第九話 近衛兵、平原で振り回される
帝都を出てから1時間半。
日も少し傾き始めた頃、俺たちは馬車に揺られながら、東のグリューナー・ヴィント平原の農村地帯に差し掛かっていた。
馬車は4台。
荷車には武装した冒険者たちが同乗している。
どこまでも続く草原。
風に揺れる緑の草。
遠くに見える低い丘。
雲一つない空。
ついさっきまで、帝都の冒険者ギルドで警鐘が鳴り響いていたとは思えないほど、長閑な景色だった。
……もっとも。この先に魔物が農村を占拠してるんだよな。
そう考えると、景色そのものが妙に不気味に見えてくるのが不思議でならない。
だか、こちらの気持ちとは、ま〜ったくと言ってよ良いくらい正反対に、荷車の最後尾から見える景色を楽しむクラウディア様とミレーヌ。
「まあ……!」
クラウディア様の声が弾む。
「見てくださいミリー。あちらの丘、緑が映えて、とても綺麗ですわ」
「本当ですね!」
ミレーヌも嬉しそうに身を乗り出す。
「こんな広い草原、帝都ではなかなか見られませんからね」
「ええ。風も気持ちいいですわ」
2人とも、完全に遠足じゃん。
俺たち、魔物討伐に向かってるんだけどね……。
しかも相手は、村を一つ占拠してる魔蟻だ。
もう少しこう……戦場へ向かう人間らしい緊張感とか、ないんですかね?
俺は隣から、ちらりと2人を見る。
クラウディア様は侯爵令嬢で17歳。
ミレーヌは宮廷魔法士で16歳。
平民の娘なら遊びたい盛りの年頃だ。
冒険者だって初級から中級にかけては、この年齢層が多い。
なのに2人とも普段は、広大な帝城の中で朝から晩まで暮らし、仕事や公務で外へ出ることはあっても、自由はないのだ。
視察に出るような機会もほとんどなく、毎日を宮廷で時間を費やす。
だから、こうしてはしゃぎたくなるのも無理はないのかもしれない。
俺から見ても、毎日同じ帝城の中で暮らすなんて、よく持ち堪えているなあと感心する。
……まあ。
俺は、毎日帝城に縛られて、久しぶりに外へ出たら同じく、はしゃぐだろうな。たぶん最初に酒場を探すけど。
あっ、これって今の俺じゃない?
「レオン様!」
ミレーヌが突然、俺を呼んだ。
「どうした?」
「あそこ!見てください!」
「ん?何があるの?」
「ほら、あの丘の向こう!」
指差された先を見ると、そこは!……ただの草原だった。
「なあ、ミレーヌ。な〜んも無いんだけど」
「ええっ!?」
ミレーヌが不満そうな顔をする。
「ありますよ、綺麗な景色が……」
アホか!そのままじゃねえか!
真面目に指差す方向を見た俺がバカだったよ!
と、まあ心の中だけ叫び、表情は苦笑して困ったお兄さんをスピーディに演出。
「草原と丘だけじゃん。他に何かあるのか?」
「そういうことじゃありません!」
クラウディア様がくすくすと笑った。
「レオンは風情がありませんわね。ミリーは当たり前の景色の中にも、季節や自然の息吹を感じる子なのです。それを共有したいのですわ」
「申し訳ありません。風情を感じるような、感性には乏しいもので」
「それ、わたくしたちと逆ではありませんの?」
「確かに、仰る通りですね」
俺は肩をすくめる。
「私は外に出る仕事も多かったですし、お2人くらいの年齢の頃は、冒険者として外で暮らしていた期間のほうが長かったので、景色も見慣れているんです。草原だけに留まらず、荒野、密林、砂漠、雪原も行ってきました。故郷のララリカの広大な大陸は、そのような場所が多いのです」
「まあ……砂漠まで?」
クラウディア様が目を輝かせる。
「ええ。地平線の向こうまで砂しかない場所もありますよ」
「すごい……」
ミレーヌが荷車の縁へ身を寄せる。
「雪原はどうでした?」
「想像してるよりずっと寒いです」
俺は苦笑する。
「風が吹くと、服を着ていても骨まで冷える。火を絶やしたら朝には凍死しててもおかしくない場所もありました」
「まあ……」
クラウディア様が驚いたように目を見開く。
「それでも、冒険者の方々はそこへ向かわれるのですね」
「向かわないと仕事になりませんし、報酬もありませんからね」
「……とても素敵で……格好いいですわ」
「そう言って頂けると恐縮ですが、実際は格好いいものじゃありませんよ」
俺は肩をすくめる。
「砂漠では水の残量を気にして、オアシス探しになるし、雪原では薪、食料の残量を気にしての魔物討伐。密林では蛭や毒虫と魔物を警戒する。荒野じゃ風と砂塵に耐え、滑落しないように歩いて行く」
「……」
「景色を楽しむ余裕なんて、ほとんどありません」
「それでも、今もその景色は心に残っているのでしょうね」
クラウディア様の言葉に、俺は一瞬だけ黙った。
「……まあ、そうですね。仲間と苦難を乗り越えた先の景色は格別とも言えるでしょう」
こうして考えると、昔は随分いろんな場所へ行ったもんだよなあ。
当時は師匠のレオ・ハワード一行ともパーティを組んで、各地に行く機会も多かったし、色んなことを学ばせてくれた。
戦いだけではなく、冒険のいろはも叩き込まれたんだよね。
帝城勤めをするようになってから改めて思う。
……あの頃の仲間と共に見た景色、結構好きだったんだな。
荒野も、密林も、砂漠も、雪原も。
命懸けだったからこそ、今でも鮮明に覚えているし、仲間と見るからこそ、何気ない景色も美しかったことも。
「レオンさん」
ミレーヌが声を掛けてくる。
「故郷のララリカの景色、私も見に行きたいです」
「機会があれば、一緒に行こうか」
「本当ですか?」
「勿論!西方にはない景色もいろいろあるんだぜ」
「約束ですよ!」
「ああ、約束だ!って宮廷の貴族様が俺と旅行の約束をするのはどうなのよ」
思わず即答で突っ込むとミレーヌが笑う。
クラウディア様も楽しそうに微笑んでいる。
……まあ、いいか。
宮廷の中だけで暮らしていた2人にとっては、こういう話も新鮮なんだろう。
俺にとっては昔話でも、この人達には、まだ見たことのない未知の世界の話だ。
クラウディア様とミレーヌと故郷ララリカでの冒険。
それも悪くないかもしれない。
……ただし。
魔物の巣じゃなくて、普通のララリカ観光地にしてくれ!
