第41話「決めた人がいなくなっても、決めたことは残りますか」
七日後。
午前五時三十一分。
「今日は見直しの日です」
「だからって早くない?」
「搬入があります」
「それは毎日ある」
「では毎日早いです」
「認めた」
渾沌ちゃんは欠伸をした。
灰色の扉には、白い注文票が貼ったままだった。
《5:45-6:00 接続停止》
《搬入担当》
《月・水・金 こちら》
《火・木・土 そちら》
《日 相談》
《重い箱は二人》
《次回見直し 七日後》
最後の一行に、秩序ちゃんが丸をつける。
「今日」
「うん」
「一週間、問題は?」
「眠い」
「それ以外」
「箱が重い」
「それは最初からです」
「じゃ、ない」
秩序ちゃんは紙の端を押さえた。
「向こうにも確認します」
こん。
すぐに。
こん。
扉が開いた。
向こうの渾沌ちゃんがいた。
「おはよ」
「問題ありましたか」
「眠い」
「同じですね」
「そっちも?」
「渾沌ちゃんだけです」
「秩序ちゃんも昨日あくびしてたよ」
「一回です」
向こうの秩序ちゃんが奥から来る。
「搬入は予定通りです」
「では、十五分の停止も?」
「六日間、正常に機能しています」
「六日?」
「今日はまだです」
「ああ」
四人で時計を見る。
五時三十六分。
あと九分。
◇
五時四十二分。
配送箱が来た。
今日は向こう側の担当だった。
四人とも手を出した。
「今日そっちの日じゃない?」
「見直しなので観察します」
「持ってるじゃん」
秩序ちゃんの腕には紙カップの箱がある。
「観察しながら運んでいます」
「便利な観察」
最後の箱を置く。
五時四十四分。
向こうの秩序ちゃんが扉を閉めた。
「一分前です」
「早くない?」
「切り替わる瞬間に誰かが通る可能性があります」
「六日前はぎりぎりまで運んだのに」
「改善です」
かちり。
五時四十五分。
◇
誰も来なかった。
五時四十六分。
白い棚。
蛍光灯。
リネン室。
誰もいない。
五時四十八分。
「遅いね」
「一日だけでは判断できません」
五時五十分。
「寝坊?」
「かもしれません」
五時五十三分。
台車の音がした。
がたがた。
「来た」
角から現れたのは、男だった。
青い作業着。
空の台車。
灰色の扉の前で止まる。
四人を見る。
「……誰ですか」
渾沌ちゃんが言った。
「それ、こっちの台詞じゃない?」
◇
「リネン室ですよね」
男が聞く。
「今は、はい」
「今は?」
「五時四十五分から六時までです」
「何の話ですか」
男は扉の向こうを覗いた。
白い棚。
「リネン室ですけど」
「普段は違います」
「普段?」
「六時以降です」
「もうすぐ六時ですよ」
「はい」
男は少し考えた。
「じゃ、急いだほうがいいですか」
「何をですか」
「仕事を」
台車を押す。
四つの車輪。
がたん。
六日前と同じ段差を越えた。
◇
「いつもの人は?」
渾沌ちゃんが聞いた。
「佐藤さん?」
「名前知らない」
「じゃ、たぶん佐藤さんです」
「今日は休み?」
「異動しました」
四人とも止まった。
「いつですか」
「昨日で」
「聞いていません」
「僕もこの扉の話は聞いてません」
「扉の話ではなく、異動です」
「それは僕に言われても」
「そうですね」
秩序ちゃんが黙った。
男は棚からシーツの袋を取る。
一つ。
二つ。
台車へ積む。
「毎朝ここを使いますか」
「今週からは」
「五時四十五分から六時?」
「だいたい」
「十五分必要ですか」
「十五分?」
男が時計を見る。
五時五十六分。
「十分あれば足ります」
◇
渾沌ちゃんが、扉の紙を見る。
《5:45-6:00》
「五分余るね」
「そうですね」
「じゃ五時五十分から?」
「待ってください」
「なんで?」
「本人に確認します」
