第九章 最も古き龍
北の果ての話をする前に、しくじりの話を二つ、先に済ませておく。ニヴァルの氷窟へは、三度出かけて、二度しくじった。一度目は、最後の人の村を出て四日目に吹雪に捕まり、橇を捨てて命だけ持ち帰った。二度目は七日目まで進んで、やはり吹雪に封じられ、雪洞で三日を数えてから引き返した。足の指を一本、置いてきた。年寄りの道楽の代価としては、安いか高いか、いまだに分からない。三度目は、王国歴1381年の、日の長い季節である。連れは橇一台と、五十年ぶんの帳面から選り抜いた七冊。それだけだった。案内を雇わなかったのは、金の問題ではない。あの氷原で人がひとり増えることは、危なさがひとり分増えることだからである。
ニヴァルの氷窟に、最も古い龍が棲む。姿は、私の郷の言い方でいう龍そのもの、翼ある大蜥蜴の姿だと伝えられていた。氷窟に棲みついてからだけでも、千年を超えるという。それより前のことは、誰も知らない。神々の戦を、その目で見たと言われている。人がまみえた話は、古い伝えにいくつかあるが、どれも、入り口で引き返した、までである。言葉を交わした話は、ひとつもない。
道中のことは、手短に書く。最後の村から九日。白いだけの原を、橇を引いて歩いた。生き物の声が、途中から消える。鳥も、狐も、風の中の虫も、いない。五十年、声を追って生きてきた男には、あの静けさがいちばんこたえた。書き取るものが、何もないのである。十日目の昼、氷の崖にあいた青い口が見えた。人の建てた門など比べ物にならない、氷の門だった。私は橇を止め、身なりを整え、それから、白状すれば、半刻ほど動けなかった。動けるようになったのは、支度のおかげである。あの半刻、私は千度繰り返した挨拶を、千一度目に繰り返していた。
氷窟の中は、青かった。壁の氷は底が知れず、奥から、押される息のような冷気がゆっくり出入りしていた。呼吸である、と気づくのに、しばらくかかった。窟そのものが、息をしているのだと思ったのだ。違った。奥にいる方の息が、窟を出入りしていたのである。私は、届く限りの奥へ声が通る場所まで進み、足を止め、組み立ててきた挨拶を出した。いちばん古い形の、名乗りつきの挨拶である。写し替えの決まりを遡って組んだ、誰にも検めてもらったことのない、紙の上の古語だった。
長い間があった。息二つ半ではない。息の五十まで数えて、私はもう一度出そうかと迷い、やめた。待つのは仕事である。息の百を過ぎたころ、氷の奥で、山の動く音がした。青い暗がりの底に、金色の目がひとつ、開いた。凍った月のような目だった。それから、声が来た。地の底からでも、天井からでもない。四方の氷そのものから来るような声だった。そして私は、その最初のひと声に、腰から崩れそうになった。意味が分かったからではない。言葉が、人の言葉だったからである。私の郷の、北方なまりの、人の言葉だった。
誰に習うた。
あの方は、そう訊いたのである。五十年の間、誰からも問われなかった問いを、最初の龍が、最初に訊いた。私は答えた。この答えだけは、その場で組み立てたのではない。生涯かけて組み上がっていたものが、出ただけである。あなたがたの声に、五十年、習いました、と。
長い、長い間があった。それから声は言った。五十年でそれか。遅い。……まあ、座れ。
幾日いたのか、正直に書くが、分からない。窟の奥に昼夜はなく、私の眠りは細切れで、帳面の日付は三日目で乱れている。憶えているのは、話が途切れなかったことである。あの方はおおむね人の言葉で話し、私はおおむね継ぎはぎの龍語で話した。私の継ぎはぎを、あの方は面白がった。おまえの言葉は古すぎる、と笑われもした。三千年前の子供の言い回しだ、と。直されもした。名乗りの節の結びが違う、それでは名を貸すという意味になる、と。生涯の学問の検分を、最初の話し手にしてもらったのである。学者の生涯として、これ以上の果報を私は知らない。
