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第ー章5  『血に染まる花畑』

 ベッドに倒れ込んでから、まだ四時間しか経っていなかった。

 城門を叩く鈍い音が、眠りを一気に引き裂いた。跳ね起きて窓から覗くと、衛兵たちが皆、同じ方向へ――ただならぬ切迫感を漂わせながら――駆けていくのが見えた。


 混乱したまま部屋を出て、大廊下を横切り、階段を下りる。国王、王妃、王女が正面の扉の前に立ち、囁き声で何か話していた。姿を見た瞬間、その声はぴたりと止んだ。


「何があったんですか」


 国王が即座に振り返る。


「なんでもない。国境で少し問題が起きただけだ。すでに衛兵を送った」


「わかりました……」


 背を向けて部屋へ戻ろうとした、その矢先。

 壁が震えるほどの爆発音が轟いた。振り返ると、門から煙の柱が立ち上っていた。


「な……」


 ゆっくりと出口へ向かう。だが国王が肩をつかんで止めた。


「待て。彼らが我々を守ってくれている」


 乱暴にその手を振りほどく。


「今の、聞こえましたよね!? 爆発ですよ!」


 国王は視線を落とし、すぐには答えなかった。


「だが、危険だ……」


「彼らが負けないって、なんでわかるんですか!? 外にいるやつが誰かを傷つけないって、なんでわかるんですか!? わかんないでしょう!」


 国王が一歩後退る。まるで言葉に物理的な重さがあったかのように。王妃は気まずげに目を伏せた。だが動いたのは王女だった。前へ出て、前触れもなく、爆発よりも大きな音を立てて頬を叩いた。


「くそ……」


 歯を食いしばり、手を上げかける――怒りと衝動の狭間で――しかし振り切る前に下ろした。

 背を向けて立ち去ろうとしたところ、国王がまた止めた。今度は手ではなく、どんな一撃よりも痛い言葉で。


「外に出て何をする? お前は弱い。今まで何もしてこなかったじゃないか。ただ死ぬだけだ」


 その場に固まった。何も返せなかった。言い返す言葉がなかったからではない。心のどこかで、国王の言うことが正しいとわかっていたからだ。


『……その通りだ』


 一言も発さず、正面の扉を閉め、自室へと戻った。数時間前まで満ちていたはずの気力を、その同じ廊下に置き去りにするように、足を引きずりながら。


 ※ ※ ※ ※ ※


 太陽が地平線から顔を出し、鳥たちは何事もなかったかのように、いつもの歌を再開していた。風が大きな庭の花々を揺らす。孝盛の瞼がゆっくりと開き、まだ眠気で霞んだ視界が、少しずつ晴れていった。


「あ……」あたりを見回しながら体を起こし、手の甲で右目をこする。「もう朝か」


 立ち上がり、頭を勢いよくかき、浴室へ向かう。廊下はいつも通り完璧に整えられ、使用人たちはすでにこんな早朝から掃除を続けていた。


「寒いな」


 浴室に入ると、床にそのまま掘り込まれた巨大な湯船――蛇口をひねると同時に水が溜まり始めた。


『すげぇな』


 シャツを脱ぐ。露わになったのは細身の体――弱々しくはないが、特別鍛えているわけでもない。たまに運動する程度の、こだわりのない体つきだった。


 蛇口を全開にする。水位は瞬く間に上がり、あふれる寸前で一気に締めた。


「よし」


 短い笑みが顔をよぎった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 風呂を終えると、黒の上品な礼服に着替え、下に白いシャツを重ねた。髪を丁寧に後ろへ撫でつけ、食堂へ向かう。そこにはすでに、国王、王妃、王女が待っていた。


 だが今回は、もうひとり別の人物がいた。


 見知らぬ男が、この場の誰とも噛み合わない落ち着きで椅子に座っていた。白く長い髪――孝盛がこの世界に来た時よりも長い――を後ろに撫でつけ、幾筋か乱れた毛先。目を横切る傷跡。だが何より目を引いたのは、腕が一本ないことだった。右腕。何かの道着めいた服を着て、首には青みがかった白のスカーフを巻いている――孝盛の好きな色に、ほとんど同じ調子で。


 困惑したまま席に着き、どこを見ればいいかもわからずにいた。数秒の沈黙のあと、思い切って尋ねた。


「あの……この人は?」


 国王が答えようと口を開いたが、その前に当の本人が、キビキビとした動きで立ち上がった。


「我が名はリガス。二百年前、十二使徒討伐に力を貸した者だ。王家に仕える不死の精霊。剣の神とも呼ばれる。――要するに、王がお前を鍛えろと私を呼んだのだ」


 孝盛は頭が真っ白になった。かろうじて絞り出せたのは「は?」だけで、説明を求めて国王の方を向いたが、返ってくることはなかった。


「陛下、失礼いたします。これ以上時間を無駄にはいたしません。今すぐこの若造を鍛えます。失礼」


 リガスは孝盛に近づき、ほとんど強引に、城の裏に広がる白い花畑へと引きずっていった。


「よく聞け、孝盛。これから、そして先の年月に起こることに備えねばならん。何が起きるかわからん以上、備えるしかない。剣の基本を教えてやる。それと、これとは別にひとつ忠告だ――あの書庫には二度と近づかない方がいい」


 やけに落ち着いた、ほとんど何気ないような声だった。孝盛が驚いて目を見開く暇もなく、気づけばリガスはもう背後にいた。反応する前に一撃が飛び、手にした木剣は真っ二つに折れた。孝盛は痛みで体を折り曲げ、地面に崩れ落ちた。


「なにすんだよ!? 剣すら渡してないだろ、この野郎!」


 リガスは無造作に一本を投げてよこす。孝盛はそれを空中で受け止め、まだ震えながら立ち上がった。それから続いた数分間は、避けきれない一撃の連続だった。何箇所も肌が裂け、血が一滴、また一滴と、白い花の上に落ちていく。花弁の白と激しく対をなす、赤に染めながら。


『くそ、くそ、くそ。ふざけんな……』


 再び立ち上がり、リガスから目を離さないようにする。一瞬、時間が引き伸ばされたように感じた――相手が猛スピードで背後へ回り込むのが、はっきりと見えた。ぎりぎりで振り返り、肩に一撃を入れる。リガスはそれを剣で難なく受け止め、蹴りで応えた。孝盛の体は数メートル吹き飛んだ。


「悪くないぞ、坊主。だが、まだ遅い」


 落ちきる前に、リガスはもう次の一撃へ向かって駆けていた。一発、また一発、息をつく間も与えず打ち込み続けた。


 そうして数時間が過ぎた。終わる頃には、庭の花と草の半分が血に染まっていた。地に伏す孝盛を見下ろし、リガスはどこか呆れたようにつぶやいた。


「剣の握り方から練習しろ」


 顔じゅう痣と乾いた血にまみれたまま、孝盛は最後の力で立ち上がろうとした。だが叶わなかった。限界を超えた体はついに折れ、赤く染まった草の上に意識を失って崩れ落ちた。


 リガスはしばらく黙って見下ろしていた。それから空を仰ぎ、意識のない孝盛には決して届かない呟きを漏らした。


「よく休め、坊主。もう十分にやった」

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