第ー章7 『初めての首都の外』
「あなたの名前は?」
目の前に立つ少女。だがその顔はぼやけている。まるで記憶自体が、それをはっきり見せることを拒んでいるかのように。孝盛は学生服を着て、短く整えた髪、そしてもう自分のものとは思えないほどの笑顔を浮かべていた。
「西郷孝盛。十三歳。君は?」
彼女は手の甲で口元を隠し、短く、抑えた笑い声を漏らした。まるで一人前のお嬢様のように。
「私は■よ」
名前は言い終わる前に消えた。残ったのは、鮮明な記憶だけ――長くまっすぐな、チョコレート色の髪。
現在に戻る。孝盛は首都の門をくぐり抜け、背後で鈍い音を立てて閉めた。
「どうでもいいやつらのせいで、死んでたまるかよ……」
拳を握りしめ、振り返らずに森へ向かって走り出す。落ち枝が足元でパキパキと折れる音を立てる中、進み続け、やがて背後に街が見えなくなった。木々の間に入って、ようやく速度を落とし、少し落ち着いて考えることを自分に許した。
『リガスはまだあそこで、あの化け物と戦ってる。王様はどこかに隠れてる。んで俺はここで、逃げりゃ何か解決するみたいに逃げてるだけ』
自分自身に苛立ち、歯を食いしばりながら歩き続けた。
「よくやった、孝盛。実に英雄的だな。『選ばれし者』が問題の兆候が見えた瞬間に森へ逃げ込むとか。これがアニメだったら、脚本判断でとっくに打ち切りだぞ」
もちろん、誰も答えない。ただ枯葉を踏む自分の足音だけが響く。
「そういや……」
ポケットに手を突っ込み、何かを探る。
「どこにやったっけ」
ズボンの奥に見つけて、取り出した瞬間、目が輝いた。
「そこにいたのか、俺の可愛い相棒」
得意げに電源を入れると、画面の端に亀裂が走っているのに気づいた。
「うわぁ……壊れてる。さよなら、俺の大事なお金」
それでも電源はついた。すぐさまロックを解除し、地図アプリをアイコンの中から探す。奇跡的にこの世界でも動くんじゃないかという、淡い期待とともに。
「頼む、頼む……電波でもいい。GPSでもいい。何でもいい。贅沢は言わないから」
開く。画面が一度、二度点滅して、勝手に閉じた。
「くそ、動かねぇ」
あきらめてポケットに戻し、自分の足が向かうままに歩き続けた。
「ソーラー充電器とか地図とか、持ってくるべきだったよな。それなのに持ってきたのは壊れたスマホと、生き延びたいって気持ちだけ。第一話にしちゃ最高の持ち物だぜ」
『アメリアに、どっちの方角に何があるか聞いておくべきだった。何でもいい、聞いておけば。当てもなく歩くよりましだったはずだ』
何時間も歩いた。木々と沈黙以外、何にも出会わなかった。疲労が足に重くのしかかり始めたが、止まらなかった。止まれば考える。考えれば思い出す――手を貫いた短剣、白い花の上の血、自分のものではない声が囁いた禁呪。
「全部おかしいだろ、これ……」
自分のシャツを裂いて作った即席の包帯の下、まだ痛む手を胸元へ寄せた。
『たった一日。この城に来てまだ一日なのに、もう二回も殺されかけた。このペースだと第二部まで持たねぇ』
一度立ち止まり、包帯を解いて傷を確かめる。思ったほど酷くはなかったが、拳を握るたびにズキンと痛んだ。
「まあ、化膿はしてないな。ちっちゃな勝利ってやつか」
また手を包み直し、歯で結び目を締めて、先へ進んだ。
「今の俺をリガスが見たら、絶対『歩いてる時点でもう遅い』とか言うんだろうな。あの爺さん、思考の中でも容赦ねぇ」
短く笑い声を漏らした。冗談が面白かったからというより、自分を奮い立たせるためだった。
やがて地形が変わり始め、孝盛はふいに崖の前に出た。左右どちらを見ても終わりが見えないほど長く続いている。向こう側にはさらに森が広がり、岩の間を流れる細い水の筋だけがそれを断ち切っていた。
「嘘だろ……」
崖の縁から覗き込み、落差を計算して顔をしかめた。
「冗談じゃねぇ。今日はもう十分苦しんだっつーの」
まだ朝の雨で湿った髪をかき上げ、向こう岸を見据える。それでその距離が縮まるとでもいうように。
「よし。橋か、渡れる場所か、何か見つけるまで歩くしかないな」
長いため息をついて、しばらく岩に腰を下ろした。疲れきった体が、今朝白い花畑で受けた一撃一撃を痛みで思い出させてくる。包帯を巻いた手のひらを見つめ、ゆっくり拳を握って痛みを確かめ、また崖へと視線を戻した。
「誰かが助けに来るのをじっと待つなんて、二度とごめんだ」
まだ震える脚で立ち上がり、崖の縁沿いに歩き始めた。渡れる場所を探しながら。
「さて……もしこれがゲームなら、道は一番期待してない場所にあるはずだ。壊れた橋とか、古いロープとか、そういう都合のいいやつ」
もう少し歩いたが、それらしきものは見つからなかった。
「あるいはこれはゲームじゃなくて、俺はただの馬鹿みたいに何時間も歩くだけかもな。最高だ。まさに欲しかったやつ」
足を速めた。これ以上ここで愚痴りたくなかったが、心のどこかで――一番正直な部分で――声に出して愚痴ることだけが、今の自分の頭を冷静に保つ唯一の方法だとわかっていた。
「もしこれを生き延びたら、次に見つけた書庫は、また消える前に絶対全部読んでやる」
歩き続けた。下を流れる水音だけを道連れに。崖の向こうの森は、夕暮れとともに立ち込め始めた霧の中へ、次第に溶けていった。