話したことのすべては、ここに書き切れない。声形とあわせた問答の写しは、別に綴じて本書に付す。ここには、骨だけを書く。あの方は、齢を訊いたら、忘れた、と答えた。名を訊いたら、しばらく黙って、名は交わすものだ、急ぐな、と答えた。神代のことを訊いたら、答えは何日ぶんもあった。山がまだ歩いていたころの話。海がいまの倍あったころの話。そして、神々の戦の話である。私は、学のある方々に嗤われるのを承知で書くが、あの方の語った神々の戦は、寺で聞かされるどの語りとも、細部が違った。どちらが正しいかを決めるのは、私の仕事ではない。私の仕事は、書き取ることである。だから、ひとつだけ、一字も変えずに書き写しておく。人の世で反逆神と呼ばれる方のことを訊いたときの、あの方の答えである。
龍は、人が後から決めた呼び名を、用いぬ。汝ら人が「反逆神」と呼ぶあの神を、我は、いまも、いにしえの名で呼ぶ。あれが弓を引く前、まだ八柱の一柱として、日の暮れるたびに世を巡り、疲れた者に眠りを、迷う魂に憩いを配って歩いていた、あのころの名で、な。あれは「慈宵神」であった。全き称を、「幽宵の安息たる第二の座」と申す。一日の労苦をおだやかに閉じ、迷う魂を憩わせ、世に静寂を敷くことが、あれの務めであり、あれの名であった。「反逆」も「万夜」も、戦に勝った側が、後から塗り重ねた名にすぎぬ。我ら龍は、塗り重ねられた名を、覚えぬ。最初の名だけを、覚えておる。いまだになぜかの神が反逆などしたのか、信じられぬがゆえに。
この答えのあと、あの方は長いこと黙っていた。私も黙っていた。窟の氷が、どこかで軋んだ。それきり、その話は二度と出なかった。
問うたのは、私ばかりではない。あの方も、問うた。龍が人に問うのである。おまえの山には何が棲む。狐はどう獲る。なぜ矢を持たずに山へ入る。なぜ五十年もやめなかった。私はひとつずつ答えた。七つの年の吹雪の話もした。頭の上を過ぎた影と、ひと声のことを。あの方は、その話のあいだ、一度も口を挟まなかった。話し終えても、何も言わなかった。ただ、あの凍った月のような目が、それまでよりわずかに細くなったのを、私は見た。何の意味かは、書かない。分からないことを分かったように書かないのが、私の五十年の掟である。掟がこれほど恨めしかったことも、ない。
発つ日のことは、少しだけ書く。あの方は、天気が変わる、帰れ、と言った。それから、置いていけ、と言った。何をかと問えば、帳面を、と。私は選り抜きの七冊を、氷の床に置いた。あの方は目を細めてそれを眺め、持ってきた甲斐があったな、と言った。読めるのかと訊いたら、初めて、笑い声のようなものを聞いた。氷窟じゅうの氷柱が鳴った。おまえは五十年で人の身のまま我らの声を書いた、我が人の文字を覚えるのに、何年かかると思うか、と。……別れ際に、私はもうひとつだけ、問いを口にした。その問いと、返ってきた答えのことは、この章には書かない。この手記の、いちばん最後に書く。
氷の門を出ると、外は昼だった。十日ぶりの日の光の中で、白い原がどこまでも続いていた。行きには死ぬほど恐ろしかったあの白さが、帰りには、ただ静かだった。世界は何も変わっていない。変わったのは、こちらの耳である。人と龍とが言葉を交わしたのは、知られている限り、あの幾日が初めてである。そして私が言いたいのは、たったひとつ、こういうことだ。あれは奇跡ではなかった。五十年かかった。だが、道はあったのである。初めから、ずっと、あったのである。




