第75話「一人ずつ答えたら、二人でやったことが消えました」
水曜日。
午前十時。
PANDEMONIUMの前に。
長い板が一本。
立てかけてあった。
「これ、昨日の?」
渾沌ちゃんが触る。
「違います」
秩序ちゃん。
昨日の屋根から外した板は。
もっと短い。
これは。
店の前の溝を渡すための板だった。
◇
向かいの花屋が。
植木鉢を三つ抱えて来た。
「ちょっと貸して」
「何に?」
「台車が通れないの」
見る。
石畳の継ぎ目が。
朝より広い。
幅二十センチほど。
底は見える。
深くはない。
でも。
小さな車輪は落ちる。
◇
「板、置けばいい?」
渾沌ちゃん。
「待ってください」
「乗るだけだよ」
「板の強度が分かりません」
花屋が言う。
「人は乗らないよ。台車だけ」
「荷物は?」
「花。十二鉢」
渾沌ちゃんが板を持ち上げる。
「重い!」
「一人で持たないでください」
「もう持ってる!」
◇
秩序ちゃんが反対側を持つ。
二人で運ぶ。
「右」
「そちらの右ですか」
「私の右!」
「同じです」
「じゃ右!」
板を。
溝へ渡した。
両端が石に乗る。
花屋が足で軽く押す。
「いけそう」
「まだです」
秩序ちゃんがしゃがむ。
板の裏。
ひびはない。
「台車だけ。人は乗らないでください」
「はいはい」
◇
最初の六鉢。
通った。
「おお!」
渾沌ちゃん。
二往復目。
残り六鉢。
前輪が板へ乗る。
後輪も。
真ん中で。
板が。
ずれた。
「あ」
◇
右端が落ちる。
台車が傾く。
花屋が手を離す。
鉢が二つ。
石畳へ落ちた。
ぱん。
土。
白い花。
割れた陶器。
◇
「ごめん!」
渾沌ちゃんが言った。
「私が置いた!」
「違います」
秩序ちゃん。
「私も持っています」
「でも最後、こっち側置いたの私!」
「反対側の位置を決めたのは私です」
花屋が二人を見る。
「今それやる?」
◇
二人とも黙った。
花屋は割れた鉢を拾う。
「手伝って」
「はい」
「うん」
三人で土を集めた。
◇
午前十時二十分。
花は。
空いていたバケツへ移した。
根は無事。
鉢は二つ割れた。
「弁償します」
秩序ちゃん。
「私も!」
渾沌ちゃん。
「二個だから一個ずつ?」
花屋が聞く。
「え」
「ちょうど二個割れたし」
渾沌ちゃんが鉢を見る。
「それでいいの?」
「よくないの?」
「なんか変」
◇
秩序ちゃんが聞く。
「何が変ですか」
「私が置いた方が落ちたから、私の一個?」
「では私は?」
「反対側?」
「反対側は落ちていません」
「じゃ秩序ちゃんゼロ?」
「それも違うと思います」
「でしょ」
◇
花屋が笑った。
「鉢を割ったの、右側と左側じゃないよ」
「はい」
「二人で板を置いたんでしょ」
「はい」
「なら二人で考えてよ」
◇
渾沌ちゃんが。
板を見る。
「でも昨日、私が椅子置いた時は、私がやったって言った」
「はい」
「今日も私が最後に置いた」
「はい」
「同じじゃない?」
秩序ちゃんは。
板の端を見る。
石。
板。
溝。
「いいえ」
「なんで?」
「私は手を離していませんでした」
◇
渾沌ちゃんが自分の手を見る。
「二人で置いたから?」
「それだけでもありません」
「じゃ何」
「私が『そこです』と言いました」
「あ」
「渾沌ちゃんは、それを聞いて下ろしました」
「あー」
◇
「じゃ秩序ちゃんのせい?」
「そうすると、今度は渾沌ちゃんが消えます」
「消えたくない」
「私もです」
花屋が言う。
「責任の取り合いで、参加者増やさないでくれる?」
「すみません」
「ごめん」
◇
昼。
板を置き直した。
今度は。
両端に木箱を一つずつ。
板が横へずれないようにする。
花屋の空の台車だけを。
一度通す。
戻す。
「次、花乗せる?」
渾沌ちゃん。
「私が決める」
花屋。
「はい」
「今日はもう乗せない」
◇
「せっかく直したのに」
「明日使うかもしれない」
「じゃ成功?」
「今日は使わないって決められたから成功」
渾沌ちゃんが首を傾げる。
「通れたかじゃないんだ」
「私の花だからね」
◇
午後二時。
割れた鉢の代わりを買いに行く。
秩序ちゃんと渾沌ちゃん。
二人で。
「半分ずつ出す?」
渾沌ちゃん。
「それで終わるなら簡単です」
「終わらない?」
「鉢は戻ります」
「花も無事」
「でも、板の置き方は?」
「直した」
「誰が直したと思いますか」
◇
渾沌ちゃんが止まる。
「三人?」
「はい」
「花屋さんも?」
「木箱を持ってきたのはあの方です」
「じゃ失敗は二人、直したのは三人?」
「そうなります」
「人数、揃わなくていいんだ」
「揃える理由がありません」
◇
新しい鉢を二つ買った。
同じものはなかった。
一つは青。
一つは黄色。
「色違う」
「はい」
「どっちが私の責任?」
「まだ分けるんですか」
「冗談!」
◇
花屋へ戻る。
二つ渡す。
「ありがとう」
「一個ずつ買いました!」
渾沌ちゃんが言った。
秩序ちゃんを見る。
「これは分けていいよね?」
「支払いは」
「支払いは?」
「はい」
花屋が青い鉢を持つ。
「じゃ、どっちが割った鉢の代わり?」
「二つともです」
秩序ちゃん。
「誰が割った方?」
「二人で割った二つの代わりです」
◇
花屋は。
白い花を青い鉢へ。
もう一株を黄色い鉢へ移した。
「これでいい」
「怒ってない?」
渾沌ちゃん。
「怒ってたよ」
「今は?」
「鉢はもういい」
「板は?」
「明日、私が試す」
◇
夕方。
溝の幅は。
朝より三センチ狭くなっていた。
「戻ってる?」
渾沌ちゃん。
「少し」
「じゃ板いらなくなるかも」
「かもしれません」
「今日の失敗もいらなくなる?」
「なりません」
◇
閉店前。
花屋が。
青と黄色の鉢を店先へ並べた。
左右ではなく。
二つ並べて。
その間に。
白い花が触れ合っていた。
「一個ずつじゃなくなったね」
渾沌ちゃん。
「最初からです」
「でも、お金は一個ずつ」
「はい」
「変なの」
「分けられるものだけ、分ければいいんです」
◇
板は。
夜になっても溝の上にあった。
どちら側が落としたのか。
印はついていない。
二人で置いたことまで。
一人ずつに切る必要はなかった。




