↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/96

第16話「外側には、店がなかった」


最初に消えた継ぎ目は、窓だった。


ぱち。花柄の店が消える。ぱち。肉門。空中祭。葬送店。一つずつ暗くなる。


「閉じてる」


「はい」


「全部?」


「いいえ」


店内中央。一本だけ残っていた。髪の毛ほど細い線。向こうには、何も見えない。黒くない。白くない。暗闇でもない。焦点だけが合わない。


渾沌ちゃんが覗こうとした。秩序ちゃんが袖を引く。


「見に行きません」


「まだ聞いてない」


「顔が聞いています」


カウンターには昨日の写真。


《観測開始を確認》

《対象:外部》


「向こうに、ぱんでむがないから?」


「それだけではありません」


「じゃ?」


「ないものを、ある側の基準で調べるのは危険です」


「難しい」


「近づかないで、という意味です」


「それなら分かる」


かす。


二人とも黙った。継ぎ目の向こう。紙を擦るような音。


かす。かす。とん。


何かが押し出された。紙のように薄い透明な板。文字が浮かんでいる。


PANDEMONIUM


対象識別:失敗

既知実在との一致:なし

営業形態:検出不能

店舗構造:検出不能

クルー:検出不能

顧客:検出不能

PANDEMONIUM:未検出


「いないじゃん」


「…………」


文字が変わった。


《訂正》


PANDEMONIUM:観測不能


「いるかもしれない?」


「分かりません」


「いないかもしれない?」


「それも分かりません」


「便利な言葉だね」


「便利だから使っているわけではありません」


カシャ。


白い写真。


《外部観測 失敗》


もう一枚。今度は店内が写っていた。秩序ちゃん。渾沌ちゃん。その間に。知らない椅子。現実にはない。


次の写真。誰かが座っている。輪郭だけ。次。立っている。次。椅子だけ。


「秩序ちゃん」


「見ないでください」


「まだ何も」


「見ないで」


渾沌ちゃんが止まった。


秩序ちゃんの右肩。制服の布が。数ミリ。沈んだ。誰かの指。見えない。


「触られた?」


「はい」


「助ける?」


「まだ」


「分かった」


もう一度。肩。今度は、なぞるように。秩序ちゃんの息が浅くなる。


「何をしています」


返事はない。


「こちらを観測しているなら、目的を」


照明が消えた。


◇


何も見えない。


「秩序ちゃん」


「います」


「手」


「はい」


指先が触れる。握る。それだけが確かだった。


床が消えた。壁も。天井も。店も。握った手だけが残った。


「離さないでください」


「うん」


遠くに光があった。近づいてくる。文字。映像。音。知らない記憶。それらが重なり。一つの世界になった。


普通の街だった。


朝。女の人が起きる。歯を磨く。電車へ乗る。仕事をする。昼食。帰宅。眠る。


別の場所。子供が学校へ行く。友達と喧嘩する。仲直りする。大人になる。誰かと暮らす。老いる。死ぬ。


店はない。バーガーもない。クルーもいない。誰も困っていなかった。


「……普通」


「はい」


「ぱんでむ、なくても平気なんだ」


秩序ちゃんは答えなかった。


女の人は笑っていた。子供も。知らない老人も。ぱんでむを知らないまま。それぞれの日を生きていた。


時間が進む。街が変わる。人が入れ替わる。やがて。最初に見た人は誰もいなくなった。それでも生活は続く。


朝が来る。誰かが起きる。誰かが出かける。誰かが帰る。


「最後まで来ない?」


「そう見えます」


「昨日の写真と同じ」


「はい」


「寂しい?」


秩序ちゃんが隣を見る。渾沌ちゃんは世界を見ていた。


「誰がですか」


「秩序ちゃん」


少し間があった。


「……分かりません」


渾沌ちゃんが手を握り直した。それ以上は聞かなかった。


映像が消えた。


◇


店内へ戻っていた。床。壁。厨房。全部ある。二人の手も。まだ繋がっていた。


秩序ちゃんが離そうとする。渾沌ちゃんは離さない。


「もう戻りました」


「知ってる」


「では」


「もうちょっと」


「なぜですか」


「外、よく分かんないから」


秩序ちゃんは黙った。手は、そのままにした。


継ぎ目。まだ一本ある。


今度は声がした。


『ありがとうございます』


二人が固まる。男でも女でもない。機械でもない。聞いた者が理解できる形だけを持った声。


『外部を確認できました』


「あなたは誰ですか」


『質問が不正確です』


「では、何ですか」


長い沈黙。


『こちらからは』


継ぎ目が少し開いた。


『あなたたちも』


向こうに光。


『PANDEMONIUMに見えます』


渾沌ちゃんが自分を指す。


「私?」


『はい』


「秩序ちゃんも?」


『はい』


「店も?」


『はい』


「さっきの、ぱんでむがない世界も?」


沈黙。


『区別できません』


秩序ちゃんの眉が寄る。


「私たちには区別できます」


初めて。向こうの声が止まった。


「店と人は違います」


渾沌ちゃんを見る。


「この人と私は違います」


繋いだ手。


「違うから、繋いでいます」


光が揺れた。


『差異を、維持するのですか』


「必要なら」


『なぜ』


秩序ちゃんは答えようとした。だが。渾沌ちゃんが先だった。


「違う方が面白いから」


「…………」


『面白い』


「はい」


「秩序ちゃんも?」


「私に聞かないでください」


「面白くない?」


「今はそれを議論していません」


向こうの光が、ほんの少し変形した。笑ったようにも見えた。


『記録します』


継ぎ目が閉じる。ぱちん。


静かになった。


渾沌ちゃんが手を離した。


「私、店?」


「違います」


即答だった。


「さっき分かんないって」


「少なくとも、私は区別します」


「そっか」


レジが鳴った。


ピンポーン。


《新規来店》

客数 2


二人が見る。店内には。二人しかいない。


《ご注文をどうぞ》


渾沌ちゃんが笑った。


「向こうは区別してないみたい」


秩序ちゃんは額を押さえた。


「……営業を終了したいです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。