第12話「この世界では、骨が空から降る」
最初に落ちてきたのは、肋骨だった。
交差点の信号機をへし折り、アスファルトへ突き刺さる。
次は臼歯だった。
乗用車ほどの白い塊が、回転しながらビルの壁へめり込んだ。
「渾沌ちゃん!」
秩序ちゃんが肉門を飛び出す。
数秒遅れて、上下の歯列が開いた。
渾沌ちゃんが紙袋を抱えて出てくる。
「持ってきた」
「何をですか」
「ポテト」
「なぜ」
「晩ごはんまだだったから」
頭上を歯が通過した。
渾沌ちゃんは半歩ずれ、一本食べる。
「冷めるよ」
「今それどころではありません!」
秩序ちゃんのスマートフォンに、見慣れない数字が浮かんだ。
《咀嚼率 3%》
4%。
5%。
街のどこかで、硬いものを噛む音がした。
◇
壊れているだけではなかった。
コンビニは営業している。店員は震えながらレジに立っている。
ただ、壁が骨になっていた。
ガードレールも骨。街路樹は一本の太い毛へ変わっている。
「街ごと、肉門になってる?」
「形だけです。機能は残っています」
「それ、もっと変じゃない?」
秩序ちゃんは答えず、店へ戻った。
鉄板は舌。フライヤーは胃袋。冷蔵庫を開けると生温かい呼気が漏れた。
それでもレジには、いつものメニューが並んでいる。
《営業状態:正常》
「どこがですか」
秩序ちゃんがチーズバーガーを一つ選ぶ。
天井の食道が震えた。
トレーへ、普通のバーガーが落ちる。
「食べる?」
「待ってください」
包装紙を開く。
バンズ。チーズ。パティ。
その下に、街があった。
十センチほどの道路を車が走り、小さな人々が骨の雨から逃げている。
肉門の前には、二人の人影。
一人はスマートフォン。
一人は紙袋。
渾沌ちゃんが自分の袋を見る。
「ここだ」
小さな渾沌ちゃんが、先に紙袋を作業台へ置いた。
三秒後。
「重い」
現実の渾沌ちゃんも同じ場所へ置いた。
秩序ちゃんの指が止まる。
「未来ではありません」
「まだ何も言ってない」
「確定した未来なら、今の行動で変わらないはずです」
秩序ちゃんは、バーガーの中の自分を見る。
小さな秩序ちゃんがバンズへ手を伸ばした。
現実の秩序ちゃんは、手を出さない。
小さな指が途中で止まった。
二人の秩序ちゃんが、互いを見た。
「見えてる」
渾沌ちゃんの声から、初めて軽さが消えた。
レジ。
《咀嚼率 31%》
◇
床が横へ滑った。
店ではない。
街全体が、巨大な歯の上でずれた。
外から悲鳴。
《咀嚼率 52%》
レジのメニューが消えた。
一品だけになる。
《この世界》
《¥0》
《注文する》
「押す?」
「押しません」
「じゃ、どうする?」
秩序ちゃんはバーガーを見る。
小さな店にも、同じレジがある。
小さな秩序ちゃんの指が《注文する》へ近づいた。
「押さないで!」
声が届いた。
小さな指が止まる。
小さな秩序ちゃんが頷いた。
渾沌ちゃんが息を呑む。
「聞こえた」
「はい」
咀嚼率、76%。
「そっちの私。あなたのバーガーを見せてください!」
小さな秩序ちゃんが、さらに小さなバーガーを持ち上げる。
その中にも街があり、肉門があり、二人がいた。
秩序ちゃんは一瞬だけ、その先を見た。
また小さな秩序ちゃん。
またバーガー。
だが、数えなかった。
「全員に同じことを伝えてください!」
小さな秩序ちゃんが振り返る。
さらに下の自分へ叫ぶ。
その声は聞こえない。
けれど、一段下の指が止まった。
さらに下も。
《咀嚼率 89%》
93%。
96%。
秩序ちゃんはレジから手を離したまま叫ぶ。
「注文しないでください。まず、次の人へ伝えて!」
渾沌ちゃんが隣でバーガーを支える。
「落とさないでね」
「あなたがです」
「二人で持ってる」
99%。
止まった。
街を噛む音が消える。
肉門の照明が、一斉に落ちた。
暗闇。
何層も下から、ひどく遠い声が届いた。
『注文、入りました』
レジだけが点灯する。
《この世界》
《調理を開始します》
秩序ちゃんは、バーガーを持つ渾沌ちゃんの手から自分の手を離さなかった。




