第17話「ご注文は、あなた自身です」
レジには。
《新規来店 2》
と表示されていた。
客席には誰もいない。
入口も閉じている。
店内にいるのは。
秩序ちゃん。
渾沌ちゃん。
二人だけ。
「これ、私たち?」
渾沌ちゃんが自分を指した。
「可能性は高いです」
「じゃ注文しよ」
「しません」
「客なのに?」
「クルーです」
レジ。
ぴ。
表示が変わる。
《訂正》
来店客1:秩序
来店客2:渾沌
秩序ちゃんの眉が動いた。
「訂正しなくていいです」
ぴ。
《承知しました》
「聞いている……」
「接客いいね」
「感心するところではありません」
さらに。
二人の前へ。
メニューが出た。
いつものバーガー。
ポテト。
ドリンク。
その下。
見たことのない項目。
《お客様専用》
秩序。
渾沌。
二つ。
「名前がメニューになってる」
渾沌ちゃん。
「押さないでください」
「まだ押してない」
「その指を離してください」
「触ってないよ」
「一ミリです」
渾沌ちゃんは指を引いた。
その瞬間。
レジが勝手に鳴った。
ぴ。
《渾沌 注文受付》
「押してない」
「見ていました」
「ほんとに押してない」
厨房。
フライヤーの終了音。
ピーッ。
二人とも振り返る。
何も揚げていない。
はずだった。
油の中。
黒いものが。
ゆっくり浮かんでくる。
丸い。
ひとつ。
ぱちぱちと油を弾き。
表面に文字が浮いた。
渾沌
「わ」
渾沌ちゃんが覗き込む。
「私揚がってる」
「近づかないでください!」
トングで掴む。
軽い。
パティほど。
黒い表面。
中央だけ。
柔らかく脈打っている。
「廃棄します」
秩序ちゃんがゴミ箱へ向く。
レジ。
ぴ。
《商品を廃棄すると、お客様も廃棄されます》
秩序ちゃんの手が止まる。
渾沌ちゃん。
「捨てないでね」
「捨てません」
「即答」
「当たり前です」
渾沌ちゃんは少し笑った。
秩序ちゃんはトングを持ったまま。
商品と本人を見比べる。
「身体に変化は?」
「ない」
「痛み」
「ない」
「記憶」
「ある」
「私の名前」
「秩序ちゃん」
「今朝何を食べました」
「食べてない」
「昨日」
「世界のお祭り見てた」
「その前」
「骨降ってた」
「……問題なさそうですね」
「試験?」
「確認です」
その間にも。
商品は。
少しずつ。
形を変えていた。
黒かった表面。
色が混ざる。
赤。
青。
黄色。
模様。
その一つ一つが。
小さな景色になっていく。
笑っている渾沌ちゃん。
眠っている渾沌ちゃん。
厨房で何かを焦がしている渾沌ちゃん。
知らない場所を歩いている渾沌ちゃん。
秩序ちゃんの隣にいる渾沌ちゃん。
いない渾沌ちゃん。
「……これは」
秩序ちゃんが近づく。
表面に。
無数の渾沌ちゃん。
同時に。
違うことをしている。
どれも。
偽物には見えない。
「私いっぱい」
「可能性……?」
「どれ食べたらいい?」
「食べる前提を捨ててください」
そのとき。
ピーッ。
もう一度。
今度は鉄板。
何も載せていなかった中央。
肉が。
じゅう。
と音を立てて現れた。
白い。
四角い。
寸分違わず整っている。
表面。
秩序
「…………」
渾沌ちゃんが見る。
「秩序ちゃん、四角い」
「そこはどうでもいいです」
白いパティにも。
景色が浮かぶ。
秩序ちゃん。
書類を並べる。
秩序ちゃん。
誰かを止める。
秩序ちゃん。
笑う。
怒る。
走る。
立ち尽くす。
そして。
一つだけ。
渾沌ちゃんのいない店で。
一人。
レジに立っている。
「…………」
秩序ちゃんの視線が。
そこに止まった。
渾沌ちゃんも。
何も言わない。
白いパティの景色。
秩序ちゃんは。
一人で働いている。
店は普通。
客も普通。
継ぎ目もない。
静か。
安全。
何も起きない。
ただ。
レジ横。
紙袋が一つ。
誰も取りに来ない。
「これ」
渾沌ちゃん。
指を伸ばす。
「触らないで」
秩序ちゃん。
少し強く言った。
