第二話 東雲朝日
おれは一呼吸遅れて前方のドアに目をくれた。
そいつは、「失礼します」と言ってから入ってきた。そいつが着ている、白の半そでシャツも薄生地の長ズボンもここらで見るものとは違っていた。
そいつは教卓の前に立つ担任の隣でとまると、生徒たちと向き合った。やけに背が高かった。
「今日からこのクラスに入ることになった東雲だ。東雲、あいさつを」担任が短く言った。
東雲と呼ばれた生徒は教室内を見回した。三列ある机を、後ろから、生徒一人一人と目を合わせるように視線をスライドさせると、やがて、東雲から見て右端の一番前に座るおれと目が合う。すぐに離すと咳ばらいをした。
「今日転校してきた東雲朝日です。気軽に朝日って呼んでください」
言うと、東雲は歯を見せて笑った。丸い大きな目は細められ、目じりに小さなしわが寄っていた。彼は担任の方を見た。
「聞いての通りだ。東雲、何かわからないことがあったら、先生か、学級委員に聞くように」
担任が手をあげるように言い、学級委員の手が二つあがった。東雲はそれぞれに目をやりながら軽く手をあげて応えた。いやに慣れたその様子に、教室内の空気がわずかに弛緩したのをおれは感じた。
「東雲、お前の席はあそこだ」
担任が指し示す方にクラス中の目線があつまる。そこは二列目、つまりは中央の最後列だった。ぞくにいう特等席だったが、問題は隣の女子生徒だった。
東雲は軽やかな足取りで席につくと、隣の生徒に声をかけた。が、無視された。東雲の隣は、問題児として名高い周防ユキだった。
そこまで見ると、おれは頬杖をついて窓の外を眺めはじめた。担任が、学校が始まったのだからゆるんだ気を引き締めろとか、もう受験まで時間はないとか、そんなことを言っていた。
やたら長く感じる入学式を終え、今後のカリキュラムについてのいくつかの授業を終えると、昼前にその日の学校は終わった。
帰りのあいさつが終わった途端、東雲の周囲に人の輪ができた。みなめいめいに質問攻めしている様子で、漫画や学園ドラマ以外で見るのは初めての光景だった。
おれが立ちあがって鞄を肩にかけると、後ろのドアを開ける周防の姿があった。いつも通りの早いご帰宅であった。おれもさっさと教室を出た。
東雲の後ろを通る際、ちらと目をくれると、東雲は微笑しながら手を前に出して、まあまあと言わんばかりで、まだ質問攻撃を受けている最中であった。
三年の教室は三階にある。おれはたったか階段を降りて昇降口へと向かう。外靴に履き替え外に出ると、直射がじかにそそぎこんできて、おれは無意識に目を細めた。時刻は正午近く、天頂にさしかかった九月の太陽は今日も明るく世界を照らしていた。
左に折れて少し歩くと校門が見えてくる。道の先、舗道のアスファルトにはかげろうが立ち上っている。
よほど暑いのだろう、校門のフェンスに背をもたれてたたずむ一人の少女は、ハンカチで額の汗をぬぐっていた。その少女は他校の制服を着ていた。
おれが校門に近づくと顔をあげたその子と目が合った。おれは気にとめることなく通りすぎ、校門を出て右に折れた。
おれが学校を囲む塀ぞいの道を歩きながら、収穫間近の、穂が垂れた稲が広がる田んぼを眺めていると、後ろから声がかかった。
「新月」




