冬物三つ
翌日にやってきた二人目の客は、村から来た年老いた女で、卵のいっぱい入った籠を抱え、僕にはまるで関心を示さなかった。
女は母上を相手に、病に罹った鶏たちの話をした。僕は右側の椅子に座り、膝の上に手を置いたまま、女が帰るまでそうしていた。手は震えていたけれど、歯は鳴らなかった。
母上は、あとになっても何も言わなかった。ただ菓子の皿を僕の前に差し出し、僕が一つ取り、また一つ取るのを、数えもせずに眺めていた。
三日目の夕方近くに、父上とワイヴァーンが帰ってきた。姿より先に音が耳に届き、蹄の音がやけに詰まっていること、馬を貶すワイヴァーンのいつもの声がしないことで、何かがおかしいと分かった。
窓から見ていると、父上が先に馬を降りた。手綱を護衛に預けるあいだも口を開かず、そのまま書斎へ入っていく。扉の閉まる音は大きくなかったが、屋敷の誰にでも意味が伝わる程度には、はっきりしていた。
少し遅れて、ワイヴァーンが降りた。外套は膝まで乾いた泥に覆われ、緑の髪はいつもよりくすんで見えた。中庭にしばらく立ち尽くし、自分の靴先を見下ろしている。何をしに来たのか忘れてしまった人のようだった。
台所の竈のそばの腰掛けに、ワイヴァーンはいた。手つかずの白湯が入った杯が、その手の中にあった。
「帰ったんだね。」
僕は隣の腰掛けに座った。ワイヴァーンは笑わなかった。
「母上みたいな口をきくな。俺は大丈夫だ。」
大丈夫な人の声ではなかった。僕は少し間を置いてから、竈の火を見たまま切り出した。
「何を見たの?」
ワイヴァーンは杯を一度だけ回した。
「集落だ。たくさんの集落。父上は五つ回った。」
膝の上で指を組み替えると、ワイヴァーンの横顔が竈の火に照らされているのが見えた。
「それで?」
ワイヴァーンは杯に目を落としたまま、言葉を押し出した。
「家は小さい。お前も知ってるだろ。」
そこで言葉が途切れ、眉間に皺が寄った。僕は黙って待った。ワイヴァーンが言葉を探すところなど、これまで見たことがなかった。頭を最初に通りかかった言葉を、そのまま放り投げる人だったからだ。
「いや、違う。お前はまだ知らない。俺も昨日まで知らなかった。」
僕は何も言えずに、続きを待った。ようやく絞り出された声は低かった。
「煙の出ていない家が、たくさんあった。みんなが飯を炊く時刻にだ。最初は、どこか別の場所で食べてるんだと思った。でも、別の場所なんてなかった。」
その言葉が耳に残っているうちに、いちばん気になったことが口を突いて出た。
「いくつ?」
ワイヴァーンは僕に顔を向け、瞬きをした。
「何がだ?」
僕は目を逸らさずに、同じ問いを言い直した。
「煙の出ていない家は、いくつあったの?」
ワイヴァーンは視線を竈に戻した。
「数えてない。」
答えは短かった。僕は何も言わず、続きを待った。
「父上に、穀倉を数えろと言われてな。二回間違えた。父上は、ルシアンが数えたら間違えないだろうに、と言った。」
僕はしばらく黙って、父上がそう言った場面を頭の中でなぞった。
「母上が、父上に話したのかもしれないね。」
ワイヴァーンは肩をすくめた。それ以上は触れようとしなかった。
「そんなことはどうでもいい。ひとつの集落に、子供がいたんだ。」
ワイヴァーンはもう僕を見ていなかった。竈だけを見ていた。
「道端の石の上に座ってた。足は裸足でな。あのあたりは寒いだろ、朝はまだ地面が凍ってるんだ。」
僕は膝の上の手に力が入るのを感じながら、息を詰めて聞いていた。
「その子は、俺の馬を見ていた。馬を珍しがる子供の目じゃなかった。何かを測ってるみたいな、あれは、測ってるみたいな目だった。俺とあいつの間に、どれだけ距離があるかを。」
膝の上の手が、僕が命じたわけでもないのに拳になった。ワイヴァーンの声が、さらに低くなった。
「何かやりたかった。懐にパンがあったんだ。朝の残りのやつが。」
僕は小さく問いを置いた。
「あげたの?」
ワイヴァーンは短く答えた。
「いや。」
それきり杯を見つめて動かないので、僕は続けて訊いた。
「どうして?」
ワイヴァーンは、さっきより声を落とした。
「父上が後ろにいた。」
そう言ったあとも、口は閉じなかった。
「それに、やり方が分からなかった。馬から降りてパンを渡したら、そのあとどうなる? 盗んだと疑われるかもしれない。それとも、集落の子供たちみんなが、俺がまた来るのを待つことになる。でも俺は来ない。分からなかった。ただ俺は、何も、しなかった。」
