第78話「言われた通りにしたからって、決めた人じゃなくならないでください」
土曜日。
午前十一時五十二分。
PANDEMONIUMのレジ前に。
七人いた。
「多い!」
渾沌ちゃんが言う。
「数えなくていいです」
秩序ちゃん。
「でも七人!」
「増やさないでください」
「私、並んでないよ」
「なら六人です」
◇
先頭。
白い帽子の男。
その後ろに。
小さな紙袋を持った女。
さらに。
親子。
作業着の男。
杖をついた老人。
最後に。
制服の少女が滑り込んだ。
「すみません!」
息を切らしている。
「十二時の電車、乗りたいんです」
◇
時計。
十一時五十三分。
老人が振り返る。
「この子、先にしてやんなよ」
「え」
少女。
「若いのに大変だ」
「でも」
「俺は急いでない」
老人が一歩よける。
「ほら」
◇
渾沌ちゃんが。
少女へ手を振る。
「こっち!」
「待ってください」
秩序ちゃん。
「何?」
「老人の前には、四人います」
◇
全員が。
少しだけ。
前を見る。
白い帽子の男は。
注文中。
紙袋の女。
親子。
作業着の男。
「私はいいですよ」
紙袋の女が言った。
「私たちも」
母親。
作業着の男は。
腕時計を見る。
「俺はちょっと困る」
◇
「あ」
少女が止まる。
「すみません」
「いや」
作業着の男。
「一個だけなら先でもいいけど」
「一個です!」
「じゃあ」
◇
渾沌ちゃんが言う。
「みんなオッケー!」
「まだです」
「誰?」
秩序ちゃんが。
先頭を見る。
白い帽子の男。
会計が終わった。
「私はもう終わったよ」
「では」
秩序ちゃんは少女を見る。
「先にどうぞ」
◇
少女は。
バーガーを一つ注文した。
「持ち帰りで!」
「三分ほどです」
「間に合う!」
少女が笑う。
◇
十一時五十七分。
問題が起きた。
「すみません」
作業着の男が言う。
「俺の、まだ?」
「次です」
渾沌ちゃん。
「十二時に向かいで受け取りなんだ」
「急いでたの?」
「ちょっとって言っただろ」
◇
少女のバーガーが先に出た。
「ありがとうございます!」
少女は走っていく。
老人が笑う。
「よかったな」
作業着の男は。
笑わなかった。
◇
十二時一分。
男の注文が出た。
男は袋をつかむ。
「行ってきます」
「すみません」
秩序ちゃん。
「いや」
男は老人を見る。
「あの人が先にって言ったからでしょ」
「俺?」
老人が目を丸くする。
「俺は自分の順番を譲っただけだよ」
◇
渾沌ちゃんが。
止まる。
「そうだった」
「でも店が先にしたんだろ」
老人。
「はい」
秩序ちゃん。
「私たちが決めました」
「じゃ、なんで俺見るんだよ」
作業着の男。
「見てません」
「見てたよ」
「……見ました」
◇
男は出ていった。
扉が閉まる。
老人が。
杖を持ち直す。
「俺、余計なこと言った?」
「提案はしました」
秩序ちゃん。
「じゃ俺が悪い?」
「それだけではありません」
「昨日の子みたいに、言ったことにも関係あるんだろ」
「あります」
「じゃやっぱ俺?」
◇
渾沌ちゃんが。
レジ台を指で叩く。
「でも」
一回。
「聞いたの私たちだよね」
二回。
「うん、先でいいって思ったのも」
三回。
「私たち」
◇
秩序ちゃんが頷く。
「はい」
「じゃ、おじいさんが言ったから、は使えない?」
「理由の一部にはできます」
「逃げ道には?」
「できません」
◇
老人が言う。
「俺が先にって言わなきゃ起きなかったぞ」
「昨日なら」
渾沌ちゃん。
「それも関わったことになる」
「昨日は何があったんだ」
「鉢が割れた」
「何の話だ」
「長いです」
秩序ちゃん。
◇
十二時七分。
列はなくなった。
老人だけが。
窓際でバーガーを待っている。
「じゃあ次から何も言わん方がいいか」
「なぜですか」
「言ったら関係あるんだろ」
「あります」
「面倒だ」
「はい」
「だったら黙る」
◇
秩序ちゃんが。
少し考える。
「それも困ります」
「どっちだよ」
「提案があることと」
レジを見る。
「採用することは別です」
「だから?」
「提案した人が、採用した人の代わりに決めたことにはしません」
◇
渾沌ちゃんが。
老人の隣へ座る。
「おじいさんは、自分なら待てるって言った」
「そうだ」
「それは役に立った」
「うん」
「でも他の人も待てるって決めたのは」
レジを指す。
「こっち」
「そういうことか」
◇
午後一時。
作業着の男が戻ってきた。
「間に合いました?」
渾沌ちゃん。
「二分遅れた」
「すみません!」
「向こうも遅れてたから平気だった」
「じゃあ平気?」
「結果はね」
◇
秩序ちゃんが。
男を見る。
「先ほどは、あなたが『ちょっと困る』と言った時点で、こちらが具体的に確認すべきでした」
「何時までか?」
「はい」
「俺も十二時って最初から言えばよかったけど」
「それもあります」
「でも聞かなかったのは店?」
「はい」
◇
老人が。
まだいた。
「長居してるね」
渾沌ちゃん。
「二個目食ってる」
「元気ですね」
老人が作業着の男へ言う。
「悪かったな」
「いや、あんたは自分の番を譲っただけだろ」
「先にしてやれとも言った」
「言ったな」
「だから少しは俺もいる」
「少しって何だよ」
二人とも。
笑った。
◇
「少し、でいいの?」
渾沌ちゃん。
「量にはしません」
秩序ちゃん。
「また『何に』?」
「はい」
「おじいさんは提案」
「はい」
「私たちは採用」
「はい」
「作業着の人は、困るって言った」
「はい」
「でも詳しく聞かなかった」
「私たちです」
◇
夕方。
レジ前には。
誰も並んでいなかった。
床の列を示す線だけが。
まっすぐ残っている。
「順番って」
渾沌ちゃんが。
線の上を歩く。
「一人が譲ったら、そこだけ穴が開くと思ってた」
「列なので」
「後ろまで動く」
「はい」
◇
「じゃあ」
渾沌ちゃんが振り返る。
「誰かが『こうしたら?』って言ったら?」
「聞きます」
「いい案だったら?」
「採用するかもしれません」
「失敗したら?」
「言った人を見ます」
「見るんだ」
「何を言ったかは見ます」
「そのあと?」
秩序ちゃんは。
レジの内側に立った。
「採用した自分も見ます」
◇
床の線は。
誰にも命令していなかった。
老人の言葉も。
少女の急ぎ足も。
作業着の男の時計も。
それぞれ。
判断の材料にはなった。
でも。
最後に順番を変えたのは。
レジのこちら側だった。




