↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
77/92

第77話「手を出してないからって、決めてないことにはしないでください」


 金曜日。


 午後二時十一分。


 雨が降り始めた。


「来た!」


 渾沌ちゃんが。


 入口へ走る。


「何がですか」


「雨!」


「見れば分かります」


 ◇


 PANDEMONIUMの軒下に。


 紙袋が六つ。


 配達待ち。


 雨粒が。


 石畳へ黒い点を増やしていく。


「中、入れる?」


 渾沌ちゃん。


「もうすぐ受け取りです」


「でも濡れるよ」


 秩序ちゃんが。


 空を見る。


「軒の内側へ寄せましょう」


 ◇


 そこへ。


 制服の少年が来た。


「これ、雨よけ出せますよ」


「雨よけ?」


 少年が。


 壁の横を指す。


 緑のボタン。


《AWNING》


「前、店の人が押してた」


「これ?」


 渾沌ちゃんの指が近づく。


「待ってください」


 秩序ちゃん。


「動作範囲を確認します」


「でも降ってる」


「十秒です」


 ◇


 少年が。


 軒の上を見る。


「たぶん、前に出るだけです」


「どのくらい?」


「ここまで」


 少年が。


 石畳の線を靴で示した。


「じゃ紙袋も入る!」


「確認してからです」


「濡れる!」


 ◇


 雨が強くなった。


 一つ目の紙袋に。


 点。


 二つ。


「押していい?」


 渾沌ちゃん。


 少年が言った。


「大丈夫だと思う」


 渾沌ちゃんが。


 押した。


 ◇


 うぃん。


 頭上で。


 畳まれていた布が開く。


「おお!」


 前へ。


 前へ。


 少年の靴で示した線を越えて。


「長い!」


「下がってください」


 ◇


 布の先端が。


 雨樋の脇に立てかけてあった。


 細い看板へ当たった。


 からん。


 看板が倒れる。


 その下にあった。


 白い植木鉢へ。


 がしゃん。


 ◇


「あ」


 渾沌ちゃん。


「あ」


 少年。


 鉢は。


 二つに割れていた。


 土が。


 雨に混じる。


 ◇


 隣の花屋が。


 飛び出してきた。


「うちの!」


「ごめんなさい!」


 渾沌ちゃん。


「私が押しました!」


 ◇


 少年が。


 一歩下がる。


 秩序ちゃんが見る。


「待ってください」


「え」


 少年。


「あなたは、どこへ行きますか」


「いや」


「責めているのではありません」


「俺、押してないです」


「はい」


 ◇


 花屋が。


 割れた鉢を拾う。


「じゃ、この子は関係ないでしょ」


「……そうかな」


 渾沌ちゃんが。


 ボタンを見る。


「昨日なら」


「昨日?」


「触った人まで、って」


 ◇


 少年が言う。


「俺、ボタンの場所を言っただけです」


「はい」


 秩序ちゃん。


「雨よけが出るって」


「はい」


「前に出るだけだと思ったって」


「言いました」


「ここまでだって」


「……言いました」


 ◇


「でも押したのは私」


 渾沌ちゃん。


「はい」


「止めたのは秩序ちゃん」


「はい」


「押していいって言ったのは?」


「俺は」


 少年が止まる。


「大丈夫だと思う、って」


「言ったね」


「……はい」


 ◇


 雨が。


 割れた鉢の土を。


 少しずつ平らにする。


 花屋が言った。


「で、誰が弁償するの」


「PANDEMONIUMです」


 秩序ちゃん。


「即答?」


 渾沌ちゃん。


「店の設備を、店側が操作して起きた損傷です」


「じゃ、この子はやっぱ関係ない?」


 ◇


 秩序ちゃんが。


 少年を見る。


「弁償する人と」


 割れた鉢を見る。


「起きたことへ関わった人は、同じでなくていいです」


「俺も?」


「はい」


「でも触ってない」


「触っていません」


「じゃ何をしたの」


「渾沌ちゃんが押す判断へ、情報を出しました」


 ◇


 少年は。


 少し嫌そうな顔をした。


「それで責任?」


「責任という言葉を、全部同じ意味にしないでください」


「難しい」


「私もです」


 ◇


 渾沌ちゃんが。