渾沌ちゃんの指が止まる。
「……うん」
秩序ちゃんは。
白いパティを裏返した。
◇
レジ。
《調理完了》
カウンターへ。
二枚のパティが並ぶ。
黒。
白。
バンズはない。
ソースもない。
そのまま。
《お召し上がりください》
「食べたらどうなるんでしょう」
秩序ちゃんが呟く。
「私たちだからね」
渾沌ちゃん。
「自分を食べる?」
「やめてください」
「味気になる」
「気にしないでください」
ぴ。
レジ。
《商品説明》
お客様の観測可能範囲を調理しました。
次。
摂食後、選択された自己が提供されます。
「選択された自己?」
秩序ちゃん。
画面。
《現在の自己は保証されません》
「食べません」
即答。
渾沌ちゃんは黒いパティを見ている。
「渾沌ちゃん」
「うん」
「駄目です」
「まだ何も言ってない」
「顔が言っています」
「一口なら」
「駄目です」
「端っこ」
「駄目です」
「匂いだけ」
「それなら」
渾沌ちゃんが顔を近づける。
秩序ちゃんも。
反射的に止めようと。
その瞬間。
黒いパティが。
渾沌ちゃんの方へ。
跳ねた。
「!」
秩序ちゃんがトングを叩き込む。
間一髪。
パティを挟む。
だが。
黒い表面から。
小さな渾沌ちゃんの腕が。
無数に伸びた。
トング。
手首。
袖。
掴む。
「離して!」
秩序ちゃんが引く。
商品が伸びる。
黒い糸。
粘る。
渾沌ちゃんが横からトレーを差し込む。
「こっち!」
二人で。
叩き落とす。
べちゃ。
床。
パティ。
震える。
レジ。
《商品を床へ落としました》
「今それを言いますか!」
《再調理します》
厨房全部が。
一斉に動いた。
フライヤー。
鉄板。
オーブン。
冷蔵庫。
ドリンクサーバー。
何十もの機械。
ピーッ。
ピーッ。
ピーッ。
それぞれから。
渾沌ちゃん。
秩序ちゃん。
違う形。
違う色。
違う状態。
次々。
商品として。
吐き出される。
「多い」
渾沌ちゃん。
「逃げます!」
二人。
客席へ。
自動ドア。
開かない。
「なぜ!」
レジ。
《お会計前です》
「注文していません!」
《来店済みです》
「来店した覚えもありません!」
《存在しています》
秩序ちゃん。
止まる。
「……何ですって?」
表示。
一文字ずつ。
存在は来店です。
厨房。
溢れる。
無数の二人。
料理された可能性。
笑うもの。
泣くもの。
怒るもの。
欠けたもの。
知らない制服。
知らない世界。
知らない隣人。
全部。
同じ二人。
渾沌ちゃん。
入口の前。
突然。
しゃがんだ。
「何してるんですか!」
「客ならさ」
床へ。
指で。
何かを書く。
「注文できるよね」
「何を?」
「帰る」
秩序ちゃんが止まる。
渾沌ちゃん。
レジへ向かって。
大声。
「帰宅ひとつ!」
「そんなメニュー」
ぴ。
レジが鳴った。
二人。
見る。
《帰宅》
¥0
「あるんですか!?」
「頼んでみるもんだね」
渾沌ちゃんが押す。
今回は。
本当に。
自分で。
◇
自動ドア。
開く。
外。
いつもの道路。
いつもの空。
普通の街。
二人。
走り出る。
背後。
ドアが閉じる。
厨房の警告音。
消える。
静か。
渾沌ちゃん。
息を整えながら。
「帰れた」
「はい」
「客って便利」
「二度となりたくありません」
秩序ちゃんが店を見る。
看板。
普通。
窓。
普通。
レジも。
外から見える。
異常なし。
ようやく。
少しだけ。
肩の力を抜く。
「……渾沌ちゃん」
「ん?」
「帰りましょう」
「どこに?」
秩序ちゃん。
答えようとして。
止まった。
道路。
住宅。
信号。
空。
全部。
知っている。
なのに。
自分たちが。
どこから帰ってきたのか。
わからない。
背後。
ぱんでむ。
入口のガラスに。
小さな文字。
《ご来店ありがとうございました》
その下。
《次回のご来店をお待ちしております》
さらに。
新しく。
一行。
《現在、店外席をご利用中です》