冒険者時代ならともかく、今の俺は近衛騎士なんだから、余計な仕事は増やしたくない!
---------
荷車に揺られ、俺の乏しい感性で、外の景色を眺目めてみる。もしかしたら、緑地や木々が煌めいて見えるかもしれないしれない!……ってことは、ま〜ったくなかった。
うん、やはりただの草ボーボーの草原と丘にしか見えない。
クラウディア様は風に金髪を揺らしながら、遠くの丘を眺めている。
ミレーヌは草原を吹き抜ける風に目を細め、時折「あっ」と声を上げては何かを見つけている。
……本当に楽しそうだな。
俺は前へ向き直ると、背後から、2人のの楽しそうな声が続く。
「まあ、あの小さい鳥をご覧になって!」
「本当だ!あっ、飛んでいっちゃいました!」
「ミリー、追いかけてはいけませんよ」
「酷いですよお、クラウディア様も。流石に追いかけませんよ」
……小さい鳥一羽でそこまで盛り上がれる帝国貴族令嬢クオリティ!
帝城の庭で鳩や野鳥なんて毎日見てるのに、よくもまあ感動し続けられるものだ。
しばらくすると、今度はミレーヌが草原の花を見つけた。
「あっ、クラウディア様、あの花も綺麗!」
「まあ、本当ですわね」
草原、丘、樹、鳥、花。
次は何に驚くのだろうか?
馬車の馬から放出されるウ◯チ見ても、『まあ、お馬さんの出来立てほやほやのウ◯チですわ!』『棒で突いてみますね、クラウディア様』とか言って実行に移しそうだ。
だが、忘れてはならない。
純粋に農村の景色を楽しんでいるように見えるが……。
ギルドで魔蟻の群れに対して村の中で『燃やすか、毒で一網打尽にするのもありですね!』とか……。
この地域一帯を新魔法の実験場にしようと思考する、悪魔の笑顔をした危険人物だということをね!
そんなことを考えていると、不意に声が掛かる。
「レオン!」
「はいはい、今度は何でしょうか?」
「あちらに何か見えますわ!」
クラウディア様が指差す。
俺は目を細め進行方向へ目を凝らす。
やがて、草原の先に灰色の建物が姿を現した。
「……砦ですね。いよいよ到着です。気を引き締めて参りましょう」
「見えてきたぞ!」
御者台から馬車の一団に周知する、ガレスの声が飛んできた。
俺は荷車の前から身を乗り出す。
「中の様子はわかるか?」
「砦の門も閉まって中まではわからない」
石造りの城壁。
四隅に設けられた見張り塔。
その中央には、帝国軍の旗が風にはためいている。
グリューナー・ヴィント砦。
街道と周辺の農村地帯を守備するために設けられた、いくつかある軍事拠点の1つだ。
「前から思ってたけど、砦っていうより小さな城だな」
目の前にそびえる石造りの城壁を見上げながら、俺は思わず呟いた。
「昔からある砦だからな。魔物が出た時の避難場所にも使われてる」
なるほど。ただ敵を迎え撃つためだけの場所ではないらしい。
この辺りで暮らす人々にとっては、いざという時に命を預ける場所でもあるというわけだ。
馬車が近づくにつれ、砦の様子がはっきり見えてきた。
門の前は、魔蟻を警戒してか、不気味なほどの静寂に包まれている。
「止まれ!」
砦の門上から、門衛騎士たちの鋭い声が響いき、馬車がゆっくりと止める。
「所属を名乗れ!」
門衛騎士が身を乗り出し、こちらを見下ろすと、ガレスが声を張り上げる。
「帝都冒険者ギルドの討伐隊だ!知らせを受け、魔蟻討伐の応援に来た!近衛騎士も1名同行している!」
門上の兵士が、緊張した面持ちで、俺たちの一行を確認する。
しばしの沈黙の後、騎士の1人が声を上げる。
「承知した!遠路ご苦労である!これより開門いたす」
門衛が振り返る。
「開門!」
──ギギギギギ……。
重い鉄と木で造られた城門が、軋みを上げながらゆっくりと開いていく。
「開門よし!」
「門路、異常なし!」
「帝都からの討伐隊を迎え入れろ!」
門の左右にいた兵士たちが道を開けると同時に、馬車が動き出す。
車輪が砦の門をくぐり、俺たちはグリューナー・ヴィント砦へと入っていった。
砦の門が開くと、すでに何台もの馬車が停まっている。
帝国軍の騎馬。
荷馬車。
冒険者たちの馬車。
そして、負傷者を運び込むための簡易担架は、血に染まっており、俺の心に戦況と現実を突きつける。
(……やっぱり、被害は相当なものだな)
「帝都からの討伐隊だ!」
門番の兵士が安堵の叫びを上げると、砦の中から何人もの兵士が駆け寄ってくる。
「冒険者ギルドからの応援か!?」
「そうだ。俺は帝都ギルド所属のガレス・ドラグーン。こちはらはローゼンベルク公爵令嬢直属の近衛兵レオン・クラウス」
近衛兵という肩書きには、それなりのネームバリューがある。
便利な看板ではあるのだが、こういう場面では、その看板が余計な注目まで集めてくれる。
まったく、世の中というのは便利なものほど扱いに困るようにできているらしい。
「近衛兵……?」
「どうして帝都の近衛兵が?」
「公爵令嬢の近衛兵って……どういうことだ?」
やっぱりなあ……案の定、ざわめきが立ったよね。