 濡れた紙袋を一つ持ち上げる。


「じゃ私、弁償する責任?」


「店としては私たちです」


「押した責任?」


「あります」


「この子は?」


「自分の言ったことが、判断に使われたと知る責任」


「それ何するの?」


 ◇


 少年が先に言った。


「次から、知らないなら知らないって言う?」


 秩序ちゃんが。


 少年を見る。


「それは、かなり近いです」


「弁償は?」


「求めません」


「鉢、直すのは?」


 花屋が。


 二つに割れた鉢を持ち上げる。


「これは無理」


 ◇


 花屋は。


 店の奥から。


 空の鉢を一つ持ってきた。


「植え替えるよ」


「手伝います!」


 渾沌ちゃん。


「俺も?」


 少年。


 花屋が言う。


「暇なら土入れて」


「それ、責任?」


「手が足りない」


「じゃやる」


 ◇


 三人で。


 濡れた土を集める。


 秩序ちゃんは。


 雨よけを途中まで戻した。


 今度は。


 看板へ届かないところで止める。


「そこ!」


 渾沌ちゃん。


「止めて!」


 止まる。


「今の私、決めた?」


「はい」


「触ってないけど?」


「はい」


 ◇


 渾沌ちゃんが笑う。


「入った」


「何に?」


「関わった人」


「そうですね」


「でも壊れたら?」


「操作した私も確認します」


「二人?」


「今度は」


 秩序ちゃんが。


 看板との距離を見る。


「二人です」


 ◇


 午後三時。


 植え替えが終わった。


 花屋が。


 新しい鉢を元の場所へ置こうとして。


 やめた。


「ここ危ないな」


「雨よけが当たります」


「今まで当たってなかったんだけど」


「今日は看板が間にありました」


「じゃ看板どかすか」


 ◇


 少年が言う。


「鉢を奥にした方がよくない?」


 全員が。


 少年を見る。


「……何」


「今のは」


 渾沌ちゃん。


「決めた?」


「案を言っただけ!」


「そうですね」


 秩序ちゃん。


「案です」


「じゃ関係ない?」


「採用されたら、判断には関わります」


「また?」


「ただし」


 秩序ちゃんが。


 鉢と看板を見る。


「決める側が、確認して採用します」


 ◇


 花屋が。


 鉢を奥へ置いた。


「ここならいい」


「採用!」


 渾沌ちゃん。


「うるさい」


 少年。


 ◇


 夕方。


 雨は止んだ。


 配達の紙袋は。


 全部なくなっていた。


 割れた鉢だけが。


 花屋の脇に残っている。


 少年が帰る前に。


 それを見る。


「俺、あれ割ってないよね」


「割ってはいません」


 秩序ちゃん。


「でも関係はある?」


「あります」


「どのくらい?」


「どのくらい、ではなく」


 秩序ちゃんは。


 緑のボタンを見る。


「何に、です」


 ◇


「鉢を弁償することには?」


「ありません」


「ボタンを押したことには?」


「ありません」


「押す判断には?」


「あります」


「植え替えには?」


「手伝いました」


「鉢を奥にしたことには?」


「案が採用されました」


 少年は。


 しばらく考える。


「全部、別なんだ」


「はい」


 ◇


「めんどくさ」


「はい」


「昨日の『一緒にしたことまで』より増えてない?」


 渾沌ちゃん。


「増えました」


「昨日、間違ってた?」


「いいえ」


 秩序ちゃん。


「足りませんでした」


 ◇


 閉店後。


 雨よけは。


 半分だけ出ていた。


 その下に。


 鉢はない。


 看板もない。


 ボタンには。


 新しい注意書きを貼らなかった。


 誰が押していいかも。


 書かなかった。


 ◇


「書かないの?」


 渾沌ちゃん。


「今日は」


 秩序ちゃん。


「押した手だけ見ても、分からなかったので」


「じゃ何を見る?」


「その手が」


 少し止まる。


「何を聞いて、何を信じて、押したのかも」


 ◇


 緑のボタンは。


 何も言わず。


 壁にあった。


 押さなかった指も。


 何もしていなかったとは。


 限らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。