第14話「次の世界は、祭りの最中だった」
新しい注文には、備考があった。
《次の世界》
提供形式:祝祭
秩序ちゃんはレジ画面を見たまま動かなかった。
「祝祭?」
渾沌ちゃんが横から覗く。
「楽しそう」
「世界を注文しています」
「でも祝祭」
「語感で安全判定しないでください」
街の外では、まだ何千人もの人間がこちらを向いていた。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
声が遠くまで続いている。
誰も近づいてこない。
ただ、待っている。
秩序ちゃんはレジの操作欄を探した。
注文取消。
なし。
提供先変更。
なし。
詳細。
あった。
押す。
《受注元実在へ接続します》
「……受注元?」
画面が白くなった。
同時に。
店の匂いが変わった。
油ではない。
砂糖。
焦がした蜂蜜。
柑橘。
どこか遠くで、鐘が鳴る。
しゃらん。
しゃらん。
自動ドアの向こうから、一枚の紙吹雪が入ってきた。
赤。
床へ落ちる。
次。
青。
黄色。
緑。
「来た」
「何が」
「お祭り」
紙吹雪が増える。
風が吹き込む。
街が消えた。
◇
空だった。
道路も。
建物も。
地面さえない。
雲の上。
無数の島が浮いていた。
島と島の間には、細い橋。
橋の下を巨大な魚が泳いでいる。
翼はない。
空を。
普通に。
その背中には家々。
提灯。
屋台。
人。
「…………」
秩序ちゃんはドアの境界へ足先を出した。
床がある。
見えない。
踏める。
その先。
空中に道が続いている。
道の両側。
屋台。
焼いた肉。
果物。
光る水。
生きた雲を棒に巻きつけたもの。
子供が齧っている。
「綿あめみたい」
渾沌ちゃん。
「雲です」
「おいしそう」
「食べないでください」
頭上。
巨大な布が空いっぱいに張られている。
文字。
読める。
《第九十八万四千二百一回 世界渡し祭》
「……回数」
秩序ちゃんが小さく言った。
その下。
《今年もぱんでむが来る!》
歓声が上がった。
誰かが二人を見つけた。
「あ!」
一人。
次に。
何十人。
「来た!」
「ぱんでむだ!」
「今年は二人!」
「早く鐘鳴らして!」
しゃらん。
しゃらん。
島中の鐘が鳴り始める。
渾沌ちゃんが手を振った。
「こんにちはー」
「渾沌ちゃん」
「だって歓迎されてる」
「だから警戒しているんです」
子供たちが走ってくる。
皆。
両手に何か持っている。
小さなバーガー。
「どうぞ!」
「今年の!」
「食べて!」
渾沌ちゃんの目が輝く。
「食べ」
「待って」
秩序ちゃんが一個受け取る。
小さい。
掌ほど。
紫色のバンズ。
中には金色の葉。
透明なパティ。
香りは。
雨。
「これは?」
子供が胸を張った。
「うちの世界!」
「…………」
「ちっちゃく作ったの!」
秩序ちゃんの指が止まる。
「世界を?」
「うん!」
「どうして」
「今日渡すから!」
◇
中央広場。
巨大な鉄板があった。
島一つ分。
その周囲。
何万人。
歌。
踊り。
酒。
料理。
笑い。
誰も逃げていない。
むしろ。
待っている。
鉄板の前。
老人が一人。
真っ白な髪。
衣装にはバーガーの刺繍。
「ようこそ」
秩序ちゃんたちへ頭を下げる。
「PANDEMONIUMの方々」
「私たちは」
「わかっています」
老人が笑う。
「毎回、違いますから」
秩序ちゃんの口が止まる。
「毎回?」
「姿も」
老人。
渾沌ちゃんを見る。
「人数も」
秩序ちゃんを見る。
「店も」
空の向こう。
一つの島を指す。
そこには。
巨大な赤い塔。
「前回は塔でした」
