第七章 マハルーナの白馬
南へ、街道で一月と十日。マハルーナという町がある。地図の上では、どこの国の色にも塗られていない。王の代替わりのたびに、町へ挨拶の使いが来る。逆ではない。城壁は、ない。壁を築こうという話が出るたびに、要らぬという一言で流れてきたのだそうである。この町の壁は、石ではない。白い馬の姿をした、一頭の龍である。
町の真ん中に、聖母神を奉る白い神殿がある。聖母神白慈教会マハルーナ派の本殿である。その裏手に、神殿よりも古い建物がひとつ立っている。白い厩堂と呼ばれる、あの方の住まいである。町より、神殿より、何より古い。この土地に最初からいたのは、あの方なのだ。白馬と書いたが、馬と見誤る者はいない。肩までの高さが家の軒に届き、たてがみは風のない日も雪のように流れ、蹄が石畳を打っても、音がしない。朝、あの方は町をひとまわり歩く。市場の者は荷車を寄せて道を空け、軽く頭を下げ、それで終わりである。拝む者も、騒ぐ者もいない。隣人への辞儀である。私は着いた朝にこれを見て、しばらく動けなかった。私が五十年かけて森で作った間柄を、この町は、町ぐるみで持っている。
町の始まりの話は、寺伝にこうある。王国歴300年代、このあたりを戦が焼いた。焼け出された村の娘がひとり、命からがら森へ逃げ、さまよう先で、白い馬の姿の龍に行き合った。そして、奇跡が起きた。本来なら分かるはずのない龍の言葉が、娘には分かった。話が、できたのである。あの方は娘に、望みを問うたという。娘は、自分を助けてくれとは言わなかった。同じ戦に焼け出されて、いまも野をさまよっているはずの村の人たちを、先に助けてほしいと願った。おのれより先に他人を差し出したこの願いに、あの方は動いた。娘を背に乗せ、散り散りの村人を野から拾い集め、追いすがる兵を押し返した。生き残った人々は森の際に村を作り、あの方はそれを助けた。娘は、この助けを聖母神の思し召しと受け取って、小さな教会を建て、そのかたわらに、あの方の住まいを建てた。神と、龍と、二つながらに村の守りとしたのである。娘の亡きあとも、あの方は留まった。村は町になり、教会は神殿になり、娘は白き慈愛の聖女と呼ばれるようになった。寺伝の写しを三種まで突き合わせたが、骨はどれも同じである。ただひとつ、聖女がどうやって龍の言葉を解したのかだけは、どの写しも、奇跡、としか書いていない。貰った、とも書いていない。盗んだ、とも書いていない。ただ、分かった、と。二百十九話の仕分けのどこにも収まらない、私の知る限りただひとつの話である。
聖女の死後、この町には、時折、妙な生まれの者が出るようになった。龍の言葉が、聞こえる者である。聞こえるといっても、聖女のように明瞭にではない。あの方が声を発したとき、その意の輪郭が、ぼんやりと胸に浮かぶ、という程度だそうである。町ではこれを言伝のものと呼び、聖女の再来のしるしとして重んじ、あの方と町とをつなぐ役を任せてきた。血筋ではないらしい。聖女に子はなく、言伝のものは石工の家からも、宿屋の家からも出る。町の生まれであること。分かっている決まりは、それだけである。
私がこの町のことを知ったのは、拾い集めた龍の話の中でだった。以来、十年ちかく、私はこの町に文を書き続けた。願いはひとつ、言伝のものの立ち会いのもとで、あの方にまみえたい。出した願い文は、十九通。断りの返事は丁寧で、十九通とも文面が違った。二十通目の代わりに、私は五十年ぶんの帳面の写しを一抱え、荷にして送った。返事は半年後に来た。曰く、言伝のものが、この帳面の主に会いたいと申している、と。学問が門を開けたのではないと思う。物好きが物好きを呼んだのである。それでよい。氷窟へ発つ五年前、私は南へ下った。
