに杖を下ろしていた。
頬には達成感。
瞳には輝き。
口元には満面の笑み。
悪魔の所業を達成した後の顔だ。
後からついてくるガレスは……あっ、なんか、やつれてる。
「新しい古代魔法の実験は大成功しました♪」
実験は大成功しましたじゃねえよ!本当にグリューナー・ヴィント草原を実験場にしやがって!
天災級の古代魔法をぶっ放すんじゃねえよ!
何だよ、あの威力は!
危うく、俺たちまで実験対象になるところだったじゃねえか!気が付いたら死んでました、なんて洒落になんねえよ!
突っ込みを百連発は入れたい。いや、百発じゃ足りない。
だが、ここはグッと堪える。
下手に刺激して、第ニ波が飛んでくるとも限らない。
それだけは絶対に避けたい。命のためにも。
ならば、ここは1つ「理解あるお兄さん」をスピーディに演出。
「うん!さすがミレーヌ、凄かったなあ」
俺は満面の笑みを浮かべる。
内心は、まったく笑ってないけどね!
「見てみなよ。兵士も冒険者たちも、もう掃討戦に入ってるよ」
「お役に立てました?」
「もちろん!」
即答する。
ここで迷ってはいけない。
褒める、まず褒める。
そして、さりげなく釘を刺す。
「でも、次からは、魔法を撃たなくて良いからね。」
笑顔。しかも飛び切りの笑顔だ。
師匠のレオ・ハワードのお墨付きまで貰っているララリカンスマイル。
完璧だ、これ以上ないくらい、優しいお兄さんを演じ切っているぞ!
「わかりました!ありがとうございます♪」
ミレーヌも俺のララリカンスマイルを見てか、嬉しそうに笑った。
……でも、こちらの意図は、すご〜く伝わっていない気がするんだけど、一応、理解はしてくれたよな?
たぶん……いや……頼むからそうであって欲しい!
下手に刺激せず、褒めながら制御する。
俺に出来ることは、それしかない!
それが一番いい。
確かに、魔蟻に壊滅的な打撃を与えたのは、ミレーヌの魔法。そこについては、素直に感謝している。
俺たちが戦っていた魔蟻の大群を、あの一撃でほとんど消し飛ばしたのだから。
問題は威力が、人智を越えすぎて、規格外だっただけだ。
魔蟻の残党も兵士と冒険者たちによって瞬時に殲滅され、生きた魔蟻の姿はどこにもなくなった。
やがて、戦場に静寂が戻る。
「ミリー!」
クラウディア様が勢いよく駆け寄り、ミレーヌの両手をぎゅっと握りしめた。
「無事で良かったですわ!」
「ご心配をお掛けしました。ガレス様もご一緒でしたので、襲われる心配もありませんでした」
「そうでしたか」
クラウディア様は、ミレーヌの無事を確認するように、その姿を改めて見つめると、少し離れた場所に立っていたガレスへ視線を向けた。
「ガレス殿、わたくの大切なミリーを守っていただき、ありがとうございました」
「いやいや、礼なんていりませんぜ」
ガレスが豪快に笑う。
「俺はただ、嬢ちゃんの近くにいただけですから」
「それでもですわ。ミレーヌを任せられる方がいて下さって、とても心強かったですもの」
「そう言って頂けると、俺も護衛した甲斐があるってもんでさあ」
ガレスは照れ臭そうに頭を掻いた。
「……まあ、守るどころか、途中から俺は立会人だった気もしますがね」
「まあ?」
クラウディア様が首を傾げる。
「ミレーヌ様の魔法、側で見ていて命の危険……いいえ、天災が起きたかと思うくらい、凄かったですからな」
「ええ。わたくしも見ておりましたわ」
クラウディア様は嬉しそうに微笑んだ。
「本当に素晴らしかったですわ、ミリー。貴方は本当に優秀な魔法士ですわ!」
「ありがとうございます!クラウディア様♪」
……ガレス。
お前、今しがた『命の危険を感じた』と言いかけて、さり気なく訂正したよな?
……そして、この2人。
完全に褒める側と褒められる側が出来上がってるし、完全に意気投合してるよな。
クラウディア様もミレーヌのことは、放置プレイ!
俺だけだよ……さっきから『次は撃たなくていいからね』って必死に言い聞かせてたの。
理解あるお兄さんを演じるのは、大変だなぁ……。
ついさっきまで、草原を焼き払い、魔蟻の大群を、壊滅させるほどの古代魔法がぶっ放したとは思えない。
まるで、仲の良い主従というより、姉妹が久しぶりに会ったみたいな光景だ。
……まあ。
実際、2人の仲はとても良い。そこだけなら、微笑ましい光景だ。
ただし、決して微笑んではいけない。
なぜなら、この仲良しコンビが揃うと、被害規模まで仲良く跳ね上がる。
恐怖と戦慄の大合奏。
脅威も2倍。
いや、現場で体感すると10倍は軽くいくね!