別の島。
「その前は雨」
別。
「その前は女の子が一人」
「それを全部ぱんでむと?」
「ええ」
老人は。
それ以上。
説明しなかった。
中央鉄板。
火が入る。
島全体が揺れた。
歓声。
「始まるぞ!」
「今年も!」
「渡せ!」
「渡せ!」
「渡せ!」
秩序ちゃんが老人を見る。
「何をするんですか」
「世界を焼きます」
「…………」
老人。
穏やかだった。
「もう寿命ですので」
◇
空の端。
夕焼け。
ではない。
世界の外側が。
ゆっくり。
白くなっていた。
色が抜けている。
雲。
島。
空。
触れた場所から。
透明になっていく。
「終端?」
「そう呼ぶ方もいます」
老人。
「私たちは満期と呼びます」
秩序ちゃんは群衆を見る。
誰も泣いていない。
赤ん坊を抱いた母親。
恋人。
老人。
子供。
全員。
祭りを楽しんでいる。
「怖くないんですか」
老人は首を傾げた。
「何が?」
「世界が終わる」
「終わりませんよ」
笑った。
「食べられるだけです」
太鼓。
どん。
世界が揺れる。
鉄板の上。
最初の島が。
ゆっくり落ちた。
そのまま。
焼ける。
建物。
木々。
人。
全部。
焼けているはずなのに。
悲鳴はない。
島の住民たちは踊り続けている。
身体が光へ変わる。
街が薄くなる。
歌だけが残る。
老人が手を叩く。
「良い焼きです」
「良い焼きって」
渾沌ちゃんが呟く。
「世界ですよ」
「だからですよ」
老人は答えた。
「世界ほど、焼き加減が難しい」
◇
一つ。
二つ。
島が鉄板へ。
世界が小さくなる。
空が近づく。
巨大な魚たちも。
自分から鉄板へ飛び込んでいく。
最後。
中央の島。
祭りの中心。
老人が秩序ちゃんへ何かを渡した。
小さな紙袋。
「これは?」
「持ち帰りです」
「何が入っていますか」
「明日」
老人は笑う。
「もしあれば」
一拍。
「朝ごはんに」
そして。
鉄板へ歩いていった。
「待ってください」
老人は振り返らない。
「あなたも?」
「もちろん」
「死にますよ」
「そうでしょうか」
老人。
今度だけ。
振り返った。
「あなたはさっき、世界を小さくしたバーガーを持っていましたね」
秩序ちゃん。
言葉が止まる。
「その中の人たちは」
老人。
「死んでいましたか?」
太鼓。
どん。
足元。
島が傾く。
老人。
鉄板へ。
群衆も。
歌いながら続く。
渾沌ちゃんが。
小さく。
「秩序ちゃん」
「はい」
「これ、止める?」
秩序ちゃんは。
鉄板を見る。
子供が笑っている。
母親が手を振る。
老人が歌う。
世界の端は。
もうほとんど白い。
止めた先に何があるのか。
知らない。
「……止めません」
渾沌ちゃんも何も言わなかった。
◇
最後の島が焼けた。
空。
消える。
音。
消える。
暗闇。
そして。
ぱん。
軽い音。
二人の前に。
一個のバーガーが落ちた。
大きくない。
普通。
両手で持てる。
バンズの間。
透明なパティ。
その奥で。
小さな灯りが無数に動いている。
屋台。
提灯。
人。
祭り。
まだ続いていた。
音は聞こえない。
だが。
小さな老人が。
こちらへ手を振っている。
渾沌ちゃんも振り返す。
「生きてるね」
秩序ちゃんは答えなかった。
レジ音。
どこからともなく。
ピンポーン。
バーガーの包装紙に文字が浮かぶ。
《世界渡し祭 納品完了》
その下。
《次回開催予定》
数字。
一年後
「……来年も?」
渾沌ちゃん。
秩序ちゃんはバーガーを見る。
小さな世界では。
もう。
新しい鉄板を作っていた。
その横。
子供たちが。
次の祭りの旗を描いていた。