言伝のものは、当代で十一人目、宿屋の生まれの、五十がらみの静かな女性だった。会ってまず、私は龍のことより、聞こえ方のことを訊いた。彼女の言い方を、できるだけそのまま書く。言葉が聞こえるのではない。あの方の声のあとに、少し遅れて、意の色のようなものが胸に来る。急いでいる、惜しんでいる、面白がっている、その程度が分かるだけ。来ないこともある。こちらが疲れているとき、心が波立っているときは、来ない、と。私は、少し遅れて、というくだりを聞き逃さなかった。どれほど遅れてかと訊くと、彼女は胸に手を当てて考え、息のふたつか、みっつ、と答えた。奇跡と呼ばれるものですら、あの間の窓の中で働いている。私はこのとき、最初の点と点がつながる音を聞いた。
まみえたのは、神殿の裏の、白い草地である。立ち会いは言伝のものひとり。問いは三つまで、刻は日暮れまで、というのが町が私に許した機会であった。あの方は草を食んでいた首を上げ、こちらへ歩いてきて、私の三歩前で止まった。私は、生涯やってきたとおりのことをした。森で覚えた挨拶を、間を計って、ひとつ。あの方は耳を立て、息二つ半ののちに、短く返した。それから、長い声がひとつ続いた。言伝のものが、目を閉じて、ゆっくり言った。継ぎはぎだ、と仰っています。羽のことば、鹿のことば、水のことば、山のことばの、継ぎはぎ。それから、少し間を置いて、彼女は目を開けた。でも、通じている、と。
その場に膝をつかなかったことを、私は自分で褒めてやりたい。五十年、私が拾い集めてきた声のかけらが、かけらのまま、それぞれどこの言葉か言い当てられた。継ぎはぎ、というお言葉は、けなしではない。私の帳面の目録である。そして、通じている。五十年で初めて、届いている、と言われたのである。点であったものが、この一言で、線になった。
問いを三つ、許されていた。ひとつめに、私は、龍は互いを名で呼ぶのかと訊いた。返った意は、呼ぶ、だが名は教えるものではなく、交わすものだ、という色だったそうである。ふたつめに、生涯の問いを訊いた。なぜ、龍は人に話しかけてくださらないのか。あの方はしばらく黙り、それから短く鳴いた。言伝のものは、困った顔で、しばらく黙って、こう伝えた。逆だ、と仰っています。話しかけられたことが、ないのだ、と。人は、龍に祈る。願う。拝む。捧げる。だが、話しかけてはこない。聖女は、話しかけてきた。だから、話した。それだけだ、と。私は帳面を持つ手が震えるのを、抑えられなかった。五十年、私は森で、湖で、岬で、挨拶を続けてきた。あれは正しかったのである。祈りは届け物で、挨拶は戸叩きである。戸は、叩いた者にしか開かない。
みっつめの問いを、私は長いこと迷って、それから思い切って訊いた。北の果ての氷窟に、いちばん古い方がおられると聞く。あの方は、私の話を、聞いてくださるだろうか、と。白い首が、初めて、わずかに傾いた。返った声は短く、言伝のものは、伝えるのにずいぶん間を要した。よく分かりません、と彼女は正直に言った。ただ、待っている、という色でした。何を待っておられるのかは、分かりません、と。
町を発つ朝、あの方は門のない町の境の石まで、私と並んで歩いてくださった。町の者が客人を見送るときの、いちばんの礼なのだそうである。境の石で、あの方はこちらを向き、ひと声、発した。言伝のものは、いない。意味は、いまも分からない。私は間を計って、精いっぱいの継ぎはぎで、返した。あの方は、頷いた。頷いた、と書けば人くさすぎるのだろうが、五十年獣を見てきた目に懸けて、あれは頷きだった。北へ行く支度を始めたのは、家に帰り着くより早い。町を出て三日目の峠の宿で、私は帳面の新しい頁に、ニヴァル、と書いたのである。