下手すりゃ、脅威や威圧感を感じる兵士も少なくない。
そんな兵士たちを掻き分け、1人の男が姿を現した。
年季の入った鎧。
疲労の色が濃く残った顔。
それでも目だけは鋭い。
なるほど、この砦を守ってきた男の顔だ。
「私がこの砦の守備隊長です」
男は俺たちの前まで来ると、胸に手を当てた。
「ルドルフ・ヴァルガーと申します。グリューナー・ヴィント砦守備隊を預かっております」
「ガレス・ドラグーンだ。よろしく頼む」
「こちらこそ。遠路はるばる、我らに加勢頂き感謝致します」
ガレスに続いて、ヴァルガー隊長が俺へ向き直った。
「ローゼンベルク公爵令嬢直属の近衛兵、レオン・クラウス殿も、此度の加勢に兵士一同、心より感謝致します」
「どうか畏まらずに……こちらこそ、よろしくお願いいたします」
俺も礼儀として隊長殿に深く頭を下げる。
ヴァルガー隊長は、躊躇いつつも眉を寄せ尋ねる。
「……失礼ながら、1つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「お伺いいたします」
「此度のご助力に、なぜ近衛兵の方がこの討伐隊に?」
当然の疑問だと思う。
俺だって隊長殿の立場なら、普通に疑問も持つし、尋ねてしまう。
近衛兵は皇族や上級貴族の護衛と城内警備が本来の仕事なのだから。
「わたくしも参加しているからですわ」
背後から、澄んだ声が響いた。
振り返ると、そこには、クラウディア様が立っていた。
そして、堂々と一歩前へ出る。
「クラウディア・フォン・ローゼンベルクです」
「…………」
ヴァルガー隊長が固まった。
まあ、そうなるよねえ。
こんなところに、黒太子の婚約者が現れたら。
「ローゼンベルク……公爵家の……!」
次の瞬間、ヴァルガー隊長は慌てて片膝を突いた。
兵士たちも急いで、それに倣う。
「し、失礼いたしました!クラウディア・フォン・ローゼンベルク公爵令嬢、御自ら出向かれているとは露知らず」
「ルドルフ・ヴゥルガー守備隊長ならび兵士の皆様、どうかお顔を上げてください」
クラウディア様は穏やかな笑みを浮かべた。
「そんなに堅苦しいご挨拶は抜きにしましょう」
「しかし……」
「この砦がここまで持ち堪えたのは、皆様のご尽力あってこそですわ」
クラウディア様の視線が、周囲の兵士たちへ向けられる。
泥に汚れた鎧。
包帯の巻かれた腕。
疲労で重くなった顔。
それでも、誰一人として持ち場を離れていない。
「兵士や冒険者の皆様には、本当によく耐えてくださいました。貴族としてではなく、1人の帝国民として、皆様のご尽力に心より感謝いたします。ここまで守り抜いてくださったこと、本当にありがとうございます」
そう言うと、クラウディア様はゆっくりと深く腰を折った。
社交の場で見せる形式的な礼ではなく、相手への敬意を、その姿勢そのものに込めるような、丁寧で深々とした一礼だった。
隣にいたミレーヌも、一歩前に出て、すぐに続いた。
「皆様、本当にありがとうございました」
白い耳が静かに垂れる。彼女もまた、深々と頭を下げた。
「ミレーヌ・フォン・ベルフェルトと申します。クラウディア様のお側付きとして、この討伐に同行しております」
「ベルフェルト伯爵家の……!」
ヴァルガー隊長が再び姿勢を正そうとする。
……隊長。お気持ちは分かる。
だが、このままだと挨拶だけで日が暮れる。
「わたくしにも、どうかお気遣いなく」
ミレーヌ嬢も主人に倣い柔らかく微笑んだ。
「……承知いたしました」
クラウディア様とミレーヌが頭を上げたところで、俺は守備隊長へ向き直った。
「ヴァルガー隊長殿。混乱している状況で恐縮ではあるのですが、現在の状況と被害を教えて頂けますでしょうか?」
「承知しました」
守備隊長ルドルフ・ヴァルガーは、表情を引き締めて答えた。
「事が起きたのは今朝のことです。魔蟻の群れが、突如としてコルンエーレン村を包囲しました」
「数は?」
「正確には把握できておりません。ただ、確認できただけでも80匹以上いることは間違いございません」
ヴァルガー隊長は、一度息を吐く。
「村の宿には、帝都から来ていた冒険者2パーティが滞在しておりました。そこへ砦から本官を含む騎士10名を急行させ、村人の避難と魔蟻の迎撃に当たらせました」
「約20名での応戦でしょうか?」
「はい。冒険者たちも加わり、しばらくは押し返していたのですが……」
隊長の顔が険しくなる。
「その直後でした。破城蟻。あの悪名高きクラッシャーが地面を突き破って出現しました」
あと一息というところで、クラッシャーは災難としか言いようがない。
砦兵士や冒険者たちには労災手当は必要になるよね。
「グラドガスは、魔蟻の群れに紛れるようにして地中を進んでいたようです。騎士たちは盾を構え、陣形を組んで防戦していましたが……」
ルドルフ隊長が、わずかに眉をひそめる。
「突進を受けた瞬間、まとめて吹き飛ばされました」
「10人全員が?」
「はい。盾ごとです」