男が振り返る。
「僕?」
「はい」
「五時五十分から六時までで困りますか」
「たぶん困りません」
「たぶん?」
「今日初日なので」
秩序ちゃんの口が止まった。
「……そうですね」
「明日は荷物が多いかもしれないし」
「はい」
「前の人は十五分必要だったんですか」
「必要でした」
「じゃ、とりあえず十五分でいいんじゃないですか」
「あなたは十分かもしれません」
「でも困ってないなら」
「困ってから戻すのでは遅い場合があります」
男は少し笑った。
「大変ですね」
「何がですか」
「扉一枚なのに」
◇
六時。
男が台車を押して出ていった。
扉が閉まる。
次に開いた時、PANDEMONIUMへ戻っていた。
向こうの渾沌ちゃんが床に座る。
「見直し、終わり?」
「まだです」
「続けるんでしょ?」
「それも、まだです」
「でも新しい人も使うよ」
「はい」
「じゃ続ければいいじゃん」
こちらの秩序ちゃんは、貼り紙を剥がした。
「え」
「剥がすの?」
「見直します」
テーブルへ置く。
四人で囲む。
《十五分を使う人》
《通行者》
《十五分を支える人》
《秩序 渾沌 秩序 渾沌》
《次回見直し 七日後》
秩序ちゃんが指を置く。
「この紙は、七日前の人たちで決めました」
「四人はいるよ」
「一人、いません」
「シーツの人?」
「はい」
「でも次の人がいる」
「同じ仕事でも、同じ人ではありません」
向こうの秩序ちゃんが頷く。
「条件も同じとは限りません」
「でも毎回ゼロから決めたら大変じゃない?」
向こうの渾沌ちゃんが言った。
「人が変わるたび?」
「それも問題です」
「じゃどうするの」
秩序ちゃんは紙を裏返した。
白い面。
「残すものと、残さないものを分けます」
◇
新しい紙。
《5:45-6:00 接続停止》
《理由:リネン搬送経路の確保》
《現在の利用者:未確認期間中》
《変更希望:扉を三回叩く》
《次回見直し:三日後》
渾沌ちゃんが読む。
「名前ない」
「はい」
「四人のも?」
「搬入担当表は別にします」
「なんで?」
「誰かのために始めたことと、私たちが引き受けた仕事を同じ紙にしないためです」
向こうの渾沌ちゃんが首を傾げる。
「難しい」
「簡単に言うと」
秩序ちゃんは古い紙を見る。
「佐藤さんがいなくなったからといって、近道が不要になったとは限りません」
「うん」
「新しい人が来たからといって、佐藤さんの同意をその人の同意として使うこともできません」
「うん」
「だから、道は残します」
「うん」
「決めた人は、残しません」
渾沌ちゃんが古い紙を持ち上げた。
「捨てる?」
「いいえ」
「残すんじゃん」
「記録としてです」
「ややこしいなあ」
「扉一枚ですから」
さっきの男の言葉だった。
四人とも少し笑った。
◇
午前十時。
灰色の扉。
新しい紙が貼られている。
その横、小さな封筒。
《前の決め方》
中には、七日前の注文票。
名前が四つ。
赤い丸。
寝坊したら起こす。
重い箱は二人。
消されなかった文字。
渾沌ちゃんが封筒を指で叩く。
「これ、もうルールじゃないんだよね」
「はい」
「でも、なくならない」
「はい」
「変なの」
秩序ちゃんは扉を見る。
「決めたことは残ります」
「決めた人がいなくなっても?」
「記録は」
少し間を置く。
「効力まで残すかは、残った人が決め直します」
その時。
扉が。
こん。
こん。
こん。
三回鳴った。
四人が見る。
時計。
午前十時二分。
五時四十五分ではない。
秩序ちゃんが立つ。
「変更希望です」
渾沌ちゃんも立った。
「もう?」
「もう、です」
扉の向こうには。
七日前にはいなかった誰かがいる。
今度は。
古い紙を持たずに。
四人で、扉へ向かった。




