第9話「その世界は、昨日も食べました」
「九百一番のお客様」
列の奥で。
手が挙がった。
細い。
白い。
人間の手だった。
秩序ちゃんは、少し意外に思った。
世界を焼いて作った《新天地バーガー》。
それを受け取りに来た客は。
普通の少女に見えた。
十歳ほど。
裸足。
白いワンピース。
長い黒髪。
「お待たせしました」
白いクルーがトレーを渡す。
「ありがとう」
少女は。
今しがた一つの世界だったバーガーを。
両手で持った。
「……食べるんですね」
秩序ちゃん。
思わず口にした。
少女がこちらを見る。
「うん」
「それが何だったか、知っていますか」
「知ってるよ」
一口。
噛む。
ぱき。
小さな音。
バンズではない。
何か。
遠くの空で。
星座が一つ消えた。
少女は気にしない。
「おいしい?」
渾沌ちゃんが聞いた。
「今日はちょっと若い」
「世界に若いとかあるの?」
「あるよ」
少女。
また一口。
「海が多い」
秩序ちゃんは。
バーガーを見る。
肉。
野菜。
ソース。
普通に見える。
だが。
噛み跡。
その断面だけ。
海だった。
青い水面。
小さな島。
嵐。
すぐにチーズへ戻る。
「……昨日も」
少女が言った。
「似たの食べた」
「昨日?」
「うん」
「同じ商品を?」
「同じ世界」
秩序ちゃん。
止まる。
「同じ?」
「うん」
少女は。
何でもないことのように続けた。
「昨日も逃げてきた」
◇
「待ってください」
秩序ちゃん。
少女の前に座る。
「昨日、その世界は消費されたんですか」
「うん」
「では今日の世界は」
「同じ」
「同一ではありません」
「同じだよ」
「昨日食べられたなら、存在しないはずです」
少女が。
少し考える。
「でも来たよ」
「それは」
「昨日もね」
一口。
「世界を一つ払って」
一口。
「中身だけ逃がして」
一口。
「残った世界をバーガーにして」
一口。
「私が食べた」
最後。
包み紙だけになった。
「今日も同じ」
少女。
指についたソースを舐める。
「ごちそうさま」
立つ。
「待ってください」
「なに?」
「逃げた住民は」
「いるよ」
「どこに?」
少女は。
店内を指した。
「いっぱい」
秩序ちゃん。
振り返る。
月。
影。
都市。
王。
音。
怪物。
客。
「どれですか」
「全部じゃない?」
少女は帰った。
自動ドア。
開く。
外には。
宇宙ではなく。
朝焼けの海があった。
少女はその上を歩いていく。
ドア。
閉じる。
「…………」
「秩序ちゃん」
「はい」
「混乱してる?」
「非常に」
◇
白いクルーへ。
「昨日の注文履歴を確認したいのですが」
「世界一つです」
「質問ではありません」
「閲覧料です」
「…………」
「世界一つ」
「何でも世界ですね」
「夜間ですので」
渾沌ちゃんが。
「昼なら安い?」
「無料です」
「明日の昼に聞こう」
「昼は対応していません」
「ずるい」
「規則ですので」
秩序ちゃんは。
メニュー横。
小さな端末を見る。
誰も触れていない。
履歴が流れている。
『出口注文』
『出口注文』
『出口注文』
同じ商品。
同じ支払。
同じ世界。
日付だけが違う。
昨日。
一昨日。
三日前。
一週間前。
一年前。
百年前。
千年前。
「……渾沌ちゃん」
「見えてる」
スクロール。
さらに。
『一回目』
古い。
文字が崩れている。
その世界は。
何度も。
何度も。
ぱんでむへ来ている。
同じ黒い消失から逃げるため。
世界を一つ支払い。
住民を移し。
殻をバーガーにされ。
食べられる。
そして。
また。
世界としてやってくる。
「同じ世界じゃない」
秩序ちゃんが呟いた。
「え?」
「同じ履歴を持つ世界です」
「違うの?」
「少なくとも」
端末。
指で追う。
「座標が違う」
「毎回?」
「はい」
「住民は?」
秩序ちゃん。
次の欄。
止まる。
『人口』
八十四億。
次回。
八十四億。
次。
八十四億。
全て。
同じ。
「…………」
「同じ?」
「はい」
さらに。
『主要人物』
名前。
同じ。
『歴史』
同じ。
『戦争』
同じ。
『災害』
同じ。
『世界終端原因』
同じ。
「完全コピー?」
「断定できません」
「でも」
「コピーなら」
秩序ちゃん。
履歴を見る。
「なぜ本人たちは毎回、ぱんでむへ来ることを知っているんですか」
そこだけ。
違った。
一回目。
『避難先発見まで七百年』
二回目。
『六百九十九年』
三回目。
『六百九十八年』
減っている。
一回ごとに。
一年ずつ。
「……覚えてる」
渾沌ちゃん。
「世界が?」
「誰かが」
◇
履歴。
最下部。
一つだけ。
商品名が違う。
『初回注文』
出口ではない。
『保存』
支払。
『なし』
「…………」
秩序ちゃん。
開く。
詳細。
『対象』
世界全域。
『保存形式』
不明。
『復元条件』
世界終端。
『復元地点』
任意。
『復元回数』
制限なし。
そして。
『保存者』
空欄。
秩序ちゃん。
息を止める。
「これ」
「うん」
「逃げていたんじゃない」
言葉が。
そこで止まる。
白いクルー。
隣から。
「次のお客様どうぞ」
いつの間にか。
世界が。
また。
列に並んでいた。
「…………」
同じ。
さっき食べられた世界。
海。
大陸。
都市。
人。
黒い消失。
まだ。
端から広がっている。
世界が口を作る。
「出口を一つ」
白いクルー。
「片道ですか」
「はい」
「移動対象は?」
「全部」
「住民含む?」
「含みます」
さっきと。
同じ会話。
一語も違わない。
ただ。
秩序ちゃんには。
一つだけ。
違って見えた。
世界の表面。
小さな海岸。
そこに。
一人の子供が立っている。
海へ。
何かを書いている。
砂浜。
大きな文字。
秩序ちゃん。
目を凝らす。
《今回は、少し早かった》
「…………」
波が。
文字を消した。
子供は。
空を見た。
ぱんでむのある方向を。
まっすぐ。
そして。
笑った。
白いクルーが。
「お会計」
世界は答える。
「私自身を」
「承知しました」
レジが鳴った。
秩序ちゃんは。
もう止めなかった。
ただ。
次に来た時。
何年早くなるのか。
それだけを。
覚えておくことにした。