うわあ……重武装して盾まで装備している騎士たちを吹っ飛ばすとか、どう見ても普通じゃないよね。
そんな化け物相手に臆すことなく、防衛線を張った騎士達は本当に勇敢だと思う。
俺は腕を組む。
破城蟻ことクラッシャー。
名前通り、城壁や建物すら破壊するための役割を持っているので、密集した陣形なども、吹き飛ばすことなど造作もない。
盾を並べた程度で止められる相手じゃないのだ。
「その後は?」
「魔蟻の数があまりにも多く、村内での防衛は困難と判断しました。我々で何とか撃ち減らしましたが、まだ50匹はいるかと」
ルドルフ隊長は淡々と続ける。
「村人と負傷者を優先して撤退させ、我々も砦まで後退。現在はここで籠城しています」
「被害状況は?」
「…… 重軽傷者は9名ですが、死者はおりませんでした」
その言葉に、俺は少しだけ肩の力を抜いた。
「死者がいなかったのは不幸中の幸いでしたね」
「はい。幸い命に関わる者はいません。ですが、騎士の中にはグラドガスの突進で負傷した者も多数おります」
俺は砦の中を見渡した。
包帯を巻いた兵士。
壁際に置かれた傷だらけの盾。
刃の欠けた剣。
どれも、ここにいる連中がどれだけ激しい戦いを強いられたのかを物語っていた。
クラウディア様もすぐに負傷者のもとへ駆け寄る。
砦に待機していた僧侶や治療師たちの輪へ入り、負傷した兵士や冒険者たちに次々と治療を施し始めた。
ミレーヌもそれに続き、宮廷魔法士として治療を手伝っている。
俺はその光景を眺めながら、胸の奥に込み上げてくるのを感じていた。
ここにいる全員が、過酷な戦いを強いられながらも、身体を張って踏みとどまったんだ。
村を守り切れないと判断し、咄嗟に村人を逃がし、自分たちも生きて砦まで戻ってきた。
(……本当によくやったよな、この人たち)
この人達からしてみれば、当たり前の事なのかもしれない。
だけどら自分たちの守るべきものの為に、命を張った連中の顔には、それだけの覚悟と誇りが刻まれている。
少しの羨ましさを覚えていると、ルドルフ隊長が言葉を続ける。
「冒険者の中に斥候がおりましたので、調査に向かわせました。その報告によれば、現在、魔蟻が村から出てくる気配はないそうです」
「出てこない?」
「はい。現在は村の畑や糧食を漁っているだけだとか」
「……それは妙ですよねえ」
俺は村のある方角へ目を向けた。
「魔蟻ってのは、生き物を見つけたら敵意むき出しで襲いかかってくるはずだ。なのに、どうしてコルンエーレン村に留まったままなんだ?」
ガレスも村の方角へ目を向け、不思議そうに首を傾げる。
「女王蟻が、あの村を根城にしているということはないでしょうか?」
ミレーヌが、女王蟻の存在を疑う。
「だとしたら、指揮蟻の連中が姿を現すはずですね……いずれにせよ、このまま農村を放置するのはヤバいですぜ」
ガレスの言葉に、俺も頷いた。
確かに妙だ。魔蟻が村を襲い、そこに留まり続けている。
それだけなら、まだ理解できる。
だが、こいつらの習性を考えれば、どうにも辻褄が合わない。
嫌な予感が、胸の奥に残った。
魔蟻からすれば、わざわざ見逃す理由なんてない。
「ヴァルガー隊長。村を偵察した際の様子をお教え願えますか?」
「村の入口まで近づくと、魔蟻は姿を現し、威嚇して、襲い掛かる素振りこそ見せるそうです」
「襲いかかる素振りを?」
「はい。ただし、こちらが後退すると……」
「追ってこないのですか?」
「その通りです」
俺は黙った。
(やっぱり、おかしい。)
ただ村を占拠しているだけじゃない。
まるで、何かを守っているような。
そんな違和感が、胸の奥に引っ掛かっていたが、慎重になり過ぎて、黙ってみるわけにもいかない。
「提案なのですが、なら、向こうから出てきてもらいましょう」
「しかし……どうやって?」
ルドルフ隊長が尋ねる。
俺は村の方角へ目を向けた。
「餌を撒きます」
「餌?」
「ええ。魔蟻が食料を漁っているなら、もっと魅力的な餌を村の外に置いてやる。生態を利用して一網打尽にすれば、被害も抑えられるかもです」
俺は砦の方を振り返った。
「村の外まで出てくるかどうか、試してみましょう」
「なるほど」
ガレスがニヤリと笑った。
「つまり、蟻んちょを釣り出すってわけか」
「そういうこと」
俺は肩をすくめる。
「村の中で戦えば、建物も畑、村人の財産も巻き込みます。外へ誘い出せるなら、そのほうが戦いやすい」
「確かに」
ルドルフ隊長が頷いた。
「やってみましょう」
グリューナー・ヴィントの草原は夕闇に覆われようとしていた。
コルンエーレン村の外縁ぎりぎり。
村の左側面に広がる草原に兵士と冒険者と共に陣を構えた。
遮るものが少なく、見通しもいい。
魔蟻を誘い出すには、うってつけの場所だ。
「食料を運べ!」
「野菜はこっちだ!」
「肉はその樽の横へ!」
「蜂蜜酒まで持ってきたぞ!」
砦に残されていた食料が、馬車から次々と草原へ運び出されていく。
果物。
野菜。
干し肉。
そして蜂蜜酒の樽。
……いや。最後のは蜂蜜酒は本当に必要なのか?
