第六章 暁の鳥と龍語のこと
西へ、街道で一月半。海に落ちる崖の続く地方があり、ケレの岬の沖に、離れ岩がひとつ立っている。その岩の上に、大鳥の姿の龍が棲んでいる。翼を畳んでいても漁り舟より大きく、姿は鷺に似て、尾羽だけが長い。浦の者はアケの鳥さまと呼ぶ。夜明け、最初の日が海から差すと、あの長い尾羽が向こう透きに燃え立って見える。燃える尾の大鳥、と旅の話に出てくるのは、たぶんこの照り返しのことである。尾が実際に燃えているのを、私は見ていない。
この方は、歌う。夜明けに、沖へ向かって、長い長い歌をうたう。声というより歌と書くほかない。節が連なり、うねり、また戻ってくる。長い朝は息四十を超えた。私はこの歌の噂を聞いて岬に行き、番小屋を借りて、ひと夏、住み着いた。夜明けごとに崖の上に座り、書き取った朝が、五十と一。この章は、その五十一朝の帳面から書く。旅の章のなりをしているが、中身は理屈の章である。先に断っておく。
書き取りの道具の話を少しだけしておきたい。龍の声は人の文字で写せない。高さが坂のように動き、喉の詰めと震えが意味の側に関わっているらしいのに、文字は音の順番しか写せないからである。私の声形は、横の基線に、高さを上下、長さを伸び、詰めを点、震えを波で書く。種は学問ではなく、雪の上の足跡である。猟師は足跡の深さと間合いから獣の速さも疲れも読む。足跡が雪に書かれた歩みなら、声も紙に足跡のように写せるはずだ、と若いころに考えた。間の物差しは息である。落ち着いて吐く息ひとつが、息一つ。水時計は持ち歩けないが、息は持ち歩ける。
白状もしておく。この書き取りの腕は、龍で磨いたものではない。若い日、龍の声はあまりに稀で、稽古の相手にならなかった。私の先生は、獣と鳥である。沢で番いのサワミソサザイを三度の春書き取って、夫のどの節に妻のどの節が返るかが番いごとに決まっていること、連れ合いを替えた鳥は年を取っていても対応を組み直すことを知った。里鴉の鳴き交わしを数えた夏には、息半分から一つの間に返った声だけが次につながることを知った。山猿の群れでは、割り込む若いのに誰も返さず、返されないことを繰り返して待つことを覚えるのを見た。歌の型は種のもの、対応は相手と作るもの、順番はしつけられるもの。この三つを胴巻きに入れて、私は岬へ登ったのである。
五十一朝ぶんの歌を並べて分かったことを、順に書く。第一に、歌は毎朝違う。ひとつとして同じ朝はなかった。第二に、それなのに、歌を刻んでいくと、部品は毎朝同じなのである。私が数え上げた節は、三十と七。どの朝の歌も、この三十七の節の組み替えでできていた。三十七のものから、五十一通りの、いや、おそらく無限の歌が出てくる。人の言葉と同じ作りである。私たちも、限られた言葉を並べ替えて、言い尽くせないことを言う。第三に、並びには癖がある。ある節のあとには決まって来る節があり、決して来ない節がある。歌の頭にしか立たない節があり、締めにしか出ない節がある。つまり、並べ方に決まりがある。私はこれを、龍語に文法があると言い張るときの、いちばん堅い杭にしている。中身は一頭ごとに違っても、決まりを持つという一点で、龍の声は、鳴き声ではなく言葉の側にいる。
浦の話も書いておく。浦では、あの歌が日を呼ぶのだと言う。アケの鳥さまが歌わない朝は、日が昇らない、と。実を言えば、崖で待った朝のうち、歌のない朝も四度あって、日はどの朝もちゃんと昇った。だから話は、字義のとおりには嘘である。ただし、歌のなかった四度の朝は、四度とも、昼までに海が荒れた。浦の者はそれを知っていて、歌のない朝は舟を出さない。話の皮は嘘でも、芯は命を守っている。物語は嘘をつくが、出鱈目は言わない、と私が言うのは、こういうことである。
その伝で、番小屋の夜なべにやった仕事がある。旅先で書き溜めてきた龍の話は、この夏で二百と十九になっていた。並べると、西の話の龍はおおむね敵で、姫をさらい、宝を抱き、勇士に討たれる。東の話の龍はおおむね貴人で、水底の宮で客をもてなし、雨を司る。割れているのは龍ではなく、語る側の渇きである。水に渇く土地は水の主を敬い、宝に渇く土地は宝の主を憎む。ついでに言えば、西の龍があれほど宝を抱くのは、蓄えて成った者たちという彼らの根の性を、人の話が金銀に写し間違えたのだろうと私は見ている。証しのない話の棚に置いておくが、気に入っている見立てである。
二百十九話を、人が龍の言葉を解するか否かで仕分けもした。解する話は多い。だが、解し方が妙に揃っている。討った龍の血を舐めて耳の開いた勇士。龍の王に珠を貰った漁師。呪いで一夜だけ聞こえた王女。盗んだか、貰ったか。二百十九話のどれもがその二本道で、習って解した者は、ひとりもいなかった。仕分けを終えた晩、番小屋の灯りの下で、了見が静かに決まった。物語に用意された道が二本なら、私は三本目を歩いて死ぬのだろう。習う、という道である。先を歩いた者がいないことは、歩けないことの証しにはならない。
最後に、あの夏いちばんの朝のことを書く。発つ三日前だった。いつものように歌が始まり、いつものように節を追っていた私の手が、途中で止まった。歌のまんなかに、知らない節がひとつ挟まっていたのである。三十七のどれでもない。だが、初めて聞く形でもなかった。それは、私が毎朝崖の上で、書き取りを始める前に小さく出していた、挨拶の声だった。エルダの森で覚えた、あの短い呼びかけである。あの方は沖を向いたまま、私の声を、ご自分の歌の中に、一度だけ織り込んで、済まして歌い続けた。返事をもらったのではない。引用されたのである。あの朝の帳面は、そこから先の字が乱れていて、いま読み返しても書き足せない。五十年習っても、私はまだ龍の言葉をひとことも返せない。あちらは、ひと夏聞いただけの人間の声を、歌に織り込んでみせる。学びの才では、どうやら、あちらがずっと上である。ならば、と岬を下りながら思ったことを、この章の結びにする。あちらに学べるのなら、あちらの言葉は、習える形をしているのである。




