第10話「亡くなった世界を、お召し上がりください」
渾沌ちゃんが、捨てられた包み紙を拾った。
「持って帰ろ」
「置いてください」
「なんで」
「今まで何を見ていたんですか」
「限定パッケージっぽい」
「世界を焼いたバーガーの包み紙です」
「だから珍しいじゃん」
《新天地バーガー》。
さっきまで世界だったもの。
少女が食べ終え、何気なく返却口へ置いていった紙。
渾沌ちゃんが折り畳む。
「記念」
「戻してください」
「やだ」
「渾沌ちゃん」
「秩序ちゃん、欲しい?」
「要りません」
「じゃ私の」
四つ折り。
さらに半分。
その瞬間。
包み紙の内側から。
鐘が鳴った。
からん。
二人とも止まる。
紙の中央。
小さな扉があった。
黒。
両開き。
銀色の取っ手。
「…………」
「ほら」
「何が『ほら』ですか」
「当たり」
「置いてください!」
扉が。
開いた。
香りがした。
肉でも。
油でもない。
花。
香。
雨上がりの土。
そして。
知らない家の夕食。
次の瞬間。
床がなくなった。
◇
落ちた先は。
静かな店だった。
黒いテーブル。
黒い椅子。
壁には、白い花。
照明は低い。
客たちは誰も喋っていない。
全員。
黒い服。
「……葬式?」
渾沌ちゃんが囁いた。
「そのように見えます」
二人の制服だけが。
ひどく浮いていた。
店員が来た。
人間だった。
黒いエプロン。
胸元。
小さな銀色のロゴ。
PANDEMONIUM
「ご参列ですか」
「違います」
秩序ちゃん。
「迷い込みました」
「そうですか」
店員は驚かなかった。
「では後方のお席へ」
「帰り道を」
「式後に開きます」
「式?」
店員は。
中央を見る。
一番大きなテーブル。
そこに。
バーガーが一つ。
置かれていた。
「間もなく始まります」
◇
席につく。
正面。
巨大な窓。
外には。
宇宙。
星々。
その中央。
何もない場所。
一人の老人が立つ。
杖。
黒い服。
両手を合わせた。
「本日は」
静かな声。
「世界九〇四一七の葬送に、お越しいただきありがとうございます」
渾沌ちゃん。
秩序ちゃんを見る。
秩序ちゃんは黙っていた。
老人。
「享年」
一拍。
「四十六億二千万年」
店内。
誰かが鼻をすする。
「長い生涯でした」
窓。
映像が変わる。
海。
最初の雨。
微生物。
森。
動物。
都市。
戦争。
結婚式。
病室。
夏祭り。
無人の道路。
最後。
赤い空。
「三日前」
老人。
「最後の生命活動が停止しました」
後ろ。
子供が泣いている。
母親が肩を抱く。
「当店では」
老人が。
中央のバーガーへ手を向けた。
「世界九〇四一七の全記録より、保存可能なものを一品へ調理いたしました」
バーガー。
普通に見える。
小さい。
両手に収まるほど。
「……世界線バーガー?」
渾沌ちゃん。
小声。
「似ていますが」
秩序ちゃん。
目を細める。
「違います」
存在純度。
100%。
だが。
圧縮でも。
変換でもない。
もっと。
柔らかい。
何かを。
残している。
◇
バーガーは。
切り分けられた。
一人。
一欠片。
大人も。
子供も。
老人も。
順番。
「食べるの?」
「静かに」
最初の女性。
一口。
目を閉じる。
笑った。
泣いた。
「……雨」
それだけ。
次。
男。
「駅前のパン屋」
次。
少女。
「犬」
次。
老人。
長い沈黙。
「妻の手」
誰も。
説明しない。
一口ごとに。
世界から。
一つだけ。
何かが戻る。
味ではない。
記憶そのものでもない。
その世界で。
確かに存在していた。
小さなもの。
◇
「お二人も」
店員が。
皿を置いた。
「私たちは関係者ではありません」
秩序ちゃん。
「構いません」
「なぜ」
「亡くなった世界は、知らない誰かに覚えてもらった方が長持ちします」
秩序ちゃん。
皿を見る。
一欠片。
「食べたら」
「何が見えるかは、こちらでは選べません」
渾沌ちゃんは。
もう食べていた。
「渾沌ちゃん!」
止まる。
目。
見開く。
「……なに」
「何がありました」
「…………」
渾沌ちゃん。
噛む。
少しだけ。
笑った。
「公園」
「公園?」
「滑り台」
それ以上。
言わない。
秩序ちゃん。
欠片を見る。
長く。
そして。
口へ。
温かい。
一瞬。
知らない天井。
古い家。
雨。
台所。
鍋。
小さな女の子が。
椅子に座っている。
「まだ?」
誰か。
鍋をかき混ぜる。
「もうちょっと」
「おなかすいた」
「はいはい」
女の子。
足をぶらぶら。
鼻歌。
それだけ。
終わった。
秩序ちゃんは。
皿を見た。
空。
「…………」
「何だった?」
渾沌ちゃん。
「夕食を待っている子供です」
「それだけ?」
「はい」
「いいじゃん」
「……そうですね」
◇
最後の一欠片。
老人が食べる。
窓の外。
何もなかった場所。
小さく。
光った。
星ではない。
文字。
世界九〇四一七
その下。
葬送完了
拍手はなかった。
客たちは立つ。
静かに。
帰る。
泣いている者も。
笑っている者も。
「終わったね」
渾沌ちゃん。
「はい」
「帰れる?」
店員が。
出口を指した。
黒い扉。
「こちらです」
秩序ちゃん。
立つ。
そこで。
壁際に気づいた。
棚。
無数の小さな札。
世界番号。
日付。
葬送済み。
葬送予定。
何十万。
何百万。
上。
下。
奥。
棚そのものが。
見えなくなるまで続いている。
「…………」
秩序ちゃん。
一枚。
視線が止まる。
新しい札。
まだ。
花も供えられていない。
文字。
葬送予定
世界番号。
見覚えはない。
だが。
その下。
店舗識別。
知っている。
自分たちの。
ぱんでむ。
日付。
秩序ちゃんの指が。
止まった。
「秩序ちゃん?」
明日。
だった。
店員が。
後ろから。
静かに札を外した。
「失礼しました」
「…………」
「これはまだ」
札を裏返す。
「予約ですので」
秩序ちゃん。
店員を見る。
「誰が予約したんですか」
店員は。
札を棚へ戻した。
答えなかった。
黒い扉が。
ゆっくり開いた。