俺は樽を見つめる。
「ヴァルガー隊長殿」
「何でしょう?」
「蜂蜜酒まで餌にするんですか?」
「食料ですからな」
「まあ……そうなんですけど……何かこう、勿体無いような」
しかも、コルンエーレン村手作りの上等な蜂蜜酒。
貴族令嬢から平民の女性が非常に好まれる。
こんな、上等な蜂蜜酒を魔蟻に飲ませるなんてぇ。
……まあ、蟻が蜂蜜を好むなら、酒の甘い匂いにも寄ってくる可能性はある。
たぶん……きっと。
そういうことにしておこう。
食料を並べ終えると、俺たちは村から少し離れた位置へ下がった。
中央には、砦の兵士と帝都から来た冒険者たち30数名。
騎士(無所属)、戦士、斥候、魔法士、召喚士、僧侶、治療師。
それなりの面子は揃っている。
部隊編成は至ってシンプル。
前衛は砦の兵士、騎士(無所属)、戦士で固め、中央に斥候と僧侶、治療師。
後方には砦の魔法士が2名。冒険者の魔法士が3名の計5名。
あっ、ミレーヌを入れると6名か。
全員が、それぞれの武器を手にして魔蟻の出現を待っている。
先頭のガレスは、巨大な戦斧を手にやる気満々で頼もしい。
「配置につけ!総員抜刀!」
ルドルフ隊長の声が響くと、兵士たちが一斉に盾を構える。
冒険者たちも、それぞれの武器を抜いた。
俺は部隊の中央に立つ。
その先には、俺たちと村の間に並べられた大量の食糧。
そして、その向こう。
遠巻きに見えるコルンエーレン村の入口を睨む。
しばらく静寂の中、地面に、かすかな振動が伝わってきた。
……いや、かすか、なんてものじゃない。
足元の草が、細かく震えている。
──ザザザザザ……。
草を擦るような音。
それに混じって……。
──ドドドドド……。
地面の奥から響いてくる、奇妙な足音。
人の2本の脚では、決して奏でられない。
もっと多く、もっと速く、もっと不規則な足踏み。
それが1つや2つじゃない。
いくつも重なり合い、地面そのものを震わせている。
「……来るぞ」
隣にいるガレスが呟いた。俺は剣の柄を握り直す。
村の入口は、まだ静かだ。
だが……夕闇の向こうから、何かがこちらへ押し寄せている。
──ザザザザザ……。
──ドドドドド……。
音が、次第に大きくなるにつれ、草原の空気が張り詰めていく。
兵士たちが息を呑む。冒険者たちも、さっきまで浮かべていた笑みを消した。
俺は目を細める。
(やっぱり……多いな。)
まだ姿は視認できていないが、それでも分かる。
魔蟻群れが押し寄せているのだ。
それも、とんでもない数の群れだ。
「奴等来たぞ……もう少し辛抱しろ」
「早く斬りてえなあ」
「血の雨降らしてやる!」
冒険者たちは臆するどころか、酒場のテンションそのまま。
魔蟻を見て、何でそんなに嬉しそうなのよ?
次の瞬間。
村の入口から魔蟻黒い影が溢れ出し、一挙に食糧へ突進してきた。
まさに『蟻まっしぐら!』だよね。
1匹、2匹、3匹……アホらし。数えるのやめた。
魔蟻が巨大な顎を鳴らしながら、次々と草原へ這い出してくる。
やがて、その数は10を超え、20を超え、食料へ向かって大挙して押し寄せてくる。
「来たぞ!」
「構えろ!」
「まだ、行くなよ!踏み止まれ!」
兵士や冒険者たちの怒号が飛ぶ。
魔蟻の群れは、餌へ向かって一直線に進んでくる。
やはり、餌に食い付くさまは、蟻の生態と変わらない。
奴等が『ご飯脳』で助かった。
俺は剣を抜いて、食糧に群がる魔蟻の様子を伺った。
果物や野菜を噛み砕く音。
干し肉を引き裂く音。
蜂蜜酒の樽へ群がり、樽を顎で削る音。
積み上げた食糧の周りには黒い輪っかが出来ており、遠巻きに見ているこちらなど見向きもしない。
腹減ってんのかな?
「今だ!」
ルドルフ隊長の号令が響いた。
「魔法士、撃て!」
「了解!」
「術式展開!」
後方にいた5人の魔法士が、一斉に杖を掲げ詠唱を始める。
地面に魔法陣が浮かび上がった。
赤。
青白い光。
それぞれ異なる術式が重なり、空気中の魔力が一気に膨れ上がる。
砦の魔法士2人が炎の術式を展開すると、冒険者の魔法士3人は雷撃の術式を展開する。
「ヴァル・フレイガル」
「ヴァル・ラグネス」
詠唱と同時に、古エルフ語の術式名を呟くと、2種類の術式が一挙に解き放たれた。
そう言えば、魔法士の術式なんて 聖光天穿以来、目にしていなかつまたかもなあ。
赤熱した炎が地面を這い、草原を一気に駆け抜けていく。
──バリィィィィン!!