……誰だ、こんな迷惑な仲良しコンビを誕生させた奴は?クレームを言ってやりたい!
その事実を、俺とガレスは身をもって学んだ。
「レオン……お前、結構大変な仕事しているんだな。さすがに同情するぜ」
ガレスが、遠い目をしながら呟いた。
「分かってくれるか……親友よ」
俺は固く頷いた。
今日ほど、こいつの存在をありがたいと思ったことはない。
そう、俺たちは今、同じ結論に達している。
クラウディア様とミレーヌ。
この2人を一緒に行動させてはいけない!
仲が姉妹のように良すぎる。
そして、仲が良さに比例して被害まで仲良く増やす。
「ふふっ」
その時、クラウディア様が嬉しそうに笑った。
「ミリー、本当に素晴らしい魔法でしたわ。他にもあれば見せてくださいまし」
ミレーヌも嬉しそうに微笑む。
「喜んで!実は開発している古代魔法もありまして、機会があれば!この魔法も感動していただけること間違いございません!」
「ミレーヌ」
俺は反射的に口を挟んだ。
「次は撃つ機会はないかなあ」
「ええ!?」
「ありません」
「……少しだけでも?」
「ありません」
「残念です♪」
残念じゃねえよ!
今回は草原だったから、まだ良かったけど、町中や集落でぶっ放されたら、天災級から人災級もんだっううの!
俺は更に言いかけようとした、その時だった。
──ズン。
「……ん?」
足元が、わずかに揺れた。
気のせいかな?
──ズン……。
今度は、はっきりと分かった。
地面が揺れている。
「……何だ?」
ガレスが眉をひそめる。
囲の兵士や冒険者たちも、一斉に動きを止め、誰も喋らずに、自分たちや周囲の足元を見つめている。
──ズン。
──ズズン。
揺れが、少しずつ小刻みに大きくなる。
「地震……?」
誰かが呟いた。
違う。俺は、直感的にそう思った。
これは地震じゃない。
何かが、下から来ている。
「全員、下がれ!」
俺が叫んだ瞬間。
──ドゴォォォォォンッ!!
大地が勢いよく爆発したように盛り上がった。
「なっ!?」
土砂と石が一気に吹き飛び降り注ぐ。
草原の地面が大きく裂け、地中から巨大な影がせり上がってくる。
土を押し退け、岩盤を砕き、大地そのものを突き破って、それは姿を現した。
巨大な甲殻。
異様に太い六本の脚。
岩すら砕くほど巨大な顎。
全身を覆う黒褐色の外殻には、幾重にも傷跡が刻まれている。
魔蟻などとは、明らかに格が違う。
その巨体が地上へ這い出すだけで、周囲の地面が震えた。
「……おい、もしかして、あれって?」
誰かが呟く。
巨大な顎と異常な突進力を持ち、地下から地上へ飛び出して敵陣を粉砕する個体。
「……おいでなすったか」
ガレスの声が震える。
巨大な魔蟻が、ゆっくりと頭を持ち上げると、赤い複眼が俺たちを捉える。
そして、大地を震わせる咆哮が、グリューナー・ヴィント平原に轟いた。
「破城蟻……!」
ミレーヌの天災級の魔法に目を奪われ忘れていたが、討伐のメインはこっちだったんだよね。
一難去ってまた一難とは、よく言ったものだ。
俺たちの本当の戦いは、終盤へと一気に向かっていた。
どうも、レオン・クラウスです。
第10話は、魔蟻の大群との戦いでした。
久しぶりに冒険者時代の仲間、ガレスと肩を並べて戦えたのは嬉しかったですね。
……まあ、その直後にミレーヌが古代魔法をぶっ放して、草原ごと吹き飛ばしかけましたけど。
俺とガレスは「もう二度とミレーヌ様の護衛はしたくない」と仲良く、心の中で誓うのですが、決して逃れられない運命を感じざるを得ません。
……たぶん。
そして最後には、地中から破城蟻まで登場。
魔蟻を倒したから終わりだと思ったのですが、肝心のこいつをすっかり記憶の彼方へ追いやっていました。
本番はこれからです。
次回、俺たちはあのデカブツを相手にすることになります。
……誰か、胃薬をください。




