第一話 周防ユキ
人はだれしもみな、仮面をつけて生きている。
仮面は人の心をすっぽりと覆い隠す。仮面をつけることで、人は、本音という名の真実を大事にしまっておくことに成功するのだ。
生きる上で、人は多くの者たちと関わりをもつ。それは、職場の人であったり、学校のクラスメイトであったり、ネットの知り合いであったりするかもしれない。
だが、自身にとっての不可侵領域たる心の奥底を、人はそう簡単には見せようとはしない。誰だってそうだ、誰だって、本心をそうやすやすと明かしたりはしない。
愛する者を前に、人は心を開くことができる。それは、肉親であったり、友であったり、恋人であったりするだろう。彼らと対面している時だけ、人はありのままの姿で生きることを許されるのだ。
そうでない時、人は仮面をつける。
それはなぜか。答えは人によって違うのだろう。ある者は孤独をさけるために、またある者は、自分を守るために仮面をつける。
お金のため、夢のため、家庭のためかもしれない。あるいはもっと別な、愛を手に入れるためであったりするのかもしれない。
人は孤独だ。本質的に、孤独をその身に秘めているといっていい。
多くの者は孤独を拒絶する。孤立を嫌い、つながりを求める。だれかとつながっていることで安心する。このことは、自己の確立を他者の観測に求めていると言い換えていい。
これこそが、人を人たらしめる唯一のものであり、また、そうやって生きることは人本来の性質に見合ったものだ。完全な孤独な世界では、人は、生きてはいけないのだ。
では、つながりを拒絶した者は、他者の観測に自己の確立を求めない者は、どうやって生きていくのだろう。どうすれば、生きていけるのだろう。
二学期の登校初日、始業を待つ間やることがないおれはこんなことを考えていた。
机に頬杖をついて教室の窓から外を見ると、広い校庭の中にジャージ姿の男が一人。どうやら体育教師がラインマーカーで白線を引いているようだ。そういや、二学期の体育ってサッカーだったっけ。まあ、どうでもいいかそんなこと。
夏休み明けということもあって、教室内はざわざわしていた。
久しぶりに顔を合わせた級友との会話はひどく盛り上がっているようで、やれ夏期講習が大変だっただの、中体連は惜しかったよなーだの、ひどく中身のない話ばかりで、とにかくうるさかった。
「聞いた? 二組の佐藤君の話」
「聞いた聞いた、夏祭りのことでしょ?」
「え? 何の話?」
とりわけうるさい女子たちの話し声が耳にとどいた。しり目に見ると、一塊になった女子たちは一人の女子生徒の方に目をやっては顔を突き合わせ、なにやらひそひそ話している。
「先週の夏祭りにね、佐藤君が周防さんを誘ったんだって。それでね、佐藤君、周防さんに告白したんだって、それも結構な人数の前で」
「屋台の真ん前で告ったってこと?」
「ばかあんた、クラスメイトの前でよ」
女子Aは周防をちらっと見ると声をひそめる。
「周防さん、振ったんだって。それもこっぴどく」
「なにそれ。ありえなくなーい」
女子Bが間の抜けた大きな声を出した。それとほとんど同じくして、盛大な舌打ちが聞こえた。とたんに教室内が静かになる。が、またすぐにやかましくなった。
見なくてもわかる、舌打ちの主は周防ユキだ。
周防ユキは中学に入学して一ヵ月も経たずに、学年で知らぬ者はいないほどに有名になった。入学初日の試験で学年二位を叩きだし、運動神経も抜群とあっては、人目を引くことこの上ないのだが、なにより彼女は顔がよかった。
校則にぎり引っかからない程度の肩までのばした髪、キツネを思わせるつり目、そして雪のように白い肌。周防はどことなく現実離れしていて、最近はやりの言葉を借りるなら、二次元的な人物だった。
おれがなぜこんなに詳しいかと言えば、やはり彼女を意識しているからだろう。ただし、容姿ではなく精神性についてであるが。
三年に進級するまで、おれは周防とほとんど接点がなかった。教師に無理やり入れられた委員会をのぞけば、廊下ですれちがうくらいだったが、それでも、お互いがお互いを意識しているのは明らかだった。案外わかるものなのだ。
目の動き一つとってもそうだが、意識していることを無意識下に収めようとしている時点で、そこには意識的なはたらきが生ずる。相手には伝わるものだ。
おれと周防に共通しているのは、クラス内で孤立しているということ。それも入学から三年の二学期の今にいたるまでずっとだ。おれにも周防にも、話しかける者など存在しない。それをだれも気にしない。
予鈴が鳴って担任が入ってくる。散らばっていた生徒たちが席につくのを待って、担任が話し出したが、おれは窓の外を眺めつづけていた。
「入ってきてくれ」
扉の開く音とともに、クラス中の視線が一点に集まったのが、背中越しにわかった。