空気を引き裂くような轟音とともに、青白い雷撃が空から叩き落とされた。
炎と雷。
二つの攻撃が、魔蟻の群れを同時に包み込む。
「ギギギギギィィィ!!」
「ギィィィィィッ!!」
草原に、魔蟻の絶叫が響き渡った。
炎が黒い甲殻を舐め、赤熱した外殻から煙が噴き上がる。
そこへ雷撃が次々と降り注ぎ、魔蟻の身体を青白い閃光が貫いていく。
黒い群れが炎に呑まれ、雷に打たれ、次々と地面へ転がっていく。
「効いてるぞ!」
「怯むな!続けろ!」
魔法士たちが、さらに術式を展開する。
「ヴァル・イスカル」
炎と雷撃によって燃え広がっていた草原から、すっと熱が引いていく。
──シュウウウウ……。
あれほど激しく燃えていた草が、まるで最初から火などなかったかのように鎮火した。
煙だけが白く立ち昇り、焦げた草の匂いが風に流れていく。
村の近くで炎を使う以上、延焼対策まで考えているらしい。
さすが魔法士。
ミレーヌにも、これくらいの自制心があれば安心なんだけどな。
だが、まだ終わっていない。
炎と雷撃で仲間たちを失った魔蟻が、黒く焦げた仲間を踏み砕きながら、こちらへ向かってくる。
「まだいるぞ!」
その声に反応して、別の魔法士が杖を掲げ、魔法陣が足元に展開される。
「ヴァル・イスカル」
「凍てつけ!」
──バキィィィン!!
再び、白い冷気が草原を駆け抜けると魔蟻脚が凍りつく。
黒い甲殻が白い霜に覆われ、その巨体が一瞬にして氷の塊へと変わっていく。
「ギ……ギギ……!」
身動きが止まり、完全に凍結した魔蟻が、そこに立ち尽くすと次の瞬間。
──パキンッ!パキ、パキパキパキッ!
ひびが走り、氷に覆われた甲殻が、内側から軋む。
──パリィィィン!!
そして、凍りついた魔蟻たちの身体が、氷ごと砕け黒い甲殻の破片が草原へ飛び散る。
「おおっ!」
「やったぞ!」
「蟻んちょ共、地獄に堕ちろ!」
兵士と冒険者たちから歓声が上がる。
俺は砕け散った魔蟻を見ながら、剣を構え直した。
炎で丸焼き、雷で身をほぐして、最後は氷で粉砕……氷菓子かあ。
……随分と豪華な蟻料理なことだよ。
この連中、本当に魔蟻相手に容赦ねぇな。
魔法士の先制攻撃により、草原は一瞬にして、戦場へと変わった。
「蟻んちょ共が腰抜かしているぞ!」
「今だ!前衛、一斉に突撃だ!」
「野郎ども、1匹残らずブチ殺せ!」
「うおおおおおっ!」
30数名の兵士と前衛の冒険者たちが、一斉に駆け出した。
剣が閃く。
戦斧が唸る。
槍が突き出される。
盾が前へ出る。
草原を踏み鳴らす足音が、一つの大きな音となって響いた。
俺も剣を握り直す。
だが、俺は村の入口から目を離さなかった。
問題は……クラッシャーが、いつ出てくるかどうかだ。
魔蟻の群れの奥。
暗い村の中から何か巨大なものが、こちらを見ている気がした。
---------
突進した前衛部隊は、善戦していた。
剥き出しの闘争心をぶつけ、夥しい数の魔蟻の屍を築いている。
その数は、もう数える気にもならない。
兵士たちが盾を構え、冒険者たちが武器を振るう。
後方では魔法士たちが次々と術式を展開し、草原を駆け抜けていく。
血湧き肉躍るとは、まさにこの事だ!
俺もいざ、同志とともに戦場へ!
……と、言いたいところなのだが。
なぜか俺の足は動かなかった。
いいや、正確には。動けないような視線を、すぐ隣からひしひしと感じている。と言った方が正しいかもしれない。
「……あのう、クラウディア様。それとミレーヌ。そろそろ私も戦いに参加したいのですが……」
前衛部隊の、そのど真ん中。
まるで最初からここにいるのが当然とでも言わんばかりの顔で立っている2人がいた。
クラウディア様。
そして、ミレーヌ。
なぜか俺のすぐ隣にいる。
いや、何でだよ!?ここ最前線だぞ!
お2人は比較的、安全な後方にいなくちゃダメだろう!