ワイヴァーンは鼻から長く息を吸い込んだ。見せたくないものを必死に押し込めているのが、横顔から伝わってきた。何を言えばいいのか分からないまま、それでも僕は口を開いた。
「その子は、歩いてた? それとも走ってた? あなたが通り過ぎたとき。」
ワイヴァーンは瞬きをした。
「動かなかった。」
答えが胸の底に落ちていくのを感じながら、僕は確かめるように重ねた。
「少しも?」
ワイヴァーンは僕の顔を見たまま、答えた。
「ただ座って、じっと見てた。なんでそんなことを訊く?」
僕はゆっくりとうなずいた。
思っていた通りだった。走るのが安全なときにだけ走ることを覚えた人間は、安全でないときには動かずに座り、数える。どうしてそれを知っているのか、僕にはうまく説明できなかった。まして、ワイヴァーンに説明することなど、できるはずがなかった。
「ルシアン。」
ワイヴァーンの眉は、まだ寄ったままだった。
「どうして、そんなことを訊いたんだ?」
僕は目を逸らして答えた。
「ただ、知りたかっただけだよ。」
それは、完全な嘘ではなかった。
その夜の食卓は、いつもより静かだった。父上は上座で顎の下に手を組んだまま、料理に手をつけようとしなかった。
「集落はいかがでしたか。」
母上の問いに、父上は最初のひと口を運ぶより先に答えた。
「ひどい。思っていたより、ずっとだ。東の端の二つの集落は、春に蒔く種籾がもう底を突いている。」
母上は急須を卓に置いた。父上の手元の料理は、まだ減っていなかった。
「どれだけ送れますか。」
父上は組んだ手を見つめたまま、首を振った。
「送れるものは、もう送った。」
母上の声が、一段だけ鋭くなった。
「セヴェリン。」
父上は母上を見た。二人のあいだで何かが交わされたのが分かったが、僕にはそれが何なのか読めなかった。
「分かっている。倉をすべて開ければ、来年には何も残らない。それに、あの商人は価格について嘘をついていない。ただ、それを利用しているだけだ。」
僕は黙って、二人を見ていた。
「昨日いらした商人ですね。」
母上がそう確かめると、父上の声は低く沈んだ。
「また来る。ああいう連中は、必ずまた来る。」
その言葉が終わらないうちに、自分の口が先に動いていた。
「父上。」
全員の顔がこちらを向いた。自分の声に、いちばん驚いたのは僕だった。父上は僕を見つめていた。驚いても、怒ってもいない。ただ、待っている顔だった。
「その人たちは、食べられるのですか。集落の人たちは。」
誰も動かなかった。ワイヴァーンは俯き、母上は息を止めていて、それが僕の席からでも感じ取れた。
「一部は。」
父上は、僕から目を離さなかった。僕は膝の上で、指を握りしめた。
「ほかの人たちは?」
父上は少しの間も置かずに、答えた。
「一部は、冬を越せないだろう。」
柔らかい言い回しにはしなかった。だから僕は、その言葉を信じることができた。優しい声で嘘をつく大人を、僕はもうあまりにたくさん見てきた。
「セヴェリン。」
母上が、先ほどより鋭く呼んだ。父上は母上のほうを見なかった。
「この子が訊いたんだ。本当のことを聞く権利がある。エリラ、私はこの子に嘘はつかない。このことについては。」
僕は目を落とした。小さな皿の上に、パンがそのままの形で置かれている。割ってはいない。ただ見つめていて、父上の声がもう一度聞こえるまで、そうしていた。
「食べなさい、ルシアン。」
僕は顔を上げた。
「はい、父上。」
父上の声は、さっきより少しだけ静かだった。
「怒っているから命じるのではない。お前が食べなければ、お前は誰の役にも立てないからだ。」
僕はパンを手に取り、一度だけ割った。不揃いな二つに分かれた。片方を口に入れ、もう片方は、いつものように袖の中へ滑り込ませた。今度は、見ないふりをする者は誰もいなかった。母上が見ていた。ワイヴァーンも見ていた。父上も見ていた。それでも、三人のうち誰ひとりとして、何も言わなかった。
その夜、僕は部屋の引き出しを開けた。何日か前の菓子がまだそこにあり、石ころのように固くなっていた。その隣には、母上が持たせてくれた布包みのパンが、手つかずのまま入っている。僕はそれらを一つずつ取り出して、机の上に並べた。
数えると、二つだった。
それから、袖の中のパンの半分を、その二つの隣に置いた。三つになった。
東の道は、僕の部屋の窓からは見えない。何かを決める前に、僕はそれを確かめていた。見えるのは中庭と、柵と、闇の中で屋根の一部だけが鈍く光る穀倉だけだった。
僕はそこにしばらく立ち、机の上の三つを見つめていた。