おかげで、俺だけ置いてけぼり。
「…………」
「どうしました、レオン?」
クラウディア様が首を傾げる。
「どうしました?ではございませんよ」
俺は額を押さえた。
「?」
「ここ、前衛部隊の最前線ですよ!」
思わず声が大きくなる。
「存じておりますわ」
「分かってて何でここにいらっしゃるんですか!?」
「わたくしは治療師ですもの。負傷者が出れば、すぐに治療できる位置に待機したほうが効率も上がるでしょう?」
「いやいやいや!」
俺は周囲を指差す。
「ここ、魔蟻が突っ込んでくる場所ですよ!?治療する前に噛まれます!」
「その時は治療すればよろしいのでは?」
「治療する前に噛まれたら意味ないでしょう!」
クラウディア様は、きょとんとした顔をしている。
……この人、たまに妙なところで肝が据わってるんだよな。
「レオンさん」
ミレーヌまで口を挟んできた。
「私もここにいたほうがいいですよ」
「ミレーヌまで何言ってるんだ」
「私は魔法士ですから」
「魔法士は後衛にいろって言ってるんだよ!」
「でも、ここなら蟻さんがよく見えます」
「見えなくていいから、後衛に下がろうね」
「お断りします。ここなら術式も狙いやすいですし」
「狙いやすいとかいう問題じゃない!」
俺は頭を抱えた。
ミレーヌは楽しそうに魔法戦を眺めており興奮状態だった。
……あの顔は、絶対に何か新しい魔法を思いついてる。
普通、護衛が『下がってください』って言ったら、素直に下がる側なんだけど、何で俺が2人を最前線で引率してるんだ?
クラウディア様が、ふっと微笑む。
「ご心配なく。わたくしも戦えますわ」
「それは知ってます」
「それに、ミリーもいます」
「それが、一番心配なんですよ!」
「まあ、ミリーは宮廷魔法士の1人。戦力として皆様のお役に立ちますよ?」
「その戦力となる女の子は、農村を『燃やすか、毒で一網打尽にするのもありですね♡』と物騒な発言をしていたのですが……」
「ええ。存じておりますわ。ミリーったらお茶目さん♫」
『お茶目さん♫』じゃねえよ!
ティータイム感覚で、魔法をぶっ放して、農村を焼け野原にしたり、居住不可の封鎖エリアにするのをやめれと言ってるんだよ!
故郷ララリカじゃ、そんなことしたら捜査官が総出の重大インシデントから国防省や環境省へエスカレーション案件になるわい!
だが、横で聞いている当の本人は、前衛の近接戦闘と魔蟻の群れを見て、テンションがマックスに達していた。
うわぁ……息遣いも、はあはあ言ってるよ。
「わあ!蟻さんがわんさかですよ!新魔法を心置きなく試せそうですね。今、放ってもよろしいでしょうか?」
「……今はやめて。味方に被害が及ぶから」
「ええ!何でですか?今、撃てば蟻さんを一掃できますよ?」
「味方も一緒に一掃されるからやめてくれ!」
大声で即答。
……誰か、この子に安全装置を付けてくれ。
俺の大声は草原中に響き渡り、近くで戦っていた冒険者たちが、一斉にこちらを振り返る。
そして、俺と2人のやり取りを見て、何かを察したように苦笑した。
「……近衛兵の兄ちゃん、苦労してんな」
「そりゃあ、綺麗どころのお貴族様が戦場についてくりゃ、気が気じゃねぇわな」
「宮仕えも、結構大変なんだな。若いのにご苦労なこった」
冒険者たちは同情とも冷やかしとも言える視線を俺に向ける。
「兄ちゃん!何だかわからねえが、頑張れよ〜!蟻んちょは俺たちがやっとくからよ」
「皆様ぁ〜!ありがとうございます」
何も知らず呑気に手を振り返すクラウディア様。
「……」
俺はただ、黙って冒険者たちを切ない表情で見るしかなかった。
だが、嘆いている場合じゃない。
目の前では、魔蟻の群れがまだ戦っている。
僧侶や治療師たちは術式による支援を展開。
後方では魔法士たちが術式を準備している。
召喚士は魔獣を使役しながら、魔蟻に打撃を与えている。
何とか自分も参加せねば!
だが、俺の隣には、新魔法を試したくて、うずうずしている宮廷魔法士と、最前線に身を置く公爵令嬢。
俺は額を押さえた。
考えろ……。
この状況で、一番安全に2人を守る方法を。
俺は周囲を見渡した。
魔蟻の群れ。
勇猛で強者揃いの前衛部隊。
後方の魔法士、僧侶、治療師。
そして、俺の隣にいるクラウディア様とミレーヌ。
正面からぶつかるだけなら、今の戦い方で十分だ。
だが、数が多すぎる。
それでも彼らの善戦で頭数は減りつつあるが、数の上では魔蟻の群勢が多い。
このままじゃ、消耗戦に持ち込まれたら、こちらが不利だろう。
俺は目を細めた。
魔蟻たちは、群れで動いている。
一匹一匹なら、そこまで怖くない。
厄介なのは、あの群勢の数だ。
互いにぶつかりながらも、兵士と冒険者に向けて、進む方向だけは妙に揃っている。
だったら……。
俺の頭に、1つの考えが浮かんだ。
「……群れを分けるか」
「はい?」
隣にいたクラウディア様が振り向く。
「魔蟻は群れで動いてる。なら、群れそのものを小さくすればいい」
俺は前方を指差した。
「ミレーヌ」
「はい!」
待ってましたと言わんばかりの返事が返ってきた。
「……その顔を見ると、ちょっと不安になるのはなぜ?」
「気のせいですよ♪何をすればいいんですか?」
「ちくちくと単発的に、魔法で攻撃してほしい」
「え?進路ですか?」
きょとんとした顔をするミレーヌ。
「そうだ、まずは魔蟻の進路を変えて欲しいんだけど、お願いできるかな?」
首を傾げるミレーヌに俺は補足する。
「ああ。魔蟻の群れの左側面に回って、魔法を撃ってくれ。できれば、あいつらが右側へ逸れるか、足留めできるくらいのやつを」
「なるほど!一列縦隊のど真ん中に攻撃すればよろしいんですね!」
ミレーヌの目が輝いた。
しかも、キラキラしてるよ!こわっ!
「そういうこと」
「では、思い切りやっても?」
「味方を巻き込まない範囲でやろうね……」
「はい!お任せ下さい」
返事だけは素直だ。行動が伴っていれば良いけどね。
俺は続けてクラウディア様を見る。
「クラウディア様は、前衛の少し後ろへ待機しつつ、負傷者が出たら治療をお願いします。前には出ないでください」
「分かりましたわ」
クラウディア様は素直に頷いた。
……よし!珍しく話が早い。
俺は改めて前方を見る。
一直線に進んでいる魔蟻の数は多いが、何とかなるかもしれない!
俺は剣を握り直した。
「それではお2方、私も前衛は中央の群れを止めに参加しますので手筈通りにお願いします」
指で地面をなぞるようにしながら、簡単に頭の中で配置を組み立てる。
「ミレーヌが魔蟻の一列縦隊、その左側を削って、群れが右へ流れ込んだら、前衛の我々が二手に分かれて潰します」
クラウディア様が小さく頷いた。
「群れを分断して、数を減らすのですね」
「流石、クラウディア様。お察しが良い」
「今、褒めても何も差し上げられなくてよ……それより、レオン」
そう言うと、クラウディア様は顔を赤らめながら、俺へ歩み寄ってきた。
だが、どこかぎこちない。
俯いたまま、何か言い出そうとしては口を閉じる。
「1つ、わたくしのお願いを聞いていただきたいのですが」
「お願い?何なりと申してください」
クラウディア様は胸の前で小さな拳をきゅっと握った。
そして、覚悟を決めたように顔を上げる。
真っ直ぐに、俺の目を見つめて。
「今回の戦いが無事に終わって、帝城へ戻ることができましたなら……その……」
頬が、さらに赤くなる。
「わたくしに、何かご褒美を渡しなさい!」
「……」
本来なら、ツッコミどころ満載と言うべきなんだろうなあ。
戦場の真っ只中で、何をお願いしているんだ、と。
けれど。
顔を真っ赤にして、必死に訴えるクラウディア様が、妙に可憐な少女のように見えてしまった。
思わず、クスッと吹き出す。
「な、何が可笑しいこと言いましたか?」
クラウディア様がムキになって眉を吊り上げる。
普段は凛として、少しばかりツンとしたところのある公爵令嬢。
そんな彼女が、今は耳まで赤くしている。
……こういう顔もするんだな。
なんというか、普段との落差が大きすぎる。
そのムキになる表情すら、妙に魅力的で、可愛らしく思えてしまった。
「失礼いたしました。クラウディア様の意外な一面を、拝見したような気がしましたので」
「……幻滅しました?」
さっきまで強気だった声が、ほんの少しだけ弱くなる。
俺は首を横に振った。
「いえ……逆です」
一瞬、言葉を選ぶ。
そして、素直な気持ちを口にした。
「僭越ながら、今のクラウディア様は……とても可憐でいて、本当に可愛い方だと、心からそう思いました」
「…………」
クラウディア様が固まった。
頬が、さらに赤くなる。
……あれ?俺、何か変なこと言ったか?
クラウディア様は俯き、胸の前で握った拳をさらにきゅっと強く握る。
「……そういうことを、さらりと言うのは……反則ですわ」
「はい?」
「何でもありません!」
クラウディア様はぷいっと顔を背けた。
その耳まで真っ赤になっているのを見て、俺は思わず苦笑する。
……ご褒美、か。
さて、何を用意すればいいんだ?
「それでは、クラウディア様、そしてミレーヌ!行ってきます!」
「ご武運を」
「終わったら一緒に帰りましょうね♪」
俺は剣を鞘から抜くと、真っ先に魔蟻が群がる戦場に走って行った。
……どうも。帝国近衛兵、レオン・クラウスです。
第9話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、グリューナー・ヴィント草原を舞台にコルンエーレン村に乗り込んだ魔蟻の討伐に向かいました。
少なくとも俺やガレスや兵士や冒険者は、戦う気満々なのですが……だけど、クラウディア様とミレーヌは、グリューナー・ヴィント平原の景色に大はしゃぎ。完全に観光ツアーの気分でした。
俺は護衛として、お2人の身に危険が及ばないか、魔物が出ないか、ついでにお2人が余計なことをしないかと、気が気ではありません。
まあ、護衛というのは、だいたいそういう仕事です。
おまけに戦場では、ミレーヌが新魔法を撃ちたがって、はあはあと息遣いも凄くなり、クラウディア様からは「ご褒美」の話まで飛び出す始末。
……俺の胃に優しい要素が、ひとつありません。
しかも俺は、余計な一言まで口にしてしまいました。
「とても可憐でいて、本当に可愛い方」
……今さら思い返しても、恥ずかしくて記憶から抹消したいなあ。
なぜあんなことを言ったのか。
たぶん、宮仕えで疲労が蓄積していたんだと思います。
さて、魔蟻たちはなぜコルンエーレン村から出てこないのか?
村に何があるのか?
そして、クラッシャーはいつ出てくるのか?
次回はいよいよ、そのあたりの謎にも迫っていくことになりそうです。
……謎とまで言えるのかは、正直よくわかりません。
俺が考え過ぎかもしれません。
でも、願わくば、面倒な話にならないことを祈ります。
まあ、こういうときに限って、だいたい面倒な話になるんですよね……。
それでは、第10話でお会いしましょう。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




